2020年9月25日 (金)

スマホに慣れる

昨日は仕事が終わった後、カフェで考え事をしていたのだが(一昨日は本を読んでいた)、考えたことをメモするのにスマホとキーボードが活躍した。
ちょっとした事であれば、PCだけでなくタブレットですら必要ないのだ。特に外出先では、スマホがあればおおよそ事が足りるとも言える。あるとついつい使ってしまうのだが、無ければ無いで何とかなるものだ。
キーボードについても、あれば便利だが、電車の中であれば使えない訳だし、その状態でもスマホではある程度の事ができる。
ただし、「やればできる」というのと「その気になる」の間には、意外と壁がある。やればできる状態というのは、やらなければならないような状況にならない限り、なかなか手を出せない。手軽に気軽にできる環境を整えるというのは、そうした心理的抵抗を排除する効果があり、積み重なればその効果は無視できない。

もちろん、慣れがその抵抗を下げる効果はある。積極的にその環境を楽しむようにすることで、効率だけでなく心理的抵抗を下げる事はめざしてもよいだろう。今はスマホ×キーボードで書いているこのブログにもそういった効果は多少なりとも期待したい。

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2020年9月24日 (木)

iPad Air

新しいiPad Airが欲しくなってきた。
カラバリに惹かれたというのもあるが、iPad miniで雑誌や書籍を読むのが、少ししんどくなってきた事もある。特に雑誌は、流し読みが中心とはいえ、iPad miniではミニチュア感があって、本当に流し読みだけで終わってしまう。
10月は一旦XPERIA XZ Premiumに入れている回線の契約期間が満了する。このまま契約を解約してもよいのだが、維持することもできる。
そこでこれをまずiPhoneSEにするというプランが考えられる。iPad Airじゃなかったのかよと言われそうだが、まずはiPad miniの担っている機能を移行しなければならない。何かといえばiTunesの音楽の移行先である。iPad Airで引き継いでもよいのだが、車で音楽を聴くのに使っているので、都度iPadを持ち出すのは面倒くさい。
その上で、iPad miniをiPad Airに機種変更する。持ち歩く機会は減るのだが、iOS側で持ち歩く機能はiPhoneSEでも大体継承できる。そもそも手ぶらで通勤をしようとすると、iPad miniでもハードルが高いのだが、それなら最初からiPadを諦めてしまえば良い。
持ち歩かないiPadであれば、iPad PROの12.9インチも視野に入るのだが、これは今度は大きすぎて、読むには便利だが、ちょっとカフェに持っていくといった事がしんどくなる。バランス的にはノーマルサイズのiPadが最適だろう。
もっとも、音楽を持ち歩くという目的だけであれば、iPhoneSEではなくiPodという選択肢もあったりする。実際には今のXPERIA XZ Premiumが担っているゲーム機(ぶっちゃけドラクエウォークw)の役割も継承させたいので、iPodではちょっと役不足感もあるのだが、通信が必要なものはXPERIA 5が担えば良いと考えれば、オンラインゲームはそちらに戻しても良い。2台使いは必須機能のバッテリー切れを心配しなくてよいのがメリットだが、それは本来2台持ちかバッテリー持ちかというだけの話だ。

iPadの話なのか、回線契約の話なのか、曖昧になってしまった。とはいえ、物欲と環境変更のタイミングであるのは間違いない。

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2020年9月18日 (金)

コミュニケーションのスピード

前回常に鞄でPCを持ち歩く、という事を書いたのだが、昨日は手ぶらで帰宅、今日は手ぶらで出勤というのをやってみると、やはりこの身軽さは手放し難いと思ってしまう。もともと大なり小なりリスクがるのは避けられないので、できうることなら可能な時にはこの身軽さを維持したい。
もちろん、在宅があればPCは持ち帰る。そう考えると、会社と自宅、双方に会社のPCを置いておければ、とは考えなくもない。もっともそうなると24時間仕事体制のような感じになってしまうような気もするので、それも良し悪しだろう。
昨日は対面でアイデアフラッシュをする場面があって、ああこれは対面ならではかもなと思ったりした。もっとも、自分の場合オンラインでも「アイデアを出す」事ならできるだろう。ただ、出したアイデアをやり取りして昇華させるスピード感は、オンラインではまだ難しいように感じる。オンラインだから難しいというより、やり取りに時差があるのが難しいのだ。
ただ、このコミュニケーションのオンライン化にあわせたスピード感の会得は今後のスキルとしては必須になってくるような気がする。今はオンラインミーティングでもその点を気にせず自分のペースで話す、ある意味配慮のない人間の方が優位な状況(というか周りが諦めている)だが、今後も今の環境がが続くのであれば徐々に扱いづらい相手として淘汰される可能性もある。

