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2019年9月30日 (月)

クールビス終了

 

会社のクールビズは今日までという事で、明日にはネクタイを復活させなければならない。ネクタイとなると上着がないと締まらないよなという事で、上着も復活させるつもりなのだが、そうなるとやはりそろそろ手ぶらの復活も画策したい。
もっとも、解決していない課題はある。最大の課題は何といってもiPad miniだろう。
ややインチキな気もするが、iPad miniは、サコッシュを「上着の下に」たすき掛けしても良いのではという気もしてきた。それを手ぶらと呼ぶのはやや抵抗感もあるのだが、iPad miniとキーボードだけの話ではある。その他は割り切りの問題だ。
あとは、もうそういう上着を着るしかない。セットアップも可能な上着としてそういったものもある事はある。が、全面的にそれに切り替えるとなるとちょっと考えてしまう。
とはいえ、しばらくは実は難しい側面もあったりする。少なくとも目薬を点眼している間は無理だろう。もっともそれも今週中には終わりそうだが・・・。
週末の演奏会が終わったら、眼鏡とかコンタクトとか、週末(まったく)余裕がなくて出来ていなかった事を少しづつ片づけていかなければ。

 

 

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2019年9月27日 (金)

紆余曲折

昨日の最期の「今の生活リズムを変えなければ取り入れられない事」という程ではないのだが、今朝はDQウォークのために寄り道をしてみた。このゲームがポケモンGOと異なるのは、オートバトルの機能があるため、目的地を定めてしまえば、基本的にそこまではほったらかしで良いという事だ。それはつまり道程は散歩と変わらないという事で、そういう寄り道だと考えれば良い。
 
結果としていつもと異なるルートで渋谷を歩いたのだが(寄り道というのはせいぜいその程度である)、久しぶりに通るルートでは(最近は帰路でも使っていなかったため)PARCOの工事現場の状況やら、リーボックのストアができていたりとか、色々発見(?)があったのだった。逆にここしばらくはその程度の余裕すらなかった訳で、渋谷という街が大きく変わっていく中では、結構もったいない事なのではないかと思わなくもない。
(大体毎日渋谷に来ていながらストリームとかにも足を運んでいないというのはどうなんだという話ではある。)
 
いや仕方ないんだ、というのは言い訳だろう。
 
土曜日:練習
日曜日:練習
月曜日:本番
火曜日:練習
水曜日:お休み
木曜日:練習
金曜日:本番←今日はココ
土曜日:練習
日曜日:練習
 
こういうのも、言い訳でしかない。それ自体はやりたい事だから、それはそれで良いという話でもあるのだが、もっと色々経験するという事があっても良いはずだ。オケをお休みするというのもそういった発想が根底にあるのは間違いない。
 
不安があるとすれば、本当にそうして別の領域に経験を広げていけるのかという事だろう。何となく何もせずに日々を送る事もやろうと思えば(何もやろうと思わなければ)できてしまう。そんな中で、オケの活動というのは一つの「何か」であったのは間違いない。
 
まぁ人生が終わる訳でなし、そうした紆余曲折も一つの経験だろうとは思うのだが・・・。

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2019年9月26日 (木)

生活リズムを変える

今日はいつもの渋谷のプロントではなく六本木のスターバックスに来ているのだが、たまにはこうして気分を変えるのも良いような気がする。生活の固定化は安定といえば聞こえは良いけれども、気分的な刺激に欠ける。
・・・とは書いてみたものの、その実場所を変えたぐらいではやる事も気分も変わらなかったりする。普通に朝食をして、普通にブログを書いて、SNSをチェックして・・・という「生活」はそうそう変わるものではない。そう考えると、気分を変えるほどの「環境の変化」を自ら創り出すというのは、想像以上に難しい事なのだろう。といって、自らの意思でないものは、必ずしもポジティブとは限らない訳で、変化があれば良いというものでもない。
さて、一昨日からドラクエウォークを始めてみた。ポケモンGOもそうだが、こうしたゲームをある程度やろうとすると、それなりに寄り道をするという事が必要になり、これはこれで一つの変化を生むと思わなくもない。適度な付き合い方というのはあるだろうが、こういったものを取り入れてみるというのも、「環境を変える」という意味では一つの考え方だろう。大げさなようだが、片手間で生活の一部に負担なく取り入れるのと、それなりにのめり込み生活を変えるのとでは結構意味合いが変わってくる。
別にゲームに限った話ではなく、ようはそういう「今の生活リズムを変えずに取り入れられる事」ではなく、「今の生活リズムを変えなければ取り入れられない事」は何だろうかという話。

