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2014年12月29日 (月)

室内楽

今日は会社は自主的に休みを取ったのだが、いつも通りに起きて平河町ライブラリーへ。時間の使い方がいつもとあまり変わらないので、ブログも(今日こそ年内最終とは思うが)書いてしまう事にする。

もっとも、これといってネタはない。

昨日はアンサンブルOの室内楽演奏会だった。当初はF響の練習が予定されていた(会場予約上は)ので、アンサンブルへの参加は辞退したのだが、結局F響の練習はキャンセルとなったため、飲み会要員として聴きに行ったのだった。

普段の演奏会では20世紀以降の曲を取り上げるアンサンブルOだが、室内楽演奏会ではそうした方向にばかり走る訳でもなく、全5団体のうち2団体がモーツァルト。とはいえ、その他にカプースチンなんかもやったりするのがらしいといえばらしい所ではある。

そして聴いていると、ムラムラと室内楽をやりたくなってきてしまうのが、アンサンブルOのメンバーの演奏の凄い所だ。これは出演していなくてもそうだったりして、その辺りが例えばF響のミニクラシックコンサートなどと違っていたりする。昨日はまったく出番なしの聴くOnlyだったため、その気持ちはぐんと強くなった。まぁ来年に期待であろう。スケジュール次第ではあるけれども。
(もっとも、「これやるんですか?」みたいな曲をプロデュースされる事もあるので、実際やるとなると大変だったりする。)

さて、今日は雨で、降るところでは雪も降っていると思うのだが、明日からはスキーである。長期予報はかなり荒れそうなかんじでもあったの、Vitz G'sの雪道走破能力が問われる年末になりそうだ。

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2014年12月26日 (金)

今年の3大ニュースマイナス1

会社は来週月曜日までだが、休みを取ったので自分は今日が年内最後になる。という訳でこのブログも年内最後の更新になる。仕事の事はほとんど書かないのに、仕事のある日しか書かないというのも変な話だが、それは時間の使い方の問題だ。

少し前に今年の個人的重大ニュースを街行く人に聞く番組があって、その時にも少し考えたのだが、今年の重大ニュースを例えば3つ挙げるとすれば何だろうか。そういえば以前ナレッジマネジメント学会の忘年会でそんな企画があったな。

番組を見た時にもすっと挙がったのは、Kオケの立ち上げだろうか。正式名称は「キユーポートオーケストラ」。要するに企業内オケなのだが、そんな日が来るとは思ってもいなかったというのは、メンバーの意見が一致する。当面は企業内だけでの活動ということになるが、トントンと話が進んで、社員を前にしての本番もできてしまったりして、ここまで動きは怖いぐらいである。逆に言えばここからきちんと続いていく形にしていかなければならない。

2つ目は何だろうか。オケの話ばかりというのも何なので他の事からという事になると、モノの話で恐縮だが、車の買い替えが大きいかもしれない。(しかし大型の買い替えといえばMBAを買い替えていたり、3G頃から使っているiPhoneをXperiaに切り替えたりといった話もあったりするな・・・。)夏の買い替えだったので、これからのシーズンを乗り切れるか、やや不安もあったりするが(スタッドレスで15万もかかったり、チェーンは装着できない事が判明したりで、およそ自分の車の用途に合致しない車にしてしまったような気もしている)、個人的にはいつかは乗ってみたい車でもあったので、満足感は高い。

3つ目ぐらいには仕事の話の一つも挙げたい所だが、あまり重大というニュースはない。というか、重大であればここでは明かせない。ので、仕事以外から考えてみるが、オケとモノを除くと他にニュースが出てこない。過去1年のブログのタイトルをざっと読み返してみたのだが、あまりこれといった印象がない。

3大ニュースも出てこないって人生はどうなんだよという気もするが(オケネタをひとつに限定しなければ、Tオケとか魔笛とか、重大ニュースと呼べるものはある)、それもある種の課題であろう。2015年は振り返って3つぐらい異なるカテゴリーで重大ニュースを挙げられるような過ごし方をしたいものだ。

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2014年12月25日 (木)

今年ReTweetされたTweet

今日はネタがないので、年末という事で今年ReTweetされたTweetを振り返ってみる。2件以上ReTweetされたもので、誰かへの返答などは除く。

「現在、最も生かしきれていない人材とは何か。それは女性だ」というアベノミクスのスピーチを見てふと思ったのだが、子育ても手伝えず、残業を積み重ねてやっとパフォーマンスを維持する男性の方がよほど生かしきれてない人材といった捉え方はないのだろうか。
86 リツイート
送信 1月23日 20:37 From Hootsuite

