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2020年5月28日 (木)

オンラインミーティングへの慣れ

この2ヶ月ほどで結構な数のオンラインミーティングをこなしてきたと思うのだが、まだ慣れていない。何が慣れていないと感じるかといえば、話す声のテンションが高い事がある。
 
おそらく対面であればこのようなトーンにはならない。電話でもそうはならない。そうした通常のテンションにならないというのは、何らか緊張を強いられているという事だろう。プレゼンほどの緊張がある訳ではないが、普通に話せている訳ではない。
 
ただ、電話のトーンを考えれば、慣れが解決する問題だとも思われる。とはいえ、少なくとも初めて話すのではない(というか毎日話している)相手に、普段のトーンで話せるようにならなければ、オンラインミーティングに慣れたとはいえないだろう。
 
もっともこれまでその部分を意識した事はあまりなかったような気もする。
もしかしたらちょっと意識すれば、通常のテンションに近い形で、つまりは疲れない形で、ミーティングに参加するという事もできるのかもしれない。

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2020年5月27日 (水)

チェロの基礎練習

チェロに関しては2月からさっぱり弾いていない(先日1回ちょっとだけ音を出した)ので、オケ活動はさておきそろそろ弾いておかないといけないのでは?と思ったりするのだが、なかなか時間(と場所)が確保出来ていない。
 
とはいえ少し外出の要件も緩和されてきそうなので、ぼちぼち再開を考えている。
 
キャリア40年になろうとするチェロだが(途中断絶とかはある)、実はこれまで音色とか響きとか意識した練習をしてした事があまり無い。そこで、今年はオケがないという事もあるので、今更ながらその辺りを意識した練習というものをしてみたいと思い、懐かしのチェロ教本を再購入してみた。
 
自分のベースはスズキメソッドなので、そう、つまりスズキのチェロ指導曲集である。実家にあるかと思ったのだが、何故か5巻以降しか残っていなかったので、あえて1〜3巻を購入してみる。
 
当時はただ楽譜をさらうだけで、表現などは考えた事がなかったはずである。これはスキーを始めた頃に、ただ滑るのが楽しくて姿勢とか荷重とかを考えずに「どこのコースを滑った」とか言っていたのと同じだ。
 
スキーに関してはここ数年は特に基礎の部分を重視して、練習というかそれ自体を楽しむと言う滑り方をしてきたのだが、チェロに関してもそういうスタンスで臨んでみたい。
 
とりあえず楽譜が届いただけだけどな。

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2020年5月26日 (火)

リモート会議がアップデートするもの

緊急事態宣言の解除が宣言されて、ある程度の出社も解禁される見込みとなってきたのだが、改めて今回の集中的な在宅勤務を振り返ってみて、今更ながら反省する事がある。
 
それは「在宅勤務でもできる」事は実証できたけれども、「在宅勤務でなければできない」「在宅勤務だからこそ成果が出る」といった事を見出せなかった事だ。正直な話「在宅勤務でもできる」事なんていうのは、今回のような事態がなくても実証できた事だろう。ただ「やっていなかった」だけだからだ。
 
一方で「在宅勤務だからこそ成果が出る」というのは、今回のような環境下で文字通り「思い切って」やってみなければ実証が難しい。オフィスでやっている事をただやっているだけでは無理で、そもそも「オフィスではできない事」の中にしか、在宅勤務でしか出来ない事はないはずだからだ。
 
ただ、在宅勤務の方が可能性があると感じる事があるとすれば、個人的には「会議」を挙げるだろう。在宅というよりもリモートの会議という事だ。
 
直接会った方が伝わりやすい・・・と感じる人は、これまでは声の大きさと立場で会議を仕切っていただけの話だ。それは「会話慣れ」「空気慣れ」した人が優位というだけでにすぎない。それをそのままオンラインに置き換えようとすればストレスを感じるのはあたり前だ。
 
そうではなく「ロジカルである事」「顔色を伺わない事」といったオンラインならではの作法を打ち出すことができれば、リモート会議はリアル会議を超える、あるいは異なる価値を生み出せる場につながるだろう。
 
もちろんそのためには会議の仕切り役がしっかりするとか、色々クリアしなければいけない事があるだろう。でもそれこそがスキルアップであり、やり方や発想を変えるという事につながるのだ、という気がする。

