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2015年3月12日 (木)

プログラムノートを書く

昨日は帰宅前に図書館に寄った。

今日は図書館に寄ってエルガーの情報をインプットしよう。プログラムの曲紹介って、前回の第九で書いてるからそんなに間は空いてないんだがな。
送信 3月11日 19:11 From Hootsuite

久しぶりなのか、またか、なのかはともかく、F響のプログラムノートを書くことになったので、必要なネタを探しに行く。前回書いたのは2013年の第九のプログラムノートだが、その時のメモはこんな感じだ。

・ウィーン・フィルハーモニーによる1843年の初演時のリハーサル回数は13回
・シラーの詩「歓喜に寄せて」全編に音楽をつけようと決心・・・1793年1月26日付のボン大学教授フィシェニヒが友人のシラー夫人に宛てた手紙で確認できる
・「彼はシラーの『歓喜』を、全節作曲することを企てています。私が知るかぎり、彼はひたすら偉大なもの、崇高なものに向かって思いをこらしています」
・この「天才」を体現しており、ヘルダーやゲーテ、そして後にはシラーの偶像となったのが、ギリシア神話で人間を創造し、火を与えたとされるプロメテウスであり、近代の芸術家ではシェークスピアだった。
・シラーなどの詩で歌われた「歓び」は、18世紀には英語のenthusiasm(熱狂)の訳語でもあったのだ。
・歓喜に寄せての発表は1786年。ヨーロッパではフランス革命前夜、アメリカ独立宣言が1776年。
・1節8行のソロと4行の合唱で全9節108行の詩。同時代の人たちから熱狂的な支持を受け、多くの研究者が否定的な評価をしている。
・第九に使われたのは、1803年の改訂版。多くの人が親しんだのは1786年初版で数多くの曲がつけられた。第二次大戦後にドイツで出版された歌集では民謡と化しているほど歌われていた。
・晩年のシラーはこの詩について批判的な意見を残している。
・50以上の曲がつけられ、酒場で歌われる「集いの歌」となっていた。
・ベートーヴェンはそうした集いの歌の要素を極力排除して編集し、普遍的なメッセージを活かそうとしている。
・初版発表時のベートーヴェンは16歳。シラーは27歳。
・当時の人たちが感じていたのは、第九からイメージされる「苦悩から歓喜へ」と言ったものではなく、友と酒を楽しむ歓びが歌われていた。

まぁ最終的に完成したものを改めて読み直すと、それほど使用している訳ではない。アイデアとして合唱団の声を盛り込んだので、それほど独自の文章を入れる余地がなかったのだ。

今日は時間があるので、長くなるが全文引用してみる。文中指揮者ソリスト以外の人名は伏せた。

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プログラムノート 歓喜に寄せて

手塚治虫がベートーヴェンの生涯を描こうとした未完の作品「ルードウィヒ・B」に、若き日のベートーヴェンがフリードリヒ・シラーの「歓喜に寄せて」(An die Freude)に感動し、曲をひらめく場面がある。ベートーヴェンがシラーの詩に出会ったのは1972年のことであり、知人の書簡には彼が全節に曲をつけることを考えているという記述が残っている。

ベートーヴェンの交響曲第9番を大きく特徴付けている第4楽章の「歓喜に寄せて」の歌。このプログラムノートでは、出演する合唱団のみなさんのメッセージとともに、「歓喜に寄せて」に迫ってみたい。(文中Sはソプラノ、Aはアルト、Tはテノール、Bはバスをさす。なお、今回多くのメッセージをいただいたため、すべては紹介しきれなかった。プログラムに挟みこんである「出演者の声」もぜひご覧いただきたい。)

「日本の年末はベートーヴェン作曲の「第九」が合唱付きの競演で活況を呈する。3年の歳月をかけて1824年「第九」は完成され、耳の聞こえぬベートーヴェンの心に鳴り響いた天上の音楽で、上の栄光を褒め讃えたシラーの詩「歓喜の歌」が声高らかに歌われる。今回の演奏会に参加できることは誠に歓喜の極みである。飯守泰次郎先生の指揮下で、合唱団員一同成功裡を念じ、この栄ある今日のよき日を共に祝いたい。」(A)

