« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月30日 (火)

楽譜の修正

朝のスターバックスのフードを、価格をおさえてスイーツ系にしたら、カロリーが高めだった。シナモンロール557kcal・・・。

そんな話はさておき、昨日楽譜修正用の修正ペンを買ってきたので、とりあえず楽譜の修正をする。製本はちょっと後回し。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月29日 (月)

週末オケ三昧

この週末は先週に引き続き、というか、先週以上のオケ三昧だった。

土曜日の午前中はF響有志によるアンサンブルコンサートに向けた練習で、パーセルのアブデラザール組曲やピアソラのリベルタンゴなど(アンサンブルCとしておこう)。
午後は先週見学に訪問したオケを再訪し、先週同様ロータの交響曲第3番の他、ミクローシュのヴィオラ協奏曲、アーノルドのイングランド舞曲集など(オーケストラEとしておこう)。
夜はアンサンブルOの分奏で、ショスタコーヴィチの室内交響曲とニールセンの交響曲第5番。
さらにその後大学オケの後輩と飲みに行ったりもした。

日曜日の午前中はF響でチャイコフスキーのエフゲニー・オネーギンと白鳥の湖。
午後は・・・流石になかったが、平河町ライブラリーでiPad miniのメンテナンス。
夜は会社オケのつながりで(しかし会社とは関係ない人間に)誘われたオケでメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲と交響曲第3番(アンサンブルMとしておこう)。
飲みには・・・行かなかった。

これだけ詰め込むと、土日にやるべき日常の諸々が崩壊してしまうのだが、一方で先週の午後が力尽きたように何もできなかった事に比べると、最後までテンションが維持されていた感じはある。やる事がなければぼーっと過ごしてしまうだけと考えると、むしろ充実していると捉えるべきなのだろう。

反面個人練習の時間などは確保できていない。ただ、こうした予定がなければ個人練習の予定を入れるのかといえばそれは全く別の話で、現実には何もせずに過ごしてしまう事も少なくない。平日練習のU響に参加した時の動機のように、無理にでもアンサンブルの予定があった方が、結局楽器に触れる時間を増やすには有効なのだ。

ただまぁ、U響は休団し、F響では降りると騒いでおきながら、こういう状況に飛び込むのは、何やら矛盾しているように見えなくもないだろう。自分の中では線引きできているのだが、あまり理解はされない考え方かもしれない。

まぁ騒いではみても結局F響では乗る事になっているし、U響に関してはKオケとの関係でしんどかった休団理由の状況についてはやや落ち着きつつあるので、考え直しても良いかもしれないとは感じつつある。

現状は少々ハイテンションな状態なので、少し落ち着いてから判断は下すべきだが、少しオケへの参加と練習の組み立て方を見直して見ても良いのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月26日 (金)

経験値を積み上げる

昨日は社外の方と飲んだのだが、ここ数年チェーン店には行っていないという話と、元気のある店、繁盛していく店が分かるようになってきたという話を聞いて、そういうものがある種の肥やしというか、目を養っていく事に繋がるのだろうなと思ったりした。まぁその対象にチェーン店も含まれて良いのではないかとも思ったけれども。

実際には、それも漠然と色々な店に入ってみるというのではなく、なんらかの目的を持って選ぶ積み重ねだ。彼の場合は、お客様のアテンドであったりして、仕事的な意味合いもあったようなので、そういった部分が研ぎ澄まされたという事はあるだろう。そしていざという時に人に紹介するには、自分の中にストックを持っておかなければならない訳で、そういう意識が選択眼を磨く事になる。

興味深かったのは、最初はさっぱり分からなかったけれども、だんだん分かるようになったという話で、その理由を論理的に語る事は出来ないのだが、経験を積み重ねる事で分かっていく部分があるという事だ。そういう見えない形で蓄積されるノウハウを形式知化するというのは、ナレッジマネジメントのアプローチになるのだが、話を聞く限り、そういった事が可能なアプローチが思いつかない。

内田和成氏の「仮説思考」や「論点思考」を読んでも、日々の心がけとともに経験の積み重ねがそうした思考を磨くといった事が書いてある。いやその経験(暗黙知の習得)が容易ではないから本(形式知)で学びたい訳なのだが、物事はそんなに簡単ではないというのが現実という事なのだろう。

楽器の演奏だって、教本を読んで上手くなれれば苦労はしない訳だが、結局そこで得られたメソッドを元に経験を積み重ねる事でしか上手くなる事はない。メソッドは、上手くなる効率的な方法は教えてくれても、上手くしてくれる訳ではないからだ。

昨日のお店は、誘われるがままに行っただけで、体験ではあるが、経験ではない。おそらく経験というのは、そこに能動的な選択という要素があって初めて経験たりうるのであって、「どこでも良い」といった意識ではなく、「どこが良いか」という意識が選ぶ目にもつながっていくのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月25日 (木)

