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2016年11月30日 (水)

XPERIAとiPhone

昨日はU響の練習があり、当面一番ヤバいのはココだな〜と思ったりした。練習を休みがちな為か、未だに曲が体に入っている感じがしない。実際たいした回数を弾いていないのだから当然といえば当然だが、どうも全体にモチベーションが下がっている感じがする。平日の練習ということもあり、部署と事務所が変わった仕事とのバランスを掴みかねている部分もあるのだろう。

そんなオケの話はさておき、今日でXPERIA Z3 compactの2年縛りが切れるという事で、機種変更の検討が待ったなしになってきた。ちなみに機種変更そのものはデフォルトである。契約はともかくとして、このところのZ3の挙動は日常使いではストレスの方が大きくなってきているからだ。そういった意味ではとっくに変更していても良かったのだが、そこは気分的な問題である。

ここしばらくはXPERIA XZ一択状態で、iPhone7Plusは候補から外していたのだが、最終段階で改めて検討したくなってきた。一つはAppleWatchにせよ、SmartWatchにせよ、スマートデバイスは案外不要かもと思い始めたのと、ApplePayもおサイフケータイも、実はそんなに使わないかもという事に気付いたからだ。

スマートデバイスに関していえば、現状のSmartBandTalkは便利に感じているが、実は無くて困るという程ではない。現状はほぼ時計扱いとなっていて、通知は来るけれども緊急性を感じるというものでもないのだ。それにXPERIAであればSmartWatch3(に変えたいと思っている)、iPhoneであればAppleWatch2という事になれば、何れにせよSmartBandTalkは使わなくなってしまうので、逆に今これを持っている事がXPERIAを選択する理由にはならない。

おサイフケータイも、ここしばらく使っておらず、基本的には通勤定期で使用しているPASMOの利用頻度が圧倒的に高い。もちろん機能としてあればおサイフケータイであれApplePayであれ使うのだが、それだけの話で、改めて考えると機種選択に大きな影響があるわけでも無い。

価格的にはiPhoneの方が大分高額にはなるのだが、microSDの準備やら、音楽データの使い勝手を考えれば、XPERIAに絶対優位があるわけでも無い。加えてZ1はまだ残るので、同サイズ世代違いのXPERIA2台持ちというのはどうなのかという問題も残る。そもそもSmartBandTalkやおサイフケータイに関していえば、Z1に移行するという手段もあるわけで、そうなると現状ないデバイスであるiPhoneが魅力的に見えてくる。(ないといってもiPadminiやらiPhone5sやらは普通に使っているのだが。)

まぁこれまでと違って、それほど検討に時間をかけていられる訳ではない。いやかけても良いのだが、これ以上はかけても仕方がないし、だらだらと伸ばせばそれだけZ3使用のストレスが長引く事になる。今週末には結論をつけてしまいたところである。

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2016年11月29日 (火)

地力の鍛錬とアンサンブルの精度と

日曜日はF響の合奏とF室内管の弦分奏があった。

午前中のF響の合奏は田園の譜読み。個人的には初めての曲で、結局事前に楽譜を見ることもできずに臨んでしまったのだが、聴いたことがあってある程度知っている曲というのは強いもので、そこそこは弾けた。オケ全体としてもまぁまとまっていたと言えるだろう。

初回にしては良かったとコンマスも機嫌が良かったのだが、多分忘れているだろうと思うのは、F響はそれなりのレベルのメンバーが揃っていて、団員も多いので、初回からそこそこのまとまりをみせる代わりに、そこから本番直前までは、だらだらとレベルが向上しない傾向があるのだ。結果としてギリギリまでヤキモキする羽目になるのだが、今シーズン(5月本番)は、間に室内楽のコンサート(2月)があるのに加えて、3月に市の依頼による演奏会、4月にバレエ公演の賛助もあるので、実はあまり悠長な事は言っていられなかったりする。

そんな訳で、田園は2月までにはある程度仕上げよというのがコンマスの意向。取り急ぎ前シーズンはバタバタしていたパート練習のスケジューリングを早急に進める事にする。

ちなみに曲の印象としては、基礎練習曲というか、繰り返しさらう事で練度を高めることよりも、普段の地力が求められるタイプという感じだろうか。もちろんさらう事は必要なのだが、できない所はどんなに頑張っても短期間ではクリアできない(弾けない訳ではなく楽譜の求める表現にたどり着けないという意味で)ように感じられた。

