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2015年4月30日 (木)

休日の平河町ライブラリー

昨日は休みだったが、夜練習があり、その前に久しぶりに平河町ライブラリーに行ってきた。
休みだったからではなく、休みだから、だろう。今年度からナイト&ホリデーというプランに変更し、平日夜と休祝日に使えるようにしている。それにしてもプラン変更後初めての利用で、利用料金が無駄な感じがするのは否めない。

平河町ライブラリーは、平日昼間の利用者が多く、夜や休日の利用者が少ない。昨日もほとんどガラガラで、のんびり利用できた。といっても何かを特別にしたという事はない。

昨日はそもそもが(平河町ライブラリーでも)のんびり過ごすつもりだったので、それはそれで自分としては良いのだが、周囲の利用者は熱心に勉強などをしていて、自分もそうしなければな〜という気分になる(〜のあたりがただの気分でしかない証拠だが)。

この連休は特に予定もないので(練習はあるが)、もう1〜2回は来る事ができるだろう。その時に何をするかだ。

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2015年4月28日 (火)

考えをまとめる難しさ

誰かに説明したい事、伝えたい事がある時には、だいたいパワーポイントで資料を作成するようにしていて、基本的に同じフォーマットで作成しているので流用も多々あるのだが、最近それだけでは考えがまとまらない事が増えてきた。

資料の作成そのものは格段に早くなっていて、これは主に以前考えた事を流用できる事に起因しているのだが、流用しているが故に、基本的に以前に考えた事を土台とした発想しか出てこない。

もちろん、それ自体がすべて悪い訳ではなく、特に話の一貫性を保ち、繰り返し伝えていくという点において、そうした組み立て方はあって良いと思うのだが、一方で発想の飛躍がないというか、停滞感を感じている。

伝えたい事を手っ取り早くまとめるには良いのだが、あまり楽する事ばかり考えていてはダメなのかもしれない。

ただ一方で、説明のたびに資料や内容が変わるのはどうなんだろうかという気もしていて、その辺りの一貫性というか、整合性を保ちながら考えを発展させていく難しさも感じている。

そもそも自分の思考癖は、目の前の事象や主張に対するアンチテーゼや別の視点を組み立てるという事をベースに成り立っているので、大元となる王道の発想に沿ってそれを強化していくという方向でまとめるのが苦手なのだ。そう考えると、流用という行為を、その主張を繰り返す為ではなく、その主張に反論する為に使うと良いのかもしれない。いやそれで伝えたい事の主題がまとまるのかといえばかなり疑問なのだが。

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2015年4月27日 (月)

音楽の楽しみを共有する

土曜日は会社の方に誘われた某大学OBオケに参加した。特に演奏会などは目的とせず、年に2回集まって音楽を楽しむというオーケストラで、名前はRオケとしておこう。参加者は基本的にその大学のOBの皆様なのだが、何人かそのメンバーから誘われた自分のような人間が混じっている。

先週書いたように、アンサンブルを楽しむための会なので、編成などには特にこだわらない。というか、ベースや打楽器がいないのに、プログラムで「悲愴」を選んだりする時点でその辺りは明白だろう。冒頭やラストでベースがいない悲愴というのは、一歩間違えば悲惨である。

・・・が、それもまた楽しみと思えば、それはそれで音楽の楽しみなのだ。音が多少欠けていようが、参加するメンバーがイメージを共有し、その状況を楽しむ事が出来れば、それは意外な程音楽として成り立つ。いや流石に録音を聞く勇気はないのだが、少なくともその瞬間、会場は至福に包まれていた(演奏そのものの辛さはまた別として)。

上手な演奏は、聴く人を和ませ、その心を豊かにする。
下手な演奏でも(失礼)、演奏する人を和ませ、その心を豊かにする点は一緒だ。

もちろん、聴く人も含めて至福の時間を過ごす為に、我々プレイヤーはしっかりとした演奏を届けようと練習を重ねる。Rオケの趣旨はそうではないが、F響の趣旨はそうである。

演奏会まであと僅か。しっかりと練習をして本番に臨む事にしよう。

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2015年4月24日 (金)

アンサンブルの楽しみ

昨日はKオケの練習があったのだが、スタート時点で集まっていたのは、フルート、トランペット、セカンドヴァイオリン、チェロの4人であった。

それでも終わる頃には弦が一通り(コントラバスは除く)そろい、フルートがもう1名とクラリネットが加わったのだが、もうそれだけでも充実感が異なり、テンションが違ってくる。

そうした状況を経験すると、オーケストラ、あるいはアンサンブルという娯楽は、人がそろってなんぼだし、だからこそ人集めが重要であると同時に、集まる事に感謝しなければならないよな、などと改めて感じたりする。それは欠席する人への怒りや不満ではなく、出席する人への感謝で表すべきものなのだ。