第九という曲の全体を貫いている「苦悩を超えて歓喜へ」というテーマが結実するのが、4人のソリストと合唱団が歌い上げる終楽章の「歓喜に寄せて」の歌だ。「O Freunde(おお友よ)」という最初のバリトンの歌い出しはベートーヴェンによる作詞、続くシラーの詩は、歓喜を意味する「Freude!」で始まる。府中市出身のバリトン、青山さんの声に力強く呼応するのは、合唱団のほぼ中央に陣取るバスパートだ。「学生の頃から合唱をやっていて、第九を歌いたいと思っていた。30才代で何度か歌わせてもらい、第九の奥の深さに感動した。定年後10年前からここで歌わせて頂いている。オーケストラと合唱という壮大な作品をドラマチックに歌えることに喜びを感じている。聴衆と舞台が一体となって響き合うよう、頑張って歌いたい。」(B)

その後ソロも合唱も声部を加えて盛り上がっていき、真打ちのようにソプラノが華やかな歌声を響かせる。冒頭に限らず、男声が口火を切り、女声が重ね合わされていくパターンが多いのだが、口ずさみやすい旋律のようでいて、実は歌い手には結構な技量が要求される。「生の第九を聞いた事もなかった私が初めて参加したのは所属する合唱団に入った翌年、ドイツ語も全くわからず悲鳴に似た声での練習、何度やめようと思った事でしょう。そして迎えた本番、オーケストラと合唱の響、プロの歌声の素晴らしさ、鳴り止まぬ拍手、歌い終えた達成感、自然と涙。再度、あの感動に会う為に今年も参加します。」(S)「私の府中「第九」の合唱初参加は1988年です。オーケストラで、しかも独語で歌い終えたとき、「歓び」というより「ほっとした」事を鮮明に覚えています。数年前から学生時代の友人達が聴きにきており、終演後、ミニ同期会を開きます。お互いに「健康」を確認し合い、楽しい一時を与えてくれるのが「第九」演奏会なのです。」(A)

今回で15回目を数える府中「第九」演奏会のオーケストラは、当初から府中市民交響楽団が担っているが、毎回公募される府中「第九」合唱団にも、何度も参加している人が少なくない。「30数年前朝日新聞に、府中市民響の団長のK氏が府中市でベートーヴェンの第九を演奏したいとの投稿を見て、私も是非実現出来たらと思った。その後商工会議所の知人を介して、K氏より相談を受け、第九を歌う市民の会を結成する。以来第九は一度も休むことなく参加。今後も歌える限り参加したい。」(A)「歌うことが好きで合唱を始め第九への参加は6回です。毎回熱意ある指導者、情熱的な指揮者とソリストに恵まれ、皆様に披露することができました。今回も市民響の演奏と合唱団、客席、会場が一体となって響きを堪能したいと思います。健康でこの場に立てることへの感謝と喜びを第九に込めて歌います。」(A)

中にはご夫婦で参加する人もいる。「第九を歌った時の感動を夫にも味わってもらいたいと誘ってから二人で4回目の参加です。だいぶ慣れた、と思いきや、増々むずかしくなるね、と楽譜とにらめっこ。いよいよ後半に入り、当日が近づくにつれ、たくさんの方の支えと参加できる事への感謝を忘れず、感動の日を迎えます。」(A)「両親は金婚式を迎え、夫は50歳に、私は年女に、そして我々夫婦は結婚20周年というイベント続きの年になりました。そんな折、ずっと参加したいと思っていた府中第九の応募を知り、夫婦揃って参加を決めました。記念年を締めくくる「歓喜」にふさわしい舞台に立てることを幸せに思います。」(A)「妻は府中市民交響楽団でヴァイオリンを弾いています。同じステージに立ちたくて、第11回演奏会に申込み、テノールを歌いました。厳しい練習も晴れやかな本番のステージもとても楽しくて、それ以来、囚になりました。今では孫達や友人に聴いてもらう恒例行事になりました。」(T)こうしたハーモニーが響き渡るのも市民による第九ならではだろう。

300人近い合唱団全員で神(Gott)を讃えた後、曲は一旦静まり行進曲がスタートする。一歩一歩を踏みしめるような歩みの中から高らかに歌い出すのは、青山さんと同じ府中西高出身で府中市在住でもある望月さん。ソプラノの半田さんも府中西高出身であり、府中「第九」の合唱を影で支えているのも府中西高合唱部。老若男女が集うのも第九の魅力である。「有名指揮者、ソリスト3名が府中西高出身、定演でいつも満席の支持を得ている府中市民響、西高合唱部を含む大合唱団、魅力満載です。そして世界最高の名曲、人類賛歌とも言うべき歌詞と旋律に感動し酔いしれます。定年退職後直ちに府中第九に参加し、又、市内某合唱団に入団、合唱を通じて多くの知己知見を得ました。」(B)