あるいは通信速度が飛躍的にあがるか、ニューノーマルは諦めてオールドノーマルな仕事に戻るか・・・。

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2020年9月15日 (火)

ひらくPCリュック

先週の事があって、これだけ在宅と出勤が混在するようだと、PCは常に持ち歩くという状態にしておいた方が良いのではないかという気もしてきた。
それは言い換えれば、ここ一年程追求してきた「持ち物を最低限にして手ぶらを実現する」というミニマルとは、別のミニマルを追求するという事だ。
 
別のミニマルというのは、「すべて持ち歩く前提でモノを厳選したうえで一つの鞄に詰め込む」という発想である。
 
これまでの手ぶら追及は、必要であれば鞄を持つといった形で、都度の状況に合わせてミニマルな状態を追求するというものだったので、逆に状況に応じてモノを使い分ける形で、実はトータルとしては増えていた。キーボードなのはその最たるもので、同じスマホにつなぐにしても2種類を状況に応じて持ち歩き分けていたりしている。
さらに、保険証のようにいざという時にしか使わないようなモノは持ち歩かないというリスクを許容している状態だった。
 
すべて持ち歩くというのは、「それだけ持っていれば、出先で何があっても何とかなる」状態にするという事だ。
 
実際過去にはそうだったこともある。ひらくPCバッグにする前は、いわゆるリュックにほとんどの私物を詰め込んで、「どこでも家と同じ状態」だった。とにかくそれを持って行けば何とでもなる。その代わり、必要なものはその鞄に収まる範囲にとどめ、置き去りにしない。鞄一つですべてをまかなうというのは、これはこれで一つのミニマルだろう。
(まあさすがに衣服の類は常に鞄に入れておくという事はないが、一泊の出張程度であれば同じ鞄でそこまで詰め込むという事は多々あった。)
 
さて、そういう環境を作ろうと考えると、ひらくPCバッグでも容量的には難しくなる。そもそも、仮に個人のPCと会社のPCを同時に持ち歩くという事になれば、その重量はリュックでなければ耐え切れない。(とはいえ、さすがにPC2台を持ち歩くというのは無意味なので、ようは以前は個人のPCが入っていたスペースを会社のPCに明け渡すという程度の妥協は発生するだろう。)
 
リュックは楽なのだが、個人的にはあまり好きではない。背中が汗をかくという事もあるが(そのあたりはこれからの季節は多少緩和される)、デッドスペースが多くて無駄な印象なのだ。
縦型の構造というのは、そのサイズにはまるもの以外は収まりが悪い。
 
その点、ひらくPCバッグは「モノを収める」という点では理想的なフォルムだと思っているのだが、普段からPCを持ち歩くとなると、出来ればリュックタイプが良いと思ったりする。
 
ひらくPCリュックにでもするか・・・ただこれ以上鞄が増えるというのも、どうにも無駄が多い感じなんだよなぁ・・・。

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2020年9月14日 (月)

スマホで仕事をする

諸事情により先週木曜日金曜日は急遽在宅になり、結果PCなしのスマホでの作業環境で仕事を行うことになったのだが、仕事のやり方としていくつか考えさせられたので書き留めておく。
まず、キーボードは必須である。ノートPCのキーボードですら替えることで作業効率が上がると言われている中で、スマホについてもフリック入力だけで効率維持するのはどんなに入力が早くても難しい。
キーボードは以前から用意できていたので大きな問題はなかったが、そうはいってもモバイルに最適化したキーボードなので限界はあった。在宅でスマホをフル活用するなら、在宅用に大きなキーボードを用意しても良さそうで、その場合はPCと共用できると良いかもしれない。
メールへの返信はほぼ問題なく、これは普段から同じなのだが、資料の参照は手間がかかる。分かっていたことだが、これはかなり面倒。特にOfficeの添付ファイルはプレビューではレイアウトが崩れやすい。そういった意味では、パワーポイントで見え方を細かく調整された手の混んだ資料ほどムダな努力という感じがする。もちろん「プレゼン」のためであれば必要なのであろうが、「共有」のための資料の場合、どのようなフォーマットと作り込みが良いのだろうか。
今後オンラインベースで資料に求められる役割が変わっていくとすれば、この部分は大きな見直しが必要になってくるかもしれない。特にレイアウトに意味を持たせようとすると、相手の環境によっては全く伝わらなくなるリスクがある事は注意が必要だろう。(回避手段としてPDFといった方法はある。)
とはいえ正直なところ、スマホで対応が難しいのは、スマホであることに起因するというよりは、シングルウインドウで対応しなければならない事だろうか。PCでもそのような使い方しかしていなければ、あまり問題はないが、マルチウインドウを前提としたやり方になれているほど、スマホのシングルウインドウはかなり辛い。そういった意味では、スマホ用のサブディスプレイこそあると便利なのではないかと思わなくもない。

