2017年9月15日 (金)

日常を維持する

北朝鮮がまたミサイルを発射したという事で、何だかさらに騒がしくなりそうだなと感じているのだが、個人的にはそれに備えるために9条をなくすとか、核を持つとかという話が出てくるとしたら、それはまさに彼らの挑発に乗って踊らされているようでどうなのかという気がしている。

もちろん危機には備えなければならないが、挑発に乗ったわけではないという姿勢で臨めるかどうかは、どういう類の危機意識を持つかだろう。彼らが本気で我々を襲おうとしているのであれば、対抗手段を準備する事が逆に攻撃の口実に繋がるかもしれないというリスクも含めて、慎重に対処する必要がある気がするのだ。

大体において、世界最大の核保有国をあれだけ平然と挑発する国が、こちらが反撃手段を持ったぐらいで挑発をやめるとは(それが挑発であるなら)考えにくい。個人同士ならそうした場合はむしろエスカレートする可能性が高い訳で、さて国同士の場合はどうなのだろうかと思ったりする。
(ようするに「軍備があれば攻撃されない」というのも、「軍備がなければ攻撃されない」と同じ程度には平和ボケした意見なのではないかという事だ。共通しているのは「自分がこうであれば相手はこうするはず」という思い込みだろうか。)

一般論でいうなら、挑発に対して最も有効な態度は「毅然とした無視」であろう。もちろん国としてスルーしてもらってはそれはそれで困るので、何らかの抗議はして然るべきだが、国民や社会のレベルでいえば粛々と日常を維持する事が大切な気がする。それはもちろんJアラートをやめろといった話ではなく、我々が驚異的なまでに平然と対処している地震などの天災と同じように、パニックにならずに「いつも通り」対処しようという意味だ。

という訳で会社に行きます。

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2017年9月13日 (水)

物欲?

iPhone8とiPhoneXが発表されまして・・・またぞろ物欲が蠢き出すのだが、では8やXが欲しいのかと問われると、これは心許ない。どちらかといえば、Androidスマホの方が自分にはあっているという事が分かっているからだ。現在使っているiPhone7が悪いとは言わないし、不足している機能があるとも思わないが(Suicaも使えるし)、それでも自分の日常使いにフィットしているかといえば、ちょっと違うという感覚がある。

会社の携帯がiPhone6になり、似たような画面ばかり見ているという事もあるだろう。Xperiaのデスクトップが懐かしい・・・。

とはいえ、iPhone7は機種変更してまだ1年も経っていない訳だし、一応2年縛りで契約している訳だし、それに何より「これにしたい」とピンとくる機種がある訳でもない。ある意味消去法的な機種選定しかできない訳で、結構な金額をつぎ込む意味がほとんどない。8やXにしても、「そうは言ってもiPhoneでしょ」という感覚があって、顔認証とか言われても別にいらないなと思ってしまう。そもそも画面を見る前に起動させる事も少なくないので、顔を見せないと認証できないというのは逆に不便な気がする。いや細かい機能は調べていないけれど。

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2017年9月12日 (火)

付加価値を高めるには

「ものづくり」「おもてなし」の価値が重視されるのであれば、まずそれらがあって、それに対する評価(謝礼)としてお金を払うという図式が自然であるような気がするのだが、実際にはまず「お金(を払う)」があって、それに対する対価(謝礼)として「もの」「サービス」を要求するという図式になっていないだろうか。だとすればその国は「ものづくり」「おもてなし」の国ではなく、「お金」の国ではないか。

そんな事をふと思った。

卵と鶏論争のようなもので、本来これらはどちらが先というものではないかもしれない。それでも例えば「このモノ(サービス)の原価は○○円です。これに付加価値としていくら上乗せしますか?」と問われた時に、自分にとっての価値をお金に換算して提示する事ができるだろうか、という事を時々考える。現状それらの付加価値の評価はモノやサービスの販売者側の提示に委ねられていて、購買側は考える必要がない。我々は総額として評価し、傾向としてはより安い方を求める。

どちらも原価が100円であれば、120円よりも100円の方が、「買う側にとっては」払うお金に対するモノの価値として付加価値が高い。しかし売る側にとっては100円よりも120円の方が作ったモノに対して払われるお金の価値として「付加価値が高い」。このある種のトレードオフは、どうやって解消したら良いのだろうか。売り手も買い手も、互いに自分にとっての付加価値を高めたいと考える構図は、原理上は解決しようのない課題に思えるのだ。

