« 今年1年間の振り返り | トップページ | モノを手放す »

2015年12月 7日 (月)

第九2015

2年に1度の第九演奏会が終了した。

運営面での反省はさておき、今回は演奏面でいくつか課題があったと言えるだろう。もっとも、それも「練習をどう組み立てるか」という運営的な話ではある。

F響は毎週定期的に練習を行うというスタイルのためか、一つの演奏会に向けて練習を組み立てるという意識が薄いような気がしている。カウントダウンをするとか、いつまでに何をどこまで練習しておくかといったロードマップをあまり組み立る事なく、毎週練習を積み重ねて定期的に発表という感じになっているのだ。

これは自分の意識もそうなっていて、例えばパートをどのように仕上げていくかという事の展望が薄い。何度か書いているような気もするが、結局その反省を活かせず、計画をたてることができていない。

演奏会に向けたロードマップがないというのは、課題の設定が出来ないという事でもある。第九は短期間で仕上げなければならないため、優先順位の設定も含めて、どのように本番に持っていくかという計画を、もっと詳細に積み上げたほうが良かったのだろう。団員の出席状況や会場の状況、トレーナーの手配もそうだし、何より重要なのはどの楽章にどれだけ時間を割くか、前もって個人で詰めておかなければならない課題は何かを明確にすることだ。

そこまでやる必要があるのか、という疑問もある。大人の集団だし、それなりに音楽経験もあるのだから、各自で組み立てられるだろうといった類の話だ。それはそれで道理なのだが、問題は個人よりもアンサンブルとしてどのような練習をするかという話である。

「速いといえば遅くなり、遅いといえば速くなる」

本番直前にマエストロが口にしたこの言葉が印象的だった。これはアンサンブルとしてテンポを揃えよという指示に対して、各自が自分の中のメトロノームだけで対応してしまっている事を端的に示している。速く弾けない、遅く弾けないというのは個人の練度の問題だが、どちらもできるのにアンサンブルにアジャストできないというのは、課題としては根が深い。個人レベルでの練習は難しく、アンサンブルの中でしか磨けない感覚だからだ。

その辺りはやや地力の話になってしまって、第九をどう組み立てるべきだったかという話とはズレてしまうのだが、個人的な事を言えばベースとの絡みだけでなく、ファゴットやトロンボーンとの絡みなども、個別に抜き出してどこかでやっておくべきだったと思わなくもない。ずるずる流れてしまったが、そうした押さえを意識的にやるということが、本当は必要なのだろう。

|

« 今年1年間の振り返り | トップページ | モノを手放す »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/62823076

この記事へのトラックバック一覧です: 第九2015:

« 今年1年間の振り返り | トップページ | モノを手放す »