朝の時間

朝の時間をスターバックスで過ごす事の意味を考えてみるなど(ヒマだからだ・・・)。

渋谷にいた頃はプロントで過ごしていたので(スターバックスやエクセルシオールで過ごしていた時期もあったが)、特にスターバックスに強い思い入れがある訳でもなく、例えばマクドナルドでも良かったりするのだが、WiFiの環境とか、何となくの過ごしやすさでお店を選んでいるのは間違いない。
効率とか、コストを考えれば、今なら会社のカフェ(食堂)が一番良い筈だが、そうしないのも、明確に合理的な理由があるというよりは、感覚的なものなのだろう。

この朝の時間というのは、おそらく1日の中で最もゆったりとした時間である。明確な目的意識もなく、何かに心奪われる事もなく、何となくまったりと過ごす時間だ。多分生活のリズム自体がそうなっているので、この時間に勉強をするとか、仕事の事を考えるとか、もっともコンスタントに確保できる時間だからこそやれたら良いだろうなと思うような事をやるというのは、ことごとく挫折している。

それこそこの時間をいかに過ごすのかという事に関しては、過去何度も有効活用したいとこのブログで書いているのだが、そういう気分になるだけで、実際にそうできた事はない。少なくとも続いた事はない。

そういう時間をもったいないと思うか、豊かで贅沢と思うかは人それぞれだ。精神的に切羽詰まっていれば、もったいないと思うかもしれないし、多少余裕のない時でも、こうした時間を1日の中に挟む事で落ち着きを取り戻せるかもしれない。

考えてみたら、こうしてどうでも良いような事を書いているというのは、非生産的といえば非生産的なのだが、それが良いという事なのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月24日 (水)

会議の役割

ストレスが溜まってくるとこんなTweetをするようになってしまうのだが・・・

世の中には3種類の会議がある。集まったメンバーが互いに次にやることを確認する「共有の会議」、新たなアイデアをブラッシュアップする「生み出す会議」、案件に対する責任を分散し曖昧にするための「承認する会議」の3つである。
送信 6月24日 6:16 From Hootsuite

付け加えるなら、「承認する会議」には、後日「あの時は賛成したが個人的にはこう思う」的な意見が出て来やすい。いや、後からの意見は何れにせよ出て来るものなのだが、「共有の会議」であれば、何れにせよあなたがやる事ですよねという話だし、「生み出す会議」であれば、優れたアイデアなら採用すれば良いだけである。ところが、「承認する会議」の場合は、下手をすれば梯子を外される事になり、言われた側は足が止まってしまう事にもつながる。

「共有の会議」も「承認する会議」も、どちらも何かを決めているという点では同じなのだが、実行の主体が異なる。役員の会議なら役員自身が、部長の会議なら部長自身がやる事を決めるのが「共有の会議」であり、課長のやる事を部長が、部長がやる事を役員が決めるのが「承認の会議」である。本来後者は、会議ではなくそのレポートラインの上位者が個人で決めれば良い事なのだが、そこで責任を曖昧にするために会議というものが登場するのだ。

例えば国会のような集団議決機関は、国民の代理人である代議士が、国民の代表として、自らも含めた国民のやる事を決める「共有の会議」である。これを下々の国民のやる事を、政治家である我々が決める、みたいな意識で捉えると(捉えている政治家も少なくなさそうだが)、「承認する会議」という責任分散の無意味な会議になる。

会議というのは、本来「皆で話し合って決める」ためではなく、「皆で話し合う事で個人の判断の質を上げる」ためにこそ存在するものなのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月23日 (火)

iPad miniの挙動

ここ最近、iPad miniの挙動がやや安定しない。テキストエディタがいきなり落ちることもあるし、知らぬ間に電源オフになっていて、立ち上がらなくなる事もある(Macに接続したり、リセットをすると立ち上がる事もある)。

個人的にApple系のデバイスというのは、巷の噂とは裏腹に動作が安定している(余計な事をしないからだが)と感じていて、それが自分が使う最大の動機と考えているので、こうした事が起こるようになってくると、ややイラついてしまう。Windowsを限られた条件の中で最大のパフォーマンスを発揮させるにはどうしたら良いかとか、嬉々として考えていた頃と違って、最近はそういった事には関心がない。

それにしたってやや気になる状況ではあるので、何処かで手を打つ必要があるかもしれない。といっても、出来る事は少なくて、せいぜい一旦初期化をする程度だろうか。ただ、過去のiPadでそうした症状が出てきた時に、初期化で解消できた事は無かったような気もする。気持ち的にスッキリはするが、問題となる部分は解消できないのだ。

まぁ落ちるといってもそれほど高頻度という訳ではなく、どちらかというと「良いところで落ちる」的な話ではあるので、そのままでも大きくパフォーマンスが低下するという訳でもないのだが、ガンガン活用しているならともかく、たいして活用できていないデバイスでそうした状態になるのは、気持ち的には盛り上がらない。
(もっともガンガン活用していれば、落ちる頻度も上がってくるだろうという気もするが。)