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2017年9月11日 (月)

回復

今朝はようやく起床時体温が平時の水準に回復した。もっとも鼻と喉はまだ調子が悪く、特に喉は日を追うごとに酷くなっていたので、今日の様子を見なければまだどうなったかは分からない。

そんな訳で、週末のF響の合宿はキャンセルとなった。無理して行動できないほどではなかったのだが、それなりの長距離の移動とハードスケジュールを避けたと言って良い。結果としてこの週末は楽器を弾くこともなく、本番直前に奇妙なブランクが空いてしまった。

次の週末からはそんな事は言っていられない。まぁ多少体調がどうであれ、本番であれば無理でも出るのだが、近年本番と体調不良が重なる事も少なくないので、注意は必要かもしれない。(注意して防げれば苦労はしないが・・・今回だって当初は二日酔いかと思っていた想定外の事態な訳だし。)

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2017年9月 8日 (金)

続々・体調不良

今朝の起床時体温は36度。平熱の水準から考えれば微熱状態という事になるが、身体のだるさは昨日よりも増している感じがする。厄介なのは体調の方向性が見えないというか、治る一歩手前で足踏みをしている状態なのか、落ちる寸前でかろうじて踏みとどまっている状態なのかがわからない事だ。

土日が「休日」であれば、平日を乗り切ったという事で一息ついてゆっくり休むという話で済むのだが、土日は仕事としては休みであっても、人生としては(大袈裟だが)休みではない。一泊二日の山中湖でのオケ合宿というのは、予定としてはむしろハードと言えるだろう。

しかしそう考えると、仕事であれ遊びであれ、それらを一切断つ「安息日」という考え方は、やはり必要なのかもしれない。もっとも、「病気から回復する」のが安息日の本来の役割ではないので、この週末が仮に安息日だったとしてもそれで良いのかという疑問は残るのだが。

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2017年9月 7日 (木)

続・体調不良

昨日は外出の予定があり、そのまま直帰したので結果としていつもよりだいぶん早い時間に帰る事ができた。病院に立ち寄って薬を処方してもらい、その薬を飲んで22時には寝たのだが・・・今朝起床直後の体温は37度という状況。

後々を考えれば早めに休んで治してしまった方が良いのだが、とりあえず(汗が気持ち悪かったので)シャワーを浴びて、もう一度熱を測ったら35.5度まで下がっていたので、何となく釈然としないものを感じながら家を出た。自覚症状としてはまだ熱っぽさは感じるので、この辺りの体調判断は難しい。

それでも今日出社する事にしたのは、社畜だから・・・ではもちろんなく、今日明日の仕事の組み立てを考えた時に、休むなら明日の方がまだ影響が少ないと判断したからだ。今日の無理が裏目に出るという可能性もあるが、昨日病院に行けたのはそういった意味では僥倖だったと言えるかもしれない。

最悪は週末のF響の合宿に行けないという結果で、とはいえ、移動距離を考えると体調に不安があるなら避けた方が良いだろう。パート練習もあるし、何というか盛り沢山な合宿ではあるので、欠席は正直避けたいが、本番指揮者が来るといった致命的な「休めない理由」はない。キャンセル料がかかるだけの話だ。

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2017年9月 6日 (水)

体調不良

今朝起きてみると、身体がだるくて喉が痛かった。月曜日に飲み過ぎて(昨日は)二日酔いかと思っていたが、今回は体調不良の方だったらしい。季節の変わり目は体調を崩しやすい自覚はあるのだが、崩したと言っても子供の平熱程度の微熱であるのが悩ましい。正直休むほどではないのだが、こじらせたくない(特にこのタイミングでは)とも思ってしまう。

仕事は組織で動いているので、休んでも助けてもらえるが、趣味の世界はそうもいかない。一方でその趣味のために仕事にしわ寄せを持っていくのも申し訳ない。そんな感じだろうか。

今の所は動くのが辛いほどではないので、やや低空飛行で様子を見ながらという事になる。その状態で仕事に臨む事自体がけしからんという話もあるが、こればかりはどうしようもないのだ。

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2017年9月 5日 (火)

夜にやる事

昨日飲み過ぎてしまったために頭が働かず・・・というほどでもなかったのだが、今朝はメルマガやウェブニュースなどのチェックに追われてしまった。気を取られたと言っても良いだろう。以前にも書いたが、朝の時間が結構シビアなため、インプットとアウトプットを適度にバランス良く、というのが難しい。

