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2020年6月30日 (火)

柔軟性と対応力

昨日Zoomでのオンラインミーティングの最中に、突然Zoomがシャットダウンされるというトラブルがあったのだが、その後のリカバリーが出来なかった。複数のグループでディスカッション中だったのだが、他のグループでは別のツールにサッと切り替えて続けたという。
 
その対応力に歳の差を感じる。いや年齢といっては申し訳ないだろう。これはリテラシーの差だ。自分はそれなりに詳しいつもりだったのだが、その点で新しいスタイルに対する柔軟性に欠けていたのだ。
 
別のオンラインミーティングツールに切り替えて、メンバーを招待する。それだけの事がその時はできなかった。技術的にというより、発想としてそうならなかったのだ。一度経験すれば次は出来るだろう。しかし重要なのは初めて遭遇した事態における対応力である。
 
楽譜の初見力というのがそうだが、初見で対応できるようになるには初見をこなすしかない。実際にオケの練習でも、(初見で練習参加することの是非はさておき)初見での参加が増えてくると、初見での対応力が上がっていく実感があった。逆に経験した曲ばかりが続いていると、初見力はどんどん落ちていく。
 
新しい事態(環境、というほどではない)に遭遇する機会を増やしていく必要があるのかもしれない。特に今であれば「リモートで行われる何か」にだ。何となく慣れたつもりでいたのだが、慣れは惰性と紙一重である。柔軟性を維持していくためには、常に新しい事態に揉まれ続ける必要があるのだ。

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2020年6月29日 (月)

休日の過ごし方

週末は、土曜日は比較的早くから動き出して諸々こなしたのだが、日曜日は反動のようにぐだぐだと過ごしてしまった。

元々オケを休んでいる以上、休日の過ごし方が変わるのは分っていたことなのだが、そこに新型コロナが加わってしまったために、今の過ごし方が元々イメージしていたものとは言えなくなっている。

加えて肩のリハビリもあって、週末は制約の多い日々が続いていた。リハビリは来週で終了するが、コロナの方はまだ予断を許さない状況と考えていて、どう過ごしたものかという悩みがある。悩みというか、制約の中でどうするかという感じだろうか。

暑くなってきたので自転車もしんどいし、どうしたものかねぇ。

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2020年6月26日 (金)

厳選

夏用に新しいセットアップを購入して、着た感じとしてはなかなかよろしいのだが、課題が一つ。
 
上着のポケットがやや小さくてMicrosoftのキーボードが入らない・・・。
 
薄さが強みのキーボードだが、やや畳んだ時のフットプリントが大きめで、これまでの上着はギリギリ収容できていたのだが、今回の上着は入らなかった。
iPad miniはまぁ会社に持っていくのを諦めるにしても、キーボードがないのは少々辛い。
 
そんな手ぶら通勤の事を考えるようになったのも、出勤率が上がってきたからだ。今日に関してはiPad miniも含めてポーチ(というかA5のメモ帳用のケース)を持つ羽目になっているのだが、やはり手が塞がってしまうのは辛い。週明けも出勤なので、今日もPCを持ち帰る必要がないのだが、結局iPad miniとキーボードは「持ち」歩かなくてはならないというのは、贅沢なようだが意外なストレスである。
 
まぁ本質的には余計なものを持ち歩こうとするのがそもそも良くないのだろう。どこまで必要なものを減らせるか、というよりも、今の時点でも本当に必要なのかというモノがないわけではない。
 
使わないという事はないので、不要とまで切り捨てる事はできないのだが、そこからさらに踏み込んで厳選するという事が必要なのかもしれない。

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2020年6月25日 (木)

手放すのは何か

自己分析ができていないのだが、とにかく時間が足りない。
 
自分なりにはそれなりのペースでタスクをこなしているという気がするのだが、全然終わるような感じがしない。仕事のコントロールができていないのか、単純にキャパオーバーなのか、取捨選択ができていないのか、やってもやっても終わらない感じがする。
 
