« 日本企業の残業は成果主義意識によるもの | トップページ | ダブルブッキング »

2017年5月16日 (火)

演奏会終了

F響の演奏会が終了した。「はげ松の田園」と称している団員がいたが、はげ山の一夜、ローマの松、田園と、表題を持ち、自然とつながりのある(ちょっと違うか)プログラムで、直前までどうなることかと(田園は途中で止まったりしていたし)思っていたのだが、蓋を開けてみれば良い演奏会だった。

演奏会は良かったが、自信を振り返れば反省点は多数ある。一番大きいのは練習不足だろう。あれだけ掛け持ちを増やせばそうなるのは目に見えているのだが、それは言い訳にならない。もっとも、時間があればさらったかといえば必ずしもそうではないので、その辺りの「費やした時間」の問題ではなく、地力というか、基礎的な鍛錬の不足が問題ということになるだろうか。正直にいえばさらってどうこうできる状態というよりは、そもそものベースが足りていないと感じた。

再三書いてはいるが、地力を上げる近道はないと考えれば、あとは地道に鍛えるしかない。例えば管楽器のウォーミングアップなどを見ていると、そうした練習をどう組み込むかという話になってくる。

大きなテーマは二つ。一つは左手のメカニカルな動きという課題で、頭では追えていても指が付いてこない状況をどうしていくかというもの。もう一つは右手の表現力という課題で、管楽器の息遣いのようなものをどうやって表していくかというもの。どちらも単に譜面をさらっただけではついてこない。

こうした地力というのは、多くの曲をこなしていく上では必要不可欠なものなので、身につけて損ということは全くない。とはいえ、実際に身につけるとなると結局は練習曲とか、あるいはさらに踏み込んでレッスンといった取り組みが必要になってくるということになるだろうか。

特に今回は田園という曲の中でそんな事を考えたのだった。次はそういった事を少しでも解決したいものだ。

|

« 日本企業の残業は成果主義意識によるもの | トップページ | ダブルブッキング »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22760/65285610

この記事へのトラックバック一覧です: 演奏会終了:

« 日本企業の残業は成果主義意識によるもの | トップページ | ダブルブッキング »