いずれにせよ、当面トップとしては、第2楽章のソロ(プルトソロ)のクリアを優先しなければならない。これが如実に地力が出やすい感じなんだな・・・。

午後はポッカリ空いて、夜はF室内管の弦分奏。ゲーム音楽だからという訳ではないが、こちらはチェロとしては楽譜の難度はずっと落ちるので、技術的に困難という事はない。ただ、ホルンを除く金管なしの小編成オケなので、シビアなアンサンブルが要求される印象。これまで参加したゲームオケと比較しても(たいしてないが)、勢いでは押し切れない雰囲気がある。

一方で、曲としてそういう雰囲気はあるのだが、オケとしてはちょっとついていけていない感がある。というか、合奏の時もそうなのだが、自パート含めて欠席者が結構いるために、一番大事なバランスがどうにも掴めない。個人的にゲームオケというのは、クラシックのオケ以上に「その曲を演奏したい」という意欲が高い集団と思っているのだが、厳しいことを言うならその割には欠席が多い気がする。ようは本番に乗る事ができれば良いと言うことなのか、あるいは、その曲に関わるためにはそれしか選択肢がないので、練習への参加ができるかというのは二の次にせざるを得ないという感じだろうか。
(かく言う自分も何回かは休まざるを得ないので、心苦しくはあるのだが。)

アンサンブルがシビアになると言うのは、テンポキープ一つとっても、指揮者や自分の感覚任せではなく、常に周りのモニタリングが必要という事だ。怖いのは、その際の基準が自分にはない事だろう。これは曲を知らない事と、楽譜から音をイメージできない事に起因している。もちろんオリジナルの音源は聴いているのだが、オケでの響きについては当然ながら音源があるわけもなく、リアルな合奏の中にしかないので、その合奏が(欠席者の存在により)成り立っていない状況では、自分の中に「かくあるべし」という姿を確立できないのだ。

とはいえ、その辺りは愚痴を言っても仕方がないし、その環境下でもなんとかするのが奏者の責務でもある。何気にあと3回しか練習がないのだが、合奏以外の機会に何ができるのかを考えていくのが良いのだろう。

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2016年11月28日 (月)

デザインの解剖

週末に「デザインの解剖展」というのを見に行ってきた。

デザインの解剖とは、
1.身近なものを
2.デザインの視点で
3.外側から内側に向かって
4.細かく分析することで
5.ものを通して世界を見る
6.プロジェクトです

(以上展示内容より)というもので、商品のネーミングやパッケージの細かい表示、内容物についてまで細かく分析しているのだそうだ。今回の展示では某食品メーカーの5つの商品が取り上げられていて、歴史から原材料まで、事細かに解説されていた。

もっとも、実際には解説されている「結果」ではなく、それを紐解いていくプロセスにこそ意味があるのだろう。解剖というのは、言ってみれば「何故そのようになっているのか」を解きほぐす作業である。そういった意味では、自社の商品こそこのように解剖してみたい気がする。実際今回の展示は、その会社の創立100周年の事業の一環として行われた内容を展示したもので、社員にとっては相当に興味深かったに違いない(逆に知られていないとすればあまりに勿体無いない内容でもある)。

もちろんそれが実際のビジネスにおいてどれだけ有益かというのはまた別の話だ。実際解説テキストを読んでいくと、だから何?といったものも少なくない。あくまでもデザイン視点での解剖であって、ビジネス視点での解剖ではないからだ。

ただ、だからこその発見もあるかもしれない・・・などと感じたのだった。

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2016年11月24日 (木)

人生を縛る働き方

「時間に縛られない働き方」というのは、例えば「8時間かかっていた仕事を7時間で終わらせて(定時前に)帰ろう」という考え方も含んでいるはずだが、会社においてそのような発想になる事はほとんどない。多くの場合「8時間かかっていた仕事を7時間で終わらせて、残りの1時間で別の仕事をしよう」というのが、言外に含まれた考え方だろう。そのように考えると、ようは「仕事の効率とスピードをあげよう」という呼びかけと実はほとんど違いがないし、解釈次第によっては20時間働いても「時間に縛られない働き方」という方向にもなりかねない危険な呼びかけでもある。

