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2016年4月28日 (木)

連休前

あっという間に連休がせまってきてしまった。

今回の連休は珍しく有給を組み合わせてしまったため、飛び石出勤がない。さすがに10日間会社のメールを見ない状態になるのはやや不安なため、何か対策は講じたいと思っているが、その環境を整えるのと実際にチェックをするのは別物である。以前に書いたように、旅行のようなイベントこそないが、予定はむしろ普段より詰まっているのがこの連休だ。楽器を弾いていない時間帯でも、F響の実施要綱作成やら、Tオケやオペラの楽譜の製本やら(通常楽譜の製本は30分もかからないが、この2つはとにかく楽譜が多い)やる事は結構ある。

のんびり過ごそうなどと思っていたら、やるべき事がやらずに終わってしまうだろう。そういえばRオケの楽譜(マイスタージンガーとブラームスの3番)も用意しておかなければならない。これ事前に少し譜読みをしようと思ったらそこでも時間が必要だな。

正直、今回の連休はブラックホールのように時間を吸い取られるのは間違いない。練習中は他の事が出来ないのだから、練習以外の時間に休んでいたら、やるべき事が終わらない。

しかし、それもこれも明日からの話で、今日はむしろ連休明けに向けた準備を整えておかなければならない。3日の休みだろうが、10日の休みだろうが、仕事的にはそれで何かが変わる訳ではなく、気分として連休モードに陥らない(特に明けに)ような仕掛けを、休みに入る前にしておく事が重要だろう。とりあえず明けて初日のミーティングで使用する資料は用意したが、他にも準備をしておかなければならない事はある。

うっかり持ち帰るような仕事を作ってしまうと、目も当てられない事になるだろう。連休中になんとかやろうは、連休明けになんとかやろうとほぼ同意でしか(いつもそうだが特に今回の連休においては)ない。

その辺りの決意をして、連休前のブログ更新を終わる事にする。連休中はSNSの更新のみでブログからは遠ざかる(はずな)ので、連休明けのエントリーで後悔を書くような事だけは避けたいものだ。

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2016年4月27日 (水)

弦の馴染み感

どうも今回の弦は楽器に馴染んでいない気がする。

昨日はU響の練習だったのだが、弾いている最中に何度か音が裏返る現象が発生した。昨日のその現象に限らず、先日張り替えた弦は微妙に馴染んでいる感じがしない。同じヘリコアにも関わらず、張り替える前の感触と比較して新しくなったと感じないのだ。弓でかけた圧を絶妙な形での受け流しながら音に変換していく機能に、若干歪みのようなものが感じられる。

品質的なばらつきもあるのかもしれないが、仮に弦ではなく楽器本体の問題であったり、もっと根源的に自分の技量の変化によるものだとしたら、少々困る。弦は張り替えれば済むが、他はそう簡単な話ではない。

何れにせよちょっと感じている違和感として記録しておく事にする。タイミング的にF響の定期演奏会が終わるまでは張り替えもメンテナンスも難しい。いや張り替えはこの弦の場合は安定するのが早いので試してもても良いか・・・。

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2016年4月26日 (火)

iPhone6sPlusとiPad mini

少し前からiPhone6sPlusの購入を検討していて、今回はオンラインで機種変更をしてみようかと考えているのだが、最後の最後で思いきれずにいる。機種変更が必要なガラケーが1台あり、放置するのは無駄なので使えるようにしたいのだが、さて6sPlusで良いのか、という話だ。

ちなみに今回はXperiaの切り替えではないので、AndroidではなくiOSにするのは既定路線。問題はサイズである。

サイズ的にもっともしっくりくるSEではなく、6sPlusを検討したのは、iPad miniの代替を想定したからだ。さすがにキーボードは必要になるが、サイズ的にはブログを書くには問題ない。WiFiルーターは次の契約更新時に解約を検討しているので、WiFiモデルであるiPad miniの携帯をやめて、6sPlusにするというのはそれほど不合理な選択ではない。(根本的な必要性の問題はさておき。)

ただ、電子書籍や新聞雑誌の電子版となると少し話は違ってくる。とはいえKindleはあまりサイズは問わないし(コミックはそうはいかないが、これそもそも外出中にはあまり用がないので自宅でiPadで読めば良い話である)、日経も紙面ビューアーではなく(iPhoneであれば)電子版アプリを使用すれば良いかと考えていたのだが、最後に問題になるのが雑誌、具体的にはdマガジンだという事に気付いてしまった。最近結構見るようになっているのだが、現実にはiPad miniでも「読む」というよりは「眺める」感じでじっくり読むにはしんどい。これが当然ながらさらにしんどくなる事が想定される。