今日のトレーナーは以前別のトレーナーに言われた事と同じことを言っていた。オケの中に響くと良いな。アンサンブルを整えるのは指揮者ではなくオーケストラの責任だと。ま、それができないから分かりやすく整えてくれる指揮者やトレーナーを望んでしまうんだけどさ。
2 リツイート
送信 1月26日 12:48 From Hootsuite

「女性は家で育児、男性は外で仕事」論の問題点は、女性に育児を押し付ける以上に、男性を育児から切り離す点にあるような気がするんだがなぁ。
3 リツイート
送信 1月31日 21:25 From Hootsuite

ちなみに家事は女性というのも同じように、男性を日常生活や一般消費から切り離し、要するに「産業ロボット化」する考え方で、それならもういっそのこと参政権も女性に限定してしまったらよいのではと思ったり。うう、ギリシア・ローマ時代の市民と奴隷の関係みたい。
2 リツイート
送信 1月31日 21:31 From Hootsuite

スジの良いアイデアというのは「そんなのうまくいくのかよ」と思っていても実現に向けた筋道がどんどん生まれてくるようなアイデアをいうのであって、「なんとなくうまくいきそう」なだけのアイデアというのは単なる地獄への花道なのだと感じる今日この頃。
2 リツイート
送信 3月19日 6:36 From Hootsuite

府中市民交響楽団第69回定期演奏会〜ブラームス沈黙のあとに
5月18日(日)14:00開演 府中の森芸術劇場どりーむホール
全席自由・前売1,200円/当日1,500円
指揮:今村能
ブラームス:交響曲第1番/メンデルスゾーン:組曲「夏の夜の夢」/モーツァルト:歌劇「魔笛」
3 リツイート
送信 5月4日 7:06 From Hootsuite

先週言われたのは、チューニングの時から最初の音のイメージを作っていくこと。そう言われると今回の指揮者は練習でもチューニングの後は掴みのトークなどはなしにいきなりタクトダウンする事が多かった気がする。その辺りのギアについていけていないと言えばそうかもしれない。
2 リツイート
送信 5月11日 8:42 From Hootsuite

東京というのは、仕事以上に文化とか趣味世界における集積度がバカにならなくて、結局仕事だけに人生の価値を求めていたら東京である必要はないけど、その他の要素が増えれば増えるほど選択は東京になるだろうという実感はある。
57 リツイート
送信 6月1日 8:59 From Hootsuite

駅前で市議会議員らしき人がビラを配っていて、その前を黙って通り過ぎてから、ああこうやって無視される経験の積み重ねが市民を顧みない政治家を作るのかなぁなどと思ったり。いやその人がという訳ではなく市民の政治家に対する心構えとして。
2 リツイート
送信 6月10日 6:09 From Hootsuite

文民統制は軍隊運用上大事な要素なのだけれども、軍人は戦争を嫌がり、文民が戦争したがる事があるのは銀河英雄伝説が証明している。
6 リツイート
送信 7月3日 18:37 From Hootsuite

来週のファミリーコンサートのリハーサル。お子様を対象に、モーツァルト「魔笛」抜粋やメンデルスゾーン結婚行進曲などを演奏します。入場無料で先着300名様まで!
ow.ly/3n1c3h
5 リツイート
送信 7月13日 10:45 From Hootsuite

もっとも、演奏会がこけた時に運営だけに責任を求めるのは、自分がトラだと思っている人のやる事。結局奏者として参加した時点でどれだけ噛めるかというのが、参加する側の意識としてはあるかな。いや、運営の責任がないという訳ではなく。
2 リツイート
送信 8月12日 18:21 From Hootsuite

プロフェッショナル仕事の流儀。支援をやめる決断の話。決断は援助する側の責任というのは重いけど、企業におけるやめる決断と同じ気がする。
2 リツイート
送信 9月8日 22:19 From Hootsuite

東大島って川の上に橋のように渡っている駅なのか。反対側に降りてしまうと大変そう。
5 リツイート
送信 11月25日 19:11 From Hootsuite

・・・ま、ほとんどReTweetされていないね。最初のだけ件数が突出しているんだなぁ。

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2014年12月24日 (水)

練習の時間

昨日はU響の練習納め。この年末年始は、カレンダーの関係もあってF響が2週連続で休みになるため、U響の練習に終わりU響の練習で始まる事になった。気づいたらそこそこ長く付き合っているなぁという感じである。

指揮者からは、休み中に一度しっかり楽譜に向き合っておいて欲しいと言われた。年が明ければ本番まで1ヶ月となってしまう訳で、そういう気持ちはよく分かる。

オケの練習は、長いようで短い。

アマオケの場合、年2回の公演として半年程度の練習期間がある訳だが、それは「期間」であって「時間」ではない。F響の総会資料には、練習回数を載せているが、大体平均すると20回程度で、1回2時間とすれば40時間「しかない」。1回のプログラムで通しに90分かかるとすれば、ただ通すだけの練習でも26回しかできない。26回を多いと見るか少ないと見るかは人それぞれだが、もちろん実際には通すだけの練習というのはあり得ない。