そもそも、「時間に縛られない働き方」という呼びかけは、その発想自体が時間に縛られていると捉える事もできる。本当に「時間に縛られない働き方」をうたうのであれば、「時間」という言葉自体を使わない働き方の概念を生み出さなければならない。

しかし、それは恐らく不可能だろう。これは時間というものが、仕事に関わらず人生のあらゆる要素に関わってくるファクターだからだ。その中で、仕事という要素だけを時間から切り離すのは難しいし、無理にそうしようとすればどこかに歪みが出てしまう。我々は常に時間に縛られた存在なのだ。

そうした前提に立つのであれば、必要なのは「時間に縛られない」というメッセージではなく、「時間を有意義に使う」というメッセージではないかという気がする。会社にとってのそれは「仕事を進める効率とスピード」にある訳だが、自分の人生にとってのそれが何なのかは一人ひとりが考える必要があるし、会社はそれを大きく妨げる事がないように配慮する必要がある。それがなくなれば、両者の関係は主人と奴隷の関係になってしまうからだ。

逆にいえば、そうした事を考えていない経営者や社員は、相手や自分をそのように捉えているという事でもあるのだろう。両者の関係が良好で、互いにとって居心地の良い関係であっても。

そういった意味では、互いに良い関係で問題がないと思っている時こそ、そういった事を注意する必要があるのかもしれない。

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2016年11月22日 (火)

情報を受け取るという事

今朝は会社の近くにできていたコメダ珈琲店に入ってみた・・・それだけだが。

今朝は福島沖で大きな地震があり、津波警報などでTwitterのTLが埋まっているのだが、発生時間がちょうど家を出た直後だったため、揺れそのものは体感していない。それでもこうして情報を得らえるのはソーシャルメディアの良いところだ。フォローしている相手にもよるのだが、その情報をどう受け止めるかは自分が判断すれば良いことで、とにかく様々な人々が思うままに発信している状態というのは、直近の周囲の関心ごとというのを把握しやすい。

一方で、受け取る情報が偏るリスクは避けられない。ただ、では一般メディアであれば偏らないかといえばそうではない訳で、結局は「偏っているかもしれない」という意識の元で、自分で情報を精査していくしかないのだろう。今回の地震でいえば、速報的な段階では情報も大方似通っていてブレる事もないだろうが、今後は恣意的な発信も増えてくるだろうから、その辺りは注意する必要があるかもしれない。

とはいえ、結局人というのは「自分が知りたい情報を受け入れる」生き物ではある。どんなにリテラシー的な事を唱えていても、その本質は多分変わらない。あえていえばその事に自覚的であるか、無自覚であるかといった差はあるかもしれないが、自覚的だからといって性質が変わる訳ではない。それに仮にそうした事を自覚していたにしても、結局受け入れる情報に変わりはないだろうから、あまり意味がないとも言えるかもしれない。

何を書きたかったのかよく分からなくなってしまった・・・。

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2016年11月21日 (月)

「知っている曲」はいかにして「知っている」となるのか

演奏会のアンケートには様々な意見が寄せられるのだが、そうしたコメントの中で一定の割合を占めるものとして「知っている曲でよかった」「知らない曲でつまらなかった」「有名な曲をやって欲しい」といった類の意見がある。
(念のため書いておくと、当然ながら「知っている曲だがイマイチだった」「知らない曲だが良かった」といった意見もある。)

それ自体は一つの参考意見として受け止めるし、そうは言ってもアマチュアなので自分たちのやりたい曲が優先されてしまうんだよな、とも思うのだが、そういう選曲の話ではない事が今回は気になった。

お客様は(我々は、でも良い)、何時どの様にその曲を「知っている」状態になるのだろうか。もっといえば、そうした今「知っている曲」を初めて聴いた時はどの様に感じていたのだろうか。

例えば今回のF響の演奏会で言えば、中プロの「カルメン」には、多くの「知っている曲でよかった」コメントが寄せられていた。それ自体は良い事だろう。だが、読みながら思ってしまった。この人たちにも(もちろん自分にも)初めてカルメンに接触したタイミングというのがある。カルメンという曲の一部として認識していたのか、後からその様に知ったのか、接触のプロセスは様々だろうが、何度も耳にする中で「知っている良い曲」になったのか、それとも初めて耳にした時から「初めて知った良い曲」だったのだろうか、と。

