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2018年2月28日 (水)

先を見据えるという事

スケジュールとは埋めるために作るのではなく、空けるために作るものだという話を聞いた事がある。この場合の空ける目的は、自分がやりたい事をやるための時間を作り出すためという事なので、最終的にはそこもスケジュールとしては埋まってしまうものなのだが、重要なのは「その予定は何のためのものか」という意識を常に持つ事だろう。時間の使い方には浪費と投資があるという話もあるが、似たような考え方だろう。

そんな事を考えたのは、自分の時間の使い方、スケジュールの立て方はどうなっているだろうかとふと思ったからだ。常日頃考える事は難しいが、たまには思い返すようにしないと流されていってしまう。

昨日は「できれば」個人練習をしたいと思っていたのだが、結局会社を出る時間がリミットを超えてしまって行く事が出来なかった。先週はスタジオの予約を前日にしていて、まだ仕事のやりとりが少々残っている段階で無理やり抜け出すような羽目になったため、その反省から予約をしていなかったのだが、両者はトレードオフのようにかち合うものだ。

どちらか一方が大切というものでもないので、その事を後悔しても意味はない(結果として練習に行かなかった分早く寝られたりもした)のだが、スケジューリングとしてはどうだったのかという反省はある。バッティングしやすい予定を組めば両者がトレードオフの関係になり、結果としてしわ寄せなりストレスになると考えれば、そうならないスケジューリングが重要という話になるだろう。スケジュール通りに動く努力は必要だが、本来はその前にそうした要素も吸収できている事が望ましい。

で、まぁそういう話になると、短期的なスケジュール調整というよりは長期的な見通しの方が重要で、今回の場合は今週無理にでも個人練習を入れなければやばいという状況に陥ってしまっている見通しの悪さの方が問題なのである。ここ数回の個人練習はようはそういう状況下で無理やり入れたもので、これは「空けるためのスケジューリング」とは真逆の話になる。今週の個人練習が「できればやりたい」なら、できない事はそれほど問題ではないが、「やらねばならない」だと、さてどうするかという話になるからだ。

そう考えると、目先の個人練習はもちろん組まなければならないのだが、そうではない先を見据えたスケジューリングも必要になってくる。そうでなければまた今週の二の舞のような事態に陥るだろう。本来、今週組まれる個人練習は、週末に向けた一夜漬け的練習ではなく、(それはそれで確認としてやるにしても)5月6月あるいはその先の本番を見据えた練習でなければいけないのだ。

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2018年2月27日 (火)

ギリギリで詰める進め方

気がついたら3月という事で少しバタバタしてきた。いやいつもバタバタしているので、その要因がまた一つ加わったというべきか。何がってKオケの本番である。

Kオケは少々特殊なオケというか、企業オケでしかも本格的なオケを志向して「いない」という性格上、他のオケ(サブカル系も含めて)とは違った運営スタイルになっている。そうでなければ結成5年弱で大小あわせて15回以上の演奏会などできないだろう。

といっても何が違うってようは「勢いで乗り切る」みたいな点がある事だ。3月21日に予定されている演奏会にしても、この時点でまだ詰めきれていないところが多々あって、出演者の調整や選曲の相談をしていたりする。もちろん重要なポイントは決まっているのだが、ようは細部が煮詰まっていない。

それ自体は他のオケとそれほど変わらない側面もあるかもしれないが、違うのは一般のオケではおおよそ演奏会のスタイルが決まっているから細部はギリギリでも良いのに対して、Kオケの場合は演奏会のスタイルが毎回違うから細部がギリギリになるという点だろうか。イベントとしてみた場合は、これはこれで(どんどん変えていける)面白さがあるのだが、運営として考えると結構キツかったりする。

とはいえ、定番的にやらなければいけない事もある。正直に言って今回はその部分が追いついていない。今週末に予定されているホール練習の準備もそうだし、関係者への案内もそうだ。その辺りはスタイルは違っても押さえなければいけないポイントなのだが、これがなかなか手が回らない。

