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2017年7月28日 (金)

残業の捉え方

昨日はノー残業デー。本来の考え方からすれば、設定すべきは「残業デー」であって、ノー残業が日常的でなければいけないのだが、実体としてはなかなか難しいのが一般的な実情だろう。

「残業」というのはどういったメカニズムで発生するのだろうか。理屈でいえば二つのパターンしかない。「自分の能力が足りない」か「付与された仕事の量が多い」かだ。前者は自己の責任であり、後者は上司の責任であるが、前者を解消しようと努力して、仕事をより効率的にこなせるようになれば、当然のその時間に別の仕事がアサインされると考えれば、結局は後者の問題ということに帰結するのかもしれない。

仕事というのは「ここまでやれば終わり」という区切りが(納期のような縛りを除けば)ないので、ある意味際限なく増やす事が可能といえば可能である。そこにコストのバランスなどを加味しながらやるやらないを決めていくのがマネジメントの仕事なので、何でもやろうとすれば当然時間が足りなくなると考えることもできる。では本当にそういう問題だろうか。

残業というのは、英語ではovertime workになる。日本語の「残業」は「やる事が残っている」というニュアンスだが、英語のニュアンスは「時間を超過している」だ。結講この辺りの意識の違いが影響しているような気がしなくもない。「やる事が残っている」だと「やる事を終わらせるにはどうしたら良いか」という意識になるが、「時間を超過している」なら「時間内に終わらせるにはどうしたら良いか」という意識になるからだ。

案外「残業」という言葉自体に、残業が減らない理由が隠れているのかもしれない。

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