インプットを夜にするという方法もあって、(今日もそうだが)なるべくカフェなどに寄ってそうした時間に使ったりもするが、そうすると最中に感じた事などを翌朝書く段になって忘れているという事も多く、あまり効率良い流れになっていない。
(もっとも、覚えていられない程度のことは別にアウトプットしなくて良いのだけれども。)

で、この時間にこんなところで(失礼)こんなものを書いているという事は、今日は練習に行ける程の時間には仕事が終わらなかったという事だ。というか、残業なしでサマータイムを使っても、帰ってから練習に行くのは時間的に(も精神的にも)結構しんどい。昨年まではそうでもなかったので、そうした辺りに仙川と渋谷の距離の違いを実感したりする。

まぁ今日はその他にもやる事があるのでそれをしよう。練習録音の整理もしなくてはいけないし、急な降り番の連絡への対応もしなくてはいけないし、そもそも早く寝たい。

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2017年8月31日 (木)

オーケストラ以外

昨日は変な物欲話を書いてしまったのだが、元々自分の物欲というのは結構偏っていて、今はたまたまその偏りが興味のない領域にしか向いていないというだけの話である。ただまぁ若干惰性的というか、物事への意欲興味関心が薄い状態で日々を過ごしているなという感覚があるので、それを物欲という側面から打破できないものかと考えたに過ぎない。

そもそも周囲から見れば、週末がほぼオーケストラの予定で埋まっている状況に「意欲がない」とか言われても納得できないであろう。

そういった意味では意欲がないというのは少し違うかもしれない。何というか興味関心の幅が狭くなっているという捉え方をした方が良いだろう。

ようするにオケに(あるいは楽器に、あるいは音楽に)偏っている。
例えばFacebookの「過去の今日」の投稿などを見ていると、昨年は(昨年だってオケの予定は過密だった)結構自転車の話題やドライブの話題などもポストしていたのに、今年はそれもない。

とはいえその辺りの偏りは正直自覚があるので、9月を乗り越えたら少し別の何かも考えてみたい所である。

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2017年8月30日 (水)

購買意欲の低下

経済というのは「売る」と「買う」の両輪で回っていくものだなと思うのだが、最近買う方での貢献をしていないなとふと考えたりした。いや個人で「売る」という事をしている訳ではないので、その点では両輪になっていないのだけれど。
(今回は物欲の話です。)

実際には何かを買っていない訳ではなく、日々の食事や土日のオケの交通費、毎月定額で出ていく通信費など、目に見えない形や自覚の薄い形で「買っている」ものは少なくない。ただ、手に取る実感とか、使った実感のある「買う」という行為が少ないというだけの話だ。その辺り、オンラインでの購入というのは、実は結構実感が少ない。

こうして書きながらも、直近でそういえば弦を購入したのを思い出したりした。ただ、amazonで決済して届いたのを受け取るだけなので、ようは手にした実感とか、選んだ実感というのが薄いのだ。フィードバックが少ないとでも言おうか。

これは無自覚に買ってしまうリスクと、そもそも手にして買うという行為への意欲低下というリスクがある。前者は通販界隈でよく聞く話で、個人的には通販購入品を受け取るのも面倒くさいと思っているのであまりリスクとして感じていないのだが、後者については何となくそういう傾向が生まれている事を感じている。

ようは「欲しい」と強く感じる機会自体が減少していて、義務的に必要だから買うとか、それすらも最低限に済ませようとか、そういう心理傾向にあるような気がするのだ。
(気がするだけという可能性もある。)

例えば今は渋谷に勤務しているので、ハンズやらロフトやらに立ち寄るのは比較的簡単である。何が欲しいというのはなくても、眺めているうちにそういう気持ちになる事もあるかもしれない。では寄ってみようか・・・という気持ちが起こらない。

そう、買うという行為への意欲低下もそうだが、そもそも「売られているもの」への関心自体が下がっている気がするのだ。これはマーケッター(ではないにせよビジネスマン)として、良い事なのだろうか。世間で売られているもの、流行っているものに対する関心が低下しているというのは、生活意欲だけでなく仕事上の意欲低減でもあるのではないだろうか。

でも案外最近はそういった人も増えているのではないかと思ったりして、ではどうやったら買う気になるのだろうと考えたりする。関心領域が多様になり、響く対象が狭くなっている・・・と分析するのは簡単だが、何かそれだけではないようなパラダイムシフトが起こっているような気もするのだ。

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