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2017年3月29日 (水)

メディア主導の広告ビジネスモデル

広告というのは、それだけを単独で見れば一つのコンテンツであり、無駄に欲望を喚起するような悪質なものでなければ十分に楽しむことができるものが少なくない。

提供者の商品なりサービスを紹介する情報だというだけで、興味関心が合致すれば、それは見る者にとっても有益な情報だろう。

ではどうして広告というのはいまいちイメージが悪いのか。それはメディアにおける扱い方にあるのではないだろうか。

本来有料で提供すべき情報コンテンツを、無料で見せる(制作コストを回収する)ために差し込まれるのが広告である。この位置付けは、相対的に情報としての価値を下げるだけでなく、目的のコンテンツを見たい人にとっては邪魔な情報として捉えられてしまうリスクがある。

厳しい見方をするなら、お金を払ってでも見たいというコンテンツを作れないメディアが、無料で見てもらうために編み出した手法が広告という事だ。視聴者や企業は、ある意味それに踊らされているだけに過ぎないと捉えることもできるのではないか。

メディアが自主制作するコンテンツ・・・視聴者がコストを負担
企業が制作するコンテンツ・・・企業がコストを負担

という住み分けができていれば、広告は広告というコンテンツとして楽しむ文化ができていたのではないだろうか。

結局、コンテンツの制作コストを不公平に配分するビジネスモデルが、メディア主導の広告モデルなんだよな・・・と考えてしまったという話。

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