もちろん、充実したアンサンブルのためには、全員がそろった方が良い。その事は否定しない。休む人には休む人の事情があり、それはやむない事情である事もあれば、優先順位の問題である事もある。でもそれは、アンサンブルができる奇跡に比べたら、どうでも良いことなんじゃないかとも思う。いや重要なパートが抜けると途端にガタガタになってしまったりもするけれども、そうしたライブ感も楽しみの一つなのではないだろうか。

あるいは、最終的に人に聴かせるみたいな話になると、少し事情は違ってくるかもしれない。ただ、それにしたって、聴衆もアンサンブルの一部と考えれば、その一体感こそが重要なのであって、「音楽というサービス」を一方は提供し、一方は享受するみたいな捉え方になってしまうのは、なんだか寂しい気もする。

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2015年4月23日 (木)

企画立案のステップ

企画を立てるという事はどういう事だろうか。

何か新しいアイデアを思いつく
実行可能か検証する
実行可能な計画を立てる
合意形成を行う
実行体制を整える
実際に実行する
実行した結果を検証する
必要に応じて修正する

実現までのステップはこんな感じだろうか。企画立案に類するのは前半の4ステップになるかもしれない。

企画部門としては、結局こうしたサイクルを回して新たな取り組みを作っていく事が仕事としての成果という事になっていく訳だ。当たり前といえば当たり前なのだが、正直これまであまり意識していた事がない。仕事の多くがミッションとして与えられるもので、つまり最初のステップが他人のものだったからだろう。そうした場合は大抵意思決定も済んでいるから、合意形成のステップもそれほど気にすることがない。

そう考えると、最初のステップをもう少し厳密に分けて考える必要があるかもしれない。「どうやってやるのか」を企画するのではなく、「何をするのか」を企画する場合に、その新たな「何」をアイデアとして生み出すためにはどのようなステップがあるのか。

必ずしも無から有を生み出さなければならない訳ではない。既存のアレンジで新しいアイデアを生み出せる場合もあるだろう。何れにせよその辺りのステップを、ノウハウとして本などから学ぶのではなく、自分なりにはこうだなと捻り出せなければならない。

さてさて、自分はそこで何が捻り出せるだろうか。

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2015年4月22日 (水)

ブランドを具体的に話す

昨日は社内の勉強会でブランドについて話したのだが、そうして人に説明したりすると、まだまだ自分がその事を理解していないという事が分かる。特に昨日今日思いついたような事を話そうとすると、頭の中では整理できているつもりでも、伝わるように話す事ができない。

それはつまり、頭の中で考えているうちはインプットで、アウトプットへの転換はできていないという事なのだろう。本を読んでなんとなく理解したような気分でいても、相手が理解するように伝えるのはまた別の話だ。ましてやそれが自分でも消化中の内容では目も当てられない。

それでも、普段同じような問題意識を抱えている他社の担当者や、社内でも近い相手であれば伝わる事もある。というか、伝わらないなら伝わらないなりに、やりとりが発生してブラッシュアップができる。そうではない場合は、手応えがない上に、自分でも何を話しているのか分からなくなっていくのが辛い。

ひとまず反省点を挙げるとすれば、そもそもの資料の作りが概念論ばかりで構成されていて、ようはそういった話をある程度理解している人向けになっていた事だろう。具体的な事例を話す内容で補完できれば良かったのだが、その準備も欠けていた。資料だけを見返している時は気がつかないのだが、実際に資料に沿って話していると、抽象論ばかりの内容になっている事がよく自覚できる。

ブランドはある種の概念でしかないのだが、だからこそそれを語る場合は具体的な事実が重要なのだ。今週末にも部内で少し話す機会があるのだが、それぞれに話せる具体例を挙げられるようにしておこう。

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2015年4月21日 (火)

演奏会翌日の過ごし方

昨日は演奏会の翌日という事で休みを取っていた。年間の予定の中で、なるべく休みにするようにしているのは打ち上げで飲む事・・・というよりも演奏会のある週末は土日とも慌ただしい事が多くて、休日にやっておきたい事を諸々できなくなるからというのが大きい。
(まぁ昔は飲むからという要素が大きかったけれども、最近はそこまで飲まなくなったし。)

今回の土日は、土曜日に別のオケの練習も重なっていたのでなおの事だった。もっとも、振り返ってみると必要な事は金曜日の夜にもかなり済ませる事が出来たので、それほど慌ただしくはなかったと言えるだろう。

で、昨日は弦を張り替えた。ドミナントについてはずいぶん前に劣化について書いたのだが、不思議とそれ以降もそれほど音の張りが衰えなかったので、ズルズルと引っ張ってしまっていた。

今回は再びダダリオ。昨日は弾こうとしたら指に前日のダメージが残っていて、チューニング程度で済ませてしまったので、実際の弦の感触の評価はできていないのだが、やはりドミナントに比べると張りが強く感じられた。というか、やはりドミナントがそれだけ柔らかいという事なのだろう。ダダリオだって、最初に使った時にはかなり柔らかく感じたのだが・・・。

