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2015年2月27日 (金)

モノと付き合う

今朝のスタバは沢山並んでいた。

桜タンブラーの発売開始という事で、こうしたタンブラーの人気はすごいなと思うのだが、一方でそうしたタンブラーが使われているのってあまり見ないような気もする。そういった意味ではすでにコレクションアイテムと化していて、買う人にとっては実用的なアイテムという訳ではないのだろう。

コレクション、というと、そういう気持ちは最近はほとんどない。昔は・・・多少はあったのではないかと思うのだが(食玩とか)、最近は「使わずに飾るモノはモノにあらず」的な感覚もあって、およそ実用的な場面が想像できないモノにはほとんど食指が動かない事が多い。

もちろん、実用的という条件を満たせば、なるべく変わったモノを買うというか、実際には想像しただけで現実に使えないようなモノを買ってしまう事もあるのだが、そうしたモノはさっさと処分したくなってくる。まぁどうして手放せないモノはあるといえばあるのだが。

最近の例で言えば、SmartBand Talkがそうだよな・・・と思ったら、今日も着けてくるのを忘れていた事に「今」気付いたりした。iPhoneをXPERIAに機種変更する動機の一部であったにも関わらず、このデバイスは思ったような使い勝手ではなく、自分の生活に変化を与えるモノではなかったらしい。まぁ習慣化まではもう少しかかるというか、着けていれば通知があって(イマイチ安定しないというか上手くコントロールできていないが)それはそれで便利なので、もう少し使ってみようかなとは思うのだが、このままでは早晩使わなくなりそうな感じではある。

さて、スタバのレジの前ではまだタンブラーを買う人達が並んでいる。そういえば最近タンブラーを使っていないな〜と思うのだが、サイズ的に鞄に入れて持ち歩くにはちょっと大きいんだよね・・・。

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2015年2月26日 (木)

タスクの設定

時間がたつのが・・・微妙に早い。微妙にというのは、はっきり早さを感じている訳ではなくて、でも気がつくと流れてしまっているという感じだからだ・・・っ、そんな書き出しでどう続けるつもりなんだ?

とはいえ、一定のまとまった時間の中に、様々な仕事を詰め込んだ場合と、一つの仕事にじっくりと集中した場合とでは、どちらが時間的効率が良いのだろう。一般的には集中した方が良い気がするが、結果として後回しになるものも出てくる。そこは優先順位の問題といっても、低いから後回しで良いという訳でもない。

面倒なのは、集中すべき優先順位の高いタスクにゴールが見えないものがある事だ。いやそれはタスクの設定の仕方に問題があるのだといえばその通りかもしれないが、優先順位が高いにも関わらず、それをする事が他をしない一種の逃避的行為になってしまっている事がある。

結局はタスクの設定の仕方の問題で、具体的には時間配分、もっと言えば所要時間の見積もりという事ではあるのだが。

年明けに一度計画を見直してそれなりに割り振りをして、しばらくは進んでいたのだが、いつの間にかそのメンテナンスが追いつかなくなっていた。その辺りをどう回していくかというのは、自分の場合永遠の課題というか、どうにも自分のスタイルを見つけられないままでいる気がする。

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2015年2月25日 (水)

しばらく朝食を抜いてみる

朝食を食べるか食べないかという諸説は様々あって、自分の場合は会社的にも個人的にも食べた方が良いという考えの側にいるのだが、一方で1日の総摂取カロリーを考えると、どこかを抜いた方が良いのではないかと考える事もあって、その場合は朝食になってしまうかなと考えている。

そういえば、この手の話で、「昼食を抜いた方が良い」とか「夕食を抜いた方が良い」といった話はあまり聞かない。特に健康に結びついた話では、ほとんどないような気がする。何故朝食なのかは、おそらく抜きやすいという事もあるのだろう。

とはいえ、諸説ある以上は、何方が正しいとかではなくて、個人の感覚の問題とも言える。そんな訳で、しばらく朝食を抜いてみる事にした。大体において、朝を食べなくて良いという人は、まず自分の経験があって、そこに色々な理屈を加えているが、朝食べるべきという人は、自分が実際に食べなかった経験を語る事があまり無いように思えるからだ。もちろん、それは一度二度抜いたという話ではなく、身体がそのサイクルに慣れる程度にはやってみて、初めて経験として語れる事になる。