しんどくなるというのは、自然と見なくなる可能性があるということだ。あるいは、そのために結局iPad miniも持ち歩くという事態を招きやすい。いやそもそもじっくり読むのはiPad miniでも不可能なのだから、ざっくり眺められれば良いという考え方もあるのだが。

そもそもiPhoneの購入が俎上に上がったのは、一つは回線が余る(これが15年以上契約していて現状主回線になっている・・・普段使いのXperiaは実はサブ回線)という事と、会社のiPad miniを試験的に持ち歩くようになって、iPad miniの2台持ちはなんとも間抜けな上に無駄に重く感じられるという動機がある。導入するからには何としてもiPad miniは持ち歩かない環境に持っていかなければ意味がない。

本来もっとも持ち歩きではしっくりくるSEではなく、スマートフォンとしては(少なくとも自分にとっては)無駄に大きい6sPlusが選択肢に挙がっているのは、ようするにそういう事なので、持ち歩くデバイス環境を変えるという意味で色々考えてしまうのだった。

・・・考えても結局そうするんだろうけどさ。

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2016年4月25日 (月)

オフタイム

この週末はここしばらくに比べればのんびりとした、逆の言い方をすればだらだらとした時間を過ごした。

1日を朝昼夜の3つのコマに分けて考えると、土日の2日間は6コマと考えることができる。ここしばらくの間2〜3コマ、多ければ4コマぐらいオケに費やすことが多かったのだが、この週末はF響の1コマのみ。平穏といえば平穏だが、やや手持ち無沙汰といえば物足りなさを感じる週末ではある。

本来はその時間を利用して何か別の事でも出来れば良いのだが、なかなかオケ以外の事を改めてやろうと思っても、いきなりはできないものである。冬であればもちろんスキーに費やされる訳だが、それ以外の季節というのは、実はあまりやることがないのである。
(しかしその割にオケのイベントは冬季に意外と多かったりする。)

もっとも、社会人になって最初にF響に入った頃は、土日の過ごし方はそんなものだった筈で、年を追うごとに(特に近年は)スケジュールが過密になっている気がしなくもない。それはそれで充実していると思わなくもないが、この週末のようにたまにそれらがないと、途端に電池が切れたような週末の過ごし方になってしまうのは、それはそれで考えものだろう。

さて、もちろん来週からの連休はそうはいかない。有給を加えて10日間の休み、つまり30コマあると考えた場合、楽器を弾いている時間は12コマある。一見半分には届かないが、もちろんこれは個人での練習は除いてあって、加えて楽器を弾かない形でオケに絡むのが(打ち上げとか)5コマはあり、その他休み中にやっておかなければならない(オケ関係の)作業もあるので、事実上結構な時間を費やす事になる。

連休中にどこかに出掛けて混雑に巻き込まれるよりは、ずっと有意義な過ごし方という事もできるが、さすがにこれだけ過密だと何かあればリカバリーが効かなくなってしまうので、注意しなければなるまい。

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2016年4月22日 (金)

アンサンブル

昨日はKオケの練習。週2日の平日練習を我ながらよくこなすよなぁと思うのだが、昨日は半分は練習、半分は今後に向けた活動方針についての話し合いだった。実は1月のコンサート以降、活動のテンションが下がっているというか、フラフラしている。

元々その1月のコンサートを一つの目標にして活動してきたオケだからという事はあるだろう。それと一部の活動を牽引する自分を含めた年配組を除くと、メンバーが全体に若く、仕事的にこれからどんどん忙しくなってくる世代が中心のため、活動時間の確保自体が意外とままならないという事情もある。

ようするにそろわない。

それでも昨日は見学者が3人も来てくれた。そういう芽を摘んでしまわないよう、活動の継続方法を考えていく必要がある。

ひとまず昨日打ち出した方針は、小編成アンサンブルの充実だ。オケとしての体裁を整える規模のメンバーを毎回集めるのはかなりしんどい。演奏機会は意外にあるのだが、全員揃わなければ演奏できないの曲ばかりではそうした機会を逃すことになる。ようはレパートリーのバリエーションを増やしておきたいのだ。

ただ、これはコアとなってアンサンブルをリードしていける人材があってこその取り組みではある。ひとまず方針として打ち上げてはみたが、そうしたアンサンブルのチームが成立してくれるかは未知数であり、その辺りはしばらく様子見だろう。

