« やる事がなくなるという事はない | トップページ | 演奏会終了 »

2019年12月13日 (金)

退団

F響にいるとあまり自覚する事はないのだが、ここ数年「人が足りない」オケと関わるようになって、エキストラというのは貴重な存在だと感じるようになっている。多くの場合必要とされるのは弦楽器のエキストラだが、管楽器であっても同様で、彼らに対する感謝というのは、パートからというよりも、オケ全体としてあるべきものだろう。
人を連れてくるのはパートに依存せざるを得ないとしても、そこでそれを「パートの問題」と突き放すようなオケであれば、自分がエキストラであったら、そのパートのために行く事はあっても、オケのためには行かないだろう。
これは、だからエキストラには最大限の配慮を払え、という事ではない。関係者の行動や言動の節々に本音としてのそういった意識が見えてしまうと、幻滅してしまうというだけの話だ。エキストラを呼ばなければならなくなったのはそのパートの事情だが、エキストラの側からすれば呼ばれたパートだけの話ではなく、そのオケ全体に対する印象につながるものだろう。
そしてそれはエキストラではなく、団員に対しても同様である。少なくとも自分にとってはそうだ。そこに見える本音を、自分は看過できない。
そういうオケには(あえて人ではなくオケといおう)居たくないな、と昨日思った。2年前がフラッシュバックし、ここまで無理して愛想よく付き合ってきたストレスが噴出した。
やはり休団ではなく退団としよう。奴が2年前のメールを履行しない限りは戻ることもあるまい。

|

« やる事がなくなるという事はない | トップページ | 演奏会終了 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« やる事がなくなるという事はない | トップページ | 演奏会終了 »