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2019年9月25日 (水)

演奏会終了

週末はオーケストラ・エクセルシスの演奏会があった。(今回は実名記載)
最後もう少し詰められると(当初は)思っていたのだが、想定以上に余裕がなくなっていた。複数のオケの練習スケジュールを調整するのは難しい。並行した場合には、どうやっても練習がかぶるのは避けられず、そのような時にどのように優先順位をつけるかという課題がある。
今年の夏に関しては、網膜剥離での入院というアクシデントがあり、その分を埋めるためにいろいろなしわ寄せが各オケの練習に対してなされたというのが正直な所だろう。エクセルシスに関しては、トップであるにも関わらず、そのしわ寄せを比較的してしまったという自覚がある。(申し訳ありません。)
来年は休むにしても(それは既定路線)、どこかで戻る事を考えた場合(それもほぼ既定路線)、その辺りのスケジュール調整はよく考える必要がある。通年のF響に対して、Y室内管とエクセルシスは季節オケだが、やや時期がかぶるというのが難しい所だ。
さて、それでも演奏会本番は楽しかった。聴いたことのない未知の曲を、極力音源にも頼らず、楽譜と合奏で仕上げていくというのが、自分がエクセルシスに対して感じている魅力なのだが、今回もその辺りの期待は裏切られる事がなかった。一方で練度を上げきれなかったのが痛恨で、これは毎年の悩みどころでもある。
個人的にはアンコール2曲めの「オラヴァ」がツボで、オレイユ以降、本来求めていたのはこんな曲なんだよなぁという事を再認識したりした。練度は全く足りずに、本来ソロの所を弾ききれずに、他の人にも弾いてもらって助けてもらうというような状態だったのだが、そういう反省点はともかくとして、演奏していてゾクゾクする曲であったのは間違いない。
(とはいえ「高揚する」というのとはちょっと違っていて、いわゆるキレるような感じはないのが不思議なところではある。)
来年のプログラムも発表されて、これがまた非常に後ろ髪引かれる選曲なのだが、決めてしまったものは仕方ない。来年はおとなしく客席で聴くことを期待することにしよう。

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2019年9月20日 (金)

GVIDOの使用感

 

昨日の練習ではGVIDOを初使用。
書き込みについては、やや(電子デバイスっぽさが)イマイチな感じもするが、使用感としては上々だろうか。もっとも慣れていないので譜めくりでは混乱をしてしまった。楽譜の送り方を色々選べるのだが、視線の動きと合わなかったのだ。とはいえ、昨日の段階ではペダルは使用していないので、それを使うようになればまた違ってくるかもしれない。
ペダルを使用しなかったのは、まだセッティング(どころか開封)が終わっていないからだが、少々重くてかさばるという事もある。荷物を軽くするために電子楽譜にしたのに、付属品でむしろ荷物が増えるというのはある意味本末転倒ではある。このあたりは、軽さを重視するか、譜めくりを重視するかで、場面によって使い分けていくしかない。
書き込みがいまいちだったのは、ペンの反応が過敏というか、近づけるだけでメニューが出てしまうのと、それが楽譜にかぶってしまうという点だ。加えて譜めくり用のセンサーが位置によって反応してしまうので、弦楽器のボウイングを一気に書き込む時には意外と画面がコロコロ切り替わってしまって鬱陶しい。この辺りも慣れの問題かもしれないが、使いやすいインターフェースである、とは正直言えないだろう。
視認性は悪くない。電子ペーパーで明るさの調整ができないのが難点というか、会場の照明状況によっては明るくしたい(=暗いと見えにくい)と感じる場面もあるが、そこまでは望み過ぎだろう。逆にバックライトで無駄に照らされることもないと捉えた方が、本番向きの考え方ではある。
あとは、基本的にスクリーンはペンしか反応せず、手指では操作ができないのだが、それは楽譜の選択段階からそうなので、練習はともかく本番にもペンをステージに持ち込む必要があるのだろうかという点が気になった。セットリストという機能を使って最初から開いた状態にしておけば良いということかもしれないが、いざという時を考えると、ペンを手放せないのは少々気になる。
初使用の所見はそんな所だろうか。昨日は練習と言ってもそれほど本格的なものではない(通しのリハーサルのみ)ので、書き込み等も出番がなく、実際の使用感はもう少し先の評価となりそうである。