おそらく名曲と呼ばれる曲の多くは「最初から」何か心に響くものがあったのは確かだろう。それは旋律であったり、和声であったり、リズムであったりする訳だが、そうでなければ記憶に残ることはなく、よほどリピートで聞かされない限りは、「知っている」曲になる事もないに違いない。クラシックの場合、そこにさらに演奏という要素も加わるはずだ。そのように考えると、お客様が聴いたことのないであろう曲を演奏する際の、奏者としての責任は決して軽くない。

だからしっかり練習しよう・・・という話ではなくて、単純に「知っている」って何だろうという話。ゲーム音楽でも「知っているあの曲がオーケストラで!」という感動の話は聞くのだが、「知っている」状態になるまで、その曲はどのように受け止められていたのだろうか。

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2016年11月18日 (金)

個人練習の延長でアンサンブルを捉える

昨日はKオケの練習。基本的には3月の演奏会に向けての練習なのだが、月末に演奏機会があり、(自分は出ないが)出演するメンバーのアンサンブルの練習もあったので、それほど時間はかけられなかった。

そもそも時間をかけても、編成的には無理があったりする。ヴァイオリン(2nd)、ビオラ、チェロが各1名に、トランペットとホルンだけで運命を練習しようというのだから、無茶といえば無茶な話だろう。

しかし、そこまで欠けた編成で練習をしてみると、逆に色々なフィードバックがあったりもする。運命はよく知っているはずの曲だが、1stヴァイオリンが欠けただけで普段できている所ができなくなったり、全奏の中であまり意識していなかった音程が露わになって焦ったり・・・加えてサイレントチェロのため、音の処理がちょっと気を抜くと荒くなってしまったりもする。

これは基本大人数でほぼ毎回パートも揃っているF響や、そこまでは揃わずに欠けるにしてもなんだかんだとオケにはなっているU響とは全く環境が異なる。オーケストラとして考えるのであれば、ある意味絶望的に音が足りない状況にあるのだが、ものは考えようで、個人練習として考えるのであれば、多少なりとも仲間がいると捉えることもできる。というか、割り切って個人練習の延長線上で捉えた方がよいのかもしれない。

少なくとも自分にとっては、個人練習よりははるかに効率的で効果的な練習であるのは間違いない。緊張感もそうだし、個人練習で陥りがちな自分だけの世界で完結する事もない。普段とは異なる響きをヒントとして自分が出すべき音を改めて見つめ直す事もできる。無意識に環境に頼ってしまっているポイントを意識する事もできる。

そう考えると、悪くない練習なのである。ただまぁ合奏の仕上がりに対してどう寄与できるかはまた別の話なので、オーケストラという集団で見た場合は、またちょっと違うだろう。

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2016年11月17日 (木)

勤務後の過ごし方

今朝はしばらく溜め込んでしまっていた名刺を整理する。
整理するといっても、基本的にはEvernoteに取り込むだけである。画像も取り込まれるので、詳細はチェックせず、検索できるように名前と社名だけを確認。それだけの事だが、これがなかなか出来ない。本来はもらったその日にやる事だし、そうしておけば会った日の管理にもつながるのだが・・・。

何れにせよ、ひとまず取り込みは出来たので今後は注意していこう。せめて翌朝には取り込めるようにルーチン化しないとどうにも酷いことになりそうな気がする。

昨日は会社を出た後スターバックスに立ち寄って本を読んだ。
(今朝も同じスターバックスで、しかも昨日は閉店直前まで、今朝は開店直後からいるので、ある意味入り浸りである。)
職場で回ってきたTwitter広告の運用に関する本だが、ざっと目を通してみて、この手のノウハウ本は「今その業務に直面」していないと役に立たせるのは難しいと改めて感じた。仮に将来取り組むことになったとしても、その時にはその時の運用になっているだろうから、今の時点で身に付けた知識が役に立つとは限らない。それでも「今何ができるか」の把握にはなるので、必要な所だけ目を通す感じになるだろうか。ビジネス書というのはその辺りの見極めが面倒な気がする。