とはいえ、昨日は何とか概要資料の作成までは持ち込めた。来週には詳細な実施要綱の作り込みも必要だろう。しかし今週末は別の本番があって、その時間が・・・ない。

だったら前もってやっておけという事で、結局は事前の準備の話なのである。細部がギリギリで良いからといって、着手までギリギリではいけないのだ。

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2018年2月26日 (月)

筋肉痛

今朝は筋肉痛である。

土曜日のスキーはやはり行ってよかったと思えるものだった。6月本番オケの初回練習をぶっちぎってしまってはいるのだが・・・。

思い返せる限りでは、リフトは10本程度しか乗っていないと思うのだが、一つ一つが濃いという事なのだろう。翌日曜日から筋肉痛で、今日も全くそれが抜けていない。1日で辞したのだが2日間滑っていたらどうなったのだろうか。

今回はロングコースの滑走を真後ろからビデオに収める事が出来た。これだけでも行った価値はある。あとはこれを見返しながら、自分がどう滑るのかイメージするのだ。

正直消化できていないポイントは多数あるのだが、それはこれからの反復次第である。いずれにせよトレーニングのタネはたくさんもらえたので、一つ一つを整理していけば良い。

とはいえ、問題はそのタイミングがあるかである。3月はF響のミニクラシックコンサートとKオケの本番がある。それでも2月ほどの過密ではないので、土曜日は行ける日が(今の所は)取れそうなのだが、その辺りはまだ不確定である。

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2018年2月23日 (金)

スケジューリング

昨日は寝坊をした。二度寝によるもので約40分。20分程度であればなんとか吸収できるのだが、流石に40分寝てしまうといつもの電車には間に合わず、20分後の電車になった。まぁそれでも会社に遅れるといった事は全然なくて、そもそもそれ以前に時間管理されている訳ではないから早く行こうが遅く行こうがあまり関係ないのだが。

寝坊をするのは寝不足だからで、実際ちょっと遅い日が続いているのだが(事情は様々だが少なくとも仕事ではない)、では早く寝れば良いかと言えば、早く寝ると早く目が覚めてしまったりして、結局どういう事なんだよと思う事もある。休日遅くまで寝ていようと思っても(できる機会は少ないが)、案外といつも通り目が覚める。起きれない日と起きてしまう日との違いというのがよく分からない。どちらかというと夜にしっかり寝るというよりも、ちょっと眠りたい時にちょっとずつ睡眠をとりたいという感じもする。

さて、週末はスキーと練習。いつも通りといえばいつも通りだが、先々週、先週の本番ラッシュから一旦小休止で、来週はまた本番があり、3月にはもう1件の本番がある。こうやって書いてみると重ね重ね無理なスケジュールだと思うのだが、話があれば出来ると思ってしまうのが良くない。

でも仕事ではこういうスケジューリングしてしまっている人って結構いるとは思うんだよ。

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2018年2月21日 (水)

プロジェクト管理

プロジェクト管理というのは基本的には自分の業務ではないのだけれども、それに近い事というか、その発想を使わなければいけない場面というのは仕事の中では時々出てくる。時々というか、最近は頻繁に出てきている気がする。

しかしそこではたと気付くのはそのためのメソッドを自分は持っていない事だ。概念としては知っていても、実践の機会がほとんどなかったので、本格的に学んだ事もない。そもそもマネジメントされる側にも回った事がない。ようは会社の仕事の中でそのようにプロジェクトが管理されているのに遭遇した事がない。

学問ではないので、仮に体型的に学ぶ機会があっても、使う機会がないスキルは錆びつくだけというのが個人的な感覚で、逆にOJTとして使う機会があればいくらでも磨かれるものだと思っているのだが、そういった意味では初めて学びと実践がマッチングされるかもしれない環境にあるのかもしれない。いや理想は実際にプロジェクト管理をする立場になる事なんだけどね。