 

 

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2019年9月19日 (木)

GVIDOのセットアップ

昨日は洗濯をしてからGVIDOのセットアップ。今日使うのだから、そこまでの準備はしなければならない。
やってみて感じたのは、「楽譜」としての機能は確認してきたが、楽譜を管理する機能部分はそういえば確認していなかったという事だった。ようは少々面倒という事だ。具体的にはGVIDO単体では管理ができず、管理はPCを使ってGVIDOのサービスにアクセスする必要がある。
GVIDOそのものの機能はシンプルなので、合理的といえば合理的なのだが、これは「事前の準備」が欠かせないという事でもある。今その場で楽譜をやり取りするというのが難しいのだ。GVIDO自身にネットワークにつなぐ機能はあるが、それはあくまでもサービス側で設定したものをダウンロードする機能なので、楽譜の取り込み自体はPCで行わなければならない。この辺りはiPadなどで楽譜を管理する場合とは違ってくるだろう。
ようは手持ちの楽譜を一旦はGVIDOのサービスにアップしておいた方が良いという事だ。手元ではDropBoxを使ってネットワーク経由でアクセスできるようにしているので、そこから直接ダウンロードできればそのような事は考えなくて良かったのだが、そうはいかないらしい。
もっとも一方で、GVIDOのサービスを使用している事で「書き込みも含めた」楽譜のバックアップが可能になっていて、これはきちんと整えれば結構役に立つのでは?と思わなくもない。
取り急ぎ昨日は今日使う楽譜をセットアップし、鞄に入れてきた。あとはサイズ感というか、A4で表示するために本体サイズが一回り(ふた回り?)大きくなっているので、ひらくPCバッグで少々ギリギリというのが課題だろうか。まぁ本来の楽譜用鞄は当然ながらB4も余裕のサイズにしているので、特段問題はないんだけどね。

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2019年9月18日 (水)

気力の減退

GVIDOは昨日開封はしたのだが、充電しただけで終わってしまった。明日には使う必要があるのでのんびりしている暇はないのだが、何故か進まない。やらなければいけない事は、なかなか(気分が)進まない。
今日は涼しいという予報だったので、久しぶりに上着着用で通勤。来客があるからという事もあるが、電車の中はまだ少々ムッとして汗ばんでしまう。この季節は意外と温度調節が難しい。外気が涼しくなるかわりに、室内は空調が抑えられ気味となって熱がこもったりするからだ。
今日はあまり何を書こうという気にならない。それはそれで良しというスタンスではいるのだが、ある種の健康診断のようなもので、書きたい事が思いつかないというのは、精神状態としては枯れているというか、不活化しているというか、気力が減退しているのは間違いない。

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2019年9月17日 (火)

三連休

三連休はF響の合宿があって、来週本番のオーケストラEの練習はお休み。過去のFBの投稿を見ると、この時期は練習と本番が入り組んでいて、ダブルブッキングなしの練習も組みきれず、後から読み返すと何をしているのか分からない状態に陥っている。
どちらも切羽詰まっているので、単純に優先順位は決められないのだが、網膜剥離による休みの影響はF響の方が大きかったので、今回はF響を優先することになった。オケにおけるポジション的な優先度はオーケストラEの方が高いのだが、やむを得ないと自分に言い聞かせる。
こうした状態も問題といえば問題なのである。
さて、三連休最終日は、銀座の山野楽器に行ってGVIDOを購入してきた。力尽きてしまって開封の儀にはたどり着いていないのだが、直近ではKオケについてはこれを使う予定。少なくともKオケの楽譜は再利用率が高いこともあり、紙での管理が限界に近づいている。オーケストラEでは、逆に視力的にA4は無理ということでB4の楽譜を作り直すということまでやったのだが、交響曲ならともかく、アンサンブルサイズの曲であれば問題ないだろう。
今日こそ開封の儀をしたいのだが、一方でF響の演奏会準備も佳境で、今日ぐらいには資料をドラフトで流したくもある。まぁ実際にはもう少し時間はあるのだけれども、そのためにsurfaceも持ってきているのだから。

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2019年9月13日 (金)