もっとも昨日に関しては一昨日休んだ影響もあるのでそこだけで判断は難しいだろう。
 
「業務に支障のない範囲で休む」というのは、実は結構難しい。
 
業務への支障を最小限にして許容するとか、他のメンバーで肩代わりするとか、とにかく「支障が全くない」状態というのはある程度諦める必要がある。少なくとも、周囲には支障を出さなくても、自身には多大な支障が出るのだ。休んでいる間も仕事は動いていて、刻一刻次々とタスクは舞い込むのだから。
 
とはいうものの、それはおいておいてもここ数ヶ月はある種異常というか、自分でもよく分からないまま時間が足りないという状況が続いている。多分何かを捨てる事をしなければいけないと思うのだが、不思議なのは自分自身はコロナ前とやっている事はほとんど変わっていないという点だ。
 
いやむしろ処理スピードは上がっていると考えて良い。言ってはなんだがコロナ前は今よりスピードが遅くてもどこかに余裕があった。今はない。
 
何を捨てれば良いだろうか。捨てるというか、手放すというか。

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2020年6月24日 (水)

移動のコスト

昨日は休みを取っていて、諸事情により朝から豊洲のららぽーとに向かったのだが・・・地獄を見た(大げさ)。
 
何が地獄かといえば交通渋滞である。通勤電車のラッシュも凄まじいが、車のラッシュというのも凄まじい。ナビの想定時間の倍以上をかける結果となった。
 
それで改めて考えさせられたのは、リモートワークは「通勤」だけの話ではなく、そもそも「移動」のレベルでそれが必要かを問うものではないかという事だ。昨日の自分は所詮プライベートの移動だが、仕事上の移動がああした渋滞に左右されるとしたら、その生産性への影響は著しい。少なくとも昨日の経験からいえば、移動のロスによる時間的損失は、全体としては決して無視できない量になる筈だ。
 
そう考えると、自分のようなプライベートは何らかの形で排除して、生産に関わる部分を優先する仕組みを作るか、そもそも生産においても極力移動を減らすという取り組みをするしかない。
 
物流という視点で考えれば、運ばれるものがヒトかモノかというのはあまり関係がない。運ぶ価値があるかどうかだけだ。そしてモノの移動の価値はそうそう変えることはできないが、ヒトの移動の価値はリモートワークの活用によって大きく変動する事になる。それは車であれ公共交通機関であれ同じである。
 
そんな事を考えたのだった。実際の所、社用車などで送迎されるVIPとかって、この移動のコストをどのように考えているのだろうか。「車の中でも仕事ができる」とかだったら、そもそも車の中である必要があるのかという話であろう。

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2020年6月22日 (月)

通勤

県を跨る移動制限が解除されて、一気に人出が増えたような気がする。いや自分も(県外ではないが)出かけたけれども、解除されたからという意識はなかったので、県外に限らず政府による移動制限というのが、お願いベースであってもこれだけ効果があったのかと改めて感じたりした。
 
あと車で移動していて気になったのが、やたらと道路工事に遭遇した点だろうか。そんなところにも影響しているのだろうかと考えたりもした。
 
在宅勤務生活も変わっていくのだろう。
 
個人的には在宅か出勤かというのはあまり差がなくて、通勤がないのは確かに在宅の方が楽だけれも、環境(机、椅子、照明など取り巻く環境ほぼ全般)的にはオフィスの方に軍配が上がるので、通勤はその獲得コストとしてはまぁ許容できるかと思ったりする。
(もっとも、今後混雑が回復してくれば気持ちも萎えるかもしれない。)
 
在宅勤務の方が「集中できる」環境にするためには、正直家の環境をかなり作り込まなければならない。正直に言えば「会社のPCを持って帰って使う」という時点で、環境的なマイナスポイントはかなり大きくなってしまうので、それでも在宅でやるというのは、そもそも住んでいる所を変えるぐらいの作り込みをしなければアドバンテージにならないような気がする。
(家で家族や自分のモノに囲まれている方が安心というメンタリティは自分の場合ほとんどない。)
 
まぁでも通勤はな〜何とかならないかとは確かに思わなくもない。

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2020年6月19日 (金)