しかしアンサンブルまで抱えることになるといよいよサイレントを会社に置いておきたくなるな・・・。

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2016年4月21日 (木)

弦楽器の弾き方

こんなことを先日呟いた。

時々勘違いをされている方がいますが、弾いたふりにおいて一番重要なのは間違えた音が出ても聞こえないように圧力を抜いて弾く真似をする事ではなく、間違えても知らんぷりして全力で弾くことです(断言)
送信 4月19日 18:35 From Hootsuite

これを「弾いたふり」と呼べるかどうかはともかく、特に視覚的に目立つ割に音としては(パートという集団の中で)埋もれやすい弦楽器においては、こうした姿勢は個人的に重要だと思っている。それに、得てして思いきり弾いて間違えた音よりも、おそるおそる弾いて間違えた音の方が響き渡るものだ(当社比、つまり気持ち的には)。

もちろん間違えた場合は自分には当然分かるし、おそらく隣にも分かるだろう。だが、せいぜい伝わるのはその程度の範囲で、指揮者ならともかく少なくともそれが誰なのか聴衆に分かることはほとんどない。パートとして音がおかしいまでは分かっても、それが誰だか特定するのは至難の技で、分かるとすればそれは視覚的な要素からだろう。ついでに言えば、間違えるような難しい箇所は、隣の人間も必死だから大抵は気がつかない(笑)

だから間違えても良いという事ではなく、それぐらいの心構えの方が結果として良い演奏になるという話だ。周囲に最も伝わりやすいのは「弾けてない自分」という雰囲気であって、「弾けなかった音」そのものではない。特に弦楽器は基本的にパートでユニゾンなのだから、互いに助け合えば良いのだぐらいに思っていた方が良くて、その辺りは管楽器とは異なるかもしれない。

もっともだから弾けなくても良いという話ではなく、その乱れは結局パート全体の音としては表現されてしまうので、無神経に音を出してはいけないのは確かだ。そこは可能な限り練習をして気を使って欲しいとは思う。ただ、「結果間違えるかもしれないけどこう弾きたいんだ!」という気の使い方と、「結果間違えるかもしれないから抑えておこう・・・」という気の使い方では、間違えた際の結果は同じ(実際ほとんど変わらない)でも、間違えなかった際の結果には雲泥の差がある。求められるのは「間違えなかった時の音」であると考えれば、弾く姿勢においてもどちらが求められるかは自明の理だろう。

という訳でもっと思いきって弾こう。思いきり弾いて間違えても、練習でなら取り戻せるし、本番でなら忘れられるのだから。

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2016年4月20日 (水)

自分の音を消す

昨日はU響の練習。珍しい事に練習冒頭にチェロパートのメンバーが居らず、1人で弾く事になった。

1人で弾くというのは、Kオケの事もあるし未経験ではない。だからそれ自体は別に抵抗はないのだが、やってみると改めて、やはり音が荒れると感じた。何というか、無意識に張り合おうとして無理やり音量を出そうとしてしまうのだ。こんな弾き方をしてはいかんよな・・・と演奏中に思ったのだが、喧騒の居酒屋でついつい声を張り上げてしまうように、いざ音を出すと無駄に力が入ってしまう。

チェロのポジションはオケの最前列で、特にF響やU響では外側ではないため、後背からの音の圧力が半端ではない。普段F響などではチェロパートの音も背負っているので、その響きに自分の音を乗せているぐらいの感覚で弾けるのだが、そのバックなしで他のパートの音を背負うと、自分の出している音を無意識にモニタリングしようとして、結果として無理な音を出す事になるのだ。

完璧にハモった時は自分の音は聴こえなくなるというアンサンブルの本来の姿には程遠い。

実際にはそうした無理をしなくても音として周囲には聴こえているはずなのだ。どちらかといえば自分の音は無駄に大きい部類なので、本来は抑えめにした方がバランスが良いし、音色的にも良くなる筈なのだが、自分の耳に音を届かせるために力を入れすぎて音が潰れるという悪循環に陥っている。

自分の音が耳に入らない環境で音を出すというのは、こればかりは慣れとしか言いようがないのだが、もっと普段から意識しておいた方が良いのだろうという事を改めて感じた。

ちなみにそうした経験のおかげで、メンバーが揃ってきてからは、かなり自分の音を消す(アンサンブルに埋もれさせる)事を意識できた。できたかどうかはさておき、アンサンブルにおいては常にそうした事を意識しておきたいものだ。

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2016年4月18日 (月)