再びの手ぶら化に向けて

ここしばらく手ぶらになることもできず、ひらくPCバッグを使っていたのだが、今日はひらくPCバッグnanoの方にしてみた。目薬の関係で当面手ぶらにはなれそうにないのだが(そしてiPad miniの問題も解決していない)、少しづつダウンサイジングはしていきたい。鞄があると、どうしても荷物がその容量に最適化されていってしまうからだ。
財布に関しては、abrAsusとSECRIDの二つ持ちの状況に変わりはないのだが、最近PASMO問題が解決して、SECRIDでも使えるようになったので、徐々にシフトをし始めている。とはいえ現金問題は解決しておらず、お札は何とかなるのだが、小銭が問題で、ポケットでジャラジャラというのも嫌なので、思案のしどころである。鞄があるうちは別にサブの財布を鞄の中に入れておけば良いのだが、問題は鞄を持たない時であろう。
abrAsusの小さい財布に関しては、機能としては申し分ないが、単にSECRIDの方が好きという理由で利用頻度を下げようとしている。現状はキーホルダーも兼ねているのだが、これは元の形(鍵は鍵、財布は財布)に戻す予定。もっとも、そのようにした方が、サブの財布としては使いやすい可能性もある。キーホルダーを兼ねていると常時携帯が必要になるが、そうでなければ場面を選べるようになるからだ。
手ぶらという事を考えれば、眼鏡も課題になる。眼鏡ケースは無視するという考え方もあるが、持っておきたいという気持ちもある。ただこの「持っておきたい」という気持ちは、どちらかといえば手ぶらの障壁となる考え方だろうから、無視する方が正解かもしれない。少なくとも通勤という状況においては、会社に置いておけばそれほど困るわけではない。
いずれにせよ、目薬を手放すまでは(今使っているのがなくなったら終了と言われている)、小さくとも鞄は必要になってくるので、その間にもう少し身の回りの持ち物の整理を進めたいものだ。
まぁ最大の課題はiPad miniとキーボードではある。まぁiPad miniは裸の手持ちで持ち歩いても良いんだけどね。

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2019年9月12日 (木)

台風だから出勤しないという欺瞞

今日はKオケの練習のため楽器を一旦仙川に運び込んだ上、井の頭線で保安点検に伴う遅延が発生していて、結構遅くなってしまった。井の頭線の遅延は気付いたのは通知が来てからなので結構遅かったのだが、発生そのものは家を出る前からで、もしかしたら情報としてはキャッチできたかもしれない。
さてではそこで、今日は通常通り出社するのではなく、家で仕事するなり、仙川で仕事するなりといった、「無理に出社しない」というオプションは取れただろうか。
そんな事を考えたのは、災害による交通機関の混乱があると、まるで雨後の筍のように「無理に通勤しようとする社畜」「自分はそんなことをせず優雅に自宅で仕事」みたいなコメントがSNSやブログで飛び交うな〜などんて事を昨日思ってしまったからだ。
個人的には災害時は無理に出かけたいとは思わないのだが、では出かけないかといえばか必ずしもそうではない。この辺りはなかなか個人だけの判断では難しい所もあって、それに対して個人の意識を問うだけのようなメッセージは、ようは精神論を説くマウントトークでしかないよなという気がしなくもない。当人は気持ち良いのだろうから、好きに言ってろ、という気もするが、少なくとも解決に向けた示唆とはならないだろう。意識以前に環境をどうするかという話を、さも意識の問題であるかのようなすり替えを行なっているのだから。
そもそも台風だから自宅で仕事するというのは、台風を口実にしなければやはりオフィスには出てこなければならないという裏返しでしかない。それをもって働き方が自由であるとは言い難く、それは単なるリスク対策の問題だろう。そういう指摘をされた方がよほど解決の道を考えやすく、働きやすさや働き方、ましてや働き手の意識に話を持っていくのは、ただの戯言でしかない。
ちょっとイラついているのか、そんな事を考えてしまったのだった。もう少し穏やかに心安らかにありたいものだ。

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2019年9月11日 (水)

