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2017年2月28日 (火)

通勤の時間

昨日の日経MJの1面は通勤(痛勤?)がテーマだったのだが、今朝は久しぶりに姿勢が保てない程度の混雑に遭遇し、少しストレスを感じた。原因は混雑だけでなく、単にポジショニングの悪い客が居て押されただけではあったが、普段はそういうことは少ないだけに、こうした事が毎日続くようなら、労働生産性を下げるといわれても仕方ないよなと思う。

現在の通勤時間は、6時に家を出て、7時前に渋谷に着く感じで、これは昔から変わっていない。自分のことは棚に上げて、皆早くなったな〜と思ったりもするのだが、冷静に考えると、昔はもっと混雑していたような気がしなくもない。いやあの頃はもう少し遅い時間だったのか・・・。

さすがにこれ以上時間を早くするのは限界がある(そもそも渋谷に着いた後に過ごせる所がない)ので、このリズムを変えるのは難しいのだが、通勤時間を何とかしたい(苦痛から逃れる的な意味ではなく、ある種の空き時間として)という気持ちは常にある。ただ、視力への影響などを考えると本を読むといった事も難しく、そうなると以前はよく聞いていたPodcastを復活させるのも良いのかもしれない(練習録音を聞くのが精一杯でそれもあまり時間がないけれども)。

ところでU響を退団してしまったために、今日は火曜日だが楽器がない。楽器があればさらに通勤のストレスは増す(自分だけでなく周囲も)ので、それはそれでありがたい事なのだが、それまでの習慣がなくなるというのは、少々寂しさを感じるものでもあるな。

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2017年2月27日 (月)

音色を聞き分ける

昨日は知人の結婚式があり、オケ関係者が多かったという事で先日共演したメンバーとも会い、演奏の評価などをされた。

褒められて嬉しかった・・・という話ではなくて、その際にどこの(国の)楽器なのかという話になり、どこそこの音がすると言われて、そういえばそういった音色の違いとか分からないし気にした事もないよな・・・と思ったりした。

楽器の違い、弓の違い、弦の違い、松ヤニの違い・・・そういったものによる違いを、イメージでも良いので何らか言語化しておくというのは意外と大切なことかもしれない。その前に、音色の違いもそうだろう。もちろん自分だけの話ではなく、周囲についてもである。アンサンブルプレイヤーとしてあるまじき事だが、基本的にその辺りへの関心が薄いのが、自分の問題点だ。

そういう状態だとどうなるかといえば、例えばお返しに相手の音を評価するといった事が出来ない。無関心で聞いていないか、聞いていてもそれを言葉の形で意識できていないからだ。せめて後者であると思いたいが、案外前者である可能性も高い。とはいえ、後者を意識する事が、前者の解消にもつながっていくということはあるだろう。

音色を聞き分ける・・・どうしたら良いのだろうか。

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2017年2月24日 (金)

1人で弾く

昨日はKオケの練習。U響ではなくKオケを優先したというのは確かな訳で、今後平日のオケはここのみとなる。

で、運命を弾いた訳なのだが・・・弾けない。パートが1人だと、こんなにも自分は弾けないのかと落ち込む。弦楽器というのは互いに支え合っている(アマチュアでは)のだなと思ったりもして、常に1人で1パートを担う管楽器を尊敬する気持ちになったりした。

一方でこの「1人で弾く」というのは、真剣にやれば結構な練習になるよなとも感じた。いやこれまでも1人だったのでそう感じてはいたのだが、特に普通のオケでも演奏され、実際に弾いたこともある運命などを練習していると改めてそう感じるのだ。これは出すべき音はすでにイメージされていて、それが表現できるかをシビアに見つめることができるからだろう。

もっともここしばらくKオケの練習はサイレントを使っていて、昨日は久しぶりに通常の楽器を使用したのだが、その響きの違いなども関係しているかもしれない。

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2017年2月23日 (木)

iPhoneのケースに耐えられない話

自撮りができないので写真に残せないのだが(Xperiaで撮れば良い話だが)、現在iPhone7は手帳型のケースを使用していて、フラップにPASUMOを入れている。

この形態(?)は、落としにくさなども含めて機能的には非常に使い勝手が良い(画面をカバーできるのでビデオやポケモンGoを立ち上げたままポケットに入れておけるとか)のだが、これまで基本的にはカバーなしでのスマートフォン利用をしていた身としては、デザイン的には少々落ち着かない。

個人的にはこうした身近なガジェットはデザインが重要だと考えていて、その点において手帳型ケースの鈍重さがどうにも気に入らないのだ。そもそもケースに入れて使うなら、中身はどうでも良い事になる(良くないです)。

これがiPhone7Plusのサイズなら、あるいは手帳的なスタイルも様になったかもしれないが・・・いやないな。機能重視で妥協はしているが、デザインとして考えた場合は、許容されるのはフィルムまでで、カバーはあり得ないというのが個人的な感覚である。

一方で、この組み合わせによりポケットに財布を忍ばせる必要がなくなった開放感も捨てがたい。電子マネーとしてだけであれば、iPhone7ならクリアはできるのだが(せっかくある機能なのにほとんど使っていない)、定期に関しては、Suicaではない身としてはなんともし難いものがある。現在のケースのフラップに入っているPASUMO、これが結構キーファクターであり、ボトルネックなのだ。