演奏会は続く

F響のバレエ公演のカルテットの本番が終了。個人的にやりきったと言えるほど練習できたとは言いがたいのだが、演奏自体は好評価だったので良かった。弦楽器は達者揃いのF響の中でも選りすぐりのメンバーで構成されていたので、それに助けられたという事もある。

バレエ公演でカルテットでは音量的には全く足りないため、音をマイクで拾って会場に流すのだが、結果として会場にどのように音が届いているかはほとんど分からない。ステージ上で演奏するので、バレエを眺める余裕があるかといえば、カルテットの場合そんな余裕は全くない。同じ室内楽といっても、ミニクラシックコンサートなどとは全然異なるのだが、これはこれで音楽のあり方だろう。舞台芸術として考えた場合、音楽だけよりも観る側としては楽しみが多い気がする。

さて、これでまた一つ本番が終了した。今年に入ってからの演奏機会を数えてみると、

1月にKオケのニューイヤーコンサート
2月にU響の定期演奏会とF響のミニクラシックコンサート
3月にアンサンブルCの弦楽コンサートとKオケの余興演奏
4月にF響のバレエ公演演奏

と、小さなものも入れれば結構な頻度で演奏している。今後確定しているものといえば(本番とは呼ばないようなものも入れれば)、

5月にTオケ2ndとRオケとF響定期
7月にF響ファミリーコンサートとU響定期
9月に(日程は未確定だがおそらく)Kオケコンサート
11月にF響定期

と続く。これに参加保留、検討中のものを加えるとやはり結構な数になるという事で、アンサンブルOがなくなったとしても自分の人生はオケに彩られているなと思ったりしたのだった。

さて、次はTオケ2ndである。少し本番に向けて本腰モードにしていこう。

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2016年4月15日 (金)

都市計画としての保育園建設

昨日は朝が立て込んでいたのでブログを書かなかったのだが、ネタの方は思い付いていて、それというのは少し前に話題になった保育園が近隣住民の反対にあって開園を断念したという話だった。

知られざる事情もあるだろうし、調べてから書けと言われそうだが、そこまでの気力はないので、単に思い付いたまま書くと、そもそも「近隣住民」がいるような場所に開園しようとするのは何故だろうかという疑問だった。今回の場合、道路も狭い住宅街の中に開園しようとしていて、そこに送迎の車が、みたいな話もあったので、すでに形成された住宅街の中で、しかも近隣に利用者は少ないと想像される立地である。

ようするに、利用者が近くにいる訳でもない住宅密集地に保育園を開園するという動機がよく分からなかったのだ。私立の保育園だったので、ようはそこに土地を持っていたいわゆる地主の思いつきのような事情なのだろうか。仮にそうだとしたら、それはマーケティングのマの字もない話で、ビジネスとして考えても、地域貢献として考えても、稚拙な話という事にならないか。

念のため断っておくと、今回の保育園云々の個別の問題を指摘したい話ではない。「近隣住民の反対」という文脈が生まれる背景は、そもそも近隣に住民がいるような場所に保育園を開園しようとする事にあるのではないかという話だ。

利用者の近くにという事であれば、反応は「近隣住民の賛成」になるはずだ。ただ、子どもが成長するものと考えれば、利用者の近くという利便性は長期的にはあまり意味がない。これだけ待機児童の問題が騒がれている中で、少々距離が遠いぐらいで利用者が減るとも思えない。もちろん一定の地域内という距離感はあるだろうが。

保育園の立地選択には、もっと重要な要素があるのではないか。結局のところ都市計画としてどう考えるかという話で、住宅としての利用は認めないエリアに作るとか、鉄道のようなインフラの整備とセットにするとか、工業団地の中に作ってしまうとか(そしてそこで働く人を優遇するとか)、そんな事は出来ないのだろうか。仮にそこに規制があったり、補助が必要であれば、それこそ行政の出番であろう。住民との調整の難しさを嘆く前に、住民との調整がいらないようなやり方を考える事は出来ないのだろうか。

そんな事を考えたりした。それとも「子供は街全体で人の中で育てるべきだ(でも自分の家の近所は嫌だ)!」みたいな価値観でもあるのだろうか。だとしたら多少の反対は押し切ってでも作るべきだと思うけども、そんなタテマエでなんとかなるような問題なのだろうか。

