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2020年6月 9日 (火)

易きに流れる

在宅勤務と出社勤務が混在してくると、互いの勤務に対する覚悟が薄れてくるというか、甘えが出て来るような気がする。他人ではなく自分の話。
 
どういう事かといえば、「これは在宅時にやるか」「これは出社した時にするか」といった具合に、分けて考えてしまうのだ。これが在宅のみであれば「いかに在宅のままでやるか」となるのだが、そうはいっても2日後には出社があると思うと「その時で良いか」となってしまう。最適な場を選ぶといえば体裁は良いが、一方でそれは創意工夫を奪う逃避だろう。
 
これは出社時にもそうで、特に集中する作業などは在宅の方が(自分の場合は)やりやすいので「じゃその時に」となる。これも効率という側面では決して悪い事ではないのだが、問題はその選択が本当に意味で生産性に繋がっているかと言う点だろう。自分が楽にできるという事と、客観的な生産性は必ずしも一致しない場合があるからだ。
 
働く場所や働き方を選べるというのは、時に易きに流れてしまうリスクを持っている。強制的な在宅環境ではなくなった今、その事をもっと意識しなければいけないのは間違いない。
(とはいえ今の段階ではまだ半ば強制ではあるのだけれど。)

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