2018年6月22日 (金)

ひらくPCバッグのどちらを使うのか

今週はひらくPCバッグとひらくPCバッグnanoを入れ替えながら使っている。これだけ頻繁に入れ替わるのは珍しい。

基本的にはnanoを使いたいと考えつつ、サイズ的にはどうしても苦しい時というのは確かにあって、緊急対応ならともかく、分かっているならノーマルサイズを使うというのは決して不合理な判断ではない。とはいえ、だったら最初からノーマルサイズで良いのではという話もあって、そういった意味では「何故nanoを使うのか」というのがポイントだろう。

実際問題として、中身を入れ替えて使っているのだから、どちらの鞄では何が足りないという問題は存在しない。持ち物を最小限にしたいというのがnanoを使用する動機だとして、入れ替えた時にノーマルでモノを増やしているわけではない(厳密に言えばサイズ的にノーマルでないと入らないものを入れているので増えているのだが、それは不要なら入れなければ良いので基本セットとしては増えていない)ので、そういった意味ではノーマルサイズであっても持ち物を最小限に保つ事は可能である。

もちろん少々スカスカ感が出てしまうので、それが気分的にどうこうというのはない訳ではないのだが、ではぎっしり詰まっている状態が良いかといえばそれも微妙である。今日のnanoはかなりぎっしり感があって、逆に何かあった時の余裕がない。一方で、これが歯止めとなって持ち歩くものを最小限に留めている心理的動機となっているのであれば、それをなくす事はつまりそういう事でもある。

もっとも、サイズ的にワイドなノーマルサイズは、たすき掛けではなく片肩掛けだとどうしても形状が歪みやすい。nanoのサイズだと、たすき掛けにしなくてもそうした歪みは発生しにくいという事はある。

意外とその辺りがnanoを使用している理由なのかもしれない。

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2018年6月19日 (火)

誕生日の節目感

誕生日である。

いやそれで?という所が昔からあって、それは新年などもそうなのだが、言い換えれば区切りというものも持っていないという事でもある。1年を振り返り1年を見据える・・・そうした一つの区切りとして機能する筈なのだが、そうした気持ちが弱いという事だ。これは強みではなく弱みの話である。いつ振り返ろうが、いつ将来を考えようが、本来は自由だが、その一方で一つのきっかけというか、定期的にそうした機会を持つ事は決して悪い事ではない。

自分の場合、そうした節目感が弱いのだ。それはズルズルと日々を過ごしてしまうという事でもあって、齢48でも何もしていないと感じる一つの原因でもあろう。

ようは何歳の時に何、といった感覚が弱いのだ。スキーを始めた年や、楽器を始めた年を覚えているのは、それを聞かれる機会が多いからというだけの話で、本来ならいつパラレルができるようになったとか、何が弾けるようになったといった事も、時間をセットにして記憶として残っていてもおかしくない(というか多くの人は残っている気がする)筈なのだが、そうした事には記憶以前に関心が薄い。

過去の節目感がないというのは、未来のマイルストーンを描く力が弱い事と表裏一体であろう。例えば刹那的に今日、来年の誕生日までに何かをやろうと決意をしたとしても、それはまさに一時的な熱狂に過ぎず、来年には確実に覚えていない。(下手すれば同じ事を過去書いている可能性さえある。)

そんな節目感は持たなくても、やろうと思ったことはやれば良いと考えれば、それはそれで良いとは思うのだが、いわゆる一般的な節目を迎えると、そんな事を考えてしまったりする。

さて、では次の1年はどういう1年になりますかね。

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2018年6月15日 (金)

スケジュールを設定する

久しぶりにというか、またかというか、Googleカレンダーのゴールに読書を登録した。

このゴールの機能はなかなか使えていないのだが、何が使いづらいかといえば、「ゴール」という名称とは裏腹に、登録するのはむしろルーチンである事だろう。例えば読書の場合、「この本をいつまでに読む」「想定時間はこれぐらい」という登録したら、空き時間に読む時間を差し込んでくれる・・・という機能であればいかにも「ゴール」っぽいのだが、残念ながら実際の登録は「どの程度の頻度で」「どの程度の時間を」かけて行うかだけになっていて、ようは「ゴール」の設定がない。