各練習の合間に個人練習でさらうという事が前提にはなっているが、学生ほど自由な時間がないアマオケのメンバーがどれだけさらえているかは正直疑問である。まったくさらわないという事はないだろうが、40時間に同じ40時間を上乗せできるほどの時間の確保が出来るのは稀だろう。

ましてや「アンサンブルの練習」はもちろん個人では出来ない。だからこそ個人練習で楽譜をさらっておく事が重要なのは確かだが、さらった結果、個人ではしっかり演奏できるのに、いつまでたってもアンサンブルにはアジャストできない、なんてケースもあったりする。それはまぁ個人練習のやり方が間違っているといえばその通りなのだが。

かくいう自分は、個人練習の時間はほとんど確保出来ていないと言って良い。これは胸を張って言うような話ではなく、問題であることは重々承知しているのだが、もう開き直るしかないような状況でもある。ちなみに複数団体掛け持ちの問題ではなく、単純に時間の使い方の問題なのだが、仮に各オケに相応の時間を割こうと思ったら、割けきれないのが実態でもある。

まぁそれにしたって、毎回初見のような気分で練習に参加するのはあまり面白くはない。来年はもう少し時間を確保できるようにしたい所である。結局の所、どれだけスケジュールに組み入れて、その通りに実行していくかという問題ではあるのだから。

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2014年12月22日 (月)

音色に気を使う

昨日はF響の練習納め。その後運営委員会と忘年会があり、忘年会で飲み過ぎてしまった・・・。

昨日のトレーナーは、U響でも見てもらったことのある人だったのだが、練習会場の響きと音色について指摘されたのが新鮮だった。特に会場の響き(F響の練習会場は宴会場にもなる会議室で基本的に響かない)から来る音の出し方の癖というのは、あまり指摘された事がなかったのだが、言われてみればなるほどという気もする。正直、そうした事はあまり意識した事がない。

ただ、弦をドミナントにしてから、音色や音程が殊更に気になるようになったという事はある。昨日の練習はエルガーの威風堂々とチェロ協奏曲だったのだが、特に威風堂々を弾きながら、自分の楽器の音が気になって仕方がなかった。力任せに弾くのではなく、一段抑えた感じで弾いた方が、明らかに音は良くなるのだが、気を抜くとすぐに力任せになってしまって、潰れたような音になる。

加えて音程がシビアなので、まともに弾けている感覚がない。まぁそもそも自分の音が音として認識されてしまう時点でアンサンブルになっているとは言えないのだが、威風堂々のような曲でもそれを感じるとは思っていなかった。気になった時には通り過ぎてしまっていて、基本的に後悔という形でしか認識されないので、次に活かすというのが難しいのだが、今回のプログラムでは特に音を荒らさないように気をつけたい気がする。

さて、年内の練習はあとは火曜日のU響のみ。当初F響は28日も練習があるかと思っていたので、アンサンブルOのアンサンブル演奏会は辞退してしまったのだが、聴くだけでも行ってみるかな。

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2014年12月19日 (金)

Kオケ練習納め

昨日はiPadを鞄に入れ忘れてしまったため、ブログを書かなかった。いや書こうと思えばXperiaでも書けたのだが、その気にならなかったというか・・・。

さて、昨日はKオケの練習。年内最後の練習になる。現状目標となる演奏会の予定が明確にないので、やや遊びに近い状態ではあるのだが、社内に認知されるまではとにかく実績として練習を重ねておいたほうが良いとのアドバイスをもらっているので、形は何であれ練習はしていく予定。とはいえ昨日は今後の構想についてのアイデアも出たりしたので、今後はその具体化に向けて動いていく事になるだろう。

Kオケはその性格上、編成的に歪であるのが避けられない側面がある。そこでどうしても編曲に頼る事になるのだが、一方で通常のクラシックを演奏する上で、足りない楽器をどう確保していくかという課題についても考えていかなければならない。今の所はメンバーの知り合いに編曲をしてもらえる安心感もあり、課題として口にしつつも、あまり本腰を入れていないのだが、来年はその辺りをもっと考えていかなければならない。

いずれにせよ、Kオケの立ち上げというのは、自分の中では今年最大のトピックに近いものなのだ。今年は勢いでやってきた面もあるが、来年はそれを磐石なものにしていくために色々と手を・・・打たないといけないんだよなぁ。

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2014年12月17日 (水)