それで昨日は車のタイヤを交換し、洗車を(お願い)し、部屋の掃除を(少し)して、夜は会社の飲み会だったのだった。どちらかと言えば、一昨日よりも昨日の方が飲んだな〜。

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2015年4月20日 (月)

バレエ公演

昼にブログを書くというのも何だが、今日はお休みだったので・・・。

昨日はF響でバレエ公演のお手伝い。お手伝いといっても(昨日の打ち上げで話が出ていたが)、すでに20年の付き合いがあり、そういった意味ではもうお手伝いと呼ぶ領域は超えている気もする。基本運営はお任せだし、公演全体の演奏を担うわけではないのでお手伝い気分なのだが、きちんとした演奏は求められるし、練習時間は短いけれども、遊び気分で臨むわけではない。

一方で、自分たちの公演ではない分、色々と不都合もある。最大の課題は「待機時間」だろう。ステージでのリハーサルから本番までの待機時間は4時間。すべての演奏をする訳ではない(実際には大半の演目はテープの音源で行っていて、公演のフィナーレだけオケで演奏するというスタイルだ)ので、仕方がないといえば仕方がないし、といってオペラ「魔笛」の時のように、プログラム全体を担うとなれば、それはもう練習も含めて相当に時間をかけなければならない。

そんな訳で、演奏だけでなく、待ち時間とどう付き合うかというのが、毎年の公演手伝いの課題ではあるのだが、待ち時間は待ち時間として、演奏自体は悪くなかった。チャイコフスキーの「花のワルツ」と、ラヴェルの「ボレロ」という事で、弦楽器的にはそれほど負担が大きくなかった(ただしボレロの指へのダメージは事情により大きい)という事もあるだろう。

現実問題として、定期演奏会の練習の合間をぬって行うのだから、その辺りは選曲も含めて考えておく必要がある。理想は多少なりとも定期演奏会のプログラムとリンクさせてしまう事だ。フルオケでの伴奏は(一応)2年に一度であるし、どのみち客層は異なっているのだから、それがきっかけで自分達の定期演奏会にも来てもらえるようになれば万々歳である。

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2015年4月17日 (金)

品質ではなく満足に対価を払う

今日はセミナーに直行という事で朝から丸の内まで来たのだが、朝食をどこで食べようかと考えている内に会場となるホテルまで来てしまったので、まぁ良いかとそこで食べる事にしたら4000円弱の朝食になってしまった。

それはそれで経験ということで、後は(せっかく高いお金を払うので)時間まではここに居ようということで、ちょっと遅めにブログ書き。周囲を見渡すと特に閑散としている訳でもなく、まぁ大半はホテルの宿泊者なのであろうが奥ではミーティングをやっているらしきグループもいたりした。

さて、この4000円弱という料金は高いのだろうか、安いのだろうか。いやまぁ安い訳は(少なくとも料理だけのコストパフォーマンスとしては)ない訳で、基本的に何にお金を払っているかといえば、場所と時間にお金を払っているという事になる。

突き詰めればマクドナルドと同じである。

マクドナルドが「売っている」というより、利用者が「買っている」のであろう。高級レストランでさえ、目的は料理ではない事が多々ある訳だし。 / “マクドナルドは「ハンバーガー」を売っていると見せかけて、実は「50cm四方のベンチ」を売…” htn.to/hZAkyx
送信 4月15日 11:56 From Hatena

元の記事はこちら
http://warashibe-no-wa.hatenablog.com/entry/2015/04/08/190534

それがどの程度「見合うか」は、自身の価値判断の中にしかない。そこに何か客観的な基準や「原価からの判断」のようなものを求めようとすれば、乱暴な話だが他との競争になり、こうした価格設定や価値定義は成り立たなくなる。
(まぁ実際にはスタッフの人件費も含めて、この程度のコストがかかっているのかもしれないが。)

ブランドの価値というのは、提供する側以上に、受けとる側が作るものなんだな~と思った今日の飲み会。モノやサービスに対して「元を取る」発想というのは、間違いなくブランドの価値を下げる方向に働く。というか、考えてみたらブランド価値を上げるのは買った人間の評価なんだよ。
送信 4月15日 19:37 From Hootsuite

もちろんこれはラグジュアリー系の価値定義の話で、もっとスタンダードな領域における価値定義というのも存在する。いわゆる安全や安心といった評価軸は、評価する側の満足感以上に、提供側がどれだけしっかりとしたコストをかけているかで評価されるべきだろう。満足は主観的な問題だが、安全は客観的な問題だ(安心はやや微妙)。