テノールのソロに男声合唱が続いた後、オーケストラが息も絶え絶えになる猛烈なフーガを奏で、一旦静まった後に最も有名な歓喜の主題が響き渡る。「人は何のために生まれてきたのか?幸せになるために生まれてきたと私は思う。「第九」を歌う時、私は幸せを感じる。そして、その幸せを皆で分かち合いたいと願う。いつか世界中の人々が「第九」を歌うようになったら、地上の楽園も夢でなくなるだろう。」(A)「多くの人の声のハーモニーがこんなにも力強く感動的なものなんだなと、6年前に初参加したこの「府中第九」の本番直後に目頭が熱くなったのを覚えています。聴く感動と奏でる感動を同時に味わえるこの機会。こうしてまた参加できることを嬉しく思います。」(T)「第九合唱は、世界の人々と一緒に歌える共通語の歌だと思います。地球上の人と心一つで、歓喜の調べを歌える喜びを感じます。」(A)

シラーの「歓喜に寄せて」は全9節108行に及ぶ長い詩である。この詩には発表時すでに曲がついており、当時50以上の曲がつけられていたそうだ。酒場に集った人々が興じて歌う「集いの歌」として大流行し、戦後のドイツでは「民謡」として歌集に収録されたりもしている。そうした当時の人たちを熱狂させた「歓喜に寄せて」はどんな曲で歌われていたのだろうか。もしかしたら、今日私たちが第九を通じて感じる印象とはまったく異なるのかもしれない。様々な解説を紐解くと、ベートーヴェンは単にシラーの詩に曲をつけたのではなく、自らの表現したい世界を表す言葉として、シラーの詩の一部を使ったというのが実情のようだからだ。そもそも友と酒場で歌うのに「苦悩を超えて歓喜へ」みたいな深遠なテーマは考えないだろう。ベートーヴェンはそうした要素は極力排除し、普遍的なメッセージとして「歓喜に寄せて」を再構築し、第1楽章から続く壮大な物語のフィナーレとしたのだ。

さて、順番が逆になってしまったが、それぞれの楽章についても少し紹介しておきたい。第4楽章の冒頭で「おお友よ、このような調べではない」と否定されてしまう(笑)のだが、それぞれの楽章も素晴らしい魅力に満ちている。

第1楽章は、のしかかる苦悩とそれと闘う強い意志。雷鳴のように轟く中間部のティンパニの連打や、地鳴りのように重苦しくせり上がってくる最後の低音楽器の響きは、当時耳が聞こえなくなっていたベートーヴェンの苦悩の深さを感じさせる。

第2楽章は歓楽的な熱狂。弦楽器や木管楽器が奏でる軽快な疾走感は、全力疾走のような心地よい興奮をもたらす。ちなみにシラーの詩の「歓喜」は、18世紀には英語の「熱狂(enthusiasm)」の訳語でもあったそうだ。

第3楽章は甘美な愛。繰り返されるヴァイオリンの変奏により、どこまでも穏やかな世界に誘われる。シラーの詩にあるElysium(楽園)はあるいはこうしたものかと想像させられるのも束の間、第4楽章の冒頭「恐怖のファンファーレ」がその世界を突き崩す。

そうした物語も感じながら、歓喜の調べを待ちわびて欲しい。

最後になってしまったが、順番が逆のついでに「プロメテウスの創造物」序曲について。この曲はベートーヴェンが残した2曲のバレエ音楽のうちの一つだが、現在ではもっぱら序曲しか演奏されない。人類に火を与えたとされるギリシア神話のプロメテウスの「創造物」とは、つまり人間ということなのだろうが、原作が残っておらず、どのような物語であったかは不明らしい。プロメテウスといえば、火の一件でゼウスの怒りを買い、ヘラクレスに助けられるまで張り付けにされた悲劇の神という印象があるのだが、音楽にはそうした重々しさはなく、軽快で明るい曲である。

それでは、本日の音楽をお楽しみください。
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第九のプログラムノートは文字数が多いので実は書きやすい。この時はアイデアの関係で足りなくなり、別紙を追加する羽目になったが、それはやむない事情で、基本的にF響のプログラムはコンパクトなため字数制限はシビアで、当然ながら指定された文字数内におさめる必要がある。

今回の担当は、序曲と協奏曲で、文字数は1,000〜1,300。第九のようにメジャーであれば曲の情報そっちのけで上記のような遊びも可能だが、多少なりとも基本情報を入れる事を考えると、意外と書ける事は少ない。

もっとも、昨日図書館にある書籍で入手できたネタは想像以上に少なかった。特に協奏曲に関してはちょっと背景情報が少ない。

さて、どう書きますかね。

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