世界の中の日本人

昨日はU響の練習。週末に合宿があったばかりだが、練習は練習である。

で、練習は練習としてその後の飲み会で指揮者からちょっと興味深い話を聞いた。

海外に行ったことのない人間には左派が多く、逆に海外に留学経験などがあると右派になるという話だ(傾向として)。この場合の右派というのは、政治的なポリシーというよりも国に対する誇りや愛着を持つようになるというぐらいの意味で、左派というのはその逆と捉えて良いだろう。

理由はシンプルで、海外で1人の日本人として周囲と接する機会が、逆に国に対する愛着や誇りにつながるというものだ。「海外に留学するというのは、世界を見に行くのではなく、世界に見られに行くという事」という話が印象的だったが、日本人のアイデンティティを見つめ直す機会になるというのは分かる理屈である。

逆にそうした視点を経験として持たない場合は、内向きな形で国に対する批判に走るようになる。この場合の批判は必ずしも建設的な意味合いを持つものではなく、日本はダメだという否定に近いものだろう。視野が狭く、世界における日本の位置付けのようなものが理解できていないような感じだろうか。

これも分からなくはない。しかし、そこで気になってしまったのだ。「海外でのそうした経験がないのに、愛国心を持つ人達というのは、どういう人達なのだろうか」と。

そこまで考える必要はないのかもしれないが、実はそうした人達が、行き過ぎた形で外国人排斥やヘイトスピーチなどに走るのかもしれない。そういった意味では、海外留学経験のある現首相とは同じような言葉を使っていても全く背景が違う可能性もあるのだ。

世界の中の日本人であるが故の「愛国心」と、日本の中の日本人であるが故の「愛国心」は、ちょっと違うのかもしれない、などと思ったのだった。

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2014年12月16日 (火)

音楽を楽しむという事

いつもはラテなのだが、今日は普通にコーヒーにしてみた今朝のスターバックス。さしたる理由はないのだが、実はコーヒーにはあまり慣れていないのでラテでないとちょっとしんどかったりする。なら飲むなよ。

さておき、少し昨日の続きを考えてみると、自分の場合、目的意識は多少あるのだとしても、目標設定をする意識がないのだろう。目的が目指したい方向性だとすれば、目標はある時点における到達点になる。上手くなりたいが目的だとすれば、いつまでにどの程度上手くなるというのが目標で、そのように考えると、後者の意識が相当に薄い状態にあるのは間違いない。

それが楽しいかは人それぞれだが、なんらかの到達点を設定して、そのクリアに達成感を感じるというのも、一つの楽しみには違いない。いや、この場合は能動的なので、昨日の表現で言うなら「楽しむ」になるだろうか。

ただ、純粋に音楽的に楽しむというのは結構難しい。努力と達成感による楽しさは、必ずしも音楽の楽しさとは同一ではないからだ。演奏会をやり遂げる達成感と、その演奏自体に感じる楽しさとは、どこか一線を画しているような気がする。演奏会を成功させるための目標設定と努力は、演奏会を楽しむための目標設定と努力とは、どこか違うような気がしてしまうのだ。

一方で、演奏会というのが一つの目標達成の機会であるのは間違いない。アンサンブルの楽しさは、聴衆の有無とは関係なく訪れる瞬間もあるが、本来は時間と空間を共有する全て関わって完成するのがハーモニーというものだ。由来となったギリシア語のハルモニアの意味は「一致、連結」であり、ハーモニーには物事の調和という意味合いがある。

ふむ、そう考えると、それをどれだけ大きな単位で成し遂げたいのか、どれだけ深く成し遂げたいのか、みたいな部分が目標に関わってくるのかもしれない。

音楽を楽しみたいという目的のための目標設定とはどういうものなのだろうか。

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2014年12月15日 (月)

楽しむという事

この週末はU響の合宿だった。といっても日曜日には変わらずF響の練習がある為、土曜日のみの日帰り参加という事で、あまり「合宿」という実感はない。ただ、土曜日の午後から夜までだけでも7時間の練習で、かなりみっちり詰め込まれた感じはある。(日曜日にも5時間の練習が組まれていたので、かなり集中的な練習だったのは確かだろう。)

おまけに自分は参加していないが、土曜日の練習後にはお酒を飲みながらのアンサンブル大会まである。何というか、どれだけ好きなんだと思ってしまうが、そう感じる自分は音楽が好きではないのかという気持ちになるのも確かだ。弾いている時間が楽しくない訳ではなく、それをどこまで求めるかという貪欲さに欠けている気がする。F響でのアンサンブルも、自分から積極的に求めているわけではない。オケへの参加も含めて、どこか受身なのだ。

自分のやりたい事は何なのだろう。人生とか大げさな話ではなく、音楽という世界においての話だが、何かを投げ打ってでも(実際に投げ打つ必要はないが)やりたい音楽はあるだろうか。飲み会のようにただ参加して楽しいとかではなく、自分を磨くなり、何かを実現する達成感を求めるようなものはあるだろうか。

そんな事を考える。(年末だからか?)

