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2018年5月 8日 (火)

自分の楽器の音を聴く

昨日はKオケのメンバーによるアンサンブルの練習。来週とあるパーティー(?)で演奏する事になっていて、いつものKオケとは雰囲気を変えて室内楽でクラシックという構成にしている。

曲によっては初見での初合わせという事で、昨日は感触を掴むだけではあったのだが、音楽的な難しさはさておき、こうした曲であれば音が荒れないなと改めて感じたりする。Kオケだからという事はなく、むしろ普段オケとして練習している時には荒れやすい。理由は比較的シンプルで、編成的に音量を張り上げなければならず、無理をする事になるからだ。

では編成が問題なのだろうか。それとも曲の問題だろうか。あながちどちらか一方と言えないのは、カルテットの編成であっても曲によっては無理が出そうな気がするからだ。曲と編成の組み合わせというか、身もふたもない言い方をするなら、自分に余裕があるかで決まるような気がする。

昨日に関しては、色々な要因において余裕があったという事だ。

しかし、そうなると、では余裕のある曲だけやれば良いのかという話になる。それでは進歩は望めないので、何処かで無理というか、背伸びをする要素は必要だろう。問題は、どこで背伸びをするかという話だ。

編成に無理があるKオケでは、譜読みに余裕がある代わりに、音量で無理をする必要がある。
編成上無理がないF響では、音量で無理をする必要はないが、それなりに曲は難しいので譜読みで背伸びをする必要がある。

問題は、F響においても音量で無理をしている側面がある事だろう。これは無理をしなければパートとして音が不足するというものではなく、自分の音のモニタリングが上手くできていない事に起因している。自分の音がモニタリングできない状況では、譜読みでの背伸びもしようがない。結果が分からないからだ。

つまるところその部分の矛盾の解消というか、調整ができなければ、「音が荒れるからオケはやるな」という主張に行き着く事になる。しかし、世には多くのオーケストラプレイヤーがいるのだから、そうした課題をクリアしている例も多々ある筈である。(もっとも遮音板のようなツールがあるのだから、生身の努力だけでは難しい側面もあるのかもしれない。)

自分の楽器の音だけがもう少しクリアに聞こえるような仕掛けとかはできないものだろうか。

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