その辺りは提供側として何を担保しようとするのか、受け手側が何を求めているのかというすり合わせが必要という事になる。もちろん、安全のような領域を絶対的に保証した上で、満足感を高めていくというのが、今後求められる方向性なのかもしれないが、多くの場合、そうした満足感の領域というのは「これが良い」という際限ない要望はそれほど多くはなく、「これで良い」というラインで落ち着くものだ。
(その辺りは希望的観測というか、ヒトの進化の源泉が際限なき欲望にあるのであれば、そうはならない部分でもある。)

そんな事をつらつら考えながら書いていたら、時間が迫ってきたので、そろそろこのあまりに非日常的な場(自分にとっては)から抜け出す事にしよう。

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2015年4月16日 (木)

商品ブランドと企業ブランド

ブランドというのは元々は「自分の所有物であることを示す焼印」であったにすぎない。それはやがて「自分の所有物」から「自分の制作物」に拡張されたが、その段階でもそれは自分とそのモノとの閉じた関係性を示すものでしかない。

その制作物に対する評価が「次の制作物への期待」に転換される事で、ブランドは他者に対して影響力を持つようになる。現在「ブランド」と呼ばれている概念は、多分そういう事だ。難しいのは、その関係性には、作り手はたいして関与できない点で、そもそも他人の頭の中に生じる概念をそうそうコントロールできる訳がない。

それでも、そこに対してどのようにアプローチするかという事がブランドの研究においてはなされてきた。自分の作ったモノ(それは広義には見つけてきたモノでも同じである)を販売して糧を得るという経済活動が社会において成り立つようになってくると、ブランドという概念を使うまでもなく、如何にして他のモノに対する優位性を示し、買い手に買ってもらう価値のあるモノかを示すための工夫が自然と積み重ねられるようになる。

当初そうした工夫の多くは、モノそのものが提供するベネフィットの差別化という形で進行した。特に経済活動の規模の拡大に伴って、直接取引ではなく、間接取引(提供者と受益者が直接関係を持つのではなく、間に第三者が介在する取引)が増えてくると、そうしたモノが提供する直接的なベネフィットとそれが買い手にきちんと伝わることが重要になる。

その過程において、「次の制作物への期待」という制作者への期待は希薄化し、「そのモノから得られる価値自体への期待」が優位を占めるようになる。それが「商品ブランド」の成り立ちであろう。特に買い手が自らモノの価値を判断して購入する関節取引では、制作者との直接的な関係の中で育まれる期待というのが生まれにくくなる。もちろん制作者を示す焼印は刻まれているが、それらは記号化され、さらに市場に数多のモノが溢れるようになる事で、さらに意識の隅に追いやられるようになる。

企業ブランドという「制作者を示す」ブランドが再び注目されるようになるのは、そうした「モノから得られる価値への期待」だけでは、持続的なビジネスに結びつけていくのが難しいと制作者たちが気づき始めたからだろう。そのように考えると、商品ブランドと企業ブランドの役割目的は自ずと違ってくる。

そのモノの価値を伝え、今の購買に結びつけるのが「商品ブランド」
次の制作物への期待を育み、次の購買に結びつけるのが「企業ブランド」

・・・という事を考えたのだが、これってブランドの持つ品質保証機能とかを吹っ飛ばして論理構築してしまっている。まだ何か欠けているのかもしれない。

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2015年4月15日 (水)

evernoteオリジナルのジャーナルノートブック

今日は久しぶりにキーボードを持参してみた。多少(鞄が)重くなるのと、それなりにスペースを取るのでここしばらく持ち歩くことはなかったのだが、やはり使ってみると入力のしやすさは段違いである。iPad miniと一体化できるタイプをやっぱり買おうかなぁという気にさせられる。
(今使っているのはそういうタイプではないが、折りたたみではないけれども小型なのと、複数のデバイスで共用できるのでそれはそれで便利に使えている。そういえばXperiaに機種変更してから使えるようにしていないが、以前はiPadでメモを取りながらiPhoneでツイートするのにキーボード側で切り替えて使ったりしていた。)

ついでに今日はモバイルルーターも持ってきたので完全装備である。そういった意味では、ネット環境を確保するためにスタバを使う必要もないのだが、まぁ無駄に通信費を使う事もあるまい。(コーヒー代はかかるけれども。)

文字が打ちやすいので、無駄に思ったことを書き連ねてしまったが、今日の話題はevernoteマーケットで購入できるモレスキンのノートについて。

ひらくPCバッグを買った際に、勢いに乗ってこのノートも購入していた。元々モレスキンのジャーナルノートブックは利用していて、ちょうど次を購入しなければならなかったという事もある。
で、一昨日から使い始めたのだが・・・これが悪くない。悪くないというか、オリジナルのモレスキンのノートとは多分紙が違う。万年筆のインクが裏に抜けないのだ。