ただ、内容は内容として、昨日の夜の過ごし方自体は悪くなかった。少し前に自習室やコワーキングスペースの活用について書いたのだが、こうして比較的入りやすいカフェがいくつか確保できていれば、無理にそうしたスペースを契約する必要もなさそうである。

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2016年11月16日 (水)

合奏練習と個人練習

昨日はU響の練習。仕事で少し遅くなり、後半からの参加だったのだが、空いていたのでトップサイドに座る。

・・・弾きやすい。

座る位置による弾きやすさの違いというのは不思議なメカニズムの気がする。チェロの場合、だいたいどこに座ってもオーケストラの音を背負う形になるので、どこに座っても変わらないように思うのだが、これが不思議と違う。前に座っているから同じパートの音も背負えるからではないかとも考えられるが、少なくとも昨日の場合、背後にいたのは木管群で、チェロの他のメンバーは左後方(ほとんど左)というポジションだった。

あるいはポジションからくる適度な緊張感が、良い方向に作用するといった、精神的な要素があるのかもしれない。現段階で正直弾けているとは言い難いのだが、昨日は(こういう状況はマエストロやオケのメンバーに申し訳ないが)随分と譜読みが進んだ。個人練習ではおよそ実現したことのない効率で譜読みが進むのも、自分にとっては合奏練習の大いなる効果なのだが、前に座るとさらにその効率が上がる。変な話だが、経験上トップの席に座った時が最も(譜読みが)高効率という気がしているので、これはもう精神的な影響の方が大きい気がしなくもない。

とはいえ、それで何とかなるのは譜読みの一部分で、ある意味初見でも何度かさらえば弾けるようになるイージーな箇所だけだ。きちんと練習しなければならない所というのは、緊張感程度でクリアできるものではない(もっとも、それでも個人練習の時よりはついていけてしまうのが不思議といえば不思議な所である)。その点は、今後時間を確保していかなければならないだろう。特に今シーズンのU響は、合宿や集中練習が他と被っていて、状況的にはそちらを優先せざるを得ないため、トータルの練習時間が足りない可能性がある。それでなくても昨日のように、仕事に影響される可能性は常に存在している。

でも個人練習っていまいち(自分にとっての)ベターなやり方が見いだせていないんだよね・・・。

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2016年11月15日 (火)

演奏会終了

今年最後(であろう)の演奏会が終了した。昨日は休みを取っていたので、ぼーっとしていたが、改めて振り返ってみて良い演奏会だった。

府中市民交響楽団第74回定期演奏会
2016年11月13日(日)14:00開演/13:30開場
府中の森芸術劇場 どりーむホール
指揮:金洪才
曲目
サン=サーンス:交響曲第3番 ハ短調 作品78「オルガン付き」
ビゼー:「カルメン」組曲
デュカス:交響詩「魔法使いの弟子」

一つは選曲。前プロ、中プロ、メインともコンパクトな構成で、演奏会全体でも(休憩も入れて)1時間40分程だっただろうか。個人的にはデュカスの「魔法使いの弟子」のステージ映えが印象的だった。練習場で感じていたのとは全く違う華やかな響きで、ステリハの段階から一気にテンションが上がった。

中プロのビゼー「カルメン」も、直前のリハでマエストロから表情をつけられ、やや惰性感のあった演奏が驚くほど引き締まった。トランペットソロなど、「ステージリハまで本気出していなかったでしょ」と打ち上げで言ってしまったぐらいの激変だった。

そしてようやくオルガンの加わったメインのサン=サーンス。音としての迫力はどうあっても本物のオルガンにかなわないだろうとは思うのだが、やはり音楽全体の雰囲気が全く変わってくる。それは当然ながらオーケストラ側の演奏にポジティブな影響を与える。第一楽章後半の緩徐部分は、正直泣きそうだった。演奏中に気分が盛り上がって泣きそうになったのは、かなり前にコンマスのソロでブルッフのヴァイオリン協奏曲を演奏した時ぐらいのはずだ。

そもそもオルガンのない会場で「オルガン付き」をやるというのは、逆に相当にレアであるのは間違いない。オルガン奏者でお呼びした方が、「普段はオケと少し距離があるが、今回はオーケストラの中で弾けて楽しかった」と言っていたのが印象的で、なるほどオケの只中でアンサンブルに参加する形で演奏できるのは、逆に電子オルガンならでは強みかもしれないと思ったりもした。

