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2014年8月11日 (月)

アンサンブルの中で練習する

日曜日のF響の練習は、マーラー5番の第3、第5楽章の分奏の予定だったのだが、結局第3楽章だけで、しかも後半は流し気味になってしまった。想像以上というか、想定通りというか、出来ない所が多すぎる。

前日に個人でもさらったのだが、4ページ目ぐらいですでにグロッキー状態(第3楽章のチェロの譜面は11ページ)。分奏でも、その辺りまでで何度も繰り返して練習する羽目になった。

ただ、どうせやるならみっちりやってくれた方が良い。大切なのは、それで出来るようになった所を次回以降はきちんと弾くことだ。もっとも、現実には「課題が明確になった」程度で、弾けるようになったとはとても言えないような状態ではあるのだけれども。

昨日の練習の指示で印象的だったのは、スタッカートが付いている音とそうではない音の弾き分けの話が出たことだ。当たり前といえば当たり前なのだが、明確に弾き分けようと思うと、スタッカートをきちんと弾くよりも、そうではない音の方を気をつける必要がある。これはTオケで弾き分けを指示した時の話に似ている。

ただ、そうやって意識的に弾き分けようと楽譜を見ると、想像以上に芸が細かいというか、どう弾き分けろと?というような箇所も沢山出てくる。第3楽章は曲の性格上特に多いのかもしれないが、そもそもマーラーの性格として、他の楽章でもそうかもしれない。同じパターンのように見えて微妙に違っていたりして、「執拗に繰り返し」ながら、同じものではなかったりする。

もう一つ印象に残ったというか、意識しなければと思ったのは、「三拍子だけど三拍子に囚われない」という奴で、ようするに通常の三拍子とは強拍弱拍が異なる場合が多い(2拍目3拍目にアンサンブルが集合するなど)。これが弾いていると無意識に1拍目を強拍にして弾いてしまったりする。この辺りも先週調べたScherzoの性格通りという感じがする。

マーラーはとにかく音の数が多く
、こちらの想定を外すような音の並び方をしているので、個人で練習していると気が滅入ってくるのだが、アンサンブルの中で練習しているとまた少し気分が違ってくる。何より、「何故こんな音?」と思っていた音が「なるほどこんな音か」と分かってくるのが良い。単独では意味の分からない音が、アンサンブルの中でどのような価値を持つかが分かってくるからだ。

以前にも書いたが、自分はアンサンブル中に他のパートの事をほとんど気にしていない。自分勝手に弾いているという意味ではなく、自分の音がアンサンブルの中でどう位置付けられるかだけが興味の対象で、他のパートが良かったとか間違ったとか、そういった事に気を回している余裕がないからだ。(だから同じアンサンブルのメンバーから自分の音を評されると、嬉しい反面、そんな余裕がある事を不思議に思ったりする。自分が目立っているのだとしたら、アンサンブルを乱しているのだろうとも。)

昨日の練習でも、ずいぶんと前日の個人練習では訳が分からなかった所が解明された。次回練習までに忘れてしまっては意味がないが、この理解を少しでも次につないでいきたいものだ。

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