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2017年11月16日 (木)

レポートとアウトプットのトレードオフ

昨日は終日セミナーに出席して、盛大にインプットをしたのだが、そういえば最近アウトプットをしていないな〜と思ったりした。この「アウトプット」というのは、レポートの事ではない。

インプットを他人に伝えるためのレポートと、自分の考えを整理するためのアウトプットは微妙に違っていて、最近はあまりアウトプットをしていないので自分の考えが考えとしてまとまっていない気がする。

つまり自分の中でアウトプットというのは、自分なりの付加価値を加えた何かという位置付けで、これを積み重ねる事が自分としての考えをまとめることにつながっている。セミナーにせよ、読書にせよ、他人に伝える事を第一目的としたレポートは、大元の内容こそが重要なので、そこに自分の知的付加価値は上乗せされない。

この辺りは捉え方の違いもあるかもしれないが、特に自分の場合は天の邪鬼のように逆張りの思考をする事が多いため、それをレポートにしてしまうと元の内容がねじ曲がってしまう可能性がある。そこである意味「素直に」伝える事を優先してレポートする訳だが、結果として自分なりの思考を加えるステップが抜け落ちるため、自分自身の血肉とする力が弱くなってしまう。

これはあまり良くない傾向なのかもしれない。いやもちろん両方ともすれば良いのだが、正直アウトプットを考え出すとレポートがまとまらなくなるし、レポートをまとめるとそこで落ち着いてしまってアウトプットまで持っていけない事が多い。

というか、レポートを意識して「素直に」受け入れる事を無意識に優先してしまっているのかもしれない。それでは脳細胞は活性化しない。

言ってしまえば、アウトプットというのは「自分なりの反論」を考えるステップだ。これを軸に脳を働かせると、インプットの内容は時に歪むため、レポートするのが難しくなる。一方素直に受け止めれば、反論を考えなくなる。そうしたトレードオフがあるのかもしれない。

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