ちなみに余談だが、では「保育園を整備したからこの街に住みませんか」といった目玉的な位置付けにはしない方が良い。そういう視点で考えるから人が集まらず頓挫したりするのだ。保育園なんてものは、役所の建物と同じで、なくてはならないけれども、それが理由で人が集まったりはしないもの、ぐらいの位置付けで考えておくべきだ。いわゆる衛生要因であって、動機付けは別にあってこそ、その街に保育園が整備されている事が重要になってくるような気がする。

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2016年4月13日 (水)

キャンバスのサイズと発想のサイズ

久しぶりに紙のレポートパッドを復活させた。日常的な「メモ」であればポケットサイズのメモ帳で十分なのだが、考えを整理するとか、アイデアを書きなぐるといった事になると、メモ帳では物足りない。

とはいえ、A4サイズのような大きさではなく、A5サイズにしてしまったのは、多少なりとも携帯性とかを考えてしまったから・・・ではなく、正直にいえばA4では「大きい」という感覚を抱いてしまったからである。振り返ってみると、この感覚はあまりよろしくない。

大きいと感じてしまった理由は、鞄への収納とかそういった話ではなく、その広さのキャンバスを「埋められない」と感じてしまったからだ。それは裏を返せば、発想が小さくなっているという事でもある。本来はA4でも足りないほど発想を膨らませていかなければならないのに、A4ですら大きいと感じてしまう。それは自分が狭い発想にとどまっているという事ではないか。

後付けだが、そんな事を考えてしまった。スマートフォン、タブレット、モバイルPCのようなある意味で「小さな」画面にコンパクトに収まった情報ばかりを見続けた結果、そのような発想に縮こまってしまっているといった事はないだろうか。いや大画面モニターのPCで作業すればといった話ではなく。

昔はA4ではサイズが足りないと思う事も実際あったのだ。持ち歩く都合を考えればそれ以上のサイズは考えにくいが、少なくともA4を持て余すような事はなかった・・・気がする。

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2016年4月12日 (火)

2台使い

しばらく身内に提供していた携帯電話が戻ってくる事になり、機種変更でiPhoneSEにでもするかなと考えたりしたのだが、セカンド端末として考えるのであればむしろ画面の大きい6sPlusの方が使い勝手が良いのかもなどと思ったりした。いやコスト的な話は別だが。

普段使いには少々持て余すサイズだが、Xperiaを残すと考えるのであれば、同じサイズの端末を持ち歩いても仕方がない。もっともXperiaもあと半年ちょっとで2年になるので、そろそろ機種変更などを考えても良い時期だったりする。今のところバッテリーの持ち以外は不満はないが、2台の端末を使い分けるのであれば、バッテリーの問題は結構解消される部分もある。

そんな事を考えるのは、日常使いにおいてはあまり余計なアプリなどは入れたくないと思いつつ、新しい情報や知識を身につけていく上では、逆に様々なアプリを入れてサービスを体験してみる事が必要だと考えてしまうからだ。
いや、単なる物欲への言い訳という可能性もあるけれども・・・。

ただ、iPhone6sと考えた場合、すでに発売から半年以上が経ち、そろそろ7の噂なども出始めている段階で買うかどうかという話はある。秋がその時期だとすれば少々迷いどころだが、一方で遅らせればなおのこと迷いが生じるので、今でしょ!という気もする。

ま、考えるだけならタダという話。

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2016年4月11日 (月)

トップとしてのスタンス

この週末も慌しい週末だった。主にオケで。

土曜日はTオケの練習。13時から22時までという長い練習で、流石にそれだけ弾くと指がしびれてくる。曲的にあまり音量的な抜きどころがないという事もあり、正直ウッドボウではなくカーボンボウが欲しくなる。経験上その方が指へのダメージは大きいのだが、多分音量的には出しやすいだろう。

ただ、その音量に関しても、最適が分からない状態ではあったりする。全員そろった状態で合奏をしていないということもあるし、そもそも曲のバランスがどのような感じなのかをつかめていないからだ。未知の曲というのはその辺りが厄介で、多少なりとも音源が世間に出回っているクラシックの曲とは勝手が違う。おそらく今の時点でも音を出しすぎている気がするのだが、出さなくて良いという確証を得られずにいる。逆にブラスが派手な曲が多いので、最終的に音量が足りていない可能性もある。

ちょっと話題になったのはパート練習をやるかという話で、これはやや迷いどころである。パート練習といえばF響も課題になっているが、なかなかスケジュールが合わないような気もする。とりあえず投げかけをしているが、やるとなれば準備もしなければならないので、ちょっと面倒でもある。

