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2014年12月16日 (火)

音楽を楽しむという事

いつもはラテなのだが、今日は普通にコーヒーにしてみた今朝のスターバックス。さしたる理由はないのだが、実はコーヒーにはあまり慣れていないのでラテでないとちょっとしんどかったりする。なら飲むなよ。

さておき、少し昨日の続きを考えてみると、自分の場合、目的意識は多少あるのだとしても、目標設定をする意識がないのだろう。目的が目指したい方向性だとすれば、目標はある時点における到達点になる。上手くなりたいが目的だとすれば、いつまでにどの程度上手くなるというのが目標で、そのように考えると、後者の意識が相当に薄い状態にあるのは間違いない。

それが楽しいかは人それぞれだが、なんらかの到達点を設定して、そのクリアに達成感を感じるというのも、一つの楽しみには違いない。いや、この場合は能動的なので、昨日の表現で言うなら「楽しむ」になるだろうか。

ただ、純粋に音楽的に楽しむというのは結構難しい。努力と達成感による楽しさは、必ずしも音楽の楽しさとは同一ではないからだ。演奏会をやり遂げる達成感と、その演奏自体に感じる楽しさとは、どこか一線を画しているような気がする。演奏会を成功させるための目標設定と努力は、演奏会を楽しむための目標設定と努力とは、どこか違うような気がしてしまうのだ。

一方で、演奏会というのが一つの目標達成の機会であるのは間違いない。アンサンブルの楽しさは、聴衆の有無とは関係なく訪れる瞬間もあるが、本来は時間と空間を共有する全て関わって完成するのがハーモニーというものだ。由来となったギリシア語のハルモニアの意味は「一致、連結」であり、ハーモニーには物事の調和という意味合いがある。

ふむ、そう考えると、それをどれだけ大きな単位で成し遂げたいのか、どれだけ深く成し遂げたいのか、みたいな部分が目標に関わってくるのかもしれない。

音楽を楽しみたいという目的のための目標設定とはどういうものなのだろうか。

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