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2015年7月 9日 (木)

音源カラオケ

一昨日、昨日とアンサンブルOのニールセンとショスタコーヴィチを練習。あまりやりたくないが音源を聞きながらの練習まで行い、多少やっつけな感じではあるが無理やり練度を上げようとしている。

もう切羽詰まっているので、今日は禁断ともいえる音源カラオケで練習する。とりあえず音程とリズムが課題のセクションはそれである程度何とかなるはず。しかしテンポが課題のセクションは正直どうにもならん。
送信 7月8日 18:27 From Hootsuite

厳密に言うなら、音源を聞きながらの練習はリズムに関しても悪影響はある。そういった意味では「とりあえず促成栽培で何とかする」ようなものだ。

まず、アンサンブルではそもそも指揮者や場の空気を読んで「合わせて」弾くものだが、音源を聞きながらの練習は流れてくる音楽だけを聞いて「探りながら」弾く癖を作ってしまう。この癖が厄介なのは、それ身体に染み付いてしまうと必ずワンテンポ遅れてしまう事だ。特に、他のパートを聞きながらではなく、自分のパートを聞きながらというのが危ない。これは他に合わせるための要素がない以上、避けられない弊害だろう。

加えて、タイミングが読めないというのは、その予備動作がおかしくなる(予備動作と実際の音を出すタイミングがずれる)問題をもたらす。音を出す、音を切る、音が変わる、それらのタイミングを合わせるのは、予備動作の段階で合わせる事が重要なのだが、それが出来ない上に、自身の予備動作から音につなげるまでのプロセス自体が乱れてしまう。

では徹底的に聞きながら弾き込む事で、音源に探る事なく合わせられるようになるまで練習するとどうなるか。今度はその音源に演奏が固定されてしまい、アンサンブルにアジャストする事が出来なくなる。そこまでしていなくても、聞きなれた音源のリズムやテンポで弾いてしまうという事がアマチュアプレイヤーにはよくある訳だが、それがさらに極端に出てしまう事になる。

メトロノームなどを使用した練習などと何が違うのかといえば、音源となる演奏は厳密には一定のテンポとなっている訳ではないので、その揺らぎまでもインプットされてしまう事だ。

その辺りはわかった上で頭の中で切り分けながら練習できれば良いのだが、それが出来るようになっていれば、そもそも音源に頼った練習など必要ない。音源に頼る練習というのは、頼る必要がある練習だからやる訳だが、頼る事が弊害を生み出してしまう訳で、実はあまり良い練習とは言えない。まぁ伴奏のカラオケで楽しむというのはありだろうが・・・。


しかし、そんな弊害は分かりつつ、とにかく短時間で曲を身体に馴染ませるには他に方法がない。まぁ数回で染み付くようなものでもないだろうし、正直やむを得ないというのが実情である。

残り金曜と土曜で、せめて「練習していれば弾けるはずの所」だけでも、その状態に持っていかなければ。弾けない所は・・・仕方がない。

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