先週ふと考えたのだが、もし「本気で」トップをやろうと考えた場合、自分が今やれていないこと、できることはなんだろうか。いまでも奏者としては本気のつもりだが、F響であっても「本気で」トップをやっているとは言い難い面がある。(色々任せられるメンバーがいるということで甘えてしまっているという事だが。)

本気を出しても大したことないかもしれないし、本気であれば違った面が出てくるかもしれない。そのあたりは何とも分からないのだが、仮にTオケでパート練習をやるという事になれば、そのあたりも考えなければいけないかもしれないと思ったりした。

日曜日のF響の練習はいつもとそう大きくは変わらず。ただ、練習であっても本番並みのテンションと譜面への向かい方をしないと、マエストロにすぐバレるということはよく分かった。それをやると半端無く消耗が激しいのだが、それはそれで楽しい音楽の時間と考える事もできる。ただ自分の場合、本番並みのテンションというのはキレるのと紙一重で、それこそトップとしての冷静さなどかなぐり捨てた状態になるので、練習でもそれをやってしまうのか、あるいは本番のテンションを変えるのかは迷いどころである。

そうやって考えると、自分のトップとしての姿勢はメンバーを支えながら「みんなでがんばろう!」と引っ張るのではなく、「ついてこれない奴は死ね!」みたいなスタンスなのは間違いない。いやそれって本当に良いのだろうか。

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2016年4月 8日 (金)

オケの息抜き

先日オケとの距離感を考え直すような事を書いたのだが、現実的には「練習を休む」というのは相当な理由がなければ難しい。自身の心情とか、周囲に申し訳ないとか、そんな話を超えて、「そもそもその時間だけが自分が楽器を弾く時間」というのがあるからだ。

個人練習をする事が皆無ではないが、個人練習をするのは余程の事で、現実にはオケの練習時間に譜読みからのすべてをこなしているのが実情だ。そういう楽器との接し方をしていると、結局オケの練習に出る事だけが楽器を弾ける時間を持てるという事になり、そんな貴重な時間を休んでいられるか!という話になる。もちろん物理的に参加できない事情ができれば違ってくるが、そもそもそうした事が発生しないように気を使う。

もっと言えば、練習を休んだとして、その時間に何をするというのか。

いやちょっと違うか。

そもそも考えていたのは、その時間に楽器を弾かずに何かをするというのではなく、別の形で楽器を弾く機会を作るという事だ。距離感を見直したいのは、オケという団体との距離感であって、楽器との距離感ではないのだから。

平日練習のU響の場合はオケ以外を優先して単純に休むという話になりそうだが、休日練習のF響の場合は、乱暴な仮定を言えば同じ時間に通う別の団体を持つという事だ。毎週かぶってしまっては意味がないので、定例の練習があるような所と掛け持ちはできないが、たまに日曜の練習が発生した際にそちらを優先するとか、日曜日本番のオケのオファーを受けてみるとか、そんな話だろう。

どんな息抜きだよ、という気もするが・・・。

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2016年4月 7日 (木)

気怠い朝

昨日は会社の同僚達と焼肉だったのだが、火曜日のU響の練習後の飲み会に続くとさすがに少々しんどいというか、今朝のテンションが低い。飲んでいる時に飲み過ぎている自覚はないのだが、朝起きた時には飲み過ぎたかなと自覚する。ある程度飲まないと飲み会ですらテンションが上がらないのだが、その反動が翌朝来るような感じで、そういった所に年齢を感じたりもする。人間ドックの結果も出て、データ的にはほとんど問題はないのだが、こういった時には、そうはいってもだんだん無理はきかなくなっているのだなと思ったりもする。やはりもうちょっと睡眠時間を確保した方が良いのか、それともリズムが変わる方がしんどいのではないだろうかと考えたりもする。今日は木曜日なのであと2日と数えながら、その後の週末の方が、スケジュール的にはハードになるような気もする。

そんな気怠さを吐露したところで、さて、朝一のミーティングのために出社しますかね。

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2016年4月 6日 (水)

オケとの距離感

昨日はU響の練習。仕事が少し長引いて遅れての参加となったのだが、平日のオケらしくその辺りは普通で、開始当初は少なかったパートに五月雨式に遅れた参加者が加わって、いつの間にか人で溢れているという事も珍しくない。

その辺りはちょっと遅れるだけでも目立ってしまう休日練習のF響とは雰囲気が異なっている。一方でTオケなども(休日の練習だが)遅れての参加には寛容で、その辺りはオケとしての文化のようなものなのだろう。