時間が確保できれば、一度初期化を考えてみても良いのかもしれない。時間ができればなんていうのは、結局やらない理由の最たるものではあるけれども。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月22日 (月)

練習続きと解放的脱力

この土日は練習が少々集中した。

土曜日の午前中は、縁あって誘われたオケの見学。ニーノ・ロータの交響曲第3番というなかなか珍しいプログラムのオケで、過去弾いたことのある曲を演奏するオケよりはよほど刺激的なのだが、最終的に参加するかは保留してしまった。練習と本番のスケジュールはクリアしているが、アンサンブルOとコンセプトが被っているので、何となくの参加で引きずってしまうとやや困る事になる。

土曜日の午後はアンサンブルOのパート練習。未知の曲ばかりのアンサンブルOでは、毎年このパート練習で諸々がクリアになる事が多いのだが、今回のニールセンの交響曲第5番は、クリアになったというよりは、課題は課題だというのを突きつけられた感じで終わってしまった。

ただ、夜の合奏まで含めて振り返ってみると、難しいところに気を取られて出来るところまで落とすよりも、やはり出来るところはきちんと出来るようにしておくという当たり前の結論に落ち着く。

これまでも普通F響などで演奏する曲で1〜2割、アンサンブルOで3〜4割は弾けないところというのはあったが、その辺りはうまくごまかしつつ、残りをしっかり弾くというのを基本的なスタンスとしていた。今回はその比率が逆転していて、弾けないところが6割を超えているため、どうしてもそこに目を奪われてしまっていたが、やはり出来るところを確実に押さえておかなければ、全体の印象自体がガタガタになってしまう。

もちろん、弾けないところは努力として押さえつつ(ごまかすというのはごまかそうと思って出来るものではなく、弾けるようになるための努力が型作るものだ)、出来るところを確実に押さえていく必要がある。残り1ヶ月ちょっととなればなおのことで、練習の力点を変更する必要性を感じた。
(などと書きつつ、来週は分奏で絞られる事が分かっているので、今週もそちらをさらう事に注力してしまいそうだが・・・。)

日曜日の午前はF響の練習。譜読みを一度しただけなのに、もう本番の指揮者が来てしまうのはどうなんだと思いつつ、ラフマニノフの交響曲第2番の第一楽章をみっちり。ただ、全曲流すような練習よりは、課題も含めてしっかり把握できる練習であったかもしれない。

アンサンブルOの効果なのか、本当のところは定かではないのだが、アンサンブルOの練習に参加している期間というのは、他のオケの練習において楽譜が鮮明に見えるようになる傾向がある。細かい指示に気づきやすいというか、指揮者にも注目しやすいというか。脳に少しばかりアクセラレータが働いているような感覚で、高速から降りた直後に車の速度がゆっくりに感じられるのに似ている。

そんな訳で日曜日の午後は空気の抜けた風船のような気力でダラダラと過ごしてしまった。その辺りの気力の配分というか、何か予定があればそれはそれで取り組めたのであろうが、何もしなくても良い時間枠というのを設けてしまうと、やはり気持ち的に動けなくなるのだという事を痛感する。

それはそれで休日の過ごし方ではあるのだが、それで終わってしまうと日曜日の時間がもったいないという感じもあるので、何かあった方が良いのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月19日 (金)

ネタなし

特にネタが思いつかないので、昨日1日会議漬けでできなかった事をするためにさっさと会社に行くことにする。


・・・一つ年をとるなんてそんなものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月18日 (木)

プロへの対価

なんだかモヤモヤする。

気持ちは分かるのだが、ああ自分の仕事が実はそれほど好きじゃないんだな、とか感じてしまった。そして多分これをもっとも声を大に言いたいのは、お母さん、奥さんといった「家事のプロ」の人達であろう。 / “プロにタダで教えてくれという平然…” htn.to/8fM95Lf
送信 6月18日 6:16 From Hatena
http://kasakoblog.exblog.jp/23273944/

声高に言うことではないようにも思うが同感。サービス残業で成り立っているような企業の商品を安いと額面通りに買うのも根は同じ。 / “プロの知識と経験と時間をタダで求めないでください。「ちょっと」でも「がっつり」でも関係ない。 | 【…” htn.to/oyJPj3
送信 6月15日 19:17 From Hatena
http://wadaiko-densya.com/blog/2015/06/13/post-390/

言いたい事は分かるのに、なぜモヤモヤするかといえば、悪意もなく無邪気にそういったお願いをしてしまう人達を、バカだ無知だと遠ざけていたら、問題はいつまでたっても解決しないのではないかと思ってしまうからだ。