まぁその辺りの(実際の)ゴール設定は自分で考えておけという事なのだが・・・。

ただ、先述のような登録を自動的にやってくれるのであれば、それはかなり秘書の機能に近づいてくる。個人的には期待したいが、もっともその機能を使いこなす場合、機能に頼る事なく自分の行動をマネジメントできていなければならないだろう。

昨日思い立って「今日やる作業」をカレンダーに登録したら、あっさり定時をオーバーした。実際にはバッファも含めての設定なのだが、一方で何かが差し込まれれば破綻するぐらいの危ういプランニングである。これを翌日というスパンではなく、1週間から1ヶ月先ぐらいまで見通せるようにならないと、破綻してしまいかねない状況になりつつある(能力的な領域の話ではなく、環境的な要因としてだ)。

自分を取り巻く全体のスケジュール感をもう少し細密に捉えておかないと、ざっくりした予定感では立ち行かなくなるような予感があるのだ。

どこかで整理する必要があると思うのだが、一度整理しても刻々変わる状況に対応できない整理になってしまうんだよなぁ・・・。

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2018年6月14日 (木)

怒りと反省

昨日は寝坊した・・・いやそれ以上話が発展するわけではないのだけれど。

どうでも良い事を書いてしまうのは、ネタに詰まってしまっている証拠である。抑制的になっているというか、書く事を選ぶようになり、結果としてトーンダウンしているような感じがあって、それはそのままエネルギーの低下にもつながっている。

何というか、腹立たしい系と反省系が思い浮かぶ事が多くなっていて、これらは正直あまり楽しくない。まぁ発散という意味合いで腹立たしい事を書いてスカッとする事がないとは言えないのだが、それはそのまま反省系にも直結して、あんまり良くない事だなと思うようになり、その「話題の選び方」が結果としてネタの範囲を狭めている。

もっとポジティブというか、欲求系の事を(物欲とか)書きたいのだが、あまり浮かんでこないのである。ある意味枯れてしまっている。

・・・と、こうして書くのも反省系の話題。違うんだよ。何かこう、楽しかった事を書きたいんだよ。

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2018年6月12日 (火)

できない事を気にしない

今日は会社で健康診断があり、朝食を摂れないため会社に直行した。とはいえオフィスには行きたくない(というと語弊があるが、早朝から行く必要がない)ので、会社のカフェに直行。口にできるのは水だけである。

今月から復活したdマガジンだが、順調に(?)読めている。ほとんどは流し読みだが、紙の雑誌より手軽で、ネットよりも読みやすい。内容がではなく、ノイズが少ないため集中しやすいのだ(多くの記事はネットでもチェックできる類のものではある)。

一方で本を読むペースは落ちていて、この辺りは摂取できる情報に限りがあるというか、ある程度トレードオフになってしまうのはやむを得ないのかなと思ったりもする。時間帯で区切るとか、何か考える必要があるのかもしれない。雑誌の方も、一時期オーバーフローに陥っていたのは確かで、今は新鮮だけれども、どこまでチェックしていくかは慎重に見極めた方が良いだろう。

加えて今は朝の通勤時にポッドキャストを聞いていて、そんな中で練習録音も聴きたいので、全体的に時間が足りないのは間違いない。雑誌を追加した分、インプット過多になる可能性は高く、自覚症状がないまま情報疲れを起こすリスクもある。

大切なのは割り切りである。やりたい事やるべき事はいくらでもあるが、できる事は限られているのだから、できない事を気にしても仕方がない。本が読めないという事よりも雑誌が読めるという事を意識した方が良いし、練習録音がチェックしきれない事も、練習にそれほど影響を与えるものではないのだから。

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2018年6月 5日 (火)

今日終わらせる事

昨日の朝は先週の残務というか急ぎ対応の必要がある案件があって会社に直行した。なるべくならそうした事が起こらないようにするべきなのだが、諸々あってそうなる事もある。