アンサンブルという性質を考えれば、多少であれ参加者が欠けているのは好ましくない。それはそうなのだが、それだけでは何ともならないのがアマチュアというものだ。F響ももうちょっとルーズでも良いと思うべきか、いやいやせっかく出来上がったそうではない風土は維持すべきかというのは少し迷う。個人的にはオケに参加する以上練習参加はマストのように捉えていて、休んだり遅刻したりというのは基本的に心苦しい事この上ないのだが、それは他人に求めるものでもない。

そんな事もあって、最近ちょっと考えてしまうのは、F響を最優先とする姿勢をどこまで持つかといった事だ。本番が日曜日の他のオケには基本乗らないし、合宿等のイベントもF響優先で参加しなかったりしてきた訳だが、その姿勢をどこまで維持するのが良いのか。そもそもF響を最優先の対象としている理由も、案外明確ではない。自分の中でのオケの優先度というのが揺らいでいるのだ。

以前自らを降り番にする事を考えて相談した時に、「疲れているのだからたまには休め」みたいなアドバイスを受けた事もあるのだが、少しオケとの距離感を考え直した方が良いのかもしれない。音楽に向き合う事とオケに向き合う事とは違うだろう。

もちろん毎週飲み会にまで参加してしまっているU響との距離感も含めて。

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2016年4月 5日 (火)

通勤電車の選び方

今朝は各停を使って座ってきたのだが、途中で意識が途切れた。ウトウトではなく分断されたという事は、それなりの眠気があるという事なので、やはり寝不足だという事なのかもしれない。

各停を使ったという事は到着が相応に遅れるという事で、時計をみるとそれほど時間がない。まとまった時間がとりにくい事になり、仮にこれを通勤手段とするのであれば、朝の時間の使い方を見直す必要があるだろう。

習慣を変えようと思ったら、時間の使い方というか、時間割自体を変えてしまうというのが鉄則である。逆に時間割を変えてしまうと、習慣にも変化が生じるという事になる。自分の場合、朝ほど時間割が固定されている時間帯はないので、この時間の使い方を変えるのは色々と影響が大きい。

今朝のような各停での通勤はありだろうか。

時間にして約50分は何かをするには十分な時間だが、眠ってしまうのであれば意味がない。眠るというのも一つの過ごし方だが、今の頭の状態を客観的に見るなら、それによって頭がすっきりしたという事はなく、むしろいつもより覚醒感が低いぐらいなので、この選択肢はないと言えるだろう。

一方で、各停を使わずに楽器を運ぶとなると、この時間帯では少々混雑が気になる。

具体的な時間で考えよう。楽器を持って急行以上を利用しようと考えた場合、混雑状況や扉の開く方向を考えると6時10分の準特急が理想である。到着は6時32分。
ただし、この時間ではスターバックスも猿田彦珈琲も開店のはるか前で、楽器を持たない場合は、6時31分の特急が理想になる。到着は6時55分。

その差20分。練習があるのは火曜日と木曜日なので、実質的には毎日その時間差が発生する。これは結構しんどい。起床時間を考えた場合、練習日に合わせれば練習のない日は時間がやたら余る事になる。

もっとも、練習日は夜が遅い(飲んで帰るから)という事を考えると、その辺の時間で調整するというのも一つの考え方かもしれない。


眠気が取れていないせいかくだらない事を考えてしまった・・・。

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2016年4月 4日 (月)

慌しい週末

この週末は慌ただしかった。

土曜日は午前中の練習の後タイヤ交換。午後は病院への通院と二子玉川の蔦屋家電、押上のライフセントラルスクエアとソラマチの訪問。後半は半分仕事がらみである。蔦屋家電ではEARINが欲しくなってちょっと危なかったけれども。同じものを他の家電店で見ても「ふーん」とそれだけで終わるような気もするので、あいかわらず蔦屋家電の雰囲気は危険である。(結局買わなかったが。)

日曜日は朝昼夜と練習。

午前中はF響で未完成とブルックナーの9番。呼吸と予備動作の不足を再三注意される。ようは目の前の音符をただ反射的に弾くだけになっているということだ。音楽の流れとその時に出したい音をイメージして、音を出す準備をする。それで出てくる音の9割は決まってしまうという指摘で、個人的には出来ていないとは思っていなかったのだが、まだまだという事だろう。

というより、本番と同じようなテンションを練習で持てていないということかもしれない。それでは身にならないという指摘でもあるのだ。これは技術以前の心構えの問題なので、気をつけるようにしたいものだ。本番でだけキレていてはいけないのである。(本番でキレてもいけないけれども。)