さて、年内の演奏機会はこれで終了・・・の筈である。今年は小さな機会も含めて人前で演奏する事が多かったので、ようやく、という感じがする。もちろん練習自体は淡々と続いていく訳だが、一息ついて次に臨んでいこう。

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2016年11月10日 (木)

Kオケの練習計画

昨日はiPadがなくキーボードも使えないという事態に遭遇したのだが、それでもブログを書くという事については何とかなった・・・と言うよりは、その程度の事しか最近は書いていないと言うことかもしれない。

今日はKオケの練習がある。何となくテンションが下がっているように感じられるのは、仙川勤務から渋谷勤務になって、多少なりとも距離ができてしまったからと言う事だろうか。そのようには思いたくないが(オケの活動に物理的な距離は関係ない)、意外とそういうものなのかもしれない。

もっとも、この機会に権限を委譲するというか、運営の主体をシフトさせていきたいと言った漠然とした思いはあったりする。自分の問題点は、そういった場合には綺麗さっぱり切り離して考えかねない点で、つまり後はお任せと足を洗ってしまう事が多いのだが、Kオケはさすがにそうもいかないので、ではどういった距離感で接していくかというのが悩みどころではある。

直近の課題は正式に依頼のあった納会での演奏だが、これは仙川組に任せるしかない。その間に自分が考えておかなければならないのは、その先の渋谷での2回目の演奏会に向けた段取りだろう。これが改めて考えると意外としんどい。通常オケの編成にするための人集めもそうだし、そうしたエキストラも含めた練習計画も考えなければならない。

問題は練習計画だろう。そもそも現状でオケのメンバーがそろっての練習もままなっていない。正直に言えば、平日夜の練習には限界がきつつあると考えても良いだろう。といって休日の練習となれば、今度は自分を含めた主要メンバーの出席が危うくなる可能性がある。平日の夜だから確保できる時間というのもあるからだ。

一方でエキストラに平日夜の練習に参加してもらうというのは、さらにハードルが高い。そう考えれば、休日の練習は組まざるを得ない側面もある訳で、その点も視野に入れて練習計画を立てていかなければならない訳だ。

改めて書いてみるとこれ結構ハードだな。今からの調整で果たして何とかなるだろうか。

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2016年11月 9日 (水)

鞄を戻す

今日はiPad miniを忘れてきた。
ではXPERIAに久しぶりにキーボードを接続するか・・・と思ったら、購入以来初のバッテリー切れに遭遇した。

という訳で長文は書けそうにないので、一つだけ記録しておこう。

昨日替えたばかりの鞄だが、やはり取り回しが良くないということで、今日はひらくPCバッグに戻してしまった。楽器を背負う際に不便なのは確かだが、それで利用をやめるほどではないし、やはり収納した物にアクセスしやすいという利点は見逃せない。

むしろこの鞄をフル活用する方法を考えよう。

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2016年11月 8日 (火)

鞄を替える

鞄を替えてみた。

鞄の中の物を移し替えてみると、なるほどひらくPCバッグは良く出来ていたというか、自分のスタイルにあっていたのだなという事を感じる。必要な物を思ったように配置して詰められるのは、単なる鞄というよりオーガナイザーに近い。そもそも卓上に置く事を前提に作られているので、そういった発想になるのだろう。収納のポケットは新しい鞄(新しいといっても以前使っていたものだ)の方が多いのだが、詰めようとすると思ったように物が収まらない。

これは少し思案のしどころだ。現在のオフィスではひらくPCバッグの機動力はあまり役に立たないとはいえ、鞄を替える程の価値があるだろうか。あえていえば肩掛けしかできないひらくPCバッグは楽器を背負った時の取り回しに課題があった訳だが、収納のすっきり感というか、必要なものへのアクセスしやすさとどちらをとるかと言われれば微妙である。

とはいえ、元々今日の鞄にしようと思った動機は別の所にある。そもそもこの鞄をいざという時の書類やPCの運搬用として会社に置いておき、普段はもっと身軽に通勤しようという発想だ。この鞄は普段使うものを入れて持ち歩くようなものではないと考えるのであれば、機能としては十分だろう。