まぁ楽しければ良いじゃないかというのも一方では感じていて、それでよければ今のままでも十分ではある。目的意識はさておき、練習しなければ弾けるようにはならないし、それで弾けるようになればより楽しくなる。毎週決まった時間に練習しながら、少しづつ弾けるようになって、年に2回(4回?5回?)の演奏会を楽しむ。それも音楽の楽しみ方の一つだ。

それが何か物足りないように感じられるのは、今のその瞬間が楽しければ良いという刹那的な感じがあるからだろう。少なくとも積み重ねていく実感は薄い。スキーなどもそういう心境になっていて、昔はもう少し技術の向上や斜面の攻略に関心があった気がするが、最近は滑っているその瞬間が楽しければ良いと感じていたりする。

今その瞬間の楽しさを求めているから、それ以外の時にはあまりその事を考えない。仮に考えたとしても、その瞬間のために何かを準備するといった事がない。
そういう事かもしれない。

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2014年12月12日 (金)

SmartBand Talk

今日は少しインプットの時間を取ろうと予定していたのだが、朝寝坊をした事もあって肝心のインプットする資料を持ってくるのを忘れてしまった。元々は昨日の予定で、昨日も忘れて今日に変更したのだが、何やっているんだか・・・。

昨日からだが、十数年ぶりに腕時計を着けている。腕時計というか、ウェアラブルデバイスというか、SONYのSmartBand Talkという製品で、Xperiaと連動してライフログを取得するものだ。ハンズフリーやボイスコントロールにも対応していて、ついでにというか時計の機能もある。
AppleWatchのようなものだが、SONYではそちらに近い製品としてはSmartWatchというの出していて、SmartBand Talkにはそこまでの機能はない。SONYはライフログを取得するデバイスとしてSmartBandという製品も出しているのだが、それにちょっとばかり付加機能が付いたようなものだ。

ちょっと面白いのは、ディスプレイが電子ペーパーである事だろうか。そのため少しばかり見え方が普通の液晶や有機ELなどとは異なっている。メールやスケジュールを振動で伝えてくれるので、主にそうした部分(と時計)に期待して買っていて、ハンズフリーなどにはあまり興味がない。というか、そもそも電話がほとんどしない。

ライフログに関しては・・・Xperia側に記録されていく訳だが、歩数や消費カロリーなどは(すでにfitbitを使用しているので)正直どうでも良いのだが、メールやSNSのチェック、撮影した写真の枚数なども記録されていて、1日を振り返ってみると結構面白い。音楽やゲーム、読書(電子書籍)などもXperiaでやっていれば、それらも記録されるのだが、そこまで統合する予定は今の所ないので、とりあえずは「Xperiaを1日どれだけ使っているか」という記録になるだろうか。

しかしこれ仕事の時間の記録にも使えないものかな。ブックマークという機能があるようなのだが、その辺りを活用して時間の記録ができたりすると面白い気もするのだが・・・。

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2014年12月11日 (木)

DraftPadとブランド

このブログを書く際には、iPadでDraftPadというアプリを下書き用に使っているのだが、どういう訳かアプリを一旦切り替えて戻ってくるとキーボードが消えるというトラブルに遭遇している。その都度一度にアプリを終了させているのだが、何とも効率がよろしくない。

元々このアプリはiCloudを経由して同期ができるという事で、メールの下書きなどにも使っていた。iPhoneで書き始めてiPadで仕上げてまたiPhoneから送信、みたいな事が出来たからだ。ブログなども最終的にはevernoteなどに保存するので、あくまで一時的な下書き用なのだが、何となく使いやすくて愛用している。テキストベースなので、他から何かをコピーしてきた時も、余計な書式などを受け付けないのも良い。
(もっとも、ペーストした直後は元のスタイルを継承していて、一度落として再起動するとテキストになっているという謎の動作をしたりしているが・・・。)

ただ、今現在はモバイルをiPhoneからXperiaに切り替えたため、iCloudでの同期は行わずにスタンドアロンの状態ではある。そういった意味では、別のアプリに切り替えても良いのだが、特に探してはいない。一度使い始めるとなかなか手放せないというのは確かにある。

うーむ、適当に書き始めてしまったが、何が書きたかったんだ。いや書き始めた時は、他のアプリを探そうかな的な終わり方をイメージしていたのだが、あまりそういう方向に文章が流れていかない。ちょっとした不便は感じているが、本腰入れて切り替えを考える程ではないような・・・。