所持し始めて2ヶ月。そろそろケースも飽きてきたというか、なんとかならないかなと思うところである。
もっとも、昨日少し音声での文字入力というのを経験し、やっぱりApple Watchも良いかも〜などと思ったりしたので、そうなれば話が変わってくるかもしれない。

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2017年2月22日 (水)

通信量

先月に引き続いてデータ通信量が契約オーバーしそうな警告が来た。

えええ、と思って通信量を調べてみると、iPhoneの通信量が多い。使い方はXperiaの時とそれほど変わらないはずだが、設定の問題なのか上手く通信量をコントロールできていない感じがする。
(もっとも、変わらないといってもアプリの数などはかなり増えているので、同じとは言い難い要素もある。)

この辺りは、使い方や設定を見直すか、通信容量をアップするかは迷いどころである。まだ使い方は最適化されていない気もするし、一方で仕事的にはもっと色々試したりする必要もあって、減らすという最適化が本当に最適とは言えない可能性もある。

さて、どうしたものだろうか。

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2017年2月21日 (火)

スキーに行けない話

何というか、自分にとっては信じがたい事なのだが、今シーズンは4日しか滑っていない。言うまでもなくスキーの話だ。

元々昨日は休みを取ってスキーに行こうかという構想もあったのだが、外せない打ち合わせが入ったため断念。それなら代わりに・・・とも思ったのだが、今週休めそうなのは木曜日だけで、この日はKオケの練習がある。週末にもKオケの練習があり、その手配諸々もあるので、そもそも今週は休みにくい。
(ちなみに土日はというと、今後全く空きはない。)

というか、問題なのはそんな状態であるにもかかわらず、雪山に恋い焦がれるとか、スキーに行きたいとか、そういった気持ちが湧き上がってこない事だ。何となく「今の状態でもいいか」みたいな感覚になってしまっている。そもそも、昨日休みを取っていても、果たして行ったのだろうか。代わりに休みを取ろうかと考えた時に、頭をよぎったのは「普通に休みたい」ではなかったか。

これはよろしくない。いや疲れているという意味ではなく。

(余談だが、昨日書いた退団の判断にも、実はこの辺りの事情が少し混じっている。U響で誤算だったのは、冬本番がスキーに与える影響を考慮していなかった事なのだ。)

今シーズンはこのまま4日滑走で終わってしまうのだろうか。いやいやそれではいけない。楽器を弾くのも大事だが、スキーも自分にとっては大事なアクティビティなのだから。

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2017年2月20日 (月)

演奏会終了・・・と退団

先週の続きではなく、昨日一昨日に終了した演奏会について。

18日土曜日は杉並公会堂で上野の森交響楽団の定期演奏会。
今回はスタッフらしい役割もなく、することがなくて落ち着かないぐらい余裕のある状態で演奏会に臨んだ。

もちろん、余裕があったのは当日の時間の話で、演奏面についてはまったく余裕なし。正直にいえば、もう数回練習があれば何かつかめたような気もするのだが、そこまでたどり着かなかった。ドボルザークの5番は、接してみると名曲だったので、少々悔やまれるというのが実感だが、今シーズンに関していえばそれどころではなかったというのも確かだろう。

19日日曜日は府中グリーンプラザで府中市民交響楽団のミニクラシックコンサート。
こちらもスタッフ系はなかったので、演奏に集中することが出来た。前日打ち上げで深夜まで飲んでおいて「集中できた」かはやや微妙だが。

演奏に関しては、正直満足いくものではなかっただろう。緊張が出てしまったのは、結局これも練習不足である。白鳥などは普段から弾いていたはずなのだが、そういう気が緩んだ状態でただ弾き散らすというのは、あまり練習になっていないという事かもしれない。正直、リベンジをしたい程度の気持ちはある。


そして上野の森については、今回の演奏会をもって退団する事にした。

元々「常設オケ2、季節オケ1ぐらいなら大丈夫だろう」という想定で入団した平日練習オケの上野の森だったが、その後常設オケへの参加は3になり、これに季節オケや一発オケが2〜3入ってくるようになると、さすがに無理だった。特に平日に2つのオケは厳しい。そして、もう一つは自分が発起人の一人でもある会社オケなので抜けられない。

一昨年休団した段階で、そのあたりは見えていたのだが、諸々の事情により復団。何とかなるかと思いかけた矢先に異動で渋谷勤務になり、一見すると練習参加は容易になったように見えて、実はそうではないという事が明らかになり、その上での今回の2週で3公演という状況が「限界だ」という判断にトドメを刺したといっても良いだろう。

休団という形をとらなかったのは、目処が立たないままズルズルひきずるのは双方にとって良くないと考えたからだ。せっかく出来上がった関係がこうした形で途切れてしまうのはもったいないような気もするが、完全に切れるわけでもない。

さて、これでオケの数としては少し余裕ができるわけだが、一方で今回の3公演は色々と楽器を弾く上での課題も明らかになった演奏会でもあったので、できればその克服をしたい所である。

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2017年2月17日 (金)