朝は仕事がはかどるという理由で早い出社を推奨する事の無意味さは以前書いた事があるが、昨日の件は朝の効率云々の話ではなく、ようはデッドラインに対してどう予定を組むかという話で、それに失敗したという事だ。

ちなみに早く出たのでその分早く帰る事を目論んだのだが(朝早い分夜早いのは時間をずらすという事だが、夜が通常通りであればそれは時間を増やしたという事だ)、これも想定通りにはいかなかった。多少は早く帰れたが・・・。

振り返るなら、昨日は(昨日に限らないが)タスクの総量を見込めていなかった。時間効率を高めて生産効率を上げるには、そもそも何をどこまでやるかという総量の見込みとそれに対する効率化のアプローチが必要で、後者は個別に意識すれば済む事だが、前者を見込むのはある種終わりのない仕事をしているとなかなか難しい。やろうと思えばやれる事はいくらでも出てくるからだ。

一方で見込み方次第ではストレッチのないダラダラした内容になってしまう。そういった意味ではがんばっても見込みを少しオーバーしてしまうぐらいが良いという事になるのだが、そうなると別に見込みを事前に持たなくてもやれるだけやれば良いのではないかみたいな感覚にもなってきたりする。

とはいえ、本来「今日は何を終わらせるべきなのか」というのは、パッと頭の中で組み立てられる状態になっている事が理想である。いや頭の中でなくても、何らかの形で整理されている事が重要だろう。これは漠然とした課題の話ではなく、明確に終了させるべきタスクの話で、それをどこまで明確に意識できているかという事だ。

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2018年6月 1日 (金)

タスク管理とプロジェクト管理

タスク管理というのは昔から課題感が強くて、色々試行錯誤しながらなかなか上手いやり方にたどり着いていないのだが、最近ちょっと思うのは、「個人に閉じたタスク管理」では結局限界があるのではないかというものだ。「ティッシュを買う」といったタスクであるならともかく、仕事上のタスクを個人に閉じた形で構築するのは、(少なくともチームで仕事をしていく上では)かなり難しい。自己都合だけではどうにもならない部分があるからだ。

チームでコラボレーションをしていくためのツールが様々出ているのはそうした背景もあるのだろう。個人で使っているevernoteやDropboxですらそういったコラボレーションの機能を内包している(使っていないが)のは、そうしたニーズが強い事を物語っていると言えなくもない。

ただし、チームでタスクを共有化していくのは、それはそれで困難もある。そうしたタスクの捉え方や管理の仕方は、多くの場合各人毎にかなり異なるからだ。個人レベルのタスク管理ツールですら様々存在し、ノウハウ本が氾濫するのは、そうしたワークが個人内に閉じている事で、それぞれがガラパゴス化している事を示している。実際問題として各人に最適化されていた方が(個人としては)やりやすい側面がある事は否めない。

一方で、それではチームとしては最適化されていないので、個人としての最適化がチームとしての生産性向上につながっているかという視点は持っておく必要がある。これはプレイヤーというよりはマネジメントの視点になるのだが、ではマネジメントに最適化されたプロジェクト管理であれば、プレイヤーはやりやすいのかといえばそれまた違う場合があるだろう。

その辺りは結局永遠の課題というか、完成形があるのではなく、常に改善を図っていくものという事なのかもしれない。

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2018年5月31日 (木)

iPad miniとevernoteのストレス

最近iPad miniにイライラさせられる機会が増えてきている気がする。

自分が最も使うアプリはおそらくevernoteなのだが、そのレスポンス低下が著しい。そのような場合にevernoteというアプリではなく、iPad miniというハードウェアに矛先が向くのは、他のデバイスでも使用しているクラウドアプリだからだ。Googleカレンダーもそうだが、他では問題なく使えているというのが、ストレスにさらに拍車をかける。
(ちなみにGoogleカレンダーがフリーズする問題は今も発生していて、その都度再インストールをしてしばらくは使えるのだが、またある日使えなくなるというループになっている。)