午後はF響のメンバーによるカルテット。ハイドンの「ひばり」「皇帝」「日の出」、モーツァルトの「春」からの抜粋で、17日(もうすぐだ)のバレエ公演のための練習である。この1回きりで後は来週バレエとの合わせ、翌週本番ということになるのだが・・・これがヤバい。

何がヤバいって、思った以上に難しい。単純に練度不足の部分はあと2回のリハーサルだけでもなんとかなるとは思うが、それだけでは不足しそうな所が何箇所かある。これをさらう時間が・・・ない。

カルテットはオケのようにごまかしが効かない。各パート1人で音を出しているのだから当たり前だが、たまにやるとその辺りオケでは手を抜いているなと思ったりもする。2週間でどうやって時間を確保して、何をするかは考えどころだが、いずれにせよどこかでさらう時間を確保したい所である。(それができれば苦労はしないが。)

夜はTオケの練習。これは練習内容よりも練習場所が・・・遠かった。しかし、もっと遠方から通っているメンバーもいるわけで、その辺り文句が言える話ではないし、逆にそうしたメンバーは尊敬に値する。

ようやく楽譜がそろって、ここからギアを上げていくことになるのだが、昨日の練習ではあっさり練習不足が出てしまった。さらっていないのだから当たり前といえば当たり前なのだが、ちょっと恥ずかったりする。

来週もバタバタしそうである。今週来週は仕事がらみで平日も結構動きが激しいので、どう動いていくかはよく計画をたてなければならないだろう。

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2016年4月 1日 (金)

iPhoneSE

今朝は二度寝をしてしまったのだが、着いた時間はそれほど変わらなかった。してみると30分ほどは寝ていられると考えても良いのかもしれない。ただ、電車の混雑状況を考えると、楽器を持つ日は今日と同じではやや厳しそうで、そうなると日々の変動が逆にしんどい気もする。

さておき、久しぶりに物欲というか、じわじわとiPhoneSEって良いなと思い始めていたりする。結局、Xperiaに乗り換えた理由の一つが、デザインの変更を受け入れられなかったという事もあり、自分にとってジャストサイズであるiPhone5sと同じデザインというのは、非常に惹かれる。

とはいえ、だったらXperiaは何だったんだよというのも確かだ。Z3compactのサイズはiPhone5sよりほんの僅かに大きく、その辺りが乗り換えの決め手ではあったのだが、もう一つは元々SONYファミリーが好きで、カメラなどSONY製品が少なくないという事もある。実際にはXperiaでなければいけない周辺製品はSmartbandTalkぐらいなのだが・・・。

一方でiPhone5sはいまだ音楽プレイヤーとしては現役である。ようは通信機能以外の部分では普通にiPhone5sも使っている状態で、そうなるとなおのこと、あのまま乗り換えずに使い続ける選択肢もあったのではと思わなくもない。(iOSも9まで上げたが特にストレスを感じるような動作状況でもないし。)

しかし、そうして仮にiPhoneSEに乗り換えるとしたら、既存の機器をどうするかをよく考えなければいけない。現在でもWiFi環境下ではiPhone5sとXperiaZ1が現役で(?)稼働している。iPhone5sは音楽とポッドキャスト、XperiaZ1はビデオとKindleといった感じで、ちょっとずつある意味中途半端に機能を使い分けながら利用している訳だ。

少なくともiPhone5sとiPhoneSEは完全に重なる。XperiaZ3compactも、サイズを考えれば機能役割としては重なっている。むしろ画面サイズが全く異なるXperiaZ1の方が、機能を使い分ける対象としては都合が良いとさえ言える。

加えてそこまで使い分ける必要があるのかという気もする。これでiPad Pro9.7インチなどに手を伸ばした日には、iPad miniとの衝突まで発生する。いやまぁ今のところそこまでの食指は働いていないけれども。

思い切るのであれば、今持っている携帯用のデバイスは全て手放してしまって、iPhoneSEとiPad miniの状態にしてしまうのが理想だろう。そこに何となくもったいない感が働いてしまうのが厄介なところで、そこにiPhoneでは今のところ使えなさそうなSmartbandTalkが微妙な影を落としたりもする。もっともFitbit含めてアクティビティトラッカーには最近飽きてきているので、その辺りもどうでも良いのではないかという気もするのだけれども。

考えるのはタダなので別に良いのだが、アップルも悩ましい選択肢を出してきてくれたよなぁ、というのが本音なのだった。iPhone6で大型化に追随したのだったら、そのままの路線で進んでくれれば悩む事もなかったのに。

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