ちなみに電話は増えた。結局これが最強という考え方もある。

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2020年9月11日 (金)

リソースマネジメント

マネジメントの役割の一つに、メンバーのリソース管理というものがあると思うのだが、日本企業、というかいわゆる残業が一般化している企業というのは、詰まることろこれが出来ていないのではないかと思わなくもない。組織としてもそうだし、管理職という人としてもそうだ。
 
強いて言うなら、生産現場ではある程度できている場合もある。それは「ヒト」ではなく、「設備」というリソースは動かす側がしっかり管理しなければ稼働できないからだ。しかし、「ヒト」が中心になると、なぜかその構図が崩れてくる。
 
恐らくはチャップリンがモダン・タイムスで風刺したような、「ヒトを機械のようにリソース管理する」事への抵抗感があるからだろう。これは働き手の意思を完全に無視した形の管理だから、もちろんそれが良いとは思わない。
 
一方で、リソース側の判断に任せて、管理をしないというのも意味がない。この場合管理しなければならないのは、時間とパフォーマンスのバランスなのだが、多くの場合、時間を管理して、パフォーマンスは任せるか、パフォーマンスを重視して、時間を無視するかという両極端に触れている気がする。まぁ現実問題として組織として一律に管理しようとすると、どちらかの枠を優先せざるを得なくなるといった事もあるのだろうけれども。
 
リモートワークはこの辺りの問題点を突いてくる事が多い。それはメンバー同志が「ヒトの営みとして」助け合っていたような部分を、マネジメントが調整しなければならなくなるからで、その部分の調整スキルを磨くという事がこれまでのマネジメントにはなかったからだ。
 
何となくだが、これが「コミュニケーションの問題」とされているものの本質ではないかと思ったりする。従来はそうしたリソースの調整が「自然発生的なコミュニケーション」に委ねられていたのが、「意識的なマネジメント」でやらなければならなくなるのがリモートワークという環境だ。
 
それが機能不全に陥っているという事なのではないだろうか。

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2020年9月 9日 (水)

ニューノーマルの働き方

ニューノーマルの時代に、リモートワークを働き方の柱にしていくにあたって必要なパラダイムシフトとはどのようなものだろうか。
シンプルに考えれば、それは「リモートワークをオプションにするのではなく、オフィスワークをオプションにする」といったものだろう。
コロナ前というのは、在宅勤務というのは特別な理由がある場合に、やることを明確にして、許可を得てやるものだった。それはオフィスワークがデフォルトで、リモートワークがオプションだったからだ。

これを逆に、出社勤務は特別な理由がある場合に、やることを明確にして、許可を得てやるものにする・・・としてしまっては抵抗が強そうだし、そもそもムダが多い。この場合、リモートワークでもオフィスワークと同様に、特別な理由無く、やることが明確でもなく、許可も不要で行えるようにする、というのが妥当な線なのだが・・・

・・・「やることが明確でない」というのは、そもそも仕事しておかしくないだろうか。
リモートであれ、オフィスであれ、仕事であれば「やることが明確」であることは必要だ。では何故これまでは「リモートワークではやることを事前に明確にする」必要があって、「オフィスワークではそういったことが必要ない」働き方だったのだろうか。
良いことは取り入れてアップデートする、というスタンスで考えるなら、「事前にやることを明確にする」は、リモートワークかオフィスワークかに関わらず、取り入れるべき仕事の進め方になるかもしれない。

(もっとも、できる人の仕事の進め方というのは、それがスタンダードな話であろうから、そのやり方に会社の仕事の枠組みが追いつくだけとも言える。)

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2020年9月 8日 (火)

リモートワークの先にある進化

なかなか厳しい物言いである。
 

幼稚園児かよ、テレワークすら感情的に否定する経営者は変われない日本の元凶

 
他人に「変わらない」と言うのは(比較的)簡単だが、だが自分はどうかとなると、果たして変われているだろうか。
 
テレワーク・・・には順応できている方だろう。だがそれは「変わった」結果ではなく、もともと適性があっただけだ。少なくとも、環境が「変わった」からと言って仕事の進め方を「変えた」と言う自覚はない。もともとそれでも仕事ができていた自分に環境がついてきたというだけで、実はそれほど変わってはいない。
 