演奏会終了・その5

その5って・・・。

アンケートを読んでいたら時間が無くなってしまったのだが、演奏への評価はさておき読んでいて気になったことがある。

一つは今回の音楽が思い出とともに語られていることだ。

これは打ち上げの時に編曲者から聞いた話とも重なるのだが、最近のゲームの曲というのは最初からフルオーケストラで演奏されてしまっていることも多く、実は逆に演奏しづらい(編曲しづらい)のだという。むしろ今回のような少し前のゲームの曲の方が、スコアがなかったりして、編曲を含めた工夫がしやすいというのだそうだ。

そうした事もあって、懐かしいゲームの音楽の方がアマチュア的には演奏される機会が多いらしい。

うーむ、高齢化(失礼)はどこの世界でも進行していくのだな、というのが素直な感想で、ただそれが悪いわけではなく、ようは世代的な分断は恐らくこの(ゲームオケの)世界においても起こりうるもので、では今のさらに若い人たちのオーケストラ事情はどこにいくのだろうと考えてしまった。

もう一つは、再演に対する希望の多さだ。

ライブならではという事もあろうが、ストリーミングで好きな曲が好きな時に聴ける現代において、今ここでしか聴けないという価値はなにものにも変えがたいものがあるだろう。

本来はクラシックであっても、ライブとしては1回限りのものなのだが、同じスコアによる演奏が溢れる中では、そうした感動はなかなか得られないし、そうした気持ちになる事もほとんどない。

だが、それは例えば昔は(つまり現在クラシックとされる音楽が発表された当時には)当たり前の事でもあったのだ。多くの楽譜はその1回の演奏会のために書かれ、そこで喝采を得なければ次はない、あるいは喝采を受けても次がなかった曲は多々あるだろう。

何となくそんな時代の事情と重なっているようにも感じたりしたのだ。そういえば前回ゲームオケに参加した時にはこんな事を書いていたのだった。

クラシックオケとゲームオケと
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/182538/22760/85125711

これからゲームオケはどのような世界に向かうのだろうか。いやクラシックとかゲームとか関係なく、オーケストラの世界というべきか・・・。

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2017年2月16日 (木)

演奏会終了・その4

アンケートが公開されて、読みたいな〜とは思いつつ、読んでしまうとまた色々変わってしまいそうなのでひとまずこのままいく事にする。

その4って何なんだという気もするが、昨日の続きなど。

第7曲
港町ポルポタは、ミュートを付けたヴァイオリンのソロと他の楽器群という構造で、では合わせてこちらもソロにする・・・というのではないところが面白い。以前書いた事があるが、アンサンブルならではの最弱音というのは、時にソロを上回る(下回る?)弱音を実現できるからだ・・・プロならば(笑)
そんな訳でこの曲は音量と、それでも出さなければいけない軽快感に苦労した曲。もっとも実際にはあまり考えずに弾いてしまっていたけれども。

夢想う遠き日々・・・はフルートのソロ。練習のたびに上手くなっていくのが分かったのだが、この曲の難しさは、音色は美しく、それでいて演奏は拙く(たどたどしく)という表現にあって、本番はちょっと緊張したのか普通に上手な演奏になってしまっていたような気がする。

海へも弦楽器はお休みで、マリンバの音色を聴いていた。(マリンバは妹が少しやっていた関係で自宅にあった事がある。あれ今使われているのだろうか。)ハンドクラップは、弦楽器がやった方が視覚効果があるよなと思ったのだが、多分メタメタになりそうだったので提案はやめておいた。

夢想う遠き日々〜セイレーンの歌〜は調性と音域の関係で非常に音色と音量の調整が難しかった。本来チェロは
低音の響きをもっと豊かに(大きくという意味ではない)コントロールできる事が求められるのだが、最近そういう練習もしていないなと痛感したりした。


第8曲
魔法都市ジオのピチカートは、おそらく音色的には弦楽器のピチカートではなく打楽器的な響きを求められていると感じたので、これも響きを残さず止める事を意識していたのだが、途中で疲れて響くままにしてしまった気がする。テンポ的に難しかったということもあるが、響きを止めるための動作が余計なノイズを生じさせてしまっているように感じられたからでもある。

青い憂鬱は、ピチカートでこれまたマリンバに合わせようとして、楽譜を見ないでいたら音を間違えてしまった。今回の席はマリンバの動きが非常によく見えたので、音ではなくて目で合わせにいったのだが、あまり曲が身体に入っていない状態で楽譜から目を離すのは良くない。
この曲は途中のアルコにCの開放音が出てくるので、その響きにとても気を使った。今回のアレンジは低音をしっかり要求される事が多く、普段あまり使っていない(=音を出す練習ができていない)事を痛感させられる。

滅びし煌めきの都市はソロその2。サントラを聴いた時にこれもありそうだなと思っていたのだが、楽譜が用意されたタイミングと練習への参加の関係で実はあまり弾けていない。そのため当日朝にボウイングを変更したりしたのだが、ステージリハーサルでは飛ばされてしまい、ぶっつけ本番でやる事になってしまった。
ソロ的には月夜の街ロアよりもこちらの方が、比較的高音域も使えたこともあり楽しめた。調性はちょっと面倒な調性だったのだが、まぁそれっぽく音は取れていたと思いたい。

愚かなる宝愛はオルガンソロで、ああバロックだ〜と思いながら聴いていた。難しいことは承知で言わせてもらえば、テンポはもう少し弾きやすいテンポまで落としても、アレンジとしてはありだったのではないかと思わなくもない。練習ではほとんど聴けないので本番だけの楽しみではある。