まぁ賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ(だっけか?)という話もあるので、自分の体験だけで語る事に説得力があるとは思えないが、別に他人がどうこうという話ではなく、自分がどうかという話である。抜いてみてダメなら戻せば良いだけの話だ。

もっとも、朝何も口にしないわけではなく、スタバのラテを飲んだりはする。これはそこそこのカロリーはあるし、夕方に飲んだりすると夕食の食欲が薄れたりするぐらいなので、結局食べてないとは言い切れない状態で終わるかもしれない。

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2015年2月24日 (火)

何かを始める

この所ブログの更新が安定しないな〜と思いつつ、そもそもネタが安定していないんだよと考え直す。特にテーマも定めず、事前にネタを収集もせず、その時思いついた事をただ書いているだけだから仕方がないといえば仕方がない。

今日は火曜日で、これまでであればU響の練習のために楽器を持ってきている所なのだが、休団という事に?なったので、楽器はなし。これを気持ちが楽になったというべきか、喪失感があるというべきか。多分しばらくは両者が入り混じったような感情を火曜日には感じるのであろうが、それもそのうち日常の中に流されてしまうだろう。

実際、自分の中で楽器やオケがどの程度のウェイトを占めているのかは、よく分からない部分がある。プライベートの予定の多くはオケに絡むものだから、一見すれば相当なウェイトを占めているような感じだが、行動はともかく、気持ちとしてはどうなのかというのはやや心許ない。スキーも同じで、滑っている時の楽しさとは裏腹に、自分が何を目指しているのか、スキーに何を求めているのかは、よく分からない。

少し前に書いたが、精神的な貪欲さというか、欲望野望といった気持ちが薄いのだ。それはそのまま目的意識の低さにも表れ、ただ流されるように行動だけが積み重ねられる事になる。その辺りは、どんなに理知的に計画を立てることが出来たとしても、そもそもの欲求のレベルが低いために、どうにも根本の推進力が弱いみたいな話につながっている。

こういう気持ちの部分は例えば環境を変えたりしたら何とかなるものなのだろうか。いやそもそもの動機を考えるとあまり得策とは言えない。よく、行動を変えるには、気持ちではなく環境を変えることだという話があるが、あれは気持ちはあるけど行動を変えられない人へのアドバイスであって、気持ちがない人への処方箋ではないような気もする。

もっとも、よく新人には、しのごの言わずに任された事をやっているうちに好きになる、みたいなアドバイスがあるので、環境を変えるというのもそういった効果はあるかもしれない。冷静に考えると、それはその人の気持ちを仕事に向くように作り変えるという事なので、当人の気持ちとかは全く関係ない会社都合の話ではあるのだが。

いずれにせよ、U響の練習がなくなるというのは、それなりの転機であり、環境の変化でもある。気持ちを新たにする、みたいな気持ちは毛頭ないのだが、何かが起こるような何かを始めてみても良いのかもしれない。

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2015年2月20日 (金)

寝落ち

最近朝の電車での寝落ち度がひどい。

もともと寝ることも想定して各駅停車にしているので、それはそれで良いのだが、うたた寝という感じではなくて、完全に意識が飛んでいる。以前は待ち合わせのある駅では寒くて目が覚めたりしたのだが、それも最近はなくなっている。(端ではなく中程の席に座るといった防衛策もしているが・・・。)

それでも不思議と手前の駅で目が覚めるので、今のところは支障はない感じだが、睡眠不足という事なのだろうか。冬場はスキーもあるので、土日に少し長めに寝るという事も出来ないしな〜。

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2015年2月18日 (水)

プログラムを組む

F響の選曲案を考え中なのだが、なかなかまとまらない。

やりたい曲を組み合わせたアラカルトのようなプログラムではなく、最初から最後まで一つの思想で貫かれたフルコースのようなプログラムを組みたいんだよ!
送信 2月17日 12:25 From Hootsuite