いやいや、そうやって惰性に流れるのはよろしくない。いや、使い続けるという選択肢は、それはそれで大切なのだが、本来それは定期的な検証とともにあるべきだ。そうでなければ、より良いものに出会うチャンスを失ってしまう。

無理やり結びつけるなら、ブランドというのもそういうもので、定期的な検証をくぐり抜けていけるような進化と磨きを常にかけていく必要がある。提供する側もそうだが、使う側も実はそうした心構えが必要かもしれない。

・・・なんだかしまらない形に落ちてしまった・・・。

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2014年12月10日 (水)

計画を立てる

新年が近づいて、会社的には新年度が始まっているので、恒例と言うほどでもないが、スケジュールとタスクの管理をどうしようかと考えている。今年(昨年度)で言えば、目標管理については散々だった。タスクの管理も進捗の管理もガタガタで、仕事だけでなくオケでも色々とバタバタしていた

一言で言えば、先を見通す事と目の前こなす事のバランスが取れておらず、常に目の前に対応する状態だったと言って良い。現実それでアップアップなのだと言ってしまえばそれまでだが、計画性というものが全くない状態というのはよろしくない。

では計画性がある状態とは何か。考え方は色々ありそうだが、これは割り切って考えるしかない。そこでこの様に考えよう。「1ヶ月、3ヶ月、半年、1年先にやる事が決まっていてカレンダーに記載されている事」だ。それも漠然と「この辺り」ではなく、「何月何日」まで記載されている事だ。紙の手帳ではなく、Googleカレンダーのようなデジタルの手帳では、その辺りをあまり曖昧にするのはよろしくない。

もちろん、見直しは都度発生して良い訳だが、その見直しも記載がなければ行えない。大前提は、無理やりでもなんでも、一旦スケジュール化してしまうことだ。それがないから、結局行き当たりばったりに目の前のタスクに取り組んでしまう。いや目の前のタスクにはもちろん取り組まなければならないが、それは1年前に定められたものであるべきで、1時間前に定められたものであるべきではない。

で、そういう前提で自分のカレンダーを見ると、直近はしっかり埋まっているのに、先はスカスカである。これは「計画がない」事を示している。受ける仕事中心であればそれでも良いが、自分の仕事は攻める仕事が中心なので、先の予定がないというのは、お先真っ暗ということである。要するに暗闇の中を手探りで届く範囲だけをこなしている状態で、先を照らしていないのだ。

形から入るのが最良とは思わないが、自分の思考様式から変えていくには、気持ちではなく形から変えていくしかない。とにかく目に見える形にして先までを組み立ててしまい、後は微調整をしながら進めていく。少なくとも1〜2週間の単位ではそれが大体出来ているのだから、そのスパンをぐっと長くしてしまえばよい筈だ。

ただ、それを分かりやすくするには、カレンダーの運用自体を少し変えなければならないだろう。今は仕事、私事、タスク、オケ、その他で分けているが、これを年間のテーマやプロジェクト毎に細分化し、テーマ毎にタスクを設定するようにする。カレンダーが増えてくると一度に表示すると見にくくなるが、それは適宜表示を切り替えることで対応する。

Googleタスクも、使い方次第では便利だが、煩雑になるので全てカレンダーに落とし込む。特に会社でのタスクは会社内でしか見えない上、表示には別のリソースを食うので具合が悪い。タスクに連動したメールの管理は別の方法を考えよう。

まずはその方針で見直してみる。それでやってみて、上手くいかないならまた変えれば良い。結局そうやって自分のスタイルを作っていくしかないのだから。

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2014年12月 9日 (火)

ドミナントの安定

日曜日の午後は弦楽アンサンブルの練習があったのだが、ドミナントはそろそろ安定してきたようで、耳につく金属的な響きも無くなってきた。柔らかさは変わらないので圧力をかけすぎると指板とぶつかるような音を出したりするが、そんな無茶な弾き方は普通はしない。

まだ感覚的には慣れていなくて、自分の音が聴こえずに音量の不足を感じる事もあるのだが、そもそもアンサンブルの中で自分の音が聴こえるというのはバランスが悪いという事でもあるので、そうではない感覚に慣れていった方が良いのだろう。ハズれた音が耳につくよりはずっと良い。

後の問題は、劣化が早いと言われるナイロン弦でどの程度美味しい状態が持つかという事だろう。安定するまでおよそ2週間として、どの辺りまでが美味しいかにより、本番前のどの時点で張り替えるかというのが決まってくる。難しいのは、劣化にはなかなか気づけないという点で、その辺りはマメにインプレッションをする事で把握していく事にする。