モバイルPC

今日は出勤日なのだが、自宅と会社の双方で仕事を行うにあたっての課題に改めて気づいた。
 
それはPCの持ち歩きである。
 
会社から貸与されるPCが1台である以上、自宅にも会社にもそのPCを「持っていかなければ」ならない。これがたまの持ち帰りと違って、頻繁に発生するのは、労力としても、セキュリティリスクとしても、高いと考えざるを得ない。
 
とは言え、自宅用にも会社のPCを貸与するのはコスト的に実現は難しいだろう。
一方個人のPCを使えるようにするというのも、セキュリティやサポート上は課題がある。
仕事の種類によっては特別な設定やソフトなどが必要になる場合もある。
 
その辺りは課題も多くて、それに比べれば都度持ち運ぶというのもやむを得ないというのも分かる話だ。少なくとも自分が担当者だったら、そこは我慢してくれというだろう。
 
一方個人的には、すでに持っているPCではなく、新しいPCを買って会社専用で使え程度の条件であれば、購入する事を選ぶような気がする。今のPCを会社専用に拠出して、個人用は新しく買っても良い。いずれにせよ、専用の机や椅子を自前で用意するなら、そこまではあと一歩だろう。
 
手ぶらで通勤したいからだけどな。

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2020年6月18日 (木)

iPad Pro

iPad Proが欲しい・・・というのは比較的頻繁に発生する物欲なのだが、その都度却下されている。
 
比較的お金は自由なので、ガジェットはそれなりに持っている方だと思うが、基本的には「使う物」に絞りたいという考えはあって、厳選しているつもりである。そのスタンスで考えた時に、不思議とiPad Proはピースとしてはまらない。持ち歩きはiPad miniがあるし、作業であればsurfaceの方が便利そうだし、iPad Proを持ち歩くあるいは何かに使っている場面というのを描けないのだ。
 
描けないのに何で定期的に物欲対象になるかと言えば、iPad miniではちとスペックが物足りない、surfaceでは持ち歩きが面倒・・・という場面にも結構遭遇するからだ。両者の中間点に位置しているiPad Proを、万能と捉えるか中途半端と捉えるか、そればかりは使ってみないとわからない事もあり、結果物欲として悶々する事になる。
 
会社のPCを持ち歩く関係で、鞄がほぼマストになってしまった事も関係しているかもしれない。重量的にはiPad miniが最適ではあるが、スペース的にはiPad Proでも問題ないというのは、これまでの「持ち歩くならiPad mini」という価値観を崩しつつある。そもそもモバイル性を重視するならスマホな訳で、そのポジションから考えればiPad miniも中途半端な存在とも言えるのだ。
 
ま、買わないけどね・・・多分。

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2020年6月17日 (水)

オフラインの価値

「在宅か出勤か」というのは、働く側にしてみれば職住の距離の問題が大きい。
 
極端な事を言えば、家の隣に職場があれば、在宅したいなんて事はほぼないだろう。在宅か出勤かを選べる際に、在宅の方が良いと考えるのは、おそらく「通勤」の事情によるものだ。
(もちろん在宅「しなければならない」事情を持つ場合は別だ。)
 
一方、「オンラインかオフラインか」というのは、似ているようで実際は異なる。
何故ならオフィスという環境においても「オンライン」は可能だし、在宅勤務という環境下にあっても、近所同士であればオフラインで会う事も不可能ではない。
 
今後問われてくるのは、その仕事は「在宅か出勤か」ではなく、「オンラインかオフラインか」という切り分けである。そしてオフラインというのは物理的移動が伴う高コストな手段であるという前提の中で、「何をオフラインで行うべきか」という判断だ。
 
一律に出勤していれば、オフラインのコストは極端に下がる。個人的にはオフラインの方が効率が良いとは必ずしも思わないが、多くの人はオフラインの方が高効率で(そして口には出さないが)楽だと思っている。そもそもだからこそオフィスという環境は構築されたといっても良い。
 
その前提が崩れつつある。
 
例えば会議を行うという時に、その会場は主催する上司の自宅とする、みたいな考え方になった場合、その天秤においてオフラインを選択する上司はどれぐらいいるだろうか。
 
そうしたコストをかけてでも行う価値があるのが、オフラインの仕事である・・・そういうシビアな見極めが必要になってくるような気がする。
 
本来、オフラインはそれだけの価値があるものなのだ。

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2020年6月16日 (火)