もちろんコースの要となる料理(曲)はあって良い。でも全体を貫く意図はそれだけでは語れない訳で。
送信 2月17日 12:28 From Hootsuite

それでもこれだけの条件ならそれなりに考える事が出来るのだが、これに加えて、普段あまりクラシックに馴染みのない方が興味を持ちそうな、人を集めやすいプログラムという条件が加わると、途端に厳しくなる。そうした条件で挙がってくる曲で組もうとすると、どうしてもアラカルトに近くなるからだ。

オリジナルなストーリーは、むしろマイナーな曲の方が組みやすい。

そんな事を考えていたら、昨日のU響の練習後の飲み会(結局休団する事になったのだが、昨日は預かっていた楽譜を返しに行った)で、そもそもお客をどれだけ集める必要があるのか、と言われてうーん・・・と考えてしまった。プロオケのように生活がかかっている訳ではないから、そのように考えるアマオケプレイヤーも少なくないだろう。もちろん結果として集まればそれは嬉しいが、人を集めるために選曲でやりたい曲を諦めるという事までするのかという事はあるだろう。
(実際そのような意見を言われたこともある。)

一方で、やりたい曲は無数にあって、何であっても楽しいのだから、むしろ演奏会として盛況である方を目指したい、という考えも分からなくはない。F響では2年に一度の第九演奏会がほぼ満席に近い状態になるのだが、あれは確かに気持ちが良い。好きな曲はいくらでも聴けるが、満席の演奏会がもたらす一体感は、そこでしか味わえないものだ。

そこで両者を満足させるようなプログラムは組めないかと考える。

もっとも、そうやって考えた時に重要なのはやはり後者の条件をいかに満たすかになる。プレイヤーはなんだかんだ言っても、やってみれば楽しい事の方が多い。やりたい曲よりも、聞いたこともないような曲の方が、思わぬ発見がある事もある。自分がアンサンブルOのようなオケから離れられないのは、そうした要素が強い。

ただ、プレイヤーが聞いたこともないような曲で、一般の方を惹きつけられるかといえば、それは別の話である。そこにプログラムを組む難しさがある。

今考えている方向性は大きく2つ。

1つはクラシックでよく知られているメジャーな曲を軸にするもの。
もう1つはクラシックではない領域の音楽を軸にするものだ。
ただし、どちらもそれらの曲が必然性のあるストーリーを持ったプログラムの中に組み込まれなければならない。

さて、どうするかね。

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2015年2月17日 (火)

VAIO Z

ふと外を見ると雪が降っていた。そんなに寒かったのか・・・。

新しいVAIO Zが発表されて、その紹介記事がPC Watchだったためか、そのスペック重視のコンセプトにちょっとクラクラしてしまった(ポジティブな意味ではなく)。

国内メーカー技術の粋を凝縮した新生「VAIO Z」
~28W CPU搭載。数々の部品を専用開発し打鍵音までチューニング
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/20150216_688307.html

個人的にVAIOというブランドは好きだし、そのベースにスペックへのこだわりがあることは認めるが、こうして記事になったスペック紹介を読むと、「それで?」という感じになってしまう。

もっとも、これはこれで一つの方向性だという事も分かる。この手の製品は「分かる人だけ分かれば良い」という割り切りが重要だ。「顧客視点ではなく個客視点」と社長が記者発表で言ったそうだが、それはマスな形でグルーピングされた顧客ではなく、ニッチな形に細分化された個客に対応していくという事だ。製品側から見れば、「分かる人だけで良い」と、その他の見込み客を切る事でもある。

プレミアムをめざすというのはそういう事だ。受け入れられるかはまた別の話だけれども。

一方、こうした場合によく引き合いに出されるAppleは、そもそもプレミアムをめざしていない。上質という意味でのラグジュアリーはめざしているかもしれないが、そこで提供される価値は基本的に万人向けで、特定の対象に限定されていない。一見限定されているように見えるのは、まだ数が少なかった頃にユーザーが創り上げた幻想のようなもので、Appleの製品には、常に世界をその体験で席巻していくスタンダードをめざす思想が見える。

