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2018年1月24日 (水)

残業の責任感

昨日は打ち合わせの数が多すぎて(結局さらに一つ追加された)、終わった後に飲みにいくのをすっぽかしそうになったのだが、何とか終わったと思いつつ、その裏側で作業が滞っている。残業で調整しようにも、今日も含めて残業できないスケジュールが続くのだが、そもそも残業は仕事としてはその時点で負けという感覚があり、何とか与えられた時間内に終わらせたい。

残業というのは「どんなに時間がかかってもやります」という責任感と捉えるか、「どんなに時間がかかってもよいよね」という甘えと捉えるかで、働き方は変わってくる。

日本(企業)では多くの場合「どんなに時間がかかっても終わらせる」というのは、仕事に対する責任感と捉えられているが、この責任感は本来「終わらせる」という部分にかかっているもののはずで「どんなに時間がかかっても」というのはそうではない。時間をかけるというのは仕事の相手の時間を無駄に食うということでもあるので、「時間をかけずに終わらせる」事こそが本来あるべき責任感の姿だろう。「どんなに時間がかかっても」というのは、本質的には相手や仕事に対する甘えなのだ。

言うは易し、行うは難しの典型で、実際には甘えている訳でもないとは思うのだが、少なくとも「仕方ない」とか「美徳」であるとは捉えたくないものだ。

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