変える事

東京アラートが解除されて、電車の混み具合が一段アップグレードしたような気がするが、一方で感染が報告された人の数はまたちょっと増えていて、まだまだ緊張感がある・・・と思いたい。
 
実際の所、新型コロナに対して何らか状況が変わったかといえば、ワクチンや薬がない以上、環境的には何ら変わっていないとも言えるのである。変わっていなくてはいけないのは心構えと生活習慣で、緊急事態的な状況は脱却させながら、日常生活はやはり変えていかなければならない。
 
6月に入ってから何度か出勤をしたが、そういった意味で日常習慣を変えたかといえば、変わっていないというのが実情だろう。朝の通勤電車はいつも通りだし、帰りの夕食もほぼいつも通りだ。違うといえばカフェに寄らなくなった程度だが、これは「変えた事」とは言い難い。
 
変えるというのは難しい。
 
もちろん「大きく変える必要性」というのは必ずしもないし、自分が変わっていなくても周りが変わっていればことさらに変える必要がない場合もある。例えば朝の通勤を変えないのは、今の時点では変えるほどの問題を感じていないからだ。今以上に混雑が増して以前の状態に戻るようであれば、何らか変えることも検討しなければならないが、今の時点ではそこまでではない。
 
一方で、現状は「変えるチャンス」でもあり、仮に望む方向性とは若干違っていても、変わる事が新たな世界を開く事につながる可能性はある。そういった意味では「朝の通勤」というちょっとした事においても、いつもと違った事をしてみるというのが大切かもしれない。

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2020年6月15日 (月)

練習再開

土曜日についに練習を再開した。(次がなければ再開したとはいえないが・・・。)
 
スズキのチェロ指導曲集の第1集をそのままさらい、録音もしてみて課題感は大きく2つだろうか。
 
まず、音色と響きに関しては、想像していたほど悪くなかった。曲が簡単なほど課題感が明らかになるかと想像していたのだが、そこまで下手ではなかったらしい。まぁスキーもそうだけれども、それなりにキャリアを積んでいるのだからこの段階で目も当てられない状態では問題だろう。
 
とはいえ、細部では気の緩みというか、音色に歪みが生じたりする。これはどちらかというと集中力の問題で、1分弱の短い曲でも、細部の細部まで注意力を維持するのは意外と難しい。
 
で、これらは課題ではなく、録音を聞き直してみると「音楽的でない」というのが気になった。一つひとつの音は悪くないのだが、つながりがない・・・ように感じられる。初回の練習で、過去やった事があるといっても初見に近く、音楽的な感覚は持たずに弾いてしまったという事があるかもしれない。
 
2つ目は楽譜の問題。スズキの楽譜には結構詳細に指番号が振ってあって、最初のうちはその助けは非常に大きいのだが、改めてその楽譜で弾いてみると「指番号しか見ていない」自分の弾き方に気づかされてしまった。
 
この問題は1つ目の問題にも関わっているような気がしていて、楽譜ではなく数字で捉えてしまう事で、流れのない極めてデジタルな弾き方になってしまっているような感じなのだ。
 
これは楽譜の指番号を消すか、指番号のない楽譜を作り直すかしなければ矯正できない。実際練習中に極力指番号を見ないように意識もしてみたのだが、どうしても数字に意識がいってしまうか、音符からも意識が飛んでしまうかのどちらかにしかならないのだ。
(いずれにせよぎこちない弾き方にしかならない。といって指番号を見てしまうと機械的になってしまう・・・。)
 
曲も短いので、楽譜に関してはGVIDOで取り込むという意味合いも含めて書き直しを考えた方が良いかもしれない。その過程で、音楽的な要素(ようは読譜)も意識していけると良いのだろう。

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2020年6月12日 (金)

会話を減らす

「会話で伝える」という事をいかに減らしていくか。
 
リモートワークを効果的に進める上で重要な事はその点ではないかと最近感じている。会話をするなという事ではなく、ある情報を伝達するという目的においては、会話という手段をどこまで減らせるかを考える必要があるという事だ。
 