その発想は、決してプレミアムではなく、むしろスタンダードを志向しているものだ。それが受け入れられたからこそ、iPhoneの成功がある。もちろん、初期のマーケティングにおいてはプレミアム感を演出するという事もあっただろうが、あくまでもステップの一つであり、当初からスタンダードをめざしていなければ、ここまでの広がりは実現できない。

VAIO Zがプレミアムを志向するのであれば、とことんその方向に突っ走って欲しいとも思う。「雨漏りした」とクレームを入れた客に「うちの車を雨の中走らせたのか!」と怒ったという逸話を持つフェラーリのように、「iTunesが動作しない」「Zでは無料で配布されるようなソフトは動きません」と言い切るような潔い孤高感があって良いような気もする。

・・・まぁ、自分はついていけないけれども。


そして気がついたら雪はやんでいた。

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2015年2月16日 (月)

新しいモノを試す

最近「疲れた」という言葉がふと口をつく事があって、その度にいかんいかんと思うのだが、実際に疲れたというよりも、精神的なテンションの低さというか、いわゆるモチベーションとか呼ばれているものが湧き上がらない事に起因しているような感じがある。息抜きや休息というよりは、期待や何というか野望のようなものが必要なのかもしれない。


そんな話はさておき、XPERIA Z3 Compactが2度の修理から戻ってきた。1度目はマイクの故障で交換、2度目はパネルの不良で修理。交換と修理の線引きが何処にあるのかは分からないが、交換だけでなく修理という事もあるらしい。もっとも、2度目は初期不良のようなもので、引き渡されて24時間も使ってないのだからそれで済むということなのかもしれない。

修理で済んだと言っても、引き渡す時に初期化してしまっているので、設定は1からやり直す必要がある。とりあえずプリインストールされているアプリをアップデートし、必要なアプリをインストール。データは基本的にクラウドなので、特にバックアップから戻すといった事はない。以前にも書いたように、自分が使っているアプリはクラウドにデータが保管され、その他のデバイスでもマルチに使える事が基本条件になっている。

これはiPhoneを使っていた頃からで、お陰で移行などにはほとんど支障がないのだが、利用範囲に幅がないとも言える。キャリアが独自に提供しているようなサービスも、メールを含めてあまり使用していない。さすがに全く使用しないという事はないが・・・。

とは言うものの、こうしたモノは、基本的に買った直後から古くなっていくので、何か新しい事を試すのであれば、新しさが残っているうちが良く、可能であればそこで固定してしまうのが本来は理想だ。実際にはアップデートのたびにその進化にハードがついていけなくなってしまうものではあるが、であればなおのこと楽しめる内に色々と試しておくという考え方もあるだろう。

結局は少数の固定アプリに戻っていくのだろうなとは思いつつ、ちょっと物色してみようかななどと考えてみたりする。まぁその辺も「疲れた」に押し流されてしまうのかもしれないが。

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2015年2月12日 (木)

中小企業の比率

昨日はそれほど遅くなく寝たはずなのだが、今朝の電車での寝落ちは、落ちるというより切れるといった方が良いような意識の飛び方だった。

そんな話はさておき、昨日ふと思った事が2つある。

一つは、よく日本は中小企業が多いと言われていて、企業数の99%を占める中小企業が、日本の経済を下支えしているという話があるが、そういえば「多い」というのは、どこかと比較しての話なのか、例えば海外諸国と比べて中小企業の比率が高いという事なのか、という事。

それでちょっと調べてみたら、こんなデータがあった。
http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2013/2013honbun/i2310000.html

中小企業が国の経済に占める割合
(企業数)
日本:99.7%
アメリカ:99.7%
ドイツ:99.6%

・・・ほとんど変わらないじゃないか。

で、さらにこのデータで気になったのは、この企業数の割合に対して、被雇用者数は6割、付加価値は5割程度にあるという部分で、これって結局大企業の方がむしろ経済を支えている構造なのではないかという事。被雇用者を労働人口と考えれば、4割の被雇用者で5割の付加価値を生み出しているという事になるからだ。