知らないが故に演奏会でのマナーが悪い人達を、知らないからという理由で排除してしまおうとする理屈に似ている。

「間違った拍手とかで演奏会を破壊する行為はやめてほしい」って言いたいことは分かるけど、それが演奏会不慣れだったり初見だったりする人が聴きに行きづらくなる要因の一つだと思うんだけどなあ。というか「演奏会を更に味わうには!」とかって書けばいいのに。そう排他するんじゃなくてさ。
にリツイートされました Goro SASAKI と 23 その他
送信 6月17日 9:31 From Silver Bird

無知である事の責任を無知である当人に求めるのか、それを伝えきれていない自分に求めるのか、その辺りの線引きは難しいのだが、無知のままであれば「敵」であるのが、そうでなくなることによって「味方」になるのであれば、その責任を相手に求めていても仕方ないような気がする。


それに、技術サービス系にそうした「お願い」が多いであろう事は十分想像できるが、プロダクト系でもない訳ではない。「サンプルないの?」「試供品ないの?」「社員価格で入手できないの?」そういった「お願い」はいくらでもある。「プロ」の人達には申し訳ないが、そういった意味では、技術サービス系だからそうしても良いと特別に思っている訳ではなく、一般的にそうしたサービスワーク的な領域が何事にもあるという文脈の中で言っている可能性もある訳だ。

「自分のイベントでタダで配るから」とか「自分のブログでタダで紹介するから」といったプロの要請とかも、ない訳ではない。

そもそも、対価を払われたら絶対やるのかといえばそういう訳でもないだろう。いやどんな状況であれ、対価さえ払ってもらえれば何が何でもやるっていうなら良いけどさ。

お金をもらう対価としてサービスを提供するのか。
サービスを提供する対価としてお金をもらうのか。

同じようだが意識の持ちようはまったく異なる訳で、後者と思っていたら、サービスを提供する相手を無知呼ばわりはできないのではないかと思うのだ。

お客様はプロにプロであるという理由で対価を払うのではなく、提供されたサービスへの満足に対価を払うのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月17日 (水)

自分を変えるアプローチ

先日職場の同僚が、会社から貸与されたiPadを活用して仕事が変わったという話をしていて、最近そういう事を考える事が少なくなったというか、(自分の)何かのやり方を変えるという事をほとんどしていないなという事を思い起こした。まぁ元々色々試しながら変えるという性格でもないのだけれども。

周囲がどう見ているかはさておき、自分自身はそれほど新しい事へのチャレンジを好む方ではない。いや、新しい事自体は嫌いではないのだが、色々試してダメなら次、みたいな発想で次々取り組んでいく事は苦手で、これと決めたものに絞り込む傾向がある。絞り込みたい気質というか。

そもそも、新しいガジェットに手を出したい一方で、身の回りのものを絞り込みたいというある種正反対の嗜好を持っている。物欲系のエントリーが比較的買い替え置き換えに近い内容になるのはそのためだ。まずは手持ちでできる事を考え、次に新しいもので手持ちの何が省略できるかを考える。

その際のベースになる考え方は、なるべく自分のスタイルを「変えずにすむか」どうかだ。スタイルというほど確立したものはないのだが、習慣とか、やり方というのは実はあまり変えたくない。つまり、冒頭に書いた同僚のようなモチベーションは実は薄くて、本当ならあまり変える事はしたくない。

あるいは周囲からはそうは見えていないかもしれないが、それはそれまでやってきた事にあわせて「自分を変える」のではなく、自分のやり方にそれまでやってきた事をあわせて「やり方を変える」というアプローチをするからだ。結果として周囲から見たやり方はこれまでと「変わる」のだが、自分としてはこれまでと「変わらない」状態を作り上げている事になる。

そういった傾向がある事はある程度自覚しているので、実のところ自分のやり方を変えるというのはかなり苦手である。そのため、うまくマッチすれば結果としての効率は上がる事もあるのだが、自分自身のレベルアップには繋がらないため、次のステップアップがない。そのために自分を変えていくモチベーションがないからだ。

自分の仕事のやり方を変えるというのは、まさにそれをするという事である。例えば仕事のアウトプットなどは同じままで、自分のやり方を変えて効率をアップするといった事をするとすれば、どういったアプローチがあるだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月16日 (火)

ヘッドホン

ATH-BT04NCが壊れた・・・というか、パーツが一つなくなった。なにやら耳の中でチクチクすると思ったら、ゴムリング(と思われる)がなくなっていた。

大分使用したものであるし、そろそろ別のに買い替えかと思っていたが、ふと思いついてHPを見てみたら、交換可能パーツの中にそれらしきものがあった。画像や説明がないので、やや不安もあるのだが、オーディオテクニカでは、ATH-ES10のイヤーパッドなども交換できたので、その辺りは手厚い印象がある。値段も大した事ないので、とりあえず注文してみる事にしよう。