だからここで挙げらているような「感情的に否定する」人たちが、曲がりなりにも環境にあわせて「変わって」きている事は、少しばかり感心していたりする。
 
感情的に否定する物事を受け入れて自分が変わると言うのは大変な事だ。
 
自分の場合は、リモートワークは前からできれば良いと思っていたし、環境の変化は「自分にとって好ましい変化」であったに過ぎない。そう考えると、むしろ、「明日からリモートワークをやめて元の環境に戻す」と言われた時の方が「変えなければいけない自分」が求められると言う事になり、それは相当に苦しい事だろう。「時代に逆行している」と感情的に文句の一つもたれたくなるかもしれない。
 
誤解のないように書いておくと、リモートワークそのものは、従来の対面を前提とした仕事のやり方に対して大きなアドバンテージになるだろう。全てが移行できないのはその通りとしても、リモートワークに適した業務というのは確かにあって、そのやり方にシフトするというのは、これまでそうでなかった人たちにとって大きな進化だ。
 
一方これまでもリモートワークに対応してきた人にとって、環境が追いついて来た事は進化でもなんでもない。つまりリモートワークができる人たちに求められているのは、その先の進化であって、リモートワークの実現に喜んでいるだけでは停滞なのだ。
 
自分はおそらく停滞している。リモートワークで仕事が楽になったという事は、つまりそのリソースを次の何かに振り向けてさらなる進化をせよという事なのだから。

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2020年9月 4日 (金)

新しい事

「新しい事をやりたい」「これまでと違う事をやりたい」という言葉をあっさり口にする人は底が浅いと(失礼ながら)感じる事がある。何度耳にしても、それ以上の具体的な内容が出てこないような場合だ。
 
やりたい事を具体的に口にして、それが新しいと周囲が感じれば新しい事になるし、これまでと違うと感じればこれまでと違う事になる。それらは他者が評価すれば良い事であって、本人が口にすべきものではない。
 
もちろん演出や秘密保持のために具体的に口にしないという事はあるだろう。でもその時に「新しい」「これまでと違う」と言うだけなのはあまりに底が浅い。言いたくないというよりは言えないのだと、少なくとも自分は受け止めてしまう。
 
具体的なアイデアまでには至らなくても、イメージしている方向性や参考にしたい事例、あるいは「新しくないと考えている事」「これまでと同じだと考えている事」を明確に提示できないのであれば、それは何も考えていない単なる掛け声と同じだ。
 
「新しい事がやりたい」ではなく、「やりたい事が新しい」でなければ意味がないのだ。

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2020年9月 3日 (木)

リモートワークとコミュニケーション

リモートワークの下では、コミュニケーションに支障が出やすいと言われている。
 
正直そのように感じる事はある。ただ、自宅ではなく職場にいても「自分の作業に集中する」時間というのは、多くの場合、他者からのコミュニケーションを拒絶している状態になるので、実は在宅か職場かというのは関係ない。職場でのコミュニケーションの発生しやすさは、作業への集中しにくさと密接に関係している。
 
在宅勤務はコミュニケーションが発生しにくく、職場勤務は集中した作業がやりにくい。だから内容によって環境を使い分ける・・・というのがこれまでの考え方だったのだが、その「環境で切り替える」という考え方そのものを見直さなければならないというのが、コロナ禍が突きつけるニューノーマルの課題だろう。
 
例えば「メールの対応はまとまった時間で片付ける」というのは、効率化のためのセオリーの一つだが、それはつまり一定時間はメールを無視する「コミュニケーションを蔑ろにする」行為だ。そのための対抗策として生まれたのがいわゆるビジネスチャットで、集中している作業に強制的に割り込む事で、コミュニケーションを優先させるためのツールとも言える。それはつまり「作業効率を妨げる」事を許容しなければ成り立たない。
 
つまりマネジメントが考えなければならないのは、「在宅か職場か」という環境の話ではなく、「コミュニケーション優先か業務効率優先か」という優先度の設定という事だ。
 
多くの場合、コミュニケーションの支障に対する不満は、職場での対面と違って強制的に割り込めない事に起因している。強制的に割り込むというのは、つまり作業を中断させて業務効率を下げる行為なのだが、職場においてはそうした割り込みによる効率低下が見えにくい一方で、アウトプットを重視する在宅勤務ではコミュニケーションによる見えない中断が業務効率の低下としてのみ表面化しやすい。
 
在宅勤務でコミュニケーションに支障が出るのは、「在宅では集中して業務効率をあげよ」という会社や上司のメッセージに起因している。
 
そもそも、猫の相手も上司の相手も「業務効率」に対する影響は同じなのだ。

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