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2019年3月11日 (月)

週末の練習

この週末の練習は、土曜の午前、日曜の午前、日曜の夜の3コマで、ピーク時に比べれば少ないのだが、ここしばらく練習は少なめだったので、終わってみるとしんどさを感じた。何というか、慣れというのか、麻痺というのか、そういうものがあるような気がする。

土曜の午前中はKオケ。指揮者からの再三の指示は集中力で、弾ける弾けないよりも一音一音にどれだけ集中するかは確かに課題の一つだろう。ある程度弾けるようになってくると気が緩むというか、そういった集中力の欠如は日曜午前中のF響の練習でも発生してしまった。

では単純に弾けるから気が緩むのかといえばそうでもなく、日曜夜のアンサンブルCでは、単純な刻みでも(実際には単純ではないわけだが)、我ながら緊張感があった。オケとしての雰囲気・・・だけでもないような気がして、このあたりの気持ちのコントロールは難しい。プロというのはこのあたりのコンセントレーションが非常にしっかりしていて、そういった意味では何かコツというか、習慣としてそういったものを身につけるような術があるのかもしれない。

日曜の午前中はF響。3月末のバレエ公演に向けたバレエとの合わせだったのだが、いつもながら何となく求める方向性が噛み合わない。彼らにしてみれば自分たちが踊るための伴奏なのだから、そう考えれば要求としては至極当然であったりするのだが、不思議とオケ側はそれを「音楽的におかしい」とかいう自分たちの理屈で笑ったりする。いやいや音楽に合わせて踊るんじゃなくて、踊るのに合わせて奏でるのが役割でしょ?とも思うのだが、まぁオケからすると見えない背後で踊っているダンサーを理解するというのは難しいのかもしれない、などと思ったりする。

この「異なる世界とのアンサンブル」というのは、同じ音楽の中でも発生していて、例えばKオケで定番となっているボサノバの演奏では、クラシックに慣れ親しんだ自分たちからはまた微妙にずれを感じたりする。そういうのも音楽の楽しみだと思えば、それはそれでありなのだが、そのずれがカンに触ったり、アジャストできなかったりという事がない訳ではないという事だろう。

日曜の夜はアンサンブルC。普段から緊張しているのだが、今回は分奏ということでさらに緊張する。この緊張感のメカニズムはよく分からない。単にまだ馴染んでいない(結成されたばかりなので互いのことはまだよく分かっていない)からなのか、編成が小さいからなのか・・・。ただ編成の小ささという事であれば、普段は一人で弾くことの多いKオケではもっと緊張するべきだろう。

ただこの緊張感というのは、何というか感覚を研ぎ澄ますという意味でも重要で、例えば以前であればアンサンブルOにそういう所があって、その感覚が翌日も続いたりすると別の練習に波及したりもしていた。だったら普段からそうした状態を作れればと思うのだが、メカニズムが不明なのでどうにも再現不可能であったりする。

少しだけ練習を振り返ってみた。本当はもう少し詳細に振り返れると良いのだろうな・・・。

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