もう一つは、よく日本人は「寄らば大樹の陰」的な国民性だと言われて、大企業志向が強いなんて事を言われていたりするけれども、だったら何故99.7%もの中小企業が存在するのか、という事。これは逆の見方をするなら、大企業の雇われとなる事を良しとせずに、独立してやろうと考える人がそれだけいるという事ではないのか。

もっとも、こちらはアメリカやドイツの中小企業の割合を調べる前の話で、仮に中小企業の割合が日本の方が高いのだとしたら、そうした国よりも「大企業の一員となる事を良しとしない」人が多いと言えるのではないかと考えたという事だ。他の国とそう変わらないのであれば、こうした割合が国民性と関係ないか、どの国も似たような国民性かのどちらかという事にはなるだろう。

何でこんな事が頭に浮かんだのかは定かではないのだが、せっかく思いついたので書き残しておく事にした。

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2015年2月10日 (火)

XPERIA Z1復活

先々週にマイクが壊れていて通話ができない事に気がつき、修理に出したXPERIA Z3 Compactなのだが、修理(というか交換)が終了して使い始めたら、今度はタッチパネルに不良がある事が判明し、再び修理という事になってしまった。

まぁその辺りのハズレ感はさておき、おそらく交換で済ませるのであろうに、何故iPhoneと違ってその場でしてくれないのかという気持ちにはなる。おそらくはメーカー側で実際に確認をしなければそうした対応が出来ないという事で、Appleの場合は直営店だから出来るという事なのだろうが、その辺りもう少し融通がきかないものか。

さて、前回の修理では、代替機として別メーカーの機種を用意してもらったのだが、思った以上に使い勝手が違っていて戸惑った。同じAndroidだから、という訳でもないらしく、特に入力周りのインターフェースの微妙な差に、感覚をアジャストできないのだ。
そこで、今回の代替機は、先々月使用をやめたXPERIA Z1を復活させて対応する事にしてみた。Wi-Fi接続で使い続けてもいるので、初期設定からやる必要もないし、入力のインターフェースも基本的に変わらない。

そんな訳で、しばらくはZ1復活である。もっとも、Z1を使用していた頃はiPhoneが主機だったので、メインマシンとしては初めて使うようなものだ。ま、実際には主機といってもたいして使わないんだけどね・・・。

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2015年2月 9日 (月)

演奏会終了

U響の定期演奏会は無事終了。弦の心配はあったのだが、会場ではそれほどでもなかった。多少ムラがあるという事かもしれないが、昨日のF響の練習でもそれほど気になる事はなかったのでそういうものかもしれない。もっとも、先週書いた通り、音に囲まれているから気が付かないだけという可能性はある。

今回のU響のプログラムは、前半は経験曲、後半は初めての曲だったのだが、正直譜読みが追いついていなかった。本番1週間前にようやく音が身体に入るというのは、明らかに遅い。可能性としては(トラで乗るオケのように)そうした状態にもならないまま本番を迎える事になっていたかもしれない。

そんな事もあって、U響については今回で一区切りとする事にした。楽器を弾く時間を確保するという意味では、平日練習のオケはむしろ貴重なのだが、楽曲に対する姿勢としては中途半端になるのは否めない。楽しさに後ろ髪はひかれるのだが、ここは一度はっきりさせた方が良いと考えた。ただ、その分の楽器に触れる時間の確保の問題はどこかで考えなければならないだろう。

U響に入団したのは、2013年の1月だから、2年とちょっとお世話になった事になる。その間に5回の定期演奏会を経験した。マーラーの巨人、ドヴォルザークの新世界、ブラームスの4番までは過去経験のある曲だったからなんとかなっていた(それでも弾ききれたとは言い難い)が、その後のブルックナーの6番、今回のシューマンの1番は反省点が多い。そんな状態でも受け入れてもらえた事は大変ありがたかったが、それに甘えていたのも確かで、その甘えはF響やアンサンブルOにも波及してしまっている。

そういう惰性のような妥協的気分はどこかで断ち切らなければならない。その辺りの折り合いがついて、きちんと向き合えるようになれば、また戻れる日もあるだろう。


・・・で、そうなってくると今後課題となるのはF響をどうするかという話である。そもそも惰性と妥協といえばF響の方が問題はあるのだが、付き合いが長すぎてしがらみが積み重ねられすぎてしまっており、ズルズルと先延ばしにしてしまっているんだよなぁ。

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2015年2月 6日 (金)

弦の劣化

U響の本番は明日2/7という状況なのだが、昨日のKオケの練習でちょっと困ったことに気づいてしまった。

弦が劣化してないか?