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2020年5月25日 (月)

緊急事態宣言解除後

土曜日に久々にウォーキングをしたら、脚が痛くなった。完全に運動不足というか、やはり人間の身体というのはなまるものなのだろう。歩いていなかった理由は雨が続いた事にもあるので、一概に在宅勤務だけの話とは言えないが、外出すればそれなりに脚は使う訳で、その程度ですら人の身体の維持には必要なのだと思ったりする。宇宙飛行士は宇宙に滞在中筋トレを欠かさないらしいが、それでも戻ってきてしばらくは立つことすら出来ないらしいからな・・・。
 
東京でも緊急事態宣言の解除が迫ってきたので、その辺りの生活というのは少し変わってくるかもしれない。解除といっても生活様式はそれほど変えないよう要請されているが、気をつけるのと自粛するのとでは、気の持ちようは全然違うだろう。
 
一方で、ある程度今の生活様式を一時的なものから日常的なものへシフトさせるという事も必要になってくる。以前の自分の生活様式は、家の外で過ごす事がある程度ベースになっていて、家に帰るのは寝るだけみたいな所があったのは否定できない。その気持ち的なベースは未だにシフトができておらず、例えば読書とか作業をしようという時に、家の外に出なければスイッチが入りにくい心理はあまり変わっていない。今は無理やり切り替えているような所もあるが、そういった所も(今更ながら)矯正していく必要があるような気もする。
 
とはいえ全部を家の中で完結させるというのは無理なようにも感じていて、それは息抜きやストレス解消といった次元ではなく(そもそも息抜きなんて家の中で十分だ)、成長とか拡大とか、そういう何かを発展させていくためにこそ必要な事柄だと思わなくもない。そういう意味では、仕事も日常も普通に継続していたけれども、気持ちは長い休暇の中にあるままとも言える訳で、緊急事態宣言の解除は、そういった気持ちを変化させるきっかけにしていかなければならないだろう。

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2020年5月21日 (木)

ビジネスコミュニケーション

在宅勤務というのは仕事中の移動というのが極端に少ない。これがオフィスだと意外に席を離れるという事はあって、会議や打ち合わせだけでなく、ちょっと足を運んで会話をしたり、上司に呼ばれたりなど、移動の機会がある。在宅勤務では一度仕事がスタートすると(育児や介護などがない限り)、せいぜいトイレぐらいしか席を立つ機会がない。
 
その環境の健康への影響はさておき、最近気が付いてそうした事の一つに、スマートフォンをスタンドで固定してしまうというのがある。それも「立たせる」程度の固定ではなく、結構ガッチリした固定である。たまたまSLIKの小型の三脚があったので、これにスマートフォンを固定できるアタッチメントをつけて、パソコンの横にセットしてみた。
 
イヤホンをつないで、通話などもそのまま行う。時にはテレビ会議もスマートフォンで行う。三脚にそこそこの重量があって安定しているので、操作もそのまま行える。ようは「モバイル機器」として使っていないという事なのだが、これが意外と快適である。イヤホンだからハンズフリーだし、パソコンの画面の横に設置しているので、通知なども横目でチラリで確認できる。パソコンでテレビ会議中でも、よそ見をせずに済む(目線まで確認されたら別だが)。
 
で、ここまで来れば、要は仕事中のやり取りは電話などなくてもパソコン上だけでなんとかなるのではという気にもなってくる。だから会社用のスマートフォンは不要、とまでは言わないが、例えばSkypeなどの発想はそういう事で、チャットなども含めてコミュニケーションをパソコンに集約する事は環境さえ整えれば可能だ。(少なくとも大画面のディスプレイぐらいは欲しい。)
 
そこまでコミュニケーションが変化してくれば、在宅勤務という環境は大きく変わってくるだろう。チャットツールで在席を確認し、メッセージを送り、必要ならそのまま通話すると言った流れがシームレスになれば、これは従来のビジネスコミュニケーションとは違うな、という気になってくる。
 
おそらく先進企業というのはそういうものなのだろう。

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2020年5月20日 (水)

