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2015年7月31日 (金)

ファイルの整理整頓

サーバに保存されているファイルの整理整頓はどのように進めるべきか。
いやサーバだけでなくて、ローカルのハードディスクやクラウドなども含めての話ではあるが。

整理と整頓については、色々と考え方があるようだが、ファイルということに絞って大雑把にまとめるなら、

整理:不要なファイルを捨てる
整頓:必要なファイルに容易にアクセスできるようにする

といった感じになるだろうか。個人で管理しているファイルの場合は、Googleの考え方に代表されるように「検索すればいいんじゃね?」でも良いような気もするが、オフィスで共有するファイルとなるとそうした事が重要になってくる。そこで重要なのは、そのファイルを使うのが「自分だけではない」という視点だ。

ところが、この「自分だけではない」という視点が足かせになる場合がある。多くは「整理」のステップだ。ようするに「自分にとっては不要だけど」「他人にとってはどうだか分からない」という理屈である。特に今時点での同僚だけでなく、将来の後任のことなどを考えると、本当に捨てて良いかというのは判断が難しい。

実際には、そうして保管されたファイルの多くは必要ではない事が多い。それは自分が引き継いだ前任者のファイル群を見ていれば大体分かることで、そもそも仕事は常に新しい事を求められるので、そうそう古い情報が必要になる事はない。ないのだが、たまたま「あれが残っていれば」「何で残っていないのか」といった情報にぶち当たる事もあり、その記憶は強い印象となって尾を引く。それが今捨てる事への抵抗感として醸成されていく。

特に困るのは、その情報がファイルとしては残っていないのに、関係者間の記憶としては残っているような場合だ。言った言わないはただでさえ厄介なのに、そこに「記録」のない「記憶」だけの話になるのは御免被りたい。そういった事を避ける意味でも、捨てるという事には慎重にならざるを得ない事情がある。
(何しろその「記憶」が本当に正しいのかの判断が出来ないのだ。虚偽とは言わないまでも、勘違いなどで捏造されている場合は多々ある。)

だったらもう整理なんてやめてしまえという発想もない訳ではないが、物理的制約が大きかった時代を経験していると、そうしたパラダイムシフトも難しくて、整理は問答無用で正しいという捉え方にもなってしまう。個人的に電子ファイルというのは、整理はやめて整頓だけでも良いのではないかという気もしているが、サーバの容量や一人あたりのファイル数などを可視化されると、何はともあれ「整理しなければ」となってしまうのは、長年積み重ねられてきた行動パターンのようなもので、そうそう理屈で論破できるものではない。

それに実際には整理できるに越したことはない。挙げた問題はどちらかと言うと記録がないこと以上に記憶に左右されてしまう部分だからだ。昔はこうだったという「記憶」が意思決定に影響を与えるような状態で本当に今の時代にあった意思決定が出来るのか、という話の方が、本来は話題にされるべきかもしれない。

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