弦楽アンサンブルの練習は、3月にあるF響のミニクラシックコンサートに向けてのものだ。期間があるようで、回数としては残り3回か、頑張って4回程度で決して多くはない。そういった意味ではもう少し事前にさらっておくと良いのだが、なかなかままならずに毎回曲を思い出す所から始まったりする。これからは少し練習頻度もあがるので、忘れるという事は無くなっていくだろうが、その分精度を高めていかなければならない。

そしてこんな風に書いていると音楽三昧のようだが、そろそろスキーの準備もしなければならないのである。とりあえずこの週末にマテリアルについては確認してきた。そろそろ新しいものが欲しい気もするが、今年のニューアイテムはウェアラブルカメラという事で、とりあえず正月のスキーでどんな映像が撮れるかが楽しみである。

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2014年12月 5日 (金)

ドミナントと古典

昨日のKオケの練習は、弦楽器の出席の方が多かった事もあって、管楽器の方には申し訳ないと思いつつ、モーツァルトのディベルティメントなどを合わせたりした。次の演奏会というか、目標があまり定まっていないので、しばらくは持ち寄ってアンサンブルという練習になるかもしれない。

で、ドミナントの印象については何度も書いているのだが、ディベルティメントのような曲をこの弦で弾くと、自分の下手さ加減が嫌という程耳につく。音程、テンポ、音量のコントロール全てにおいて、注意力不足を痛感する。事前に音をイメージしておかなければ外してしまうし、事前に音をイメージしていてもちょっと気を抜けば違う音になってしまう。薄氷の上を渡るような感覚だろうか。

その代わり、イメージ通りに音が出た時は気持ちが良い。全体に音の響きが残りやすいというか、上手くはまった音には、良いホールの残響のような響きが残る。あれ、こんな綺麗な音を自分は出せたのか?と思ったりする。ま、滅多にないのでそれ以外では落ち込んでばかりなのだが。

そういった意味では、自分の技術の見直しも含めて、しばらく古典やバロックを中心に練習してみるというのは良いかもしれない。というか、元々そっちが好きなのだから、本当はもっと積極的に機会を持った方が良いのだ。ああ、通奏低音弾きたい。

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2014年12月 4日 (木)

選曲

今日はKオケの練習日ということで楽器を持ってきているのだが、何を練習するか決まっていない。おいおい、という感じなのだが、ちょっそこまで頭が回らなかったというか、考えるのがしんどいというか。先週末に本番を終えたばかりで、それ以降のことはそれまでほとんど考えていなかった訳だし。

ただ、前回の本番で演奏した曲というのは、今後も定番レパートリーとして残していく必要がある訳で、それを練習しても構わないのである。いや飽きるけれども。

とりあえず今から何を提案するか考えよう。適当だなぁ・・・。

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2014年12月 3日 (水)

音楽の方向性

昨日はU響の練習。トレーナーは普段管楽器を見ておられる方で、合奏は初めてである。余談だが今度F響も見てもらえるらしい。どうなるやら。

さておき、昨日は音楽の方向性という事を随分と指摘された。恥ずかしながら(少なくとも自分に限っては)シューマンはまだ目に入った音符を反射的に弾く状態から脱却できていない。曲自体もそれ程頭に入っていない。そんな訳で(少なくとも自分に限っては)ご指摘はその通りで、今の演奏はぶったぎられた音符の連続にしかなっていないのだ。それを演奏と呼べるならば。

しかしそうやって省みると、そうした演奏でお茶を濁してしまっているケースは少なくない気もする。全体の流れを理解し、次に何がくるかを把握しつつ、今に集中する事で音楽の方向性や流れができるのだとすれば、ただ、今目の前の音に集中するだけの反射的な演奏では到底作り得ないのだ。

マーラーで苦労したのが結局そういった点で、指揮者は「知的な演奏」と言っていたが、そうした頭を使った演奏がなかなかできない。目に入った音符に沿って体を動かして音を出すのではロボットと同じ訳で、同じドの音でも、その時求められている流れを考えながら弾く事が重要なのだ。

さらにこれは音楽の流れに「追随する」のとは違う。曲に合わせて踊るのと指揮とが全く異なるように、周囲の音や自分が弾いた音の流れに乗っかるのと、流れを作るのとは全く違う。我々はカラオケで歌っているわけではないので、自分の中に音楽の方向性を作り出した上で、それを表現しなければならない。

そうした音楽を自分の中に構築できて、初めて演奏というものには意味が生まれるのだろう。楽譜からいきなりそれを創り出せればプロになれるわけだが、そこまでは無理でも練習を重ねる中で少しづつ構築していきたいものだ。

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2014年12月 2日 (火)