ガントチャートツールやタスク管理ツールなんて試してはやめ、試してはやめの連続だからなぁ・・・。

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2018年2月20日 (火)

遊びの時間と仕事の時間

週末のスキーの申し込みをした。これでもう後にはひけない。いやスキーに行く事がというよりも、その翌日の分奏に向けての練習を明日やらなければいけないという意味だけれども。

スキーそのものは楽しみではある。本当は土日みっちりと行きたかったが、流石にそれはできないので、前泊の土曜日帰りという事になる。可能であればいつものように帰って練習を・・・と言いたいところだが、あちらを出るのが18時ごろと考えるとちょっと難しい。いや1時間ぐらいはできるか?

何だか楽しむためにやっているのか、苦しむためにやっているのかという感じだけれども、物理的な時間の問題はさておき、スキーも楽器も楽しい事なので、実はそれほど苦になる訳ではない。ただ、単純に時間が足りないだけだ。

仕事も同じで時間があるならいくらでもやりたい事やれる事というのはある。しかしそれを残業したり、あまつさえ関係者の時間まで巻き込んでやるのは仕事とは言えない。遊びであれば自分の時間をどう使おうが自由だが、他人を巻き込んではいけない。仕事であれば他人を巻き込んで良いが、それは限られた時間の中でやらなければならない。

仕事が好きという人達は、その辺りの区別が、というよりも分別がついていないように思える。まぁ他人の事など気にせずに巻き込み、その屍の上に立つ仕事っていうのが、時として最も成果を出しているという評価になりやすいんだけどさ。

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2018年2月19日 (月)

演奏会終了

エキストラで参加した東京カンマーフィルの演奏会が終了した。急な依頼にかなり無理やり対応したのだが、モーツアルトとハイドンという事で、普段はなかなか機会のない曲が演奏できたのは良かった。自分の基本的な音楽嗜好はやはりこちらの方向にあるのだという事を再確認する。いや近代現代曲が嫌いという訳ではないけれども(聴くのは好き)。

とはいえ、先述のように急な依頼と急な参加だったので、曲やオケにアジャストできていたかというと正直怪しい。そういった意味では、エキストラとしての役目を果たしきれていたかは微妙である。もちろん全然弾けない訳ではないので、お荷物という事はないと思うのだが、パートわずか3人という小編成なのだから、本来もう少し果たすべき役割があったはずである。

そして今回やってみて再認識した事がある。それは事前の個人練習が自分の場合ほとんど役に立っていない事だ。いやそんな事ないだろうと思いたいのだが、現実はそうなっている。期間がなかったので今回は珍しく合奏参加前にさらったりしたのだが、ほとんど意味がなかったと言って良い。何というか、事前の個人練習の段階では曲を感じる力が弱くて、その練習の結果と合奏での演奏が結びつかないのだ。

もちろん、ある程度合奏の中で曲が体に入ってくると、個人でさらうというのは精度を高める上で重要になってくる。ようするに順番が違うのだ。

本来、曲をさらうのは合奏に参加する前に終わらせておくべきとされている。その結果を持ち寄るのが合奏の役割で、合奏の中で個人練習をしては意味がないからだ。その理屈はその通りで、合奏の中で個人練習をしては意味がないとは思うのだが、一方で自分が弾けるようになるプロセスを見ていると、アンサンブルの中で弾くという事が極めて重要なスタート地点になっている気がしてくる。パートというパーツを持ち寄ってアンサンブルの響きを創り上げるのが本来のはずなのだが、アンサンブルの響きの中からパートというパーツを削り取って自分の音を創り上げている感じとでも言えば良いだろうか。