涙色した輝きの・・・は、面倒な調性の中で面倒なピチカートがあり、運指を固めずに臨んでしまったのはよろしくなかった。ピチカートはなんとなく音が取れているような気分になりやすいのだが、実際の音程は惨憺たるものである事が少なくない。それでも本番は練習に比べればミスタッチは少なかったと思うのだが、ヴァイオリンソロの邪魔をしていない事を願うばかりだ。


第9曲はピアノソロから。
想いは遠くマナの樹に寄せて〜Theme of MANA〜は、難易度は高くなるが、アレンジとしては4手連弾などを検討しても良かったのではと思ったりした。後半はピアノソロよりもピアノによるアンサンブルの方が演奏効果も高いように感じたからだ。ま、それはそれとして演奏が素晴らしかったのはいつもの通り。

マナの聖域は12/8(6/4)という拍指定が結構厄介で、当初12/8を4拍で捉えてしまい、初演奏時には非常に混乱した。前半はほぼリズムパートで、他のパートの動きを覚えてからは余裕が出てきたのだが、時々音が変わる箇所を間違えたりもしていた。
個人的には後半のパートが好きで、これをもっと豊かな音色で弾けたらと思っていたのだが、これまたC線を弾き慣れていないという課題により、轟々とした唸り音にしかならなかった。本当はもっと旋律と掛け合いたかった・・・。

蒼范の時は、音を伸ばした後のリズムが課題になっていて、基本的にはフルートの動きに合わせられれば良いのだが、ともすると音をかき消してしまって聞こえなくなるという状態に見舞われた(特に後半)。実は全体にもう少し落ち着いていても良かったのではないかという気がする。


第10曲はエンディング。
Nostalgic Song〜Ending Theme for Mana's Story〜は、楽譜上はそうではないのだが指揮者の指示により冒頭は各パートが2ソリ、途中ソロという弦楽四重奏的な演奏になった。これが非常に良い雰囲気でのスタートにつながっていたと思う。個人的にはここのソロパートでようやくホールにふさわしいそれらしい響きの音が出せたなという感じだった。

Song of MANA〜Ending Theme〜は、歌が付くということもあって、これまでの曲とはちょっと違ったポップス調のアレンジに感じられた。チェロパートはエレキベースのようなパートを弾いていたのだが、この弾き方がこれで良かったのかは微妙に疑問であったりする。とはいえ、これまた調性と音域が非常に厄介で、正直音色や響きにまでは、直前まで気が回らなかったのも事実。本番直前にほんの少しだけ弾き方を変えて、少し音が残るようにしたのだが、あれで良かったのかは分からない。


アンコール
アンコールはボス戦メドレーという話で、これまでのプログラムとは違った「滾る」感じの曲が3曲並んだ。あえて個々には書かないのは、個人的にはこの3曲のつながりが良く出来ていて、そもそも別々の曲のように感じていないためだ。
冒頭はバッハな感じで、これがパッと出来なかったのはバロッキー(と呼ぶかは知らないが)としては少々情けなかったりする。また少しやろうかなと思ったりした。
その後は基本的にはリズムパートで、正直少し煽りを入れながら、比較的神経を使うことの多かった今回のプログラムの鬱憤を晴らしたりしていた。もし乱していたのなら他の奏者の皆さんゴメンナサイ。


さて、何とか書き終わったところでアンケートに目を通す・・・時間はないですねそうですね。

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2017年2月15日 (水)

続々・演奏会終了

昨日はU響の最後の練習。これは自分にとって文字通り最後の練習だったのだが、その話はさておいて昨日の続きなど。

第4曲は前半最後のプログラム
断崖の街ガトは、聞いている時間の方が長いのだが、出番においては、やはり遅くならないことが求められた。この曲に限らず全体にテンポの維持というのが課題というか、走るというよりは遅くなる傾向があったのは、元の音楽のイメージだろうか。しかし奏者の感じているテンポ感は大抵の場合聴いている時のそれより遅かったりする。

真実の行方は、基本的にピチカートで、旋律に合わせていくのだが、スタート直後に始まるコーラスをもっと聴ければ良かったなと思い返したりする。本番中は指揮者ではなくマリンバのバチさばきに見とれていた。

風歌う、その旅路は、リズムパートといえばリズムパートなのだが、ボウイングが上手く決まらなかった。最後はえいやで決めてしまって、ビオラに合わせてもらったのだが、フレーズ感を考慮した場合にあれで良かったのかは疑問が残る。この手のボウイングは一旦脳内で回路ができるまではやたらと戸惑うのだが、これをすぐにアジャストできるかどうかが地力と考えると、なかなか処理できなかったので、衰えを感じたりしたのも確かだ。

悠然なる歴世は、4小節単位として最初に弾くCの開放弦の響きにこだわりたかったのだが、旋律に合わせてはじき方を変えるのを失念してしまったりした。それと周囲の音にかき消されていたかもしれないが、隣の弦に触れてしまったりして、余計な音が出てしまっていたかもしれない。なんというか、気持ちが盛り上がってやや冷静さを失っていたような気がする。