言い換えれば、情報の伝達はテキストベースにしていく必要があるという事でもある。想定されるのはまだ電話も無かった時代、手紙でやりとりをしていた頃だろうか。
 
「会話した方が早い」というのは、多くの場合、「伝える側にとって早い」であって、「伝えられる側にとって早い」ではない。伝える側は自分の都合で伝えられるが、伝えられる側は必ずしもそうではないからだ。
 
会話で伝えられるというのは、逆にリアルタイムに拘束されしまうという事でもある。
 
だからなんでもメールでやれという事ではない。「会話すれば済む事」のコストをもう少し自覚して、「メールすれば済む事」への切り替えをしていかなければいけないという事だ。
 
もちろん、リアルタイムでのやり取りが重要な場合もある。多くは「会話の中で新しい事を生み出したい時」「摩擦を解消したい時」などだ。それは言い換えればすでにテキストベースでのやり取りが行われていて、その中でそのやり取りだけでは解決できない課題が登場した時、という事だろう。
 
つまり、最初の一報やそれへの返報あたりを「会話でする」というのは実は非効率だと捉えなければならない。それが三報四報となれば会話の方が適しているという事になるだろうが、例えばそこに同報者がいる場合は、最後の結果を共有しなければ、関係者にストレスと疑問を与えて終わるだけになるので、会話で終わらせてはいけないという事でもある。
 
そんな事を日々感じるリモートワークの日々なのだった。いや解決したけど返信を忘れていたって事なんだけどね。

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2020年6月11日 (木)

気分の生き物

在宅日の朝というのは、結構だらだらする事がある。気持ち的に。
 
でも冷静に考えると、電車に乗っている時間がだらだらしていないかといえばそうではない。環境がそうではないような雰囲気を持っているだけで、そこに乗っかっているだけなのだから、それは気分的にそうではないだけで、実際には弛緩した状態であろう。何もしてないし。
 
つまり、メリハリというのは気分なのだ。メリハリが大事というのは、言い換えれば気分が大事と言うことで、仕事をすると考えた場合にそんな気分のような話で良いのかという気にもなってくる。
 
ドライな捉え方をするなら、気分はどうあれ成果が出ればそれでいい。
 
では何故気分が大事なかといえば、人間は成果のためではなく気分のために行動するものだからだ。成果が大事という意見も、よくよく聞けば「頑張った(気分の)成果が大事」という意味合いで、そこに頑張るといったプロセスがなければモチベーションが下がっていたりする。
 
人間は気分の生き物なのだ。(そして今気分は乗っていない・・・スイッチ入れるか。)

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2020年6月10日 (水)

リモートワークの突きつける「メリハリのなさ」

リモートワークはメリハリをつけるのが難しいという記事を見かけてちょっとモヤモヤした。
 
リモートワーク「メリハリ難しい」75% セイコー調査
 
仕事とそれ以外のメリハリをつけにくい、という回答なのだが、例えばリモートワークでなくても「残業をしている」というのはメリハリがついていると言えるのだろうか。それは「職場か、自宅か」以前の問題であろう。
 
実際に仕事とそれ以外の「時間的」境目が曖昧になっていると感じるのは確かだ。ただその時に「残業」という時間をどちらの時間として捉え、一方に対する侵食と捉えるかどうかで、「メリハリ」という言葉の印象は違ってくる。
 
この捉え方は、本来メリハリがついているとはいえない筈の「残業が常態化した職場の問題」をマスクしてしまうかもしれない。
 
ただ一方で、リモートで「メリハリがない」と感じる時、残業は確実に「仕事側の時間の使い方の課題」として顕在化しているとも言える。
 
職場と自宅で「メリハリをつけ」ても、長時間労働の問題は意識上に顕在化しないが、在宅における「メリハリのなさ」とは、そのまま長時間労働の問題に直結するからだ。
 
そう考えると、日本企業における宿痾とも言える長時間労働にメスを入れるきっかけにもなっていくのかもしれない。

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2020年6月 9日 (火)