眼鏡

昨日は眼の診察があった。
おかげさまというか、当初は眼の中に違和感があったのだが(手術痕があったのだから当たり前だろう)、その辺りも消え、目薬こそさしているが大きな問題はなさそうである。来月再び診察に行く必要があるが、目薬はなくなったら終了で良いとも言われた。
眼鏡は作り直す事を勧められているが、今のところ大きな支障は感じていない。ただ、コンタクトはまだ復活しておらず、この機会に眼鏡を作り直す事は考えたいとは思っている。単純に時間がないだけだ。
コンタクトをどうするかは悩みどころである。正直眼鏡でもおおよそ生活は成り立つ事が分かってきたが、一つ懸念があるのは、スキーの時はどうしようかという点だ。ゴーグルの下に眼鏡をかけるのは鬱陶しいし、曇りの問題もある。オケをしばらく休んででも冬場はスキーに行きたいと思っている時に、この不便は避けたい。
とはいえ、目薬をさしているうちはコンタクトは難しいので、もう少し判断は先送りできるだろいう。考えうる妥当な線は、スキーの時など時々使うためのコンタクトは用意しておく事だ。
眼鏡に関しては、仕事用(今使っているのでもあまり支障はなさそう)、楽譜用(正直もう少し見えたい)、ドライブ用が欲しい。ドライブ用というのは今が見えていないという事ではなく、以前も一度考えたことのあるJINSのMEMEに興味があるからだ。
ただ、アプリのアップデートがあまりされていないようなんだよね・・・。

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2019年9月10日 (火)

台風一過

 

昨日は台風直撃の影響でもちろん朝はいつも通りという訳にはいかなかった。そもそも多くの電車が計画的な運休で、出社自体遅らせる&別事業所という形をとったのだが、考えてみるとこういう時にいかにいつも通りに仕事ができるか(出社ができるか、ではない)というのが、求められる備えであろう。
もちろん休むという選択肢もあるのだが、出来うることなら「休暇」というのは計画的にとりたいものだ。計画にない行動というのは結局無駄だからである。ちなみに行き当たりばったりに行動するというのも、それが「計画」の範囲内であれば問題ない。ここでいう「計画」というのは、つまるところ自らの意思でマネジメントされた時間であるかどうかという話だからだ。他人や環境に左右された時間の使い方は、なるべく避けたいものだろう。
昨日に関していえば、環境に左右されたのは否めない。そもそも出席予定だったセミナーには行けなかったし、取引先との打ち合わせも流れてしまった。一方でそうした予定の日だったから、その予定が流れてしまえば何かが遅延するという事はなかったとも言える。これが何らかの作業予定に充てていて、それが会社の環境でしかできないものだったとしたら、何が何でも出社するか、遅れる事を許容しなければならなくなる。
それでも今の仕事の大半は、その気になれば出社しなくてもできるものだったりする。もちろん連絡手段としての会社スマホは手元になければならないという条件はあるが、あまり会社の環境に縛られない仕事であることは確かだ。もっともすべてがではないので、その部分がボトルネックになってしまう事はあるのだが・・・。
いずれにせよ、昨日に関しては朝の出社で少々体力(と精神力)を消耗した以外は、大きな影響もなく終わったのだった。網膜剥離の方がよほど大ごとである。

 

 

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2019年9月 6日 (金)

何もしない時間

昨日のKオケの練習の後の飲み会で、「なにもしない時間がもったいなくて何かをやろうとしする」という話があったのだが、ああそれで積み上がってきたオケの状況が今の自分を取り巻く状況だなと思ったりした。
なにもしない時間ほど貴重で贅沢なものはない。
枯れてしまったようだが、最近そう思う。というか、なにもしなくて良い時間を作れていない。結果として何もできない状況はあったりするが、それは「やらなければいけないことがある(けどできない)」という焦燥感とセットのようなもので、何ら心の平安につながっていない。
もちろん全ての「やらなければならない事」をなくす事は不可能だろう。だが、それをやるのはもう少し先でも良くて、今は考えなくて良い、という状況は、やり方次第では作る事ができる筈だ。ただしそのためには、流石にもう少し余裕が必要なのも確かで、そのためには「何もしなくて良いかも」という時間に何かをするという姿勢が必要になってくる。何だか矛盾してないか。
そうなると、後は「やらなくて良い事」を少しずつ増やして、余裕を作っていくしかない。一般的に仕事においては、そうして作った時間を他の優先順位の高い事に当てるとか、逆にそのために無駄なことを削るという発想になるのだが、そういう時間の捻出をする考え方ではなく、単純にやる事を減らして、空きを作るという考え方が、少なくとも今の自分には必要な気がする。
やりたい事を削っていくというのは、難しい事ではあるんだけどね。

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2019年9月 4日 (水)

iPad miniを使う

iPad mini 5(正式には5ではないが)をもう少し活用できるように、キーボードの接続先を替えてみた。今使っているMicrosoftのキーボードは、2台までの接続なので、XPERIA、会社のiPhone、iPad miniで使うにはどれかを諦めなければならない。
 