ヘッドホンに関して言えば、今はBluetoothとノイズキャンセリングを両立させているカナル型のATH-BT04BNCをメインに使っている訳だが、個人的にはオンイヤー型でBluetoothに対応したノイズキャンセリングタイプのものが欲しいと思っていて、BOSEのSoundLink OE BTにノイズキャンセリング機能が加われば最高だと思っているのだが、なかなかそこまでのヘッドホンは少ない。(あえて言えばSennheiserにはあるのだが、国内に輸入はされていないので、装着感が試せないものに何万円というのはちょっと怖い。)

まぁオンイヤーでもアラウンドイヤーでも夏にしんどいのは変わらないので、当面は(直るのであれば)ATH-BT04NCに頼るという事になるであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月15日 (月)

ニールセン・・・ではなく白鳥の湖

ニールセンの攻略・・・はさすがにしつこいのだが、どうも攻略方法は力の限りさらうしかなさそうなので、あとはせめてどれだけ効率的に力技を駆使するかという領域の話になる。とりあえずはフィンガリングを決めてマーキングをしてしまう事だろう。

それはさておき、この週末のF響の練習はチャイコフスキーの白鳥の湖。自分自身は初めてなのだが、オケとしては自分が入団する直前の演奏会で取り上げている。もっとも、今回は終曲を加えているので、全く同じプログラムという訳ではない。

有名な曲なので知っているつもりだったのだが、弾いてみると意外と難しい。楽譜が難しいというか、それらしい雰囲気を出すのが難しい。昨日の演奏を正直に評価するなら「白鳥らしくない」。いや、白鳥という生き物が必ずしも優雅な一面だけではないというのは承知の上で、白鳥の湖という作品の持つイメージとしての優雅さには程遠い。

バレエを舞台の「下」で聞いていると、想像以上の足音に驚いたりするのだが、そのドタバタ感を見せてしまっているような感じになっている。まぁ譜読みという事で初見のメンバーも少なくないので、多少はやむなしだろうが。

楽譜自体は、きちんと読めばそれほど難しくはないので、後はどれだけ表現を磨けるかだろう。シンプルな構成のバロック音楽を、単に音を出して満足するのではなく、どれだけ精度を高めて演奏するかというのに似ている。その辺り、恐らくは楽譜を追うだけで精一杯になりそうなラフマニノフの交響曲第2番とはアプローチが違う。いやもちろん、ラフマニノフだって表現は追求しなければならない訳だが、正直そこまでの余裕は持てそうにない。

いずれにせよ、しばらくはさらう曲が目白押しになる。それなのに、ここに来て新たなお誘いに乗ってしまいそうな予感が・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月12日 (金)

ニールセン攻略

ニールセンを攻略する・・・糸口がつかめない。

一昨日に続いて昨日も2時間ほどさらったのだが、状態は改善しない。その後いくつかパターンを発見してこれはいけるかもと小躍りしたのもつかの間、そのやり方では拍がつかめなくなってしまう事が判明した。
三拍子の曲だが、速さの関係で一つ振りになっており、その一つ振りに頭がついていかなくなってしまうのだ。衰えたのか、元々才能がないのか・・・。

そうなるとあとは力技でもなんでも身体に叩き込んでいくしかない。

時間が・・・足りない。とはいえ、これまでは多少試行錯誤もあったのだが、方針が決まったという事で、もう少し時間効率は上がるだろう。上がると・・・いいなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月11日 (木)

ニールセン攻略

ニールセンを攻略する・・・糸口がつかめない。

昨日と同じ書き出しになってしまったが、正味2時間ほど同じページ(見開き・・・それぐらい延々続く)をさらったはずが、およそ弾けるようになる感じがしない。目的なくさらっても効果は薄いだろうと、何とかパターンがつかめないかと途中改めてスコアと照合したりもしたのだが・・・分からない。次に来る音のパターンが読み取れない。

しかし、弦楽器のユニゾンであるのだし、途中管楽器の旋律とも重なっているのだから、何の意図もない音の羅列という事はないはずである。実際前回の練習でコンマス(の代理)はさらっと一部を抜粋して弾いていて、何かのパターンを把握しているようにも見えたので、どこかに次の音がその音である根拠があるはずなのだ。いやないにしてもそうとでも思わなければさらうのは苦痛でしかない。

それともこれはもう力技で無理やり身体に叩き込むしかないのであろうか。慣れるより習えであるのは確かだが、それにしてもその根拠となる理論は欲しい。メカニズムを理解してもできなかったのと、メカニズムすら理解できないのとでは雲泥の差がある。

実際には、メカニズムが分かった所もあって、そういった所は、少なくとも頭はついていくようになるので、あとは丁寧にさらうだけだと先が見えてくる。しかし、延々100小節続く八分音符の羅列の流れが読めないというのはきつい。しかも、それをクリアしても同じような箇所がその後にまだいくつも残っている。

