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2015年1月30日 (金)

惰性感

気が付いたら1月が終わろうとしている。

チラッと今月のエントリーを見直してみたが、どうにもまとまりがない。全体に苦し紛れというか、今日のエントリーもそうだが、無理矢理書いているような印象がある。内から迸るものが・・・とまでは言わないが、書かずにはいられない的ではなく、明らかに書かなければ的に書いている。

では休んでしまえとも思うが、それも何となくできていない。経験上、そういった形で休めばまず再開できなくなるからだ。いやまぁ、一時休止ではなく完全休止のつもりならそれでも良い訳ではあるが。

そういった惰性というか、あまり明確な意思なく続けてしまっているという事は決して少なくない。そのように感じた時に、止めてしまう覚悟がない。現実問題として、それを止めてでは代わりに何をやるのか、という事もある。そういったものなしに止めてしまっては、何もしない人生になってしまう。それはそれで(なんとなく)嫌だったりするのだ。

何かを止めるのは、それが嫌だったり無駄だからといった理由ではなく、他にやりたい事があるからという理由の方が良い。理由というよりも、動機だ。止めるのは理屈でも始めるのは動機である。それがないままにそれまでやってきた事を止めても、そこからは何も生まれない。


少し前にこんな事をtweetしている。

今日のスキーは平穏無事に終了し、帰りの渋滞も全く無かった訳だが、昨日を思い出して今オケを辞めたらどうなるだろうとか考えてしまった。もちろんオケがではなく自分がどうなるのかという話。
送信 1月12日 18:28 From Hootsuite

そもそも日曜午前中の予定がないなんてコトは想像だにしない生活を15年以上続けている訳で、そうなった場合の休日の過ごし方というのが全く想定できない。
送信 1月12日 18:33 From Hootsuite

一方で与えられたものではなく求めたものである以上、そこから何が得られるのか、何を得ようとしているのかは、本当はもう少し真剣に考えるべきなんだな。
送信 1月12日 18:35 From Hootsuite

少なくとも惰性ではダメなのだよ。

・・・惰性だけど。
送信 1月12日 18:36 From Hootsuite

オケの活動に惰性感を感じるというのは、自分にとっては由々しき事態ではある。が、そうした呟きが出る程にそうした感覚が強くなっているのも確かなのだ。といって、楽しくない訳ではないというのが悩ましい。

暇だからそんな事を考えてしまうのだという事もあるかもしれないが。

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