もっともその場合、通勤時の鞄はどうするのかという問題に直面する。結局ひらくPCバッグのような機動力が必要ではないかという事になり、それではあまり意味がなさそうな気もする。理想は手ぶらな訳だが、さすがにそこまで持ち物をコンパクトにするのは難しい。B5サイズぐらいの小さな鞄も考えたが、それで新しい鞄を買うようでは本末転倒で、単なる物好きと言われても正直否定できない。それに鞄売場を見ても(渋谷の良い所はそうしたお店も多数ある事だが)ピンとくるものがそもそもないのだ。

結局単なる物欲の話で終わってしまいそうだが、通勤はひらくPCバッグにするにしても、今日の鞄を会社に置いておいて、いざという時のPCバッグにするというのは発想としてないわけではないだろう。ひらくPCバッグに入れれば良いではないかと言われそうだが、追加で会社の何かを入れるには少々スペース的に余裕がないのも事実なので。

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2016年11月 7日 (月)

オケを休むという選択

F響の1日練習が終了。残すは本番前日のG.P.と当日のみとなった。

今回のプログラムは、オルガン付きとカルメンはやった事があるし、正直やや甘くみていて、何とかなるだろう的な感覚があったのだが(もっとも「何とかなるだろう」はいつもそうだが)、思ったほど容易ではなかった。魔法使いの弟子が予想以上に面倒だった事もあるし、オルガン付きもカルメンも、決して簡単な曲ではない。

考えてみたら、以前F響でオルガン付きをやった時というのは、何を思ったのか3ヶ月ほど練習を放棄した時だ。当時既にトップだったのだが、「疲れた」とかなんとか言って、無理やり3ヶ月休んだのだった。社会人になってオケを始めて以来、3ヶ月も楽器に触らなかったのは(実際に触らなかった筈だ)、この時だけのような気がする。

その後はなんだかんだとオケは途絶えていない。最近は掛け持ちも増えたので尚更だろう。仮にF響を休んだとしても(実際去年休もうとしたが)、他のオケの練習があるので、楽器に触る機会は維持される。正直な話、会社のオケがある以上、一時的にせよ断捨離するというのはかなり難しい。

それでもこういう事を書くのは、何処かにそうしたい気分というのもあるからだろう。もちろん一生やらないわけではないのだが、一度リセットするというか、忘れてみたらどうなるだろうかという気持ちはないわけではない。特に冬場は、スキーに行きたい気持ちが盛り上がるので、尚の事そのように感じたりする。どういう訳かオケのスケジュールも過密になるので、逆に一層その気分が高まったりもする。

(でも無理なのだ。現実問題として、今の時点で2月に3回、3月に2回本番が決まっている。その練習の予定も加えれば、もうそれだけでスキーに行く機会は限られてきてしまう。)

とはいえ、実際には休んだからといって何かがリセットされるというものでもない。露骨な言い方をすれば、楽器に触らない事で単に下手になるだけのことである。そういった意味では、気分だけにしておいて、それなりに続けておいた方が良いということだろう。

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2016年11月 4日 (金)

JINS MEME

昨日は前から気になっていたJINS MEMEのフラッグシップショップに行ってきた。MEMEは眼鏡型のウェアラブルデバイスなので、これを使うと考えた場合、スマートフォンを中心に腕時計型と眼鏡型のウェアラブルデバイスで身を固めるという事を考えていた事になる。

過去形なのは、実際に試してみて装着し続けるのはやはり少々厳しいなと思ったためで(元々眼鏡を長時間装着するのは苦手である)、MEMEで自分の状態をモニターする(通知機能はない)構想は却下となったからだ。この手のものは、やはり装着してみないと分からない。

さて、MEMEを購入しないというのは、実は結構重要な要素である。
というのは、MEMEをフルに活用しようと思ったら、アプリの関係でスマートフォンはiPhoneを選択する可能性が高かったからだ。Androidでもアプリはリリースされているのだが、一部のアプリはiPhoneでしか使えないというのが、MEMEを購入した場合のネックになっていて、今回それがなくなったというのは、iPhoneを選ぶ理由がまた一つ減ったという事になる。
(別に買わない理由を無理やり挙げる必要はないのだが。)

