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2014年7月 2日 (水)

空気を読んだ意思決定

正直に言えば、賛成派も反対派も何をしたいのかがいまいちピンとこないのである。

集団的自衛権行使の容認についてだ。

まず個人的には「自分以外の誰か悪い奴が儲けようとしている」的な陰謀論には全く意味がないと思っている。そうした陰謀論的な話を耳にしても「自分ならそうする」的な話としてはあまり伺ったことがないからだ。いや自分ならやらないってことを他人ならやるって簡単に決めつけちゃダメでしょ。

戦争をする国になるのか、という意見も釈然としない。仮に戦争をしたい人がいるとしても、「出来るようになる」ことと「実際にする」ことの間には結構な距離がある。乱暴な言い方かもしれないが、仮に「する」という意思決定がされれば、それは出来なくたってするに違いないのだ。そして出来るということがするという意思決定を容易にするかといえば、そんなことはないような気がする。出来るならしてみたくなるっていうのは、子どもの理屈であろう。
(もっとも平然とセクハラパワハラをするようなメンタリティの民族だからそうするだろう的な話であれば、そおれはちょっと考えてしまうかもしれない。実際のところ体罰の議論も含めて直接的行為もやむなし的な発想する日本人て少なくない気もするし。)

一方、集団的自衛権が必要だという意見も何となく平和ボケな気がしなくもない。この手の話でいつも分からなくなるのは、自国にとっての友好国同士が喧嘩を始めたらどうなるのだろうか、という話で、ようするに集団的自衛権を行使出来ることが、自国の安全保障にとって意味があるという理屈がよく分からないのだ。

いや待て、そもそも「集団的自衛権」って言葉通りの受け止め方で良いのか?

しゅうだんてきじえいけん しふ—じゑいけん 8【集団的自衛権】
ある国が武力攻撃を受けた場合に,これと密接な関係にある他の国が共同して防衛にあたる権利。この権利を行使する国に対して,直接かつ現実の武力攻撃があることを必要としない。国連憲章で加盟国に認められている。→個別的自衛権
大辞林 第三版

こべつてきじえいけん —じゑい— 7【個別的自衛権】
自国に直接加えられた侵害に対して国家が行使する防衛の権利。国際法上,国家の基本的権利とされる。→集団的自衛権
大辞林 第三版

密接な関係にある場合に共同して防衛にあたる、というのは権利の話で意思の話ではない。意思として集団的自衛権が行使されるには、それが自国の利益につながるか、間接的には自国の防衛につながる事が必要になる。少なくとも「密接な関係にある他の国を共同して防衛にあたらせる権利」ではないのだから、そこには自国の意思が必要だ。

それってつまり「想定的自衛権」という事になるのだろうか。自国に害が及ぶと想定される場合に、武力行使を行う権利ということだ。

で、このように解釈すると少々きな臭くなってくる気もする。理屈はなんとでもなるって話に近くなってくるからだ。

一方それでも、では何をしたいのかという事が見えてこない。他国の軍事行動に連携したい目的がよく分からないからだ。自国を守ることは個別的自衛権の範囲で認められているのだから、ことさらに集団的自衛権が必要な理由が分からない。それが国際社会における責任ある国の在り方だというのは、グローバル化に必要だからもっと女性を活用せよ的な話と同じくらい訳が分からない。

なんというか、もう少し自国の論理によった議論が必要なのではないだろうか。他がそうだからとか、国際的に認められるためといった、周囲の顔色を伺う考え方が、本当に意味のある議論なのかという気が(集団的自衛権容認という意見には)してしまうのだ。

日本における「大人」には「空気を読んで意思決定ができる」というニュアンスがあるような気がするのだが、本来は「空気に左右されず意思決定ができる」のが大人だろう。

集団的自衛権の必要性についても、後者のスタンスが見えればもう少し分かるのだけれども、今のところどうも前者のスタンスしか見えてこないんだよなぁ・・・。

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