こういうのを弾けるようになる人を尊敬する。

いやまぁ全てをかなぐり捨ててひたすらさらえば、自分でも弾けるようになるかもしれないが、それって音楽の楽しみとは隔絶されているよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月10日 (水)

ニールセン攻略

ニールセンを攻略する・・・糸口がつかめない。

アンサンブルOの今年の定期はニールセンなのだが、いつもの事だが難しくて悩ましい。そしていつにも増して悩ましいのは、合奏に参加する事による「慣れ」でクリアできる要素が少ない事だ。

変則的なリズムや、トリッキーな和音というのは、何度か合奏に身を浸し「慣れる」事でなんとかなる部分がある。ついつい戸惑ってしまうそうした要素というのは、「習うより慣れろ」というやつで、頭の中でどんなに理解や処理をしようとしても、結局は慣れる形でフィットさせていく方が早い。

が、今回の楽譜はどちらかというと「慣れるより習え」という部類に属している。音の動き自体はトリッキーな部分もあるが、リズムは一定だし、和音も把握できないものではない。ただ、どんなに慣れても弾けるようになる事はなく(というか、慣れるだけなら苦労しない)、習うつまりさらう以外に弾けるようになる要素がない。そして困った事に、そうした箇所が多くを占めていて、要するにそこができなくても他をがんばりますという逃げ道がない。

これは、習う時間を確保するのが難しい身としてはなんとも厳しい。しかも、そうした時間を確保して必死に練習をしたとしても、弾けるようになる気がしない。メンバーの一人は、仕事を休んで1日さらわないと無理、みたいな事を言っていたが、1日さらっても無理な気がする。

まぁだからといって抗わない訳にはいかない。考えてみたら一昨日帰ってメールを書くだけとか、昨日も帰ってぼーっとしているとか、疲れたとか、パートへの不満を並び立てている時間があったら、何とか時間と場所を確保してさらえって話なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 9日 (火)

疲れているのか

昨日は長々とメールを書いたのだが、改めて振り返るとこんな長いメールは読まんよな、とも思う。そういった意味では相手に伝えて理解してもらうというよりも、自分に言い聞かせるために書いたようなものだろう。受け取る側にとっては迷惑な話だが。

自分が降りるという話は一蹴されたのだが、その際に、そう考えるのは疲れているためだからたまに休めと言われたのが印象に残っている。あまり自覚はないのだが、そういうものなのかもしれない。たまに練習を休むのではなく、降りるという休み方を選択したと言われれば、そう思えなくもないからだ。

この場合の疲れるというのは、もちろん精神的な意味なので、自覚がなければそのままになる訳だが、第三者的に自分の状態を見つめた時に、もしかしたらやばいのかもしれないと思う事がない訳ではない。もちろんそれ自体は人から見れば他愛もない事で、実際自分もそう思っているのだが、一方でどこか切れそうな印象があって、その切れそうな糸を時々繋ぎ直している自分がどこかにいるような気がする。

もっとも、こんな事を書いている時点で、まだまだ切れそうにないのは明白なので、それほど心配するような話ではないのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 8日 (月)

iPad miniの電源が・・・

スターバックスでiPad miniを開いたら、バッテリーが切れていた。昨日の夜普通に使っていた記憶もあるのだが、そういえば電源をオフにせずに寝てしまったかもしれない。自動スリープは鬱陶しいのでオフにしてしまう事がある。

で、XPERIAでブログを書くのは・・・結構しんどい。キーボードがあれば別だが、親指を使ってのフリック入力だと、回復しつつあった腱鞘炎の再来が怖い。

この土日はアンサンブルの本番やら降り番となるための調整やら色々あったのだが、この状態ではあまり書けそうにないので先送りだな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 5日 (金)

Kオケのマネジメント

Kオケの第3期目の練習がスタートしたのだが・・・昨日の練習は何とも微妙な感じになってしまった。どうもその辺りのマネジメントというのが上手く出来ていない。単純に演奏会の予定を決めて、選曲をして、練習する「だけではない」要素が色々含まれてしまっているという事はあるのだが、Kオケの団体としての活動の全体像が描けていないのだろう。

その辺りは一般のオーケストラとは違うし、企業オケでも一般オケに近い方向性を目指すオケとも違う部分ではある。何が違うのだと問われると言葉に詰まってしまうのだが、ようはそうした違いを志向しながら、その違いを明確にイメージ出来ていないのだ。活動ポリシーがはっきりしていないと言っても良い。

あまり難しいことは考えずに、音楽が楽しめれば良いじゃないか・・・という姿勢でのんびり構えていると、昨日のような羽目に陥る。自分はまぁ楽しいし、他にも楽しんでいる人はいるのだけれども、全員がそうではないような。顔色を伺うような事はしたくないのだが、一体感を持てたかというと微妙な気がする。
(もちろん顔色を伺う相手は上役などではない。そうした人たちは放っておいても良い。)

