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2018年6月19日 (火)

誕生日の節目感

誕生日である。

いやそれで?という所が昔からあって、それは新年などもそうなのだが、言い換えれば区切りというものも持っていないという事でもある。1年を振り返り1年を見据える・・・そうした一つの区切りとして機能する筈なのだが、そうした気持ちが弱いという事だ。これは強みではなく弱みの話である。いつ振り返ろうが、いつ将来を考えようが、本来は自由だが、その一方で一つのきっかけというか、定期的にそうした機会を持つ事は決して悪い事ではない。

自分の場合、そうした節目感が弱いのだ。それはズルズルと日々を過ごしてしまうという事でもあって、齢48でも何もしていないと感じる一つの原因でもあろう。

ようは何歳の時に何、といった感覚が弱いのだ。スキーを始めた年や、楽器を始めた年を覚えているのは、それを聞かれる機会が多いからというだけの話で、本来ならいつパラレルができるようになったとか、何が弾けるようになったといった事も、時間をセットにして記憶として残っていてもおかしくない(というか多くの人は残っている気がする)筈なのだが、そうした事には記憶以前に関心が薄い。

過去の節目感がないというのは、未来のマイルストーンを描く力が弱い事と表裏一体であろう。例えば刹那的に今日、来年の誕生日までに何かをやろうと決意をしたとしても、それはまさに一時的な熱狂に過ぎず、来年には確実に覚えていない。(下手すれば同じ事を過去書いている可能性さえある。)

そんな節目感は持たなくても、やろうと思ったことはやれば良いと考えれば、それはそれで良いとは思うのだが、いわゆる一般的な節目を迎えると、そんな事を考えてしまったりする。

さて、では次の1年はどういう1年になりますかね。

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