« 明日明後日の過ごし方 | トップページ | オケとしての方向性 »

2016年2月12日 (金)

歌うという事

水曜日木曜日とスキーにも行かずに過ごし、Xperiaの初期化と再設定などをしていたのだが、その結果はもう少し様子を見る(移動がないと分からないので)として、休みに入る前の火曜日のU響の練習でなるほどと思った事など。(ちなみに練習で聞いた話だったか、飲み会で聞いた話だったかは忘れてしまった。)

それは、演奏において「歌い込む」事を考えた際に、我々(日本人かアマチュアか年配奏者かはとりあえず置いておく)は溜める演奏、つまり遅くなりやすいのだが、本来歌い込むというのはアジタート、つまり前へ進む演奏である必要があるという話だ。

溜めるというのは、歌うために音に長さをたっぷりとるという事だが、これは言い換えれば一つひとつの音をひきずるという事でもある。そういえばカラオケで熱唱する人が遅れるのは聞いた事があっても、前へ行くのは聞いた事がない。個人的にはイラっとくるのだが、同じ視点で器楽の演奏を見た場合に、同様に溜めを作ってしまっているケースは多い気がする。

演奏する側としては、じっくり時間をとって歌うのは気持ちが良い。しかし聴く側としてはどうだろうか。

そういう視点で思い返してみると、そういえば聴いていて気分が盛り上がってさあ行けという時というのは、むしろ前へ行く事を気持ち的に求めている事が多い。気持ちが盛り上がる時に、テンポが遅くなるというのは、後ろに引きずられるような感じになってイライラする。

もちろんすべての場面でという訳ではなく、音楽上の効果としてリタルダンドが指定されている所もある。しかし逆に言えば、それを明示するという事は、そうでない場面においてはむしろ前に進むぐらいが良いという事だ。

アンサンブルの場合、その「前に進む」効果を作り出すのがリズムパートになる。旋律が多少遅れたにしても、リズムパートが前に進んでいればテンションは維持される。旋律に合わせて遅くなれば、テンションは下がる。もちろん理想は、旋律も遅れない事だろう。

この捉え方は、恥ずかしながら自分にはなかった。歌うといえば溜めを作る事だとばかり思っていたので、メモを取る程度にはインパクトのある話だったのだった。なんとなく今更感もあるけれども。

|

« 明日明後日の過ごし方 | トップページ | オケとしての方向性 »

コメント

少し違う話になってしまいますが、以前ブラームスの3番を演奏したときのこと。

終楽章で、チェロとホルンが三連符な感じの第二主題を提示しますが、同じ場所でコントラバスが四分音符を刻んでいます。

旋律はどうしても若干遅れ気味になっていたのですが、刻みはあくまでテンポでという指示が出ました。そうすると微妙にずれて聞こえるのですが、それくらいの方がドライブ感が出るから構いませんと言われて(実際のサウンドも含めて)面白いなと思ったことがあります。

投稿: はち | 2016年2月12日 (金) 12時19分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/63198508

この記事へのトラックバック一覧です: 歌うという事:

« 明日明後日の過ごし方 | トップページ | オケとしての方向性 »