易きに流れる

在宅勤務と出社勤務が混在してくると、互いの勤務に対する覚悟が薄れてくるというか、甘えが出て来るような気がする。他人ではなく自分の話。
 
どういう事かといえば、「これは在宅時にやるか」「これは出社した時にするか」といった具合に、分けて考えてしまうのだ。これが在宅のみであれば「いかに在宅のままでやるか」となるのだが、そうはいっても2日後には出社があると思うと「その時で良いか」となってしまう。最適な場を選ぶといえば体裁は良いが、一方でそれは創意工夫を奪う逃避だろう。
 
これは出社時にもそうで、特に集中する作業などは在宅の方が(自分の場合は)やりやすいので「じゃその時に」となる。これも効率という側面では決して悪い事ではないのだが、問題はその選択が本当に意味で生産性に繋がっているかと言う点だろう。自分が楽にできるという事と、客観的な生産性は必ずしも一致しない場合があるからだ。
 
働く場所や働き方を選べるというのは、時に易きに流れてしまうリスクを持っている。強制的な在宅環境ではなくなった今、その事をもっと意識しなければいけないのは間違いない。
(とはいえ今の段階ではまだ半ば強制ではあるのだけれど。)

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2020年6月 8日 (月)

休日の雑感

今朝の電車も過密というほどではなかったと思うのだが、座っているといまいちその辺りが実感できないので、立っている人にとってはそうではなかったかもしれない。
 
一方で気になるのは休日の買い物というか、昨日は夏用のスーツを探しにショッピングモールへ行ったのだが、結構な混み方だった。その後のスーパーの混雑はレジではソーシャルディスタンスを確保するどころではない混雑具合で、何となく休日の方がリスクを感じなくもない。
 
結局スーツも身体に合わず、改めて専門店などに行かなければと感じたのだが、休日にいくのはなぁ・・・などと思ったりする。現在の環境下でどこまでこだわるのかと言う問題もあるが、この環境下だからこそこだわりたいような気もするのだ。

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2020年6月 5日 (金)

紙をなくす

今日は緊急事態宣言解除後2度目の出勤。今朝のところも電車の混雑状況はリスクを感じるという程ではなかった。時間が早いという事もあるだろうが、以前に比べても少ないのは確かで、当面はこの時間で大丈夫かもしれない。

 

前回出勤時に結局できなかった事に、個人ロッカー内の書類整理がある。在宅勤務によってはっきり分かったのは、貰った紙の資料を「何となく」保存しておいても、紙のままでは役に立たないという事だ。

 

実際にロッカー内に置いてあったものは、在宅期間中一切使っていない。多分必要がないものなのだ。

 

なので、今日のミッションはひとまずロッカー内の書類関係を一掃する事である。実際には「使用」ではなく「保管」が目的のものもあるので、全部という訳にはいかないだろうが、その判断尺度に従うならば「使うかも」「使いそう」な書類は一切不要な訳で、結構な量が廃棄できる筈である。

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2020年6月 4日 (木)

音楽の時間

在宅勤務は夜が早い。
 
昨日も「そろそろ寝るか」と思ったら21時半だった。流石にそれは早すぎるというか、出社勤務していれば、少し残業しただけで(そのあと食事して電車で帰ると)それぐらいの時間にはなる。これだけ早いのはスキーに行った時(宿泊の)とか、ようは夜は他にすることもないような時だ。
 
つまり、夜は意外とする事がない。厳密には「家で」する事がない。以前は帰るまでに色々していた訳だが、今年はその「色々」に追われていないし、やはり時間としては「電車に乗っている」時間がないのが大きいのだろう。多少やる事があったとしても、その時間に前倒してできてしまうからだ。
 
やる事がなければ眠くなる・・・そう言う意味では寝てしまっても良いのだが、歳なのか早く寝ると早く目が覚めてしまう。それに夜に用事が入る事が全くない訳ではないので、そうした日との間でリズムにズレが生じてしまう。個人的にはそうしたリズムが乱れる方が気になる。
 
そんな訳でそうした夜の時間にできる事があると良いのだが、正直あまり目などに負担はかけたくないし(なので本をガッツリ読むとかは別にしたい)、これが意外と思いつかなかったりする。
 
まぁ音楽を聴くという感じか。これまで家ではあまり聴くことはなかったので、それそれで良いかもしれない。

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2020年6月 3日 (水)