これまではiPad miniを諦めてきたのだが、会社のiPhoneはあくまでも緊急的な使用が中心なので、その時切り替えれば良く、日常的にはXPERIAとiPad miniに接続しておくことにする。ただ、iPad miniを積極的に使うのであれば、XPERIAでの利用機会も減るだろう。ちなみにiPad miniの場合カバーと一体型のキーボードという選択肢もないわけではないが、そういうラップトップ化をするつもりはない。
 
そもそも、キーボードを使う機会はそれほど多くない。基本的に長文はこのブログを書く時ぐらいだからだ。昔は議事録とかも書いていたりしたのだが、最近はそうした機会自体が減っている(会社では会社のPCを使う訳だし)。
 
iPad miniは、ひとまずの設定はしたのだが、基本的には4の設定を継承しただけで、特に何かを変えた訳ではない。スペックの変化を考えると少々もったいない話ではあるのだが、アクセサリすら満足に買いに行けていない状況では、なかなか手を入れるのも難しい。それでも少しずつ変えていきたいという事で、今日の所はキーボードの接続をしてみたのだった。
 
ブログを書くのも、やはりXPERIAよりiPad miniの方が快適である。        

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2019年9月 3日 (火)

本の読み方

先日「1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365」を読み終えて、もう1年経ってしまったのかと思ったりしたのだが(素直に1日1コンテンツを読んでいた)、省みるとあまり身についていないような気がしなくもない。まぁ読むだけで身につくというのはいくらなんでも手抜きすぎだろう。興味が湧いたら実物に触れるなりをしなければそうしたものは身につかない。この本はそのきっかけを提供しているだけだ。
で、ここで気を抜くと本を読まなくなってしまうので、朝の習慣を維持するという意味では次に読む本を定めなければならない。少々難しいのは、朝の時間はそれなりに立て込んでいるので、あまりまとまった形で読める時間は取れないという点だ。とりあえず今朝は(このブログを書く前に)「アフターデジタル」を読んでいたのだが、元々読みかけだったので、戻るのに苦労した。できることなら一気に読めるようにしたいのだが、その時間は正直確保できない。
(ちなみに「アフターデジタル」は結構久しぶりだったので、改めて頭から読み直した方が良いかもしれない。)
そのあたりの「本の読み方」は方法論としてあまり自分の中で確立できていない。本当は完結した「天冥の標」とかも読みたいのだが、小説になるとなおのことまとめて読まないとストーリーが入ってこないので、それこそ時間の確保ができなかったりする。
ただ、「1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365」が、読んだだけで全く身についていなかったように(失礼)、ただ漫然と読むという時間を持つだけでは、無為に過ごすのと同じようになってしまうような気はする。小説はそれでも良いが、ビジネス書をそうしては時間がもったいないであろう。何らか考える行為(時間)とセットにしなければ、身につく以前に価値が生まれない。

さて、どうしたものかな。

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2019年9月 2日 (月)

オケ疲れ

土日のオケ三昧を「きつい」と思うようになってきた自分がいる。
これは土日だけの話ではなく、平日を含めたバランスの問題なのだろう。これまでは土日をオケに全力投球しても、平日に何らか取り返せていたのが、そちらの余裕がなくなってきたという事かもしれない。
それはさておき、週末は楽器のテールピースの交換をしてもらった。今の楽器と付き合い始めて30年以上になるはずだが、パーツを交換したのは初めてである。替えるに至った経緯はTwitter上で知り合いの弦楽器職人の紹介を見かけたからだ。きっかけそのものは見た目の面白さではあったのだが、効果の期待としてはウルフの軽減というのがある。
結果としては期待したほどの効果は得られなかったのだが、色々と対策を考えられたのは面白かった。長年弾いている割に楽器自体には無頓着で、弦もあまり試した事がなかったのだが、色々と試してみようという気分にもなった。(テールピースの交換にあわせて弦も新品に張り替えたので次の交換はしばらく先だが・・・。)

と、多少の息抜き(?)はできたのだが、それ以外は朝から夜までの稼働状態(すべて練習ではないがやったことはすべてオケ絡みだ)で、予定ではこれが9月いっぱいは確実に続くのである。平日には平日で諸々入り込んできているので、正直一息つく余裕がなかったりする。

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