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2015年7月 7日 (火)

活動量計

Podcastの「伊藤洋一のRound Up World Now!」を聞いていたら、ナイキのフューエルバンドを話題にしていた。せっかく使っていたのに撤退されてしまって残念と怒る話だったのだが、その話を聞きながら、自分が活動量計として使っているFitbitがサービスをやめてしまったら、どう思うだろうかと考えた。

もちろん、残念とは感じると思うのだが、改めて考えると、それほど真剣に使っている訳でもない(途中無くして二代目の割には・・・)。伊藤さんはしっかりそれで活動量を記録していて、開始以来一定の目標(独自の指標らしい)を下回っておらず。それが続けられなくなるのはどうした事だ!とお怒りだった訳だが、自分の場合、記録される歩数にもそれほどこだわっていない。あえていえば、大体毎朝記録している体重の記録が消える訳だが、それにしても記録しない事もあるし、それができなくなったからなんだという事もなさそうだ。

そもそも、体重の記録だけなら、何も活動量計など使わなくても良い気がする。気がするというか、使わなくて良いだろう。そうなると、そもそも何のためにFitbitを身に付けているのか・・・。

身の回りのモノをシンプルにそぎ落としたいと考えている割には、こうして惰性的に身に付けているデバイスもあるんだな〜と考えながら、いつものように一駅手前から歩いてきたのだが、まぁ記録にはこだわっていないと言いつつも、これを身に付けている事が無意識になるべく歩こうとか考えて行動する事に繫がっているのかもしれない。

ちなみにSmartBand Talkにも活動量計の機能はあるのだが、最近そうしたアクティビティを表示するアプリも外してしまっていた。(今思い直してまた追加したが、基本見ない。)Apple Watchもそうだが、この手のツールで自分の活動をモニタリングして改善するという気持ちは、自分にはさらさら無いようではある。

それでも使っているというのは、ある意味意味不明な話ではある。

ちなみにFitbitアプリには、睡眠やら食事のカロリーやら水分摂取量やらを記録できる機能があって、時々克己心が頭をもたげて記録したりするのだが、基本長続きしない。
こうしたものを続けて、しかも改善していける人達というのを尊敬するが、多分自分にとってはそれほど大きなウェイトではないのだろう。

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