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2015年8月26日 (水)

クリエイティブであるという事

デザインとか、アートとか、クリエイティブとか、そうい「感性的な話」はよく分からない。

正直に言うなら「クリエイティブである事」「クリエイティブでない事」の違いがよく分からない。自分の感性でしか分からない事を誤魔化すために使っているだけなんじゃないかと思わされる事が多々あるので。 / “IDEOトム・ケリー氏が語る「…” htn.to/UP91T1nPU
送信 8月25日 13:07 From Hatena

IDEOトム・ケリー氏が語る「ビジネスマンだった私が、クリエイティビティを身につけるためにしてきたこと」
http://bizzine.jp/article/detail/871

いや、分からないというのは逃避かもしれない。以前書いた音楽の話ではないが、例えば視覚的要素が、人間の脳に与える影響を科学的に測定できるようになれば、上記のような「なんとなく感性で評価している」みたいな部分というのも、そうではないものに変わってくる。

デザイナーやアーティストというのは、そういった部分をある程度経験的に分かっていて表現に反映させられる人達だと考えれば、科学的要素がなかった時代の天才音楽家の音楽と同じである。
そしてそれに対する脳の反応は、ビッグデータの分析などを通して徐々に解明されていく方向にある。

しかし、だ。

そうなると「クリエイティブである」という事も、人工知能に置き換える事が可能になっていくという事になるのだろうか。最近噂の五輪のエンブレムなども、そうしたデータから人工知能がデザインする事が可能になっていくのだろうか。

いや、その場合は、定義そのものが少し変わってくるのかもしれない。「多くの人に受け入れられるデザイン」ではなく、「多くの人の認識を変えていくデザイン」という事だ。いやいやまて、それでもデザイン自体を生み出すのはデータから導く事が出来ない訳ではないよな。ようは最大公約数ではないポイントを選べという事なのだから。

何となくだが、そのような環境になってくると、クリエイティブであるというのは、「新たな価値を生み出す」という創造力以上に、「新たな価値を認める」という受容力の領域の問題になっていくような気がしなくもない。新たな価値を生み出すのは人工知能でも出来るが、それを新たな価値として認めて受け入れるのは、人間にしかできない。そもそもその価値は人間を対象として生み出されたものだからだ。

先の記事のインタビューの中にはこのようにある。

この成功は、二人がそれぞれ自分の専門分野を持ちながらも、互いに上手く協働したからこそなし得たことです。得意分野が異なる人同士が協力し合えば、大きな成功が得られる可能性が高まる。

ここでのポイントは、専門分野を持つ双方の「生み出す力」ではなく、上手く協働する「受け入れる力」がクリエイティビティの発揮につながった、つながるという事を示しているのかもしれない。

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