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2016年5月 9日 (月)

クラシックオケとゲームオケと

長かったGWが終わり、今日から仕事に復帰する。

長かった・・・と書いたが、体感的にはむしろあっという間だった。10日間の休みのうち、4日間がTオケ、2日間がF響、1日がRオケとある意味オケ三昧の生活で、あまり休日らしいのんびりした感覚がない。ま、元々あまりのんびり過ごすという事は普段から無いのだが。

ゲームオケであるTオケの本番も無事(?微妙に事故はあったがそれは本番につきものだ)終了。これで終わりかと思いきや、別のオケに誘われたので、比較的同じメンバーと引き続きアンサンブルをしていく事になっているが、それに関連して少し呟いた事などを整理しておく。

昨日の演奏会では色々やらかしてしまって恐縮しているのだが、それはそれとしてゲームオケというのをどう捉えているかというのを打ち上げで誰彼なく話していた気がするので少し整理しておく。
送信 5月6日 11:50 From Hootsuite

一般的にゲームオケに参加する面々の動機というのは、そのゲームが好きでその音楽を楽しむためという事ではないかと思うのだが、自分の場合はちょっと違うのではないかと思ったりした。いやそのゲーム自体は嫌いではないというのは動機の一つではあるけれども。
送信 5月6日 11:52 From Hootsuite

そうではなく、何というか例えば魔笛が作曲された時代にその音楽に触れた一般の人が自らも演奏しようとするような、そんなムーブメントに立ち会っているような楽しさを感じているのだ。
送信 5月6日 11:55 From Hootsuite

その際のポイントはリアルタイムである事と、オリジナルに対するアレンジである事と、商業的(=プロの世界)ではない事だ。魔笛のオリジナルをその時代の音楽家が興業として演奏するのではなく、魔笛のアレンジを素人が演奏して楽しむという音楽の在り方が文化として素晴らしいのだ。
送信 5月6日 12:10 From Hootsuite

もう少しいえば、オーケストラの在り方としてだろうか。クラシックという過去の芸術の再現を楽しむだけではない、今に息づく音楽の楽しみ方として、オーケストラの新たな可能性を示す端緒に立ち会っているのではないかという気がする。
送信 5月6日 12:14 From Hootsuite

というか、そもそも今のクラシックがリアルな時代にもそんなものがあったのではないかという気がするんだよな。それが形を変えて再び注目されるようになっていると捉えても良いのかもしれない。
送信 5月6日 12:16 From Hootsuite

何だか大げさな書き方になっていて、しかもそうした音楽の楽しみ方は今に始まった事ではないでしょ、と言われればそれまでだが、それが自分の音楽生活に関わってきているのは、やはり楽しいことだし、音楽の楽しみ方に変化をもたらしていると感じている。

ただ、自分はあくまでもクラシック畑の人間ではあるので、その上でクラシック系のアマオケにポジティブな意味での変化が生じてくれることを期待しているのは間違いない。今はまだ両者は遠い気がするが、何か上手い形で化学反応が起こらないものだろうか。昨日の題名のない音楽会のように、プロの方がそうした変化は早そうだが、アマチュアでもそうした変化はあっても良い気がする。

一方で従来のスタイルを守っていく姿勢も重要なので、なんでそうなれば良いとは思わないけれども。

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