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2015年1月22日 (木)

怒りや嫉妬をマネジメントする

最近再び聞き始めたPodcastの中で、怒りや嫉妬をマネジメントするというテーマがあって、その方法論が基本的にはどちらも「抑える」方向であるのがふと気になった。

もちろん、一般的な話としては怒りや嫉妬は抑えた方が良くて、それは本人だけでなく周囲にとっても良い事なのだが、もう一歩踏み込んで、上手に怒る、上手に嫉妬するという方法論はないのだろうか。
話の中では、ポジティブに転化した話(怒りをバネに努力して成功するといった話)も出ていたのだが、それは抑えたエネルギーを別に使ったという話で「上手に(相手に意図を伝える上で)怒る」という話ではない。

とはいえ、教育論の中には、「怒るのではなく、叱る」といった事もよく言われるので、怒るというのは結局外に発散される限りはネガティブな現象という事なのであろう。それを抑えるのは、ぶつけられる被害者となる相手の為ではあるのだが、相手の自分に対する感情にも影響するので、結局は自分の為でもある。(血圧が上がるとか、そういった話はまた別。)

ただ、怒るも叱るも相手にとっては同じだったりする事もあるわけで、自分の中の「意識として」使い分けても仕方がない。「上手な怒り方=叱り方」と考えるのであれば、方法論として怒り方のマネジメントというのがあっても良いような気がする。

一方、怒りが主に外に向けられるものなら、嫉妬は主に内に向けられるものなので(嫉妬から相手への嫌がらせとかをするのは話が別だが)、こちらはよりポジティブな方向への昇華の仕方が知りたい所だが、内容としてはやはり抑える方向だった。

何故そのよう事を考えてしまったかといえば、何となく自分の感情が枯れているような気がしてきていて(周囲からはそのように見られていないかもしれないが)、もう少し怒りや嫉妬もした方が良いのではないかと感じてしまったからだ。

もちろんそれはネガティブに発散したり籠ったりするものではなく、あくまでも行動のエネルギーとしてという事なのだが、嫉妬を抑えるために心のシャッターを降ろすなんて話は、嫉妬なんてものを感じる前から降ろしっぱなしだしなぁとか思ってしまったりして、何やら別の意味の課題を感じてしまったりしたのだった。

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