二つの思惑〜ルシェイメア〜は、ビオラの旋律の三度下を弾くという和声の響きに当初上手く馴染めなかった。チェロという楽器は旋律を弾くか、ベースラインを弾くかという事が多いので、個人的に内声的な音響バランスを作るのに慣れていないのだ。響きの違和感に耐えられなかったりして、楽譜の確認を求めたりもしたのだが、これは自分の感覚がついていけていなかっただけの話。


第5曲は後半冒頭の曲
月夜の街ロアは、参加の声がかかった時に、ソロがあるという話は聞いていて、音源(サントラ)を聴いてああこれかな〜とは思っていたのだが、冒頭はベースで先にやってくれたのでちょっと助かったりした。
正直(ベースと違って)それほど難しくはないのだが、自分の楽器はF音でのウルフが酷くて、それがようしょに出てくるため、音の処理にやたら苦労したりした。不思議と個人でさらっているときは出てこなくて、合奏の中でだけでてきたのは、微妙に音程が違っていたという事なのか、いずれにせよ楽器の鳴りに悩まされたソロだった。
ちなみにどういうわけかロアという街は砂漠の街と勝手に思っていたのだが、ゲームでは別にそうではないらしい。サンドペーパーも砂の音ではなくて、街灯の音という事だったのだが、どうしても最後まで月夜の砂漠を進むラクダのイメージが抜けなかった。


第6曲
彩りの大地は、記譜上の指定は同じ形なのだが、硬めに弾く、柔らかく弾く、弱く弾くと3パターンの弾き分けが必要な曲だった。こうした所で原曲のイメージを共有できていない課題が頭をもたげてくるのだが、指示が出るまでは同じように弾いていたはずである。(少しは曲の雰囲気に合わせていただろうが、それで良いのかという疑問は抜けていなかった。)

重なりゆく運命は、音の処理にボウイングの都合が出てしまった。今見返すと、これもアウフタクトで捉えていれば少し弾き方が違っていたかもしれない。今頃気付いても仕方ないのだが。
叙情パートでは、4ソリという指定があり、チェロパートは総勢4名なので削るかどうか迷ったのだが、これは各パート4人づつで弾くという指定なのだと捉えてそのまま4ソリで演奏。ただ、この後の賜りし絆へとの演奏効果としての違いは出せなかったかもしれない。

駆け行く記憶は、これも音量や弾き方を旋律に合わせて弾き分けるパターン。一応スコアを見ながら聴くべきパートやセクションを楽譜に書くようにしていたのだが、勘違いして弦のところを木管と書いたりもしていた。
C線のFは、これも少々鳴りにくい音で、音量が大きなうちは良いのだが、小さくなってくると響きの処理に苦労したりした。

賜りし絆へも、音域的に轟々と唸ってしまったのではないかという印象がある。再三音量は注意されたのだが、弾きやすさに流されてしまうのと、響きを作るためにある程度弦を鳴らさなくてはならないからだ。弱音時にいかに響きを作るかというのは、アマチュアにとって最大の課題ではある。

焔城は当初楽譜を見た時に拍感が分からず、やたらと戸惑ったのだが、団長のありがたいアドバイスにより3+3+2だと分かってからはスムーズになった。これも原曲のイメージを分かっていないから起こる事なのだが、単なる勉強不足とも言える。
やや勢いに任せて弾いてしまったため(裏返せば勢いがあるという事だが)、細かい部分で音は結構落としてしまっていた。本来はもう少し丁寧にさらっておくべきだった曲ではある。


またも時間が無くなったため、続く。
夜に書いた方が良いのかな・・・。

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2017年2月14日 (火)

続・演奏会終了

昨日の内容を読み返して、さすがに評価がキツかったかなと反省。考えてみると翌日の練習がズタズタ(特に禿山とエンサガ)だったのをひきずってしまったのかもしれない。そこで楽譜を見ながら少し思い返してみる。

第1曲
Legend of MANAの冒頭は伸ばしのため、ピアノの旋律をゆったり聴く余裕がある。最初のうちは数えていたのだが、曲に馴染んでくるとその必要がなくなり、リハーサルで指揮者が振り間違えた時もピアノに合わせて特にオケが乱れなかった。
その後テンポアップしても、チェロはいわゆるリズムパートなのだが、当初は推進力がないと指摘されていた。これは拍を小節単位で捉えるのではなく、5拍目6拍目をアウフタクトとして捉える事で解消。そのように捉えると、1小節の5音すべて同じ音でも弾き方を変える必要があり、その辺りを考えながら弾くのは結構楽しかった。

懐かしき歌は楽譜上の指定はソロもしくは2ソリとあり、どちらにするか迷ったのだが2ソリを選択。木霊のように1プルトと2プルトで小節ごとに掛け合う仕掛けなども考えたりしたのだが、チェロパートは本番当日までメンバーが揃わなかったため、これは断念。
ピチカートは響きを拍以上に残さない弾き方を要求されていると(曲の雰囲気から)感じたのだが、開放弦も多いので響きの止め方が難しく、少しぶっきらぼうな感じになってしまう事があったかもしれない。パート内にその指示をきちんとしなかったのは反省点。

World of MANAはロングトーンなので楽譜的に苦労はしないのだが、弱音でC線を綺麗に振動させるのが結構難しい。轟々と響いては雰囲気が台無しな訳で、意外と気を使った。

