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2015年10月 6日 (火)

降り番を活かす

府中市民交響楽団の演奏会が終了。

正直に言えば前回の演奏会終了後、「今回は降りる」という気持ちからスタートして、結局は乗るという結果になったのだが、演奏会自体は悪くなかった。そもそも「降りる」というのは、飽きたとか疲れたとかではなく、(乗れるのに)降りるという経験が何をもたらすのか、それで何ができるかという関心があってのものなので、それが出来なかったからモチベーションが下がるとか、そういったものではない。

弦楽器奏者は、ほとんどの場合降り番になるということはない。
多くのオケは奏者の不足に悩まされていて、エキストラを呼ぶほどなのだから、降りるという選択肢はそもそもありえない。その一方で、そのシステムが意識としても定着してしまうと、例えば編成を小さくするといった事が難しくなる。アマチュアオケは奏者のためのものでもあるので、プロのように「今回はお休みです」のような割り切り方はできないからだ。

もっとも、現実にはすでに府中では降り番が発生している。協奏曲などでは編成を小さくせざるを得ない場合も多いからだ。これは弦楽器奏者がほぼ不足していない恵まれた状況にあるためだが、一方で降りる人たちのケアができているとは言い難い。

この場合の「ケア」というのは、乗れない不満を解消するとか、そういった気持ちの整理の話ではない。その降り番を単なる「休み」にせず、当人やオケに対して何らかのポジティブな効果をもたらす何かができないかという話だ。ようするに管楽器も含めて、降り番を「出番なし」「練習休み」と受け止められやすい意識自体に個人的には不満があって、降り番によって発生する各人の時間を、何かに活かせないものかと考えてしまうのである。

ただし、これは降り番を経験したことのない人間の妄想や戯れ言である可能性もある。現実のものとして考えるには、一度経験してみるしかない。それもそういう課題感を持って経験する必要がある。漫然と受身で経験しても、それでは休みにしかならないし、そもそもその期間中にやれることを模索し、試すということに取り組まなければならない。

仕事であれば、そういうミッションを与えれば済むわけだが、愛好家の集まりではそんな訳にもいかない。人によっては、降り番に空いた時間を別のことに使うといった事もあるだろうし、それ自体を否定はできないからだ。それでも、毎週一定の時間をオケのために割いている中で、降り番というだけであっさりそれ以外にリソースを振り向けてしまうのではなく、オケの活動自体に振り向ける(それは別に運営だけの話ではない)方法はないものか、そんな事を考えてしまうのである。

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