思うに、Kオケの場合、F響などとは違って次のような意識が必要なのだろう。

一つは、自分はホストであり、メンバーはゲストであるという意識だ。お客様としてもてなすとかいった意味ではなく、ゲストが音楽を楽しむにはどうしたら良いかを常に意識して考え続ける必要がある。以前とあるNPOの主宰に、自分はホストとしてボランティアにいかに楽しんでもらうかを考えているという趣旨の話を聞いたことがあるのだが、そうした意識が重要な気がする。

普通のオケでは、運営や演奏の委員をやっていても、あまりそうした事を考えることはない。むしろ自分のやりたいようにやって、それについてこないのは相手の問題、と突き放すような所がある。まぁ無意識の領域ではパート内の意見に配慮するとかいった事も(少しは)あるのかもしれないが、基本的にはゲストとは思っていないし、自分をゲストと思っているようなメンバーの意見にはイライラする。

それがKオケでは少々異なる。いや気を抜くと上記のような考えになってしまうのだが、それではいけないような気がする。ゲストとしてちやほやする必要はないが、ホストやキャストとしての意識を強要するのも違うように感じるのだ。理由は・・・よく分からないが、会社内での関係という別の軸があって接する関係だからかもしれない。

もう一つは、Kオケの練習は会議と同じように緻密に準備して組み立てる必要があるということだ。

まぁこれも普通のオケと何が違うのか、何故そうしなければいけないのかはよく分からない。何となくそう感じるということだ。そうしておかないと、霧散してしまうような感じがするのだ。

そう考えると、これはオーケストラ結成初期の、活動が軌道に乗るまでに必要とされる意識ということなのかもしれない。実際、一度レールがひかれてしまえば、その後はあまりこうした事は強く意識する必要はないのではないかという気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 4日 (木)

トップを含めたローテーション

Hootsuiteへのサインインが復活したので、記録を残しておく。

正直な話、オーケストラの弦パートで「全員乗る」事を前提とするのはあまり好きではない。特に「足りない時にエキストラを頼まずに皆でがんばる」はまだしも「沢山いるけど全員乗せてしまえ」という発想が嫌いだ。
送信 6月1日 19:05 From Hootsuite

少なくとも管楽器にはそんな事はあり得ない。プロでもあり得ない。全く同じとは言わないが、アマオケだから何でもありというのはおかしいだろう。そもそも見た目のバランス自体がよろしくない。
送信 6月1日 19:07 From Hootsuite

全員乗れるようにしようという発想が許されない訳ではなく、それを重視するのであれば、団員を少ない状態で維持し、必要に応じてエキストラを入れるという形で調整するべきだろう。
送信 6月1日 19:09 From Hootsuite

もちろんアマチュアの場合、演奏会の中で1曲も出番がないというのは避けるべきだろう。でも全曲に全員を乗せるという発想がどこから生まれてくるのかが分からない。もちろんこれは求められるプルト数よりも多い人数を抱えているからこその発想ではある。
送信 6月1日 19:13 From Hootsuite

まあそうは言っても降りたくない人にとっては「それはお前が降りる事のないパートリーダーだからだ」というのはあるだろう。実際に面と向かっては言えないにしても。
送信 6月1日 19:16 From Hootsuite

「だったらお前がやれ」という反論も出来るのだが、それでは子供の喧嘩みたいなので、であれば「自分も降りる」というオプションを用意すれば良い。パートリーダーを譲る訳ではなく、トップを交代制にして、ローテーション的に乗り降りを考えていけばよい。
送信 6月1日 19:21 From Hootsuite

もっとも、それでもおかしいという人は多分いる訳だが、そうなると流石にパートリーダーを変わってもらって、その人の考えで全員乗せるというやり方に変えてもらうしかない。少なくとも自分はやりたくない。やらされるなら辞めるぐらいやりたくない。
送信 6月1日 19:23 From Hootsuite

加えてこんなメールもした。

---------
先々の事を考えれば、コンマス含めてどこかでシフトできるようにしていく事がオケとしては必要です。
また、少ない人数をエキストラで補いながら全員が乗る体制ではなく、乗り番を上回る人数を抱えた上でローテーションで回していく弦楽器の体制を私としては志向しているので、その際にトップだけ固定である必要もないと思っています。
(それにそういったローテーションメンバーが増えれば、通常の練習時間で正規の合奏とは他にパート練習やセクション練習を行うといった工夫もできるようになります。)

また個人的にはバックステージを最初から最後まで経験したいという気持ちもあります。
白鳥にソロがなければそうしている所ですが、弾きたいとかではなく他の人に任せられるかという部分で少々悩んでいます。
第九に関しては、もしかしたらそうするかもしれません。