大音量の中で弾いているF響やU響と違い、Kオケは1人のため、自分の音が分かりやすい。少し前から何となく弾きにくさというか、発音のし辛さを感じていたのだが、改めて1人で弾いてみると、明らかにこもっている感じがする。元々ドミナントには音程のシビアさを感じていたのだが、それに輪をかけるだけでなく、以前のような「当たった時の気持ち良さ」も消えてしまっている。

メンバーの1人からは、練習後に「調子が悪いのかと思った」と言われる始末。自分が感じているだけでなく、周囲にそのように伝わってしまっているというのは結構深刻である。そう言われると、火曜日に個人練習をした時も、正直あまり気持ち良くは弾けていなかった。

いくら何でも11月末頃に張り替えて正味2ヶ月程度で・・・と思ったのだが、ネットで検索してみると(ヴァイオリンの話がほとんどだが)1〜2ヶ月や、数週間という評価もあったりして、いよいよそうである可能性が(逆に)高まってしまった。ナイロン弦は劣化が早いとは言われていたが、そうか、そんなものなのか・・・。

少し気になるのは、そうした事を感じ始めた時期と、チューニングが安定してペグで調整する必要がほとんどなくなってきた時期とがほぼ一致している事だ。あまり気にした事がなかったのだが、もしかして、チューニングをいじる必要がなくなるのは弦が劣化して伸びきった状態になったからで、それが交換時期の目安という事になるのだろうか。だとしたら、スチール弦であっても結構そういう状態で弾いていることが多かったので、いろいろ残念な話になってくるのだが・・・。
(そういう意味では、ドミナントは劣化が「早い」のではなく劣化による変化が「激しい」という事かもしれない。)

さておき、さすがに今から張り替えるのは少々厳しい。F響であれば、土曜G.P.の日曜リハと本番なので、まだ賭ける余地があったかもしれないが、U響は明日リハ本番で、張り替えた後に馴染む時間がほとんどない。チューニングの安定性を考えれば、リスクも高い。

周囲の面々や指揮者やお客様には申し訳ないが、今の状態で臨むしかないだろう。うーむ・・・。

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2015年2月 5日 (木)

大雪

今日はKオケの練習日なのだが、予報は大雪。一応楽器は持ってきてしまったが、状況によっては中止を決めなければならない。個人の判断で良い気もするが、集団行動を基本とするオーケストラは、自然に「欠けてはいけない」意識が働くため、個人の事情よりも集団の事情を(個人が)勘案して無理をしてしまいやすい。そこで中途半端に対応が分かれるよりは、組織として方針を決めてしまった方が良かったりする。

ただ、都内での雪というのは判断と対応が難しい。降雪のケースが少ない事もあって、降る量とトラブルの発生の仕方とその対処のパターンがバラバラで読みにくいのだ。都内におけるトラブルのパターンの多くは、「予想していなかった」「備えていなかった」に起因しており、雪国では普通に対応できる例に対応できなかったようなケースである。これは逆に予想と想定さえしておけばさほどトラブルにはつながらないという事で、今回のように事前の注意喚起がなされている場合、想像以上にスムーズに対応できてしまったりもする。

台風などは明らかに非日常の天災なのだが、雪というのは地域によってはそれが当たり前(どころかはるかに多い地域もある)であり、東京における雪のトラブルはそうした知恵を十分に活かしきれない人災に近い部分があるのだ。不慣れがあるのは仕方がないが、人災は人の手で防ぎ備える事が出来るからこそ人災なのであり、前回と同じ降雪でも今回は起こらないトラブルというのも十分に考えられる。