少し使い方を変えた方が良いのかもしれない。

うっかりした事にiPad miniは一括で購入していない。かかるコストは結果同じといっても、分割の料金が毎月かかるというのは気分的にはストレスなので、余程の事情がなければ機種変更ということはしないだろう(などと書きつつあっさり変更することもあるのだが)。であれば付き合い方を変えるしかない。

kindleなどの閲覧系についてはまぁ問題ない。ミュージック関係は問題があるようならそもそもappleファミリーからおさらばものだろうが、最近は聴く機会も減っている。

Googleカレンダーはもう諦めるとして、evernoteは入力に使用するのでやや深刻だろう。これをXPERIAにしても良いのだが(過去はスマートフォンサイズのデバイスにキーボードで使っていた事もある)、その場合キーボードの接続先を変えなければならない。

Googleカレンダーと同じように再インストールというのも考えるのだが、抱えているデータの関係でチャチャっとやる事が出来ないのが難点だ。まぁオフライン運用をやめるという考え方もあるのだが。

さて、どうしたものかな。

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2018年5月30日 (水)

何をやらないか

今日は外出も控えていて時間がないので手短に。

仕事であれ、趣味であれ、やるべき事やりたい事というのはいくらでも出てくるものなので、その中で「何をやるか」を考えるのは、自分を追い詰めるだけだと考えるようにしている。

重要なのは「何をやらないか」で、そうやって削ぎ落としていって最後に残ったものが「今やる事」だと考えるべきだろう。

とはいえそれはこうして常に意識していないと抜け落ちてしまう。

そういった意味では容易なようで困難な意思決定なのだろう。「何をやるか」を考えるのははるかに容易である。その結果は断崖への道だとしても。

逃げてはいけない。

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2018年5月29日 (火)

インプットサービスの見直し

サービス解約からおおよそ1ヶ月経ったので振り返りなど。

日経電子版についてはあまりストレスを感じていない。それだけ読んでいなかったという事で、その点についてはさておき、コスト的な事だけを考えれば良いコストカットだったと言えるだろう。もっとも、情報が抜け落ちている事象というのは自覚が難しいので、実は致命的なリスクを抱えている可能性は否定できない。

dマガジンに関しては若干ストレスがある。こちらは結構読んでいたこともあり(読み切れていなかったという事でもあるが)、そうした情報が抜け落ちたという自覚がまだ残っているからだ。しばらく経てば消えてしまうのかもしれないが、こちらに関しては復活しても良いかもしれないと考えている。

いくつかの雑誌はオンラインでチェックすれば良いと考えていたのだが、これは見込違いというか、思ったほど機能していない。眺め方の問題なのかピンとくる記事が少ない(これは記事の問題というよりこちらの感覚の問題である)し、何より広告が酷くてやたらとストレスがある。リンクで辿ってきた単独の記事ならともかく、サイト単位で見ようという時に何をしようにも同じような広告を度々見せられるのは辟易してしまう。この点はサイト運営者もクライアントももう少し考えた方が良いのでは無いかという気がする。

ちなみに解約ではなく契約だが、日経クロストレンドについては今の所は概ね満足だろうか。ただ、これも雑誌の形で読むのとは違って、ウェブでのチェックはどうしても偏るなという印象がある。結局、ページをめくればある程度強制的にインプットが発生する形態と違って、クリックを前提とするウェブメディアは少し違う位置付けで捉えておいた方が良いのかもしれない。

そして雑誌の購読が無くなった分、本を読むようになったかといえば、確かに若干は増えたのだが、雑誌ほどのインプット圧にはなっていない。やはり少し構えて読もうとしてしまうからなのか、接する時間をそれほど確保できていないのだ。もっともこちらはここしばらく音楽の方に気を取られていたという事にもよる。ポッドキャストも、練習録音を聴く方を優先してしまってなかなか聴けていなかった。

その辺りは少しスタイルを見直す事にして(少なくとも練習録音に関しては、通勤時間などのながら聴きスタイルではあまり有益では無いような気がしてきていて、根本的な見直しが必要と考えている)、dマガジンは来月復活を検討という感じだろうか。

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