第2曲
心ある場所のピチカートも、残響の処理というか、弾いた後の音の止め方に気を使う曲だった。それとオケ全体のテンポ感がどうしてもAndanteではなくAdagioになりがちな感じで、もう少し前に進んだ方が良いのではと感じる事が多かった。(本番がどうだったかは覚えていないが。)もっともその後のパストラールとの対比という意味ではそれでも良かったのかもしれない。

そのパストラールは、牧歌的な軽さを出すのが意外と難しくて、気を抜くと勇ましさが前面に出るような弾き方になってしまっていたりしたのだが、ビオラとコントラバスとの掛け合いは、うまくかみ合うと気持ちがほっこりした。

牧場にては音色をどうするかというのが最後まで決まらなかったというか、バイオリンの響きに上手く重ねられていたのかが気になった。音量的に人数を減らすという考え方もあったのだが、音色的には合奏的な厚みがあった方が良くて、もう少しその辺りを考えられれば良かったような気がする。

Maker's Galoppもピチカートの音の処理に迷い、これは結局響くに任せてしまった気がする。ただ、全体を通して、今回要求されていたピチカートは残響を残さないタイプの響きを求められている事が多かったように思う。(この場合の残響というのは弦の振動をそのままにするという事で、ホールに残す残響とは別の話。)

夢見る果実はひたすら同じ音のフラジオレットなのだが、これもバイオリンの響きに上手く重ねられていたかが気になるところ。もっとも、こちらは音が変わらないので、バイオリン側に合わせてもらわなければどうにもならない部分はあるのだが、空気感などはもう少し気にできるとよかったかもしれない。

第3曲
Hometown Dominaは編曲者からは短め、指揮者からはやさしくと指示が出て、短くするとどうしても厳しめな音になってしまうので、個人的な好みも含めて気持ち音を長めにして残響を丁寧に処理できるような弾き方にしてみた。アルコではmf、ピチカートではfという音量指定で、ともするとピチカートの音がきつくなってしまうのでこれは多少雰囲気(見せ方)で加減してみる。
この曲は楽譜にはPastoraleと書いてあって、当然ながら牧歌的な雰囲気が求められていたと思うのだが、まぁまぁ音の処理も上手くいったので、ある程度は表現できたのではないかと思う。

Wanderer's Pathは、これも当初推進力不足を指摘されていたのだが、冒頭同様5拍目6拍目をアウフタクトとして捉える事である程度解消できるようになったのではないかと思う。ただ、他のパートを遅く感じるようにもなったので、あるいは走ってしまっていたかもしれない。
使われている音が少なくて運指の苦労がほとんどないので、右手の動きに集中できたのは良かったのだが、それだけに少し乱れるとてきめんに気になった。特にCの音は、開放弦のC線も合わせて響かせることになるので、弦をどう振動させるかのトレーニングになったとも言える。


・・・前半の曲ぐらい終わらせたかったのだが、今日は8時半から予定があるため明日以降に続く。

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2017年2月13日 (月)

演奏会終了

週末に今年最初の演奏会本番が終了した。

とはいえ、気分的に終った一区切り感がないのは、今週末にも本番を(しかも2つも)控えているからだろう。終わった開放感より次への緊張感。それ自体は必ずしも悪いことではないのだろうが、何となくルーチンワークになってしまっているような気分にもなる。

ま、しかし、それは今回の演奏会の責任ではないので、少し振り返りなど。

今回はゲームオケだったのだが、正直不完全燃焼感があったのは否めない。これは主に曲が身体に入るまで弾き込めなかった事による。練習にはそれなりに参加をしていたはずだが、そうはいっても十分ではなかったということだろう。楽譜がそろわなかったり、団員(パート)がそろわなかったりというのは副次的な要因で、結局のところは自分のプライオリティの問題に尽きる。

音楽をそもそも知らなかったということもあるかもしれない。これはゲームオケにおいては結構大きな問題で、楽譜が先で演奏が後のクラシックの世界と違い、音源が先に存在しているゲーム音楽の世界においては、やはり音楽のイメージを持っているかどうかは大きい。楽譜に表れない、しかしプレイヤーなら持っている細かいイメージの世界(それは音楽だけの話ではない)を共有できないからだ。

プレイ動画ぐらい見ればよかったとは思うのだが、それをしなかったというのも結局は自分の怠慢であろう。YouTubeのお気に入りには一旦探して登録していたのだから。

今回はソロも結構あったので、そういう意味でも少し残念な姿勢で臨んでしまったなというのは反省としてはある。

曲として捉えた場合は、チェロに関していえばそれほど複雑な事はなく、地力と集中力があれば何とかなるというレベル。問題はその集中力で、シンプルなだけに一音一音を丁寧に処理する必要があった。痛感したのは、普段大編成のオケでばかり弾いていると、そうした丁寧さがやはりなくなっていくのだな、という事だ。昔が出来ていたとは思わないが、それにしても荒い感じで、今回の曲の持つ繊細さや、編曲者が意識したという箱庭感を表現できていたかははなはだ疑問だったりする。

もう少し小編成のバロックとか、カルテットとか(ただカルテットはあまり好きではない)、それこそソロ曲などを練習したほうが良いのかもしれない。

そんな時間ないけどな!