もちろん、常に想定を上回る事はあり得るので(雪に慣れた地域でも起きる時は起きるのが自然災害だ)、だから問題ないということはないのだが、そんな訳で問答無用に練習を中止とするのは判断が難しかったりする。

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2015年2月 4日 (水)

演奏精度

昨日は休みを取ってU響の本番に向けた練習をした。
いや、正確にはそのために休みを取ったという訳でもなくて、土曜日に会社に出たので何処かで休みを取ろうと思ったら、火曜日しか空いていなくて、夜はU響の練習もあるからでは練習しておくか、という話ではある。

とはいうものの、弾けないパッセージをひたすら反復練習・・・という事は出来なくて、ここまでくると弾けるところでミスをしないための確認に近い練習になる。ポイントは、次の音への流れと他のパートの音が自然に浮かんでくるかで、それが出てこない所は大体弾けていない。特に重要なのは周囲の響きを思い浮かべられるかどうかで、結局アンサンブルというのはその響きの中に溶け込む音を出せるかで決まってくる。無伴奏のソロを弾くわけではないので、自分の楽器だけで完結しても仕方がない。

もっとも、そうした準備をして臨んでも、夜のU響の練習ではそこから先の演奏精度がひどい状態だったが・・・。

オケで弾くと音が荒れるという話はよく聞くが、きちんとしたアンサンブルが出来ていればそういった事はなくて、荒れるのはオケのせいではなく自分の問題である。

オーケストラのアンサンブルの中で音が荒れるのは、自分の楽器の音を自分の耳でモニタリングしようとしてしまうからだ。あれだけの響きの中で、自分の楽器の音を聴こうと思ったら、音量を必要以上に上げるか、音程を外すしかない。逆にいえば、そうした時に自分の音が聞こえている訳で、それを頼りに弾けば弾くほど演奏が荒れるのは道理ではある。ソリのパートならともかく、ハーモニーとして構築されている音楽の中で、自分の音だけが聞こえていたら、それはハーモニーとは言えないだろう。

自分の楽器の音をモニタリングせずに音を正確に出していくには、演奏の精度を高める練習が必要になってくる。それは反復練習である事もあるし、アンサンブルの中でしかできない練習である事もある。個人的に足りてないのは前者だが、オケ全体を見回せば後者である事も少なくない。

それにしてもF響の新世界の時にも感じた事だが、本当に演奏精度が落ちてきている。なんというか、イメージ通りに音が出せていない。いやもちろんイメージ通りに音が出せたらプロになれてしまうのだが、どうにも頭の出している指令を手指が再現できない状況が増えている気がする。

どうしたものか。

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2015年2月 2日 (月)

好きにするという事

好きにしたら?・・・オケの運営に関しては、最近そのように感じてしまう事が少なくない。もちろんそれは「勝手にしたら」という放置の意味ではないし、「やってみなはれ」という承認の意味でもないので、必要であれば意見は言わなくてはならない(もちろんそれも陰で言うのではない)と自覚しているのだが、大抵の事については、やりたい人がやりたい方向に引っ張っていけば良いと感じている。

いるのだが、やりたい事がある人はやり方が伴っていなくて、やりたい事がない人はそのやり方を気にする事が少なくなかったりする。会社組織であれば、上がやりたいといえばそのやり方を考えるのは下の役割だが、アマオケのような組織ではそうした形は当てはまらないので、やりたい人は自らやり方を考え、どうやったら上手くいくのか考えなければならず、その際にはやりたくない人の事もよく考えなければならない。

個人的には、やりたくない人は放っておけよとも思っているのだが、それは無視するという事ではなくて、彼らの意思を無効化するような方法を考えようという事だ。やりたくない人をやる気にさせようと考えるのは、その対極にあって、ハイコストハイリスクローリターンにしか思えない。いや、仲間意識とか仲良しクラブのようなあり方を志向しているなら、そう考えるのも分からなくはないのだが、アマオケなんて本来もっとドライな関係のはずである。

とまぁ愚痴と毒を吐いた所で、では進め方を考えますか。もう自分は意見を言うだけに済ませて、後は好きにしたらと思うのだが、そうも言っていられない状況に陥るのは何故なんだか。

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