オリジナルのジャーナルノートブックは、主にページ数とサイズが適当という事で使用していたのだが、使用している万年筆(LAMY)のインクが多少滲み、裏に抜けてしまうという欠点があった。その辺りには目を瞑って使ってきたのだが、このevernoteオリジナルのジャーナルノートブックはそれがない。

evernoteに取り込む際のスマートステッカーは元々の用途としてあまり使い道がないし、1ヶ月分のプレミアムコードに至っては(すでにプレミアムで使っているので)全くの無駄なのだが、この紙だけでもそのコストはかけて良いかもしれない。ま、元々それほど手書きのメモをする訳でもないので、とてつもなく重要という事ではないのだが、やはり書き味や書き上がりが気持ち良いというのは、気分的によろしい。そう、今日のキーボードのように。

スマートステッカーについては、徐々に使い道を探っていこう。プレミアムコードは・・・1ヶ月で2冊のジャーナルノートブックを使い切るなら良いのだが、多分そこまでは使用しないのでこればかりはどうしようもないな。

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2015年4月14日 (火)

やらないことリスト

「やることリスト」より「やらないことリスト」の方が大事というのは、直感的には分かるのだが・・・。

「やることリスト」の逆、「やらないことリスト」の重要性
http://gigazine.net/news/20150412-forget-to-do-list/

やらないことリストって作るのも大変だけどそれを見える形で保持していく事も大変な気がする。やることリストは減っていくけど、やらないことリストは増えていくからなぁ。 / “「やることリスト」の逆、「やらないことリスト」の重要性 - G…” htn.to/RLp3Vj
送信 4月13日 19:02 From Hatena

やることリストは、基本的にそれをやる事によって減っていくので、それ自体がモチベーションになるし、その数を一定に保って増やしすぎないという抑止力も働くのだが、やらないことリストは要するにその逆になる。つまり、基本的には増える一方で減らす方向のインセンティブが働かない。

これはある意味リストとしては致命的である。項目が増えれば管理ができなくなるし、そもそも気が滅入る。長大なリストが精神的にマイナスに働くのは、それがやることだろうがやらないことだろうが一緒であろう。

効果的な「やらないことリスト」というのはどういうものだろうか。やるやらないの判断基準の原則を設けて、やることリストを作成する際に、無意識に加えてしまう「やらなくてもよいこと」を排除するといったやり方もあるが、それはやらないことリストとはちょっと違う。

そもそもタスク管理の原則は、やることをすべて書き出した上で、一旦忘れて一つに集中する事である。忘れてもよい状態を作り出す事で、物事に集中する心構えを作ると考えた場合、やらないことがリストとして存在するのは、逆方向に働きかねない。

そのように考えると、理屈としてやらないことリストの重要性はなんとなく分かりつつ、実際にそれはどのように作れば良いだろうかと迷ってしまうのだ。

やらないことを決めるというのは、それはやらないということを決めるということをやるという事でもある。そのように考えると、やることリストの中に、やらないというフラグを持つというあたりが、妥当な落とし所なのかもしれない。

あるいは、やることリストの中に、やめることとしてやることを追加するような感じだろうか。やらないことリストは難しくても、やめることリストなら、やることリストと同じように管理できるかもしれない。

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2015年4月13日 (月)

ボレロ

昨日のF響の練習は、定期演奏会に向けた練習を中断してのバレエ教室公演のための練習。F響ではずいぶん前からそのバレエ教室(複数の教室による協会だが)の公演協力をしていて、昨年は木管アンサンブルだったが、今年はフルオーケストラでの演奏になる。

伴奏といっても、いわゆるバレエ音楽をフルに演奏するといった形ではなく、公演全体の中の一部をお手伝いするだけだ。今回はチャイコフスキーの花のワルツと、ラヴェルのボレロで、それで何をどう踊るかはあちらにお任せである。(もっとも、そんな形なので多少要望に合わせたアレンジは発生する。)

公演は来週なので、練習は昨日と前日、当日の3回だけ。定期演奏会の練習をそれほど中断できないとはいえ、かなりの突貫である。しかしまぁボレロなどはソロ次第なので、アンサンブルの練習がそれほど必要な訳ではない。

必要な訳ではないというか、昨日の練習では普段の鍛え方が足りないとばかりに指先に水ぶくれが出来てしまった。もうちょっと長かったら血マメになりかねなかったのだが、ボレロの弦楽器はピチカートが多く、激しい所では4弦同時に件のリズム(スネアが最初から最後まで叩いているアレ)を弾かねばならない為、やたらと指に負担がかかる。昨日の練習では、何回かその箇所を繰り返し練習したため(オケの練習であればまずやらない箇所で、バレエ側の要望である)、思った以上に指にダメージがかかってしまった。