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2017年2月10日 (金)

明日は本番

明日は今年最初の演奏会本番である。

先週のG.P.から結局なにもできないままきてしまった。いや元々(平日なので)何かできる訳でもないのだが、気持ち的にはもう少し何かできたのではないかという気がする。

その辺り、これはもう大体OKという状態で迎えられる本番と、まだ何かできたはずなのにという状態で迎えてしまう本番の違いは何だろうか。今週末、そして来週末の本番は、どこか後者の気持ちが強い。

いやそれは練習しきれていないからだし、練習しきれていないのはこんな過密な本番スケジュールを入れてしまったからでしょ・・・と言ってしまえばそれまでなのだが、過去を振り返れば、それでもやりきった感を持って臨んだ本番はあったような気がするのだ。(2週間で4回本番があった時とか。)

結局その辺りは、中途半端にならずにどれだけ向き合えていたかによって決まってくるのだろう。この場合の「向き合う」というのは、つまるところは練習の参加回数であり、中途半端というのは要するに練習不足感があるという事だ。

これは例えばトータルで設定された練習にどれだけ参加できたか、といった話とは少し違っていて、自分の中に曲を取り込めたかどうかという主観的な感覚の話だ。今週来週に臨む3公演は、どこかその「取り込み感」が不足している。もう少しで掴めそうなのに・・・という感覚があるから、何かできたはずなのにと思ってしまうのだろう。(ちなみに「これは諦める」というのも取り込んだ結果なので、そこまで到達していれば、できていなくても特に不足感は無かったりする。)

そういった意味では少々もったいなくもあるのだが、本番は本番である。手持ちのネタで挑まなければならない。

というわけで演奏会のご紹介。

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ファ・ディール室内管弦楽団演奏会

日時 2017年2月11日(土)13:30開演
会場 府中の森芸術劇場ウィーンホール
指揮 三浦 王介
演奏 ファ・ディール室内管弦楽団
入場無料(全席自由/要チケット)
演奏予定曲目
Legend of MANA ~Title Theme~・World of Mana・心のある場所・ホームタウンドミナ・ディドルのオルガン・断崖の町ガト・港町ポルポタ・魔法都市ジオ・旅人たちの道・風歌う、その旅路・彩りの大地・海へ・駆け行く記憶・悠然なる歴世・二つの思惑~ルシェイメア~・焔城・滅びし煌めきの都市 他 全30曲程度

http://fadiel.tumblr.com/concert

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上野の森交響楽団 第78回定期演奏会

日時 2017年2月18日(土) 18:00開演
会場 杉並公会堂
曲目
バラキレフ:3つのロシアの歌の主題による序曲
シベリウス:交響詩「エン・サガ」
ドヴォルジャーク:交響曲第5番
指揮者 長野力哉
入場料 1,000円(当日券あり)

http://www.laforet-ueno.com/concert.html

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府中市民交響楽団 ミニクラシックコンサート2017

日時 2017年2月19日(日) 14:00開演
会場 府中グリーンプラザ けやきホール
曲目
イウェイゼン:ファンファーレほか(トランペット五重奏)
シューベルト:アルペジオーネソナタより(ファゴットとピアノによる三重奏)
サン=サーンス:動物の謝肉祭より(弦楽合奏)
ショパン:夜想曲第2番(グロッケンとチェロ)
ヘンデル:合奏協奏曲(弦楽合奏)
ハイドン:弦楽四重奏曲第49番「蛙」(弦楽四重奏)

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後は体調管理と体力と気力の問題である。

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2017年2月 9日 (木)

時間の使い方

昨日は仕事で少し遅くなったのだが、その分何もなくていつもより早めに帰宅。そのままさっさと寝てしまえば良かったのだが、たまの家での時間だからとダラダラと過ごした結果、あっという間に2時間が過ぎていた。

そのダラダラが悪いとは思わないのだが(家ではダラダラするものだ)、もしかしたらちょっと勿体無かったかな〜と思ったりもする。時間の使い方というのは、使っている最中は何とも思わなくても、使い終わってみると何処かに「もっと上手く使えたんじゃないか」感が残るものだ。

事前に後悔はできないのだから、それも仕方ないことではあるのだが。

そもそも時間は有限だから効率的に使おうという考え方は、個人的にはむしろ時間の無駄遣いなのではないかと思っていたりもしていて、やりたくない事をさっさと済ませたいのはその通りだけれども、やりたい事には効率など気にせずじっくり時間をかける方が贅沢なのではないかと思っていたりもする。

ようは「効率的に済ませたい」事というのは、それ自体ができればやらずに済ませたい無駄な事なんじゃないかという事だ。

では、自分が効率的に済ませたい事は何で、たっぷり時間を使いたい事は何なのか、そんな事を考えると、長時間労働をしたい人たち推奨する人たちというのは、ようは「仕事が好きだからダラダラと時間をかけてやりたい」人たちのだな〜と思ってあげれば良いのかもしれない。

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2017年2月 8日 (水)

やらない事にする

何かをやらない事にするというのは難しい。

「仕事の効率化」っていうのは、スピードを上げる事でも、誰かに任せる事でもなく、結局の所「やらない事にする」に勝る進め方はないような気がする。
送信 2月3日 20:49 From Hootsuite