父親

昨年あたりから父親とFacebookでつながっていて、それ自体は近況の確認もできて良いのだが(意外と活発に投稿している)、時々こちらの投稿に対して内容と関係ない親子間の連絡事項などを返答してくる事があるのが少々困っている。
 
何度かそういったメッセージはメッセンジャーとかLINEでくれといったお願いをしたのだが、忘れているのか意図しているのか、時々意表をつくコメントがあって対応に迷う。流石に気になるので少し前からFacebookの投稿の公開範囲も友達に制限している(個人的価値観としてはやや妥協)。
 
昨日などは「親が来てくれと言っているのに行かない親不幸者」か「再びアラートの出た東京から感染者ゼロの県を訪問する不届き者」のどちらかを選べ、みたいなコメントが寄せられて、これは分かっていて公開書簡のようなやりとりを期待しているのか、分からずあくまで個人間のやりとりのように思っているのかと悩んだりした。(結局LINEで返信。)
 
公開範囲の友達は基本的に直接面識のある皆様なので、その辺りも微笑ましく眺めてくださっているとは思うのだが、さすがに何というか・・・恥ずかしいので、本人が見ている事を承知の上で書いてみた。(というか見ているからこそ書いてみた。)
 
頼むからこれへのコメントもLINEでお願いする!
(何かネタみたいになってしまった・・・。)

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2020年6月 2日 (火)

折り合い

昨日は出勤、今日は在宅。
 
しばらくはそうした形で出勤と在宅が混在するようになるだろう。混在の比率は変わっていくにしても、しばらくというのは、決して短期間ではない。
 
とはいえ、自粛ムードがいつまでも続くというものでもない。やや楽観的だが、そもそも「緩む」というのはそうした自粛的で自閉的なモードから脱却するという事なので、言葉の持つやや堕落的な(言い過ぎ)イメージとは裏腹に、社会的には活動が活性化する状態を示している。
 
そうした意味では、何か別の言葉を当てた方が良いのかもしれない。
 
一方で、電車の混雑率などは一気に上がったようで、そうした状態に対する不安は随所でささやかれていたような感じもある。自分の場合は朝も夜も比較的(少なくとも密着はしない程度に)混雑は感じなかったのだが、とはいえ過去3ヶ月間の人との接触具合からすれば格段に「濃厚接触」とは言えるだろう。
 
ただ、闇雲に怖がっていては何もできなくなってしまう訳で、恐れ嘆く前にどう対応するかを考える方が余程生産的だ。正直なところ元の状態に戻るというのは電車も混雑した状態に戻るという事なのだから、どこかで折り合いをつけていく必要はあるのだ。

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2020年6月 1日 (月)

モバイルPASMO

今週から出社勤務も一部解禁という事で、今日は久々の出勤である。
 
休日にモバイルPASMOの定期券を購入して、今朝は初めてそれを使ったのだが、スマホで改札を通れるのを格段に便利と感じる事はなかった。実際の所、取り回しという視点では以前の物理カードをSECRIDに入れている状態の方がやや勝る。持ちやすさとカードリーダーへの当てやすさの問題なのだが、慣れもあるかもしれない。
 
正直な話、スマホの方が取り扱いが慎重になるというか、ただの物理カードの方がその辺りを気にしなくて良いという気安さはある。特に改札というのは通り過ぎながらカードを当てるので、時に乱暴になりやすい。ケースに入れていると言っても、スマホという精密機械をぶつけてしまうのはちょっと気になったりする。
 
一方で、持ち歩くカードを一枚減らせるというのは大きい。在宅勤務で外出自粛中はそもそも財布を使用する機会が激減していたので、持ち歩くカードの最適化はこれからになるが、これまでPASMOを入れていた一枚分をどうするかは思案のしどころだ。
 
さて、今朝の電車は座れたという事もあるのだが、以前ほどの混雑にはまだ戻っていなかった。自分の通勤経路の問題点は、乗る段階では混雑を予想できない(目的地に近づくほど人が乗ってくる)点にあるのだが、まだしばらくはいつも通りの時間、電車で混雑を避けられそうである。
 
あとは帰りの電車だが、これは混んでいたら見送るというスタンスでいれば、それほど問題はないだろう。

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