まぁそんなエピソードはさておき、オケピットで弾くという事も含めて、これはこれで貴重な経験なのである。それにしても今月はこの後ドヴォルザークの7番があり、モーツァルトの39番とチャイコフスキーの6番があり、来月にはニールセンの5番もスタートするという事で、U響をお休みした割には譜読みの機会が続くのであった。まぁ多くはステージのない練習だけの参加なので、気楽といえば気楽なものではあるのだが。

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2015年4月10日 (金)

オフィスの紙事情

オフィスで書類を減らして仕事の効率化を図る活動が推進されている事もあり、紙の資料の類はなるべくスキャンするようにしています。一方でそのスキャンした書類の取り回しは、なかなか媒体としての紙には及ばないというのも確かで、その辺りの使い分けが難しいようです。

個人的には、「保存する」紙は減らす一方で、「一時的に使う」紙は増えるのもやむなしというスタンスが必要ではないかと考えていて、印刷する事を躊躇せず、その代わり捨てる事も躊躇しないように考えています。実際、一度何かの為に印刷した紙の資料を「残しておこう」と思うのは、必要な時(が来た時)に再度印刷するのがもったいないと感じる為で、「印刷を減らす」と「保存を減らす」というのは、意外とトレードオフになる事が多いのです。

もちろん、極力ディスプレイ上で済むようにするのは大切なので、その辺りは資料作成の段階で意識します。具体的には文字のサイズを小さくするなどの「1枚に詰め込む」事を無理にせず、画面上で見やすいサイズ、もっと言えば印刷する際にも1枚に複数ページを印刷しても十分読めるような作り方をします。1ページを1枚に印刷するような詰め込んだ資料の作り方をすると、印刷すれば読みやすいですが、画面上では細かくなりすぎて読みにくくなります。

もっともこれはパワーポイントなどのプレゼン資料の話で、目下の悩みというか、課題は、ワードのような「本来印刷を前提とした」アプリケーションや、エクセルのような「データ処理を目的とした」アプリケーションにおいて、いかに「画面上見やすい」資料を作成するかという点です。

正直に言えば、ワードで「印刷をしない」書類を作成するのはナンセンスですし、エクセルはバックグラウンドで使うもので、見せる形の資料にするものではないと思いますが、実態としては資料を作る側にとってのやり易さなどもあって、社内的にはそうした混在が生じており、やりにくさを感じたりもします。
(もっとも、そうした人達にとっては、なんでもパワーポイントというのがナンセンスな訳ですが・・・。)

それと、そもそもが紙でしか提供されていない資料をどのようにデータ化して保存していくかというのも、今の所はそれを閲覧する環境がストレスレスとは言い切れないという事もあって、結構難しかったりします。

まぁ基本的には、パワーポイントで作成して、記録用に固定する際にはPDF化しておく、という形が良いのではないかと思いますけどね。

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2015年4月 9日 (木)

「要領」と「こだわり」

「要領」という言葉は本来はポジティブな言葉の筈なのですが・・・。

出世できない人は「要領」が悪い
http://toyokeizai.net/articles/-/65210

筆者のタイトルの意図はさておき、冒頭にこうあります。

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「結局、要領のいいヤツが出世するんだよな……」
多くの企業で、このようなやっかみの声が聞かれる。ということは、多くの企業で出世するのは、「要領のいい人」だということになる。なぜだろうか?
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「要領」という言葉は、大辞林では次のように説明されています。

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要領
①物事の主要な部分。要点。
②物事をうまく処理する方法・手段。
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どう考えてもこれは仕事を進める上で最も重要な能力の一つ。出世するのは当たり前です・・・が、紹介した台詞にあるように、ネガティブなニュアンスで使われる事が少なくないような気がします。

一方、似たような形で逆の意味に使われる事が多いような気がするのが「こだわり」という言葉です。

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こだわり
①こだわること。拘泥。
②なんくせをつけること。文句をつけること。
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こだわる
①心が何かにとらわれて,自由に考えることができなくなる。気にしなくてもいいようなことを気にする。拘泥する。
②普通は軽視されがちなことにまで好みを主張する。
③物事がとどこおる。障る。
④他人からの働きかけをこばむ。なんくせをつける。
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「こだわりの逸品」とかって一体・・・。

少し考えてしまうのは、こうした本来の意味とは異なる使われ方は結構見かけている気がするのに、辞書上の記述は変わっていないという点です。言葉は生き物と考えれば、そうした変化はあってもおかしくないものですし、そう判断されれば記述は変わっていくと考えるのであれば、そうした用法はまだまだ一般的ではない(社会全体で見れば誤用の範疇)という事になるのでしょうか。


・・・で、余談ですが紹介した記事、「見限る」という表現も「割り切る」という表現の方が適している気がします。見限っちゃそもそもその会社にいる価値自体がないでしょうし、見限られた側も雇用しておく意味がありません。

そういえば、昔こんな事を書いたりもしていたのでした。

ソニーの人事制度は「大人のつきあい」
http://projectk.txt-nifty.com/enigma/2006/01/post_1a0d.html

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2015年4月 8日 (水)