仕事ではもちろんそうなのだが、自分1人でおおよそ意思決定ができるはずの個人の事ですら、今までやっていた何かをやらない事にするのは勇気がいる。個人の場合、それらの多くは「やりたい事」でもあるため、なおのことそうなのかもしれない。

しかし、

「それを成すのに時間が足りない」という状況をなくすのが働き方の変革であって、「足りない時間を何とか補おう」というのはそれが夜だろうが朝だろうがあまり働き方としては変わっていない。
送信 2月6日 8:07 From Hootsuite

働き方を生き方に置き換えれば、生き方を変えるというのは、時間効率をあげるとか、稼働時間を長くするといったある種の対処療法だけでなく、もっと根本的なところで「何をやって何をやらないか」を明確にしていく事なのだ。

何を書いているのかという気もするが、ここしばらくとこの先の予定を眺めながらそんな事を考えてしまったという話。もっともこれはある種の振り子のようなもので、一度反対側に振っても必ず戻ってきてしまう(時にもっと酷くなる)ものなんだよなぁ・・・。

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2017年2月 7日 (火)

ネットという監視社会

ネット上に様々な足跡を残せば、その履歴をある種の個人情報として活用することで、例えば広告に活かしたりといった事が出来るようになる。あまりにも当たり前に使われている手法だが、先日そうやって個人の情報が把握されている事が怖いという話題になった。

実は個人的にあまり怖いと思った事がない。リスクを感じていないとか、そういった話ではなく、理屈ではない生理的な嫌悪感恐怖感のようなものは感じた事がないという話だ。だが、そうした怖さを感じているという人の話を聞いていると、ようは「何となく怖い」「何となく気持ち悪い」という、理屈ではない話のように感じられる。

で、何でそのように感じる人がいるのだろうと思っていたのだが、何となく「村社会における相互監視」と同種の感覚を持っているのではないかという気がしてきた。そうした感覚を引きずっていると言っても良い。あるいは、日本人の特性としてよく言われる「恥の文化」の延長にある感覚と言っても良いのかもしれない。

村社会の相互監視は自分だって気持ち悪い。

もっとも、コミュニティと一体化してしまえば、その種の相互監視は相互理解という概念に置き換わることも多い。ネットの監視に気持ち悪さを感じる人というのは、そこまで到達しない距離感に気持ち悪さを感じているのかもしれない。

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2017年2月 6日 (月)

燃え尽き

この土日は練習続きだったこともあり、「土日に休みがないと疲れませんか」と問われた。

確かにこの土日は平日以上に家にいなかった状態な訳で、そういった意味では「休んでない」とも言える。加えて休息というのを、身体や脳のクールダウンと考えるのなら、練習中は平日以上にテンションは上がっていた訳で、これまた休んでいるとは言えない状態だろう。

ではオケがなければ休めるかといえば、その時はスキーに行ったり、シーズンでなければ買い物をしたり、ドライブをしたりという事で、別に土日に休息をとるという訳でもないのである。土日は「土日」であって「休日」ではない。仕事の休みを身体の休みに結びつけて考える必要はあるまい。

とはいえ、そんな事を考えて行動していると、どこかでフィラメントが切れるように燃え尽きてしまいそうだな〜と思ったりしたのだった。(多分こんな事を考えているうちは大丈夫だ。)

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2017年2月 3日 (金)

精神衛生

今週はあまりブログの更新ができていない。

今日も朝が立て込んでいるので、あまり時間をかけられないのだが(そもそもあまりかけない方が良いのだが)、何となく落ち着かないというか、他愛のないことでも毎日(平日限定)書いている事が、自分の精神衛生上は重要なのではないかと思ったりする。

10年以上も書いていれば、そういう習慣になってしまうのだろう。逆にそういう習慣だからこそ容易に変えられないというか、例えばもう少し真面目なテーマを絞ったブログのようなものは書けなかったりする。(一時別のブログで挑戦したりはしていたが・・・。)

さて、会社に行きますかね。

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2017年2月 1日 (水)

無為に過ごす

昨日はU響の練習があったのだが、午後からの外出の予定と、夜に病院に行きたかったので欠席した。正直にいえば、外出に関してはなんとかならなくはなかったのだが、病院に関しては他にチャンスがなかったという状況。土日の予定が埋まってしまうとそういう事が起こってしまう。

土日の予定はプライベートな話なのだが、その話はさておいて、平日の予定についても綻びが生じつつある。仕事が変わった時というのは大体そうなのだが、しばらくは勢いで回っていても、3ヶ月も経つと予定の管理がガタガタになってくる気がするのだ。これまで勢いで動いていた部分を冷静に見るようになり、全然整っていないことに気づかされるとでも言おうか。

その辺りは、自分なりの仕事のスタイルが確立していないという点に原因があるのかもしれない。スケジュール管理しかり、タスク管理しかり、何だか年齢を重ねるごとにいい加減になってしまい、過去の乏しい経験だけにすがってなんとか回すだけという状況に陥っている気がしなくもない。

以前はもう少しスケジュールはこう管理しようとか、タスクはどう管理したら良いだろうかということを、考える機会を持っていた気がするのだ。それがなくなったというのは、それらがスタイルとして安定したからではなくて、単なる思考停止に陥っているだけではないか。

なんとかしなくては・・・と思いながらも、昨日は病院から帰った後は無為に過ごしてしまったのだけれども。

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