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2017年11月22日 (水)

民主主義の否定

facebookの「過去の思い出を振り返ってみましょう。」を見ていたら、

民主主義の否定というのは、多数決を否定する事ではなくて、少数意見を否定する事である。

というポストがあって、ちょっとドキッとする。2013年のポストなのだが、何か気になる事があったのだろう。投稿時間を見ると早朝にポストしていて、何か気になるニュースにでも接したのかとか考えてしまう。

一連の投稿になっているのでせっかくだからまとめておこう。(一部誤字脱字を修正)

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民主主義の否定というのは、多数決を否定する事ではなくて、少数意見を否定する事である。

民主主義のあり方というのは、白黒をはっきりさせるために多数決でどちらかにする事ではなく、両者を混ぜ合わせたグレーな状態を作り受け入れていく事だ。もっといえば色は様々あって、そのバランスでどういった色にしていくかだろう。

要するに多数決であっても何か一色に染まる価値観ではないというのが重要で、一色になるのが重要だというならそれは全体主義だよ。

ちなみに全員が何も言わなければ白一色になり、全員が一色に染めようと譲らずに塗り続ければ黒一色になる。つまるところ民主主義というのは、自らは主張しつつもどこかで相手を寛容するという考えに基づいていないと、行き着く先は混沌という事なのかもしれない。

全体主義は、何色であれ一色に染まったカンバスを美しい理想とし、民主主義は様々な色の組み合わせでいかに美しい絵を描くかを目的としているという事かもしれない。美しい絵を描くのは難しい事ではあるのだけれども。
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色も絵筆もバラバラな人々が、一つの絵を描くのが民主主義であるなら、それらを一人で描くのが独裁であろう。この場合の一人というのは必ずしも個人とは限らず、例えば中国のようにただ一党の色と絵筆で描かれるものも同じである。そういった考えをするなら、多数決や安定多数といった名の下に一つ色に染めるのもまた同じ事だろう。

妥協が苦手な日本人には、なかなかそういった民主主義の考え方は馴染まないのかもしれない。
(ちなみに妥協というのは互いに一部を譲る事でWin-Winを創り出すプロセスの事で、本来はポジティブな行為のはずなのだが、日本語の「妥協」という語感のネガティブイメージは、そういった事を嫌うという傾向を示しているような気がしている。妥協を嫌う人というのは基本的に譲るのが嫌いで自分以外の考えや価値観を排除する傾向を持っているという事なのだ。)

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