人と会わずに仕事をする

冷静に考えるなら、今現在感じているテレワークのストレスや課題というのは、実はテレワークのせいではなく新型コロナのせいであろう。これは育児や介護のための在宅勤務も同様で、在宅勤務にストレスがあるのではなく、在宅勤務をせざるを得ない状況にストレスがあるのだ。
 
現状は在宅勤務ができているのではなく、させられている(会社にというよりも新型コロナ対策という社会状況に)状態と言えるだろう。それはつまり、本来在宅勤務には向かないようなことまで在宅で無理やりやる環境にあるという事だ。
 
そんな状態で「在宅勤務の効率性」などを議論しても、実は意味がない。それは今の社会環境下で「出社勤務の効率性」を問うのが無意味なのと同じ事だ。(例えばソーシャルディスタンスを意識し、オフィスので会議禁止、来客や訪問も禁止といった「出社勤務」が非効率なのは、出社するという勤務形態のせいではない。)
 
一方で今の社会環境が一過性ではなく今後も長期間にわたって続くという可能性も考えなければならない。その場合は在宅勤務の問題点というよりは新型コロナ環境下での問題点という視点で、業務全体のあるべき姿を見直す必要があるのだろう。
 
おそらくポイントとなるのは「人と直接会わずに仕事をする」という命題だ。この一点を解決するにはどうしたら良いかというのをシンプルに考えるのが良いのだろう。そしてそのためのモデルはおそらく「世界には」いくらでもある。距離と時差があり容易には対面できない関係の中で、いかに効率的に仕事を進めるかというヒントは、グローバルにはたくさんあるはずなのだ。
 
それは日本社会における仕事の進め方をガラリと変えてしまうものかもしれない。
が、一方でグローバルな環境で戦っていくための準備とも言えるのかもしれないのだ。

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2020年5月19日 (火)

テレワークとマネジメント

緊急事態宣言と完全在宅勤務環境の終了が徐々に視野に入ってきたので、少しづつ「テレワークは何が向いていたのか」というのを考えてみる。
 
まず前提として、以前は「理由があって在宅勤務」だったのが、「理由があって出社勤務」というパラダイムシフトが起こる可能性を考えておかなければならない。「介護や育児のための在宅勤務」という考え方から「会議やハンコのための出社勤務」という価値観の転換が起こり得るかという話だ。会議やハンコというのはもちろん単なる揶揄で、では出社勤務の価値は何かという事をよく考えなければならない・・・はずだ。
 
はずだ、と考えざるを得ないのは、経営者や上級管理職(ここでの上級管理職というのは課長のような複数の個人のマネジメントではなく、部長のような複数の組織をマネジメントする立場ぐらいの意味)がそう考えてくれなければ、そのパラダイムシフトは絵に描いた餅になってしまうからだ。
 
テレワーク、やってみたら意外と出来たという意見はよく見かけるようになった気がしているのだが、多くは一部の先進的経営者と現場のワーカーの意見で、マネジメントに関しては課題があるという意見の方が多いか、何ら議論されていないような気がしている。つまりその部分の「テレワーク化」「デジタル化」はあまり進んでいないし、積極的に推進もされておらず、言ってしまえば「通り過ぎるのを待つ」ような姿勢がうかがえてならない。
 
こればかりはその立場にない者が机上の空論のように出来るできないを論じても仕方がない。成功でも失敗でも、その領域に関する現実の話が出てくるようでなければ、解決に向けて何ができるかという議論も出来ないのだ。

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2020年5月18日 (月)

ステイホーム

今更ながらステイホームはしんどい・・・平日ではなく、休日の話である。
 
平日はこもり先がオフィスか自宅かの違いでしかない。通勤時間の過ごし方の分は多少変わって、夜が長くなったという感覚はあるのだが、問題は休日である。
 
ただ、ちょっとばかり事情がややこしいのは、今年はオケを休んでいる点だ。
 
昨年までは、休日というのはようは「練習があるか」「本番があるか」(時々スキーができるか)で、ほぼ土日が埋まっており、その埋まり方も2コマ(午前午後)、3コマ(午前午後夜間)みたいな感じで、そもそも家にいるという事がほとんどなかった。一般的には休日家でやるような家事(洗濯とか)や、読書なども平日にやらざるを得ないような休日の使い方をしていて、結果平日の夜も何かある、というような日々の過ごし方をしていたのだ。
 