理屈はどうあれ、現実がそうであるなら、それに見合った練習のやり方というを考えなければならない。結局合奏に参加してどれだけ自分のものとして削り取れるかが重要なのだとすれば、ものを言うのは合奏への参加量である。合奏という響きから削り取った自分の音と、パートとして出すべき音とが重なった時が、アンサンブルへのアジャストだと考えるなら、毎回の合奏の中で何をどう削り取るかが重要になってくるからだ。

そうなると練習を休むというのは極力避けなければいけない訳で、やはり掛け持ちなどしている場合ではないということかもしれない。

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2018年2月16日 (金)

指揮者の力

昨日はKオケの練習。先週(余興演奏の)本番があったばかりだが、来月には正規の本番がある。まだまだ心許ないけれども練習に出席するメンバーも少しずつ増えてきた。(あいかわらずビオラがいなかったりしたけれども。)

Kオケはメンバーの関係もあって日本では(多分)珍しいボサノバを演奏するオーケストラである(専門ではないがプログラムには必ず1曲入る)。今回もそうした曲があるのだが、何分曲の雰囲気が分からないので、最初はチグハグな感じになりやすい。唯一雰囲気が分かっているのは、逆にオケには馴染みのないギター弾きなので、ニュアンスもうまく伝わらなかったりする。

ところが昨日はちょっと違っていた。少し前にオリジナルの音源(オケ編曲版ではなく文字通りの原曲)を共有してもらって、指揮者がそれを聴いて雰囲気を理解した事が大きいのだろう。自分はまだ聴いていないのだが、指揮者の振り方一つで自分の弾き方も変わって、オケ全体がこうも変わるのかと驚いたりする。

指揮者の影響力を感じるのはこうした瞬間だ。指揮者によってオケの音が変わるというのは普段実感することも少なくない。その要因はプロとアマの違いのように捉えていたのだが、それだけではなく、アマチュアであっても指揮者自身の音楽に対する理解や、その表現の変化によって、オケの音楽は変わるものなのだ。(ちなみにKオケの指揮者は社員である。)

こういった事は「変わった瞬間」しか分からない。通常指揮者がその曲を理解するのはオケでタクトを振り下ろす前なので、曲を理解していない状態と理解している状態の指揮者の違いを目の当たりにする機会などまずないだろう。

そういった意味では、なかなか貴重な経験をさせてもらった気がする。次は自分も原曲を聴いて、その雰囲気をより理解する番だ。

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2018年2月15日 (木)

「マーケティングが弱い」という思考停止

「マーケティングが弱い」という言葉があるが、この指摘ほどその「マーケティングに対する理解の弱さ」を露呈してしまっている捉え方はないと思う。という訳で、経営者であれ、コンサルタントであれ、こうした言葉を使う人は(人間としてではなく能力として)信用していない。

マーケティングというのは、ビジネスにおける様々な活動の複合体である。その全体に対して課題があるという指摘は、「あいつは仕事ができない」といった指摘同様、具体的な課題を一切捉えていない。マーケティングが何であるかは、数多の専門書にあたるまでもなく、ネットで検索するだけでも簡単に調べられる。おそらくこれという答えはない。そこから導けるのは「マーケティングという大雑把な捉え方では何ら課題は解決されない」という当たり前の結論だろう。

具体的な課題が明確にならなければ、対策は立てられない。例えば4Pや4Cのような形でも良いから、具体的に何が課題なのかを指摘する事が重要であって、「マーケティングが弱い」というのは思考停止以外の何者でもない。

ちょっとそんな事を考えてしまった。会議で使っている人がいたからでは・・・あるか。

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2018年2月14日 (水)

ブランドの価値

アルマーニの制服が話題である。

正直外野としてはどうでも良い騒動ではあるのだが、一時ブランドに関わる仕事もしていた身としては、どちらかというと今回の話はアルマーニにとってどうなのだろうかという気がしている。制服という事はある種のオーダーメイドな訳で、ブランド側にも引き受ける際の判断軸があったはずだ。