加えて昨日は銀座のソニーストアでXPERIAのXZのチェックをしようと思ったのだが、直前に日産のショールームのデモに目を奪われてしまい、時間切れとなってしまった。手にした感じぐらいは確かめられたのだが、正直もう少し操作感などは確認したい気がする。一般的な家電店等だと、背面に余計なものが付いていて、持った感じが確認できないのがネックだ。

あわせてSmartWatch3についてもチェックしたかったのだが、これも時間切れ。後日もう一度訪問したいところである。

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2016年11月 2日 (水)

平日の響き

昨日はU響の練習。譜読みが追いついていない・・・のはさておき、U響の練習でいつも思うのは楽器の響きがいつもと違うように感じられる事だ。出しにくい(出ない)と感じる事もあれば、出すぎると感じる事もあって、響きの感覚はその日によって違うのだが、F響の練習ではほぼ変わらないように感じているのに対して、U響の練習では安定していない。

逆にそれが良いとも言える訳だが、理由が分からないのでは意味がない。

一つ考えられるのは、弾く位置の違いだが、それだけではないような気もする。もちろん、自分の楽器を含めたオケ全体の響きの感じ方は座る位置によっても変わってくるだろうが、それは弾いた時に楽器からのフィードバックとして感じられる響きとは異なるものだ。それに思い返してみると、本番直前に行われる休日の集中練習では、あまりそのように感じた事がない。

そうなると、考えにくいのだが、時間帯によって違っているという事だろうか。しかし休日に夜の練習が入る事もあるが、これもU響のような響きを感じた事はない気がする。そうなると、オカルトのようだが、曜日によって違うという事だろうか・・・そんな訳ないか。

楽器のコンディションがそうそう変わる訳ではない。結局のところ、それは自身のコンディションの問題と考えるのが妥当だろう。体調の良し悪しではなく、何かが平日の夜と休日では違うという事だ。楽器そのものの響きが変わっているというよりも、自分の感じ方が変わっていると考えた方が自然である。

本番には本番のコンディションがあるのだから、平日の響きの感じ方についても、そういうものだとしてどう生かすかを考えた方が良い。

そういう視点で昨日の弾き方を振り返ると、譜読みが出来ていない不安もあるが、全体に力を抜いてガシガシとは弾かないような感じになっていた。響き方に不安を感じるので、少し探りながら音を出すようになるためだ。考えてみるとそれは、先日のF響の合奏で指摘された「力を込めるのではなく響きだけを出す」弾き方に近いかもしれない。実はこちらの方が理想なのかもしれないのだ。
(あくまでも弾き方の話であって、弾けているかどうかの話ではない。)

であれば、休日の「ガンガンいこうぜ」的な際に、こうした平日の意識を持ち込めれば、もっと響きを(自分へのフィードバックではなく周囲に対して)出していけるようになるかもしれない。

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2016年11月 1日 (火)

U響の練習

今日はようやくU響の練習に参加できそうという事で、楽器を背負って渋谷に出勤。もちろん以前もそうしていたので、別に初めてという訳ではないのだが、やはり少しはドキドキする(してない)。

平日のオケ練習にはそうした要素がつきまとう。実際には土日の練習であっても、混雑具合だけを比べればそれほど大差ない状況になる事もあるのだが、周囲の目というか、自分の気持ちというか、どこか気後れしてしまうのだ。物理的な居たたまれさよりも精神的な居たたまれさとでも言おうか。

(もっとも、そうした気持ち的な居たたまれさという点では、昨日の夜の渋谷も案外同じだったりする。)

いずれにせよ、基本的には毎週の事なので、慣れるしかない。それに経験上は、朝の通勤よりも、夜練習に向かう道のりの方がはるかにハードだ。今朝は雨が降っているのだが、予報は昼頃から晴れてくるようなので、何とか雨だけでも上がって欲しいものである。

で、練習以外の事ばかり心配しているが、本当に心配しなければならないのは3週ぶりの参加となる練習の方で、本番(来年2月)までまだ時間があるとはいえ、今の譜読み状況は極めてよろしくない。最終的には何とかなるだろうという楽観状態にあるのは、根拠のない自信のようなもので、現実はそんなに甘くないような気がする。

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