そのオケを今年はすっぱり休んでいる。
 
そのため、正直今の「ステイホーム」状態が、「オケを休むとこうなっていただろう」というシミュレーションなのか、「新型コロナでこうなった」という現実なのか、あいまいな状態にある。恐らくはオケを休んだからといって家で過ごすような事は少なく、どこかしら出かけていたのではないかという気もするのだが、何をするでもなくだらだら家で過ごしていたのではないかという想像もでてきて、どうにも居心地が悪い。
 
まぁコロナの事がなければ、演奏会を聴きに行くといった予定も生まれていただろうから、ここまで家で過ごす時間が中心になる事はあり得ないのだが、とにかくその状態というのは、先日書いた「停滞感」のように、精神的なストレスにはなっている気がする。
 
我慢・・・というものでもないとは思うのだけれども。

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2020年5月15日 (金)

テレワークによる効率化

昨日は朝から晩まで7件7時間のオンラインミーティングだった。
 
テレワークでも打ち合わせとか問題なく行えるとか思いつつ、これでは普段の仕事をそのまま置き換えただけでデジタル化が進んで効率化できたとは言えないなどと思ったりもした。オンラインでもオフラインでも同じであればオフラインでも良いという話になってしまうので、オンラインならではの仕事の進め方はテレビ会議では無い気がする。
 
そう考えると在宅勤務で何が効率化されたかを明確にするのは意外と難しい。オンラインでもできるじゃんというのは別に効率化ではないし、その結果実際に効率が上がったとしても、それはオフラインが非効率だったという話になってしまう気がする。
 
オフライン→オンラインによる効率化というのは、どちらでもできる事でありながら効率の良い方法を選んでいなかったという、過去やっていなかった怠慢の是正でしかない。むしろオンラインでしかできない、オフラインでは到底太刀打ちできない効率化というものを見出せなければ、多少効率がよくてもオフラインの方が楽だよねという感情に流されてしまうだろう。
 
 
実際の所、ミーティングであればオンラインよりオフライン方が楽なのだ。オンラインの方が楽だという人は、オフラインでも実際には「ミーティングに参加していない人(その場にいるだけの人)」だろう。オンラインミーティングは「集まるコスト」を省いているだけだからだ。
 
そういう意味では、ミーティングをなくせてこそのテレワークだろう。テレビ会議の仕組みは、実は効率化の阻害要因なのかもしれない。

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2020年5月14日 (木)

停滞感

停滞している。
いや実際には在宅勤務であっても仕事は(ほぼ)止まっていないし、日々やることも目白押しですることがないなんて事もないし、通勤時間が無くなってもその分時間ができたような感覚も無くて、まぁ夜寝るのは早くなったかなと感じる程度の状況なのだが、気持ち的にはなんだか何も進んでいないような気がする。
仕事に関しては動いているのだから気持ちはともかくそれほど心配するような事はないだろう。どちらかといえば時間が足りない感さえある。そうなると、心のどこかで感じているこの停滞感は、仕事に関してではなくプライベートにおいて発生している事になる。
 
まぁ色々想定外というか、思ったようなことができていないのは確かだ。
 
まず、今年オケを休んだ目的の一つであったスキーは、怪我によりほとんど実現できていない。雪がなかったという条件もあるが、それにしても昨年は5月の連休まで滑りにいって、今年はそれ以上に行くぞと考えていたのだから、それを達成できていない立ち止まり感は正直ハンパない。いや自業自得なんだけれども。
 
楽器についてはオケを休んでも弾くつもりはあったのだが、これも新型コロナの外出自粛でなかなか弾けていない。家で音が出せないというのはそういう事で、練習環境がままならないというのはかなり停滞感がある。先日ようやくちょっと弾けて怪我の影響もなさそうだという事も分かったのだが、スタジオに行けないのはなかなかもどかしい。
 
通勤がない分時間はできているのだが、「時間があるからやる」というのは不思議と充足感につながらない。それは「時間を作ってやる」という気持ちとの大きな違いだろう。もちろん時間をゆったり過ごすのは贅沢だし満足感もある。あるのだが、それと「やりたいことができている」とは少し違うような気がする。

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