今回の件で言えば、ビジネス的には(決まった受注が得られて)おいしい話だったのかもしれないが、ブランド毀損というか、毀損とまではいかないまでもブランド価値を高める事にはつながらない話であるような気がする。制服としての採用はある種のブランドコラボでもある訳だが、今回はどう考えてもブランドの力を借りられてしまっている。高級ブランドにとって、その関係は本来望ましくない。

理想はこうだろう。

「あの学校の制服って何だか良さげだよね」
「アルマーニらしいよ」
「なるほどね」

この場合、学校のブランドとしての社会的な格はアルマーニと同等かそれ以上である必要がある。着る者の格が高いからこそアルマーニの価値に意味が出てくるのであって、アルマーニの格が着る者の格を高めるという関係は、身もふたもない言い方をするならブランドにとってはあまり価値がない。

そう考えると、ブランドの価値というのは、少なくともラグジュアリーの世界においては自らの格よりも高いポジションと結びつく事によって高まるものだとも言える。ただしその関係は逆からはマイナスでもあるので、それに見合うだけの価値を提供できなければいけないが。

コモディティブランドの場合はまた違った構図があるかもしれないが、そんな事を考えた。こんな騒ぎになってしまって、アルマーニのブランドマネージャーは自らの判断に頭を抱えてしまっているかもしれない。

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2018年2月13日 (火)

演奏会終了

週末に Groria Angelicus の演奏会が終了。ゼノギアスというゲームの発売20周年を記念して発売日にその音楽のコンサートをやってしまおうという企画オケで、何の因果か(いや自分でエントリーはしているのだが)日曜公演にも関わらず参加してしまった。

動機はいくつかあって、一部から強いお誘いを受けたというのが直接的な理由ではあるのだが、プロのチェロ奏者が参加するというのも大きな動機だった。アマオケでは協奏曲という形でプロと共演する事はあっても、同じパートで同じ曲を弾ける機会というのはあまりない。

結果としてはスキーに行きたくなるという(とはいえ単に滑りたいという話ではなく、勝手に師匠と仰いでいる方の講習会に参加するというものである)、妙な方向にモチベーションが高まったりしたのだが、なかなか得難い経験だった。トップとしても参考にしなければいけない部分も多々あり、F響の方はよりによって本番指揮者の初練習を欠席する羽目にもなったのだが、悪くなかったと感じている。

今回の演奏会が終わる事で、なんだかんだでここしばらく途切れる事なく続いていたサブカル系のオケとの関係が一旦切れる事になる。今の時点では決まっていないし、おそらく余程の事がなければ参加する事もないだろう。クラシックのオケも含めて、少し数を減らす事を考えなければ、正直身が持たない。(と毎回言っているが、今後の事は正直分からない。)

さて、他のサブカル系のオケを聴きに行った事がないので、あくまでも自分の経験の中での話なのだが、今回の演奏会で画期的だったのは、アマチュアにありがちな奏者中心の選曲・編曲ではなく、楽曲中心の選曲・編曲となっていた事ではないかと感じている。どういうことかといえば、編成がきわめて薄い曲が多々存在していた事だ。特に第2部後半は金管はもちろん木管すら一部削られていた。

これは元となったアレンジアルバム「MYTH」による影響ではあるのだが、奏者ありきで全員の出番を作る事を優先するのではなく、あくまでも曲中心に必要な楽器構成にするというのは、なかなかアマオケにはできない選択である。もちろんアマオケは奏者ありきの組織ではあるので、その出番を作るのは非常に重要なのだが、一方でそれではどうしても選曲や編曲に無理が生じやすい。そこをある意味割り切って、曲中心の演奏会ができた事は、また一つの大きな変化なのではないだろうか。