多分こちらの方が自分が乗り番のまま誰かを下ろす形よりも抵抗は強いと思います。
ただ、私は自分がいなくてもチェロパートは大丈夫と信じていますし、そうなっていかなければどんなに人数が増えてもパートとしてはダメだと考えています。
---------

ただ、正直に言えば常にこうした事が言えるかは怪しい。実際似たような事はここ数年考え続けてきていて、それでも実現していなかったのは、自分自身に乗りたい、つまり降りたくない気持ちがあったからだ。そして、今回はそうではない。それは否定できない。

そして一度実施してしまえば、それは厳然たる前例として今後すべてに適用されるべきだろう。そこまでの覚悟が自分にはあるのか、それもややはっきりとしない。

ちなみに上記の考え方は、乗り降りを選べるという考え方とは一致しない。自分はこれに乗りたくてこれに乗りたくないといった要望に応えるようなシステムではない。モチベーションの問題もあるので、多少は要望は聞くにしても、乗りたい希望はさておき、乗りたくない希望を聞いていたらパート編成は成り立たない。

さて、これで変わっていけるだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 3日 (水)

トラブル諸々

昨日は結局MacBook Airの再インストールをして、その後アップデートは行わなかった。とりあえず問題は解消したが、アップデートをどうするのかという問題を先送りしただけのような気もする。一応ざっとは調べたのだが、それらしいトラブルの例も見当たらないんだよね・・・。

さて、トラブルといえばHootsuiteでもトラブル。iPad miniで使っているHootsuiteで突然サインインを要求され、いつものようにメールアドレスとパスワードを入れてサインインしようとしたら、Googleの認証コードを要求された。いや二段階認証の認証コードなんか送られてきてないし。

よく分からないのは、ウェブからやXperiaからは問題なくアクセスできているという点で、結局のところ何を要求されているのかよく分からない。

Hootsuiteは、FacebookとTwitterの両方に同時投稿をするために主に使っていて、閲覧も(特にTwitterは)これを使っているので、使えなくなるのは少々痛い。もっとも、大半はXperiaでの利用で、iPad miniで使用するのは・・・このブログにtweetを引用する場合なので、さて書くぞという時にこの問題が頭をもたげてくる。

まぁよく分からないが、Hootsuite上で何か情報を蓄積している訳ではないので、一旦IDを削除して、再度登録すれば良いのであろう、多分。この機会に新しいアプリを探すという考え方もあるが、それはそれで面倒くさい。

そんな訳で、今日は昨日のtweetを引用した別の事を書きたかったのだが、それ以前の内容になったのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 2日 (火)

MacBook Airのトラブル

MacBook Airが先日のセキュリティアップデート以来App StoreやiTunes Storeに繋がらなくなり、各種対応を試しても直らないため、昨日やむなく再インストールに3時間近くかけたのだが、その後繋がるようになったApp Storeがアップデートしろと求めるので、アップデートしたらまた繋がらなくなってしまった。何なんだ一体。

そんな訳で少々作業が滞っている。問題が発生するのはApple関係のサイトばかりなので、実際にはそれほどその他の作業に支障がある訳ではないのだが、気持ちが落ち着かない。AppleのアプリでAppleのサイトに接続して、セキュリティの証明書がおかしいから続けると偽サイトに接続して情報を盗まれる恐れがあるとか警告をされまくったら、普通は落ち着かないであろう。

それにしても昨日の3時間の顛末には落ち込んだ。待った時間を返せという感じ。Apple教信者として、そんなトラブルも笑って受け入れられるようになる日は遠い。というか、ないかもしれない。
(まぁスマートフォンもXperiaに切り替えたエセ信者ではあるが。)

今日もう一度3時間を賭けるかどうか、それが問題なのだが、今日賭けなくてもいつかは賭けない限り先には進まない訳なので、結局早い方が良いという事なんだろうなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月 1日 (月)

アンサンブルO練習開始

一度書いたのだがコピーの際に誤って消えてしまった・・・。

さて、土曜日からアンサンブルOの練習がスタート。実際には2週間前からスタートしているのだが、諸々の予定により出席できていなかった。今回はニールセンがメインである。

アンサンブルOの曲というのは、正直未知の曲ばかりな上に、楽譜を見ているだけでは何とも訳が分からない事が多い。そんな訳でまともに練習できていなかったのだが、土曜日の練習のおかげで少しだけ輪郭が見えてきた。

という訳で後はさらうことに専念すれば良いわけだが、話は単純でも実行は簡単ではなくて、毎回途中で挫折をしてしまったりする。指揮者からは「(最終的には誤魔化すにしても)まずは正面から取り組んで下さい」と言われているので、そのようにはしたいのだが、気持ちはともかく身体はなかなかついてこない。

いずれにせよ、まずは予定としてさらう時間を組み込む事から始める必要があるだろう。いやいやその前に、土曜日の練習では小さくて読みづらかったA4サイズの楽譜をB4サイズに大きくして作りなおす所から始めなければ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »