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2015年6月22日 (月)

練習続きと解放的脱力

この土日は練習が少々集中した。

土曜日の午前中は、縁あって誘われたオケの見学。ニーノ・ロータの交響曲第3番というなかなか珍しいプログラムのオケで、過去弾いたことのある曲を演奏するオケよりはよほど刺激的なのだが、最終的に参加するかは保留してしまった。練習と本番のスケジュールはクリアしているが、アンサンブルOとコンセプトが被っているので、何となくの参加で引きずってしまうとやや困る事になる。

土曜日の午後はアンサンブルOのパート練習。未知の曲ばかりのアンサンブルOでは、毎年このパート練習で諸々がクリアになる事が多いのだが、今回のニールセンの交響曲第5番は、クリアになったというよりは、課題は課題だというのを突きつけられた感じで終わってしまった。

ただ、夜の合奏まで含めて振り返ってみると、難しいところに気を取られて出来るところまで落とすよりも、やはり出来るところはきちんと出来るようにしておくという当たり前の結論に落ち着く。

これまでも普通F響などで演奏する曲で1〜2割、アンサンブルOで3〜4割は弾けないところというのはあったが、その辺りはうまくごまかしつつ、残りをしっかり弾くというのを基本的なスタンスとしていた。今回はその比率が逆転していて、弾けないところが6割を超えているため、どうしてもそこに目を奪われてしまっていたが、やはり出来るところを確実に押さえておかなければ、全体の印象自体がガタガタになってしまう。

もちろん、弾けないところは努力として押さえつつ(ごまかすというのはごまかそうと思って出来るものではなく、弾けるようになるための努力が型作るものだ)、出来るところを確実に押さえていく必要がある。残り1ヶ月ちょっととなればなおのことで、練習の力点を変更する必要性を感じた。
(などと書きつつ、来週は分奏で絞られる事が分かっているので、今週もそちらをさらう事に注力してしまいそうだが・・・。)

日曜日の午前はF響の練習。譜読みを一度しただけなのに、もう本番の指揮者が来てしまうのはどうなんだと思いつつ、ラフマニノフの交響曲第2番の第一楽章をみっちり。ただ、全曲流すような練習よりは、課題も含めてしっかり把握できる練習であったかもしれない。

アンサンブルOの効果なのか、本当のところは定かではないのだが、アンサンブルOの練習に参加している期間というのは、他のオケの練習において楽譜が鮮明に見えるようになる傾向がある。細かい指示に気づきやすいというか、指揮者にも注目しやすいというか。脳に少しばかりアクセラレータが働いているような感覚で、高速から降りた直後に車の速度がゆっくりに感じられるのに似ている。

そんな訳で日曜日の午後は空気の抜けた風船のような気力でダラダラと過ごしてしまった。その辺りの気力の配分というか、何か予定があればそれはそれで取り組めたのであろうが、何もしなくても良い時間枠というのを設けてしまうと、やはり気持ち的に動けなくなるのだという事を痛感する。

それはそれで休日の過ごし方ではあるのだが、それで終わってしまうと日曜日の時間がもったいないという感じもあるので、何かあった方が良いのかもしれない。

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