加えてサブカル系のオケの多くは、オリジナル音源に近い音楽をオーケストラで演奏するという事を重視していると思う。これはこれで重要だし、それが多くの奏者のモチベーションを支えていると思うのだが、例えば今回でいえば「MYTH」やあるいは「CREID」といったアレンジバージョンを演奏する、あるいはそういった「原曲をフィーチャーした大幅なアレンジバージョン」を自ら編曲し演奏するような機会が増えてくれば、この世界はさらに広がっていくだろう。(権利関係で色々難しい事もありそうだけれども。)

別に参加当初からそのように感じていた訳ではなく、終わってみるとそうだったかなという話ではあるのだが、聴衆が「これだよ!」と感動する再現性だけでなく、「これが?・・・でもいいじゃん!」となるような新たな一面を拓く演奏会ができれば良いのではないかと思ったりしたのだった。

・・・クラシックも本当はそうだったりするんだけどね。

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2018年2月 9日 (金)

場を盛り上げる演奏

昨日はKオケの本番。社内イベント(某事業所の新年会)での余興演奏である。

Kオケは性格上そうした機会も少なからずあるのだが、毎回の事ながらパーティーの最中に必ずしも注目されるわけでもなく演奏するというのは精神的に少々キツかったりする。演奏はまだ音楽そのものと向き合えるから良いのだが、なんといっても厳しいのがMCである。

曲間に曲目やオケの活動の紹介を挟むのだが、聞いていない人たちに向かってこれを話すのはかなりの精神的なエネルギーを必要とする。もちろんこちらに注目してくれている人たちもいるので、そうした人たちを相手に話すように気持ちを持っていければ良いのだが、どうしても聞いていない人たちに注意が向いてしまう。

この辺りは割り切りというか、今後もこうした機会があるなら心臓を強くしていくしかないと思うのだが、その辺りの動揺が演奏にも影響してしまうのが残念なところだろうか。

喧騒の中で行う演奏なので、クオリティは正直客観的に評価するのが難しい(お互いの音よりも会場内の喧騒の方が耳につくような状況である)のだが、それでも聴いてくださった人たちからは感謝と賞賛の声が寄せられるので、演奏中はともかく終わってみれば良かった、という結果になる。もっと場慣れをしてくれば、選曲も含めて場を盛り上げるような演奏ができるようになるかもしれない。

そう、課題は「場を盛り上げる」事なのだ。大切なのは「演奏を聴かせる」事ではなく、イベントを盛り上げる事にある。そういった視点で考えた時に、演目含めどこまで考える事が出来たかはかなり怪しい気がしていたりする。

そこがどういった場で何が求められているか・・・それに合わせた演奏ができるかが、今後こうしたイベントに継続的に呼んでもらえるかを決める事になるだろう。
いや、あまりたくさん呼んでもらっても対応できないんだけどさ。

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2018年2月 7日 (水)

Kオケの将来

一昨日、昨日と朝が慌ただしかったのだが、今日は平常通りの朝で少し落ち着いている。

昨日はKオケの練習。8日の社内イベント向けの練習だが、基本的にはレパートリーからの選曲なので、思い出す事が中心で、それほど時間をかけずに終わった。出演者の半分は欠席なので、後はぶっつけ本番(当日はリハーサルも音出しもできない)になるのだが、まぁなんとかなりそうである。この辺りはこれまでの蓄積というか、新曲を用意せずに済ませられる点が幸いしている。残る懸念点は、メンバーがプログラムを勘違いして楽譜を忘れてくるぐらいか・・・。

今日は7月にあるOBOG向けのイベントに向けた打ち合わせがある。こうして声がかかるのはありがたい話で、正直昨年の演奏機会の約1/4はKオケ関係なのだから、活動としては活発である。

一方でやややっつけ気味になってしまうのも確かで、3月の演奏会に向けての練習も今の時点でなかなかメンバーが揃わずにいる。仕事がある中での平日の練習だからやむを得ない側面もあるのだが、そうした中で怖いのはメンバー間の温度差が生じてしまう事だろう。がんがんクラシックをやりたいメンバーもいれば、そこまで求めていないメンバーもいる。演奏技術のレベル差も激しいので、気持ちや姿勢はどうしても揃わない。