小さい音を出す

先日のF響の定期演奏会の録音を聴いた。

思ったほど悪くない。というか、元々そうした演奏の出来についてはF響は比較的安定しているというか、自分の所属しているオケながらそれ程悪くはない。車で流したりすると、同乗者にそうとは気付かせない程度の演奏には毎回なっている。

とはいえ、そうはいっても課題もある。今回のマーラーの場合は、特にダイナミクスの振れ幅はまだまだ小さい。かろうじてそれらしく聴けるのはヴァイオリンぐらいで、低弦も管楽器もまだまだという感じがする。小さい音が小さく出ないので、結果としてマーラーらしさは表現しきれていない。

いかに小さい音で弾けるかというのは自分自身の課題でもある。以前にも書いたように、弦楽器の音量は最大音量にはどうやっても限界がある。いや、これは書き方が悪くて、どんな楽器にも物理的な最大音量の限界はあるだろう。問題はその最大音量がどの圧力レベルかという話で、弦楽器の場合、弓と腕の重さ以上の圧力は実際には音が潰れる原因にしかならない。どんなに腕に力を込めても、出ないものは出ないのだ。(しかしついついやってしまったりする。)

ではその音量を最大音量として、音量を小さくするというのは後はどれだけ弓を「持ち上げられるか」にかかっている。難しいのは「(腕の)力を抜く」というのとは少し違っていて、むしろ腕の緊張は高まる点だ。それはそうだろう。弦に弓と腕の重みを「預けている」状態から、徐々に弓から弦へのテンションを下げていかなければならないのだから。

理屈ではそうなるのだが、実際にやるとなるとこれが難しい。どうしても腕の力が抜けてしまうのだ。ついでに言えば、弦を押さえる左手の指の力も抜けてしまって、音程の方まで怪しくなってくる。よく言われるのだが、左手は「小さくなるほど強く押さえる」のが鉄則だ。もっともこれは意識上の問題で、実際には「大きくても小さくても同じ強さで押さえる」なのだが、強くする意識を持っていないとまず間違いなく力が抜ける。

これは何というか、ある種の生理的な反応に近いのだろう。それに反する習慣を身につけなければ、小さい音が出せるようにはならない。力を抜いた「気の抜けた」音なら出るのだが、緊張感のある「小さい音」は出せないのだ。

で、よく考えたらこの話は以前にも書いている気がする。参照ページはこちら。
http://gauche-sons.co.jp/cello/CELLO.html

要するにだ。書くだけで練習していないって事なのだ。ちゃんと意識して練習しろ。

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2014年12月 1日 (月)

iPhoneからXPERIAへ

週末に機種変更をした。これまで使っていたiPhone5sから、XPERIA Z3 Compactへ。当然ながら、キャリアもSoftBankからdocomoに変更。今後これまでdocomoで使っていたXPERIA Z1の契約を解除し、(無駄な)複数台体制からの脱却を図る予定。

XPERIA Z3 Compactに機種変更をしたのは、次の機種を睨んだ時に適当なサイズのものがなかったからだ。iPhone6だけでなく、最近のスマートフォンは大画面化が主流で、掌に収まるような適度なサイズがない。iPhone5sをギリギリまで使い続ける事も考えたが、いざ変える段になって機種がないと悩むよりは、今欲しいと思った機種にした方が良いと考えた。

・・・まぁ単なる物欲とも言うが。

まだ本格的には使い始めていないが、そもそも自分はスマートフォンに携帯性以上のさしたる機能は求めていない。使うサービスは限定的で、多くはクラウドベースでiOSにもAndroidにも(多少操作感は違ったりするが)提供されている。これはXPERIA Z1を使いながら検証してきた事で、iPhoneでなくなっても大きな影響はないと判断した。iOS上のアプリの資産は、iPad miniで継承しているし、iPhone5sも当面は使用する予定なので、それほど無駄になるわけではない。

さて、乗り換えというか、Googleアカウントの設定で少しトラブルがあったのでメモしておく。

「そんなの常識だろ」とか言われてしまいそうだが、これには正直ちょっと焦った。

ようするに二段階認証の確認コードの送付先を、今回機種変更した端末にしていた為、確認コードを受け取れない→認証されないという事態に遭遇してしまったのだ。

自宅であればとりあえずPCを立ち上げて・・・で対処もできたと思うのだが、何分店頭での話である。
幸いというか、XPERIA Z1は手元にあったので、こちらでGoogleの二段階認証のコード送付先を変更し、先に進む事ができた。docomoの店員には途中で見放されてしまったので、カウンターからは離れて待合席での作業になったが・・・。

それにしても、自分の場合は2台目がコード送付先として設定できたのだが、1台しか持っていない場合ってどうやって回避するのだろうか。一時的に二段階認証の設定をキャンセルしておくしかないのかな。

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