練習計画

昨日は練習に行く予定でしたが、雨でその気が萎えてしまい、行けませんでした。実際には楽器を運ばなければいけない訳ではなく、身一つで実家に移動してサイレントチェロで練習するだけなのに、ちょっとテンションが下がったぐらいでこの体たらく。情けないというか、そういうものだと諦めて、それはそれで組み込んだ計画を考えるべきというか。

さておき、それならそれで昨日練習しようと考えていた分をどこかで取り戻さなければなりません。ひとまず今日に予定は移していますが、今日もあいにくの雨で、しかも寒い。寒さは雨以上に厄介なので、さてどうしましょう。やはりその辺りは、U響に通っていた頃のように、「自分には動かせない形で予定が決まっている」という事が大切なのかもしれません。スタジオなどの練習場を予約していれば、昨日にしても練習しないという事はなかったでしょう。

かように「気持ちを新たにする」だけで何かを変えたり、継続したりするのは難しい・・・って何を偉そうに書いているんだ自分は。

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2015年4月 7日 (火)

イオンモール多摩平の森店

昨日は帰ってから、近所(といっても車で10分弱かかるのでいわゆる地方基準での近所ですが)のイオンモールに行ってきました。つい最近出来た新しいモールですが、先日行って気がついたのですが、フードコートでもWi-Fiが利用できて、(正直な話)それほど混雑していないので、下手なカフェよりずっと使いやすいのです・・・諸々作業するのに。

スターバックスもあって、席数は無駄に多いのではないかという84席。平日夜であれば、およそ席にあぶれる感じがしません。実際昨日もフードコートにはノートを広げて勉強する学生らしき若者をちらほら見かけました。23時まで使えるので、帰ってからも十分利用可能です。
(ちなみに駐車場は2時間まで無料。)

で、自分はというと、F響の実施要綱の更新と配信。そんなの家でやれと言われそうですが、平河町ライブラリーでもカフェでも良いので、とにかく家ではそうした事はやりたくないというのが個人的な気持ちで、こうした場所が近所に出来たというのは喜ばしい限りです。

もっとも、平日夜とはいえ、この程度の客足でやっていけるのかはやや不安も感じます。いやもちろんモール自体がなくなるということはないでしょうが、営業時間が短縮されるとか、そういった事はぜひ避けていただきたいところです。

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2015年4月 6日 (月)

練習計画

プログラムノートは(とりあえず)書き終えたので、ですます調への調整は不要になりましたが、しばらくこのスタイルを続けてみたいと思います。語りかけのような書き方になるので、ネタがない時に書きづらいという難点がありますが・・・。

昨日はF響の練習という事で、定期演奏会本番まで1ヶ月ちょっとという感じになってきました。実際来週再来週は別の本番とその練習があるので、少し間が空くことになります。課題はその間に「忘れずに」習熟度を維持できるかでしょう。実際、せっかく出来るようになった所が、しばらく間を置いた次の練習では振り出しに戻ってしまう事も少なくありません。

アマチュアオケとしてはある種宿命的な課題ではあるのですが、どのように工夫したら良いのか。ストレートな答えは「練習しておく」ですが、それが言葉通りに出来れば苦労はしないのです。練習時間の絶対総量に限りのある中で、別の本番の曲を練習しつつ維持していくというのは難しい。ちょっとづつでも継続的に積み重ねておくのが最善とは分かっていても、優先されるのは目先の練習です。

とはいえ、とりあえず自分に関しては、練習をスケジュールに組み込んで時間を積み重ねていくしかありません。そもそも自分の場合は、絶対総量を少しでも増やすことの方が課題で、その総量が定まっていない以上、その枠内で練習すべき事は、都度考えていくしかないのです。

まぁ言ってしまえば、平日夜の練習をどのように増やすかという話ではあるのですが、一言で「増やす」といってもそれで簡単には組めないのが日々の予定。今月からはKオケの練習も毎週になりますので、いよいよ予定をどう組むかという話ではありますね・・・。

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2015年4月 3日 (金)

Gmailの宛先設定

毎朝6時50分にスターバックスに入り、まずは食事をしてから日経と日経MJにざっと目を通す・・・と、まぁ30分程度はかかるという事で、そこからブログを書いて、今日のスケジュールを確認して30分で済ませたとして大体会社には8時頃に向かうことになります。

・・・ですが、今朝はそれ以外にメールを1件出さなければならなくなり、内容自体はシンプルで手間もかからないのですが、宛先の設定をするのに手こずりました。Gmailの連絡先をグループで管理しているのですが、スマートフォンやタブレットではそれを上手く呼び出せません。返信だけなら簡単なのですが、こちらから出す場合は少々面倒です。宛先候補が出てくるのですが、不思議と目的の相手には辿り着けないのです。

連絡先の登録をもう少し丁寧に行えばよいのかもしれませんが、実際にはこうした場合に呼び出したい相手というのは、それなりにきちんと登録している相手です。団体や組織など、同種の情報が入っている対象が広いので、なかなか相手を特定できないという事なのかもしれませんが、こんな時だけは通常のウェブ版のGmailが使用できるMacBook Airが欲しくなります。

そうした事に不便を感じるのであれば、そうした事に対応できるアプリを入れるといった方法もあるとは思うのですが、個人的にそうしたカスタマイズされたものはあまり好きではなく、サービスの主体が提供する純正アプリを使用する事が多いです。それと今回のメールも、普段であれば全員に返信で済むところが、たまたま条件が重なって自分で宛先を設定しなければならなくなっただけで、普段こうしたことは滅多にありません。(だから不要といって怠けているから時々のこうした際に慌てるわけですが。)

そんな訳で、今日は朝の時間に本を読もうかと1冊鞄の中に入れてきたのですが、読む時間がなくなってしまいました。こういう時に限ってこうなるんですよねぇ・・・。

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2015年4月 2日 (木)

何かを変えること

昨日は会社的には特に年度が変わるといったことはない(決算期が異なるため)のですが、新入社員も入ってくるし(自部署にはないが)、世間的には新年度という事で、気持ちを新たに何かを始める(あるいはやめる)には良い機会でした・・・その宣言がどう世間的に受け止められるかはともかくとして(笑)

もっとも、某氏が何かを変えるためにもっとも意味がないのが気持ちを新たにする事と言っているように、単なる決意というのは、実際にはあまり効果がありません。具体的に環境を変えるとか、とにかく外部要因を変えてしまうのが重要で、内的な動機というのはそれについてくるものという考え方をした方が良いでしょう。いわゆる「形から入る」という奴です。

昨日から「形として」変わった事
・鞄(ひらくPCバッグへ)
・朝のスタバのドリンク(ラテからドリップコーヒーへ)
・平河町ライブラリーの契約(ウィークデーからナイト&ホリデーへ)
・日経MJ電子版の購読(ただしこれは今日申し込みの予定)
・Xperiaの時計ウィジェット

自分の場合、日々の行動パターンの中で最も「変わらない」ものが朝の時間で、この時間に日記的にブログをダラダラ書くというのは、10年以上変わらず続いています(多少休止はありますが)。これを「変える」というのは、もちろん少々何かを決意したぐらいでは難しく、一方環境を変えるにしても通勤時間を変えるというのは諸々コスト(何と言っても満員電車に揺られるリスク)を考えるとあまり得策ではないのが実情で、なかなか変えられずにいます。

少し前には「朝食を食べない」みたいな宣言もしましたが、あっさり食べるようになっていますし、そういった意味ではドリップコーヒーというのも何時まで続くのやら。

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2015年4月 1日 (水)

ひらくPCバッグ

少し前にevernoteマーケットでひらくPCバッグを購入した。以前から気になりつつも放置していたのだが、会社でうまく使用する事が出来ないかと考えたからだ。

しかしフリーアドレスで遊牧民のように社内を動き回る以上、本来鞄は一緒に持ち歩いていないといざという時に困るのだよ。
送信 3月31日 23:38 From Hootsuite

いざという時というのは、ようするに避難するような事態に陥った時の話で、基本的にはほぼありえないのだが、それはさておいても、フリーアドレスで席を移動する際に、PCやら書類やら一式をスッキリとまとめたいという気持ちは強い。これまではハンドルのついたハードな書類ケースにPCなども入れて持ち歩いていたのだが、あまり使用頻度の高くない書類とかも抱えてしまったりして、重い上にあまり見栄えがよろしくない。

仕事で使うのだから、そんな事は気にするなといえば、それはそれでその通りのような気もするが、モチベーションという意味ではイマイチ物足りない。それと、あくまでも書類ケースという前提なので、小物類を持ち歩いたりするのは少々不便である。

基本的に、それだけで必要な仕事環境を再現できるような形でモノを持ち歩きたいのだ。ついでに私物も持ち歩ければ不便がない。

ひらくPCバッグは、書類の収納という点では不満が残るが、これはそもそも持ち歩く量を減らす事に結びつければ良い。実際その日使うものと絞り込めば、それほど必要な訳ではない。他に難点を挙げるとすれば、手持ちのハンドルがなく、肩にかけるしかないという点で、社内ではそれでもまぁ良いのだが、通勤では若干不便かもしれない。

それと、実際に前の鞄から収納されているモノを全て移そうとすると、スペースが足りない。その辺りは少しモノを減らすという視点で考える必要があるだろう。何でも鞄に詰め込むのは、分散すると何を何処に保管したか分からなくなってしまったりするからだが、そこは上手く使い分けるしかない。

いずれにせよ、しばらく使いながら様子を見ることにする。

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