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2016年5月16日 (月)

演奏への没入感

土曜日にオペラの練習がスタートした。オケの名前は・・・E管という事になるだろうか。(別に伏せるような事でもないのだが。)

オペラに挑戦するのはF響でモーツァルトの「魔笛」やって以来である。正直な印象としてはとにかく運営的な手間がかかるので、正直自分が運営に関わる形では二度やりたいとは思わないのだが、一奏者としては興味がなくもない。何といってもそうそう出来るものではないからだ。

土曜日の初練習は第一幕と第二幕。ざっと通しながら要所要所に指示を受けるだけであっさり2時間半の練習が終了する。歌い手との合わせもない状態でこうなのだから、そうでなくなったらなおのこと端折られる所は端折られてしまうだろう。G.P.などを除けば、本番まで一度か二度程度しか弾かないようなフレーズも出てきてしまうに違いない。その中で指揮者の解釈を受け止め、演奏として完成させなければならない。改めて感じたのだが、これは容易ではない。

もう一つ感じたのは、「のめり込む瞬間がない」という事だ。

魔笛の時もそうであった気がするが、オペラというのは弾いていてどこかでのめり込めない所があるような気がする。ただこれが総合芸術としての頂点とすれば、本来そういうスタンスがそうでない曲でも求められるというのがあるべき姿なのだろう。ようはいつもはのめり込みすぎってこと。
送信 5月14日 12:31 From Hootsuite

ようするに演奏中にキレる事が出来ない。ブラームスのように「意識して冷静に弾くようにする」とかではなく、そもそも冷静でなければ弾けない、という感じだろうか。あるいは曲への練度の問題で、暗譜でも弾けるようになれば(とてもそうなるとは思えないが)、違ってくるのかもしれないが、少なくとも今の時点では、気持ち的に没入するような要素がほとんどないように感じている。

それが問題という事ではなく、それも演奏の在り方だし、むしろその方が聴く人達には感動を提供できるのかもしれないという気もする。

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