元々は「昔楽器をやっていたけれども今はやっていなくて市民オケに入るほどではないが機会があればやってみたい」人たちの受け皿として出発したオケのつもりなのだが、活動を続けていけばどうしても現役でやっている人間が残りがちだ。そもそも楽器を弾くという事が生活習慣の中に入っていてその延長で参加するのと、新たな生活習慣として楽器を弾くという機会を作っていくのとでは、当然後者の方が色々ケアが必要となると思うのだが、これがなかなかできていない。自分にはそういった要素がないので、なかなかその筋道が想像できないという事もある。

いずれにせよ、団長であるからにはそうした点を注意していきたいものだ。

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2018年2月 5日 (月)

オケとスキーの日々

今朝は諸々あって時間が取れなかったので夜に書く事にしたのだが、最寄駅のドトールが早く店じまいをしてしまっていた為、わざわざ数駅戻るという事をしてしまった。そこまでする程書きたい事があった訳でもないのだが・・・。

土曜日はKオケのメンバーでスキー。家族以外の誰かと行くスキーというのは随分と久し振りな事で、スキー場で人と話すとか、途中休憩しながら滑るとか、それはそれでスキーの楽しみだよなと思ったりした。多分毎回だと疲れてしまうのだが、たまにはこういった事があっても良い。

オケメンバーでスキーに行くというのは別に深い意味がある訳ではなく、自分の交友関係がその関係に限定されている事に起因している。とはいえ、付き合いがあるのは一つのオケという訳ではないので、スキーに関してもそういった事があっても良いだろう。

さて、その土曜日はそれでも帰ってきてから個人練習に行くという暴挙に出たのだが、その挙句に2時間かけてさらった曲は翌日の練習でたどり着かず持ち越しという結果になったりした。実際には弾けるようにはなっていなかったので、猶予をもらったようなものだが、スタジオでの個人練習がそれなりに効果がありそうだという感触は得られたので、せめて週に一度ぐらいは練習を入れるようにしたいものだ。

もっとも今週は8日にKオケの本番(社内イベントでの演奏)があり、明日6日はその練習を入れている。その後は土曜日に翌日の本番に向けた練習があり、月曜日には翌週の本番に向けた練習があるので、1日おきに楽器には触れるスケジュールになっている。問題は月曜日の練習に向けてさらう時間をどう確保するかで、まぁそれは有給を取っている8日の日中に入れるような感じだろうか。

楽器三昧な一週間という事で、それはそれで幸せな事なのだが、一方で次にスキーに行けるのはいつ?という悩みもあったりするのだった。

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2018年2月 2日 (金)

個人練習

昨日は雨の中楽器を背負って歩く羽目にはなったのだが、概ね予定通りにやる事を消化できた。

・・・が、練習に関しては(これまでの)不足感が露骨に出たというか、もっと練習しなければ、という結果に終わった。大切なのは、集中して長時間の練習をするというよりも、小まめに練習をする事だろう。昨日は弾きすぎて今日は少々指が痛いのだが、これではあまり良い練習だったとは言えない。

収穫がなかった訳ではなくて、昨日はスタジオの個人練習枠を使ったのだが、やはり実家に戻って練習するなどよりも環境的にはかなり集中できるという事を実感した。ようはそういう事をどれだけやるかという話で、冷静に考えると実家に車で行くのも、昨日使った初台に電車で行くのも、実は時間的にはあまり変わらないのだ。夜という練習枠をどれだけ予約できるかは別として。

いずれにせよ、(個人)練習機会を増やさなければならない。昨日の夜はKオケの練習だったのだが、これも譜読みがなんとなくできていないまま適当に合奏に参加してしまっているのは間違いない。

そんな形で練習へのテンションが上がったのは一つ大きな収穫かもしれない。この熱が冷めないうちになんとかしたいものだ。

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