2019年5月14日 (火)

腹八分目

このところ少し食べすぎのような気がして、昨日は朝食をおにぎり一個にしたりしたのだが、結果として諸事情により昼食を抜くことになってしまい、ややふらつく感じになった(当社比気持ちとして)。
ただ、それでも空腹感は弱いというか、前に食べたものが残っている感覚はあって、どれだけ食いすぎていたのかという気もする。カロリーコントロールに興味がある訳ではないが、腹八分目という感覚はあっても良いような気がしていて、その感覚からいえばここしばらくは腹十二分目ぐらいの状態ではあっただろう。
現状は会社で食べる昼食が一番バランスがとれていて、基本的にはここで野菜などはカバーしている。朝食はほぼほぼ定番化しているので、一日トータルで腹八分目という意味合いで調整をするのであれば、夕食でということになるのだが、不思議と夕食はガッツリ食べたくなったりする。ただこれは習慣のようなもので、晩酌一品とかで済ませる方々もいるのだから、(晩酌はともかく)そのように食習慣を組み立て直せば良いだけの話だ。
付き合いの席などはもちろん別の話。

| | コメント (0)

2019年5月 9日 (木)

スキマ時間と優先順位

昨日は結局夜の予定が入ってしまい、やろうと思っていた事は流されてしまった。いよいよ土曜日のスキー試乗会をキャンセルすべきかと考えたが、すでに期限を過ぎていた。最悪すっぽかすという選択肢がない訳ではないが、せっかくのチャンスでもある。
今日の夜はKオケの練習で時間はもちろん作れない。明日は土曜日の準備をしなければならない。という訳で、何とかスキマ時間にというか、そういった時間を活かしていく必要がある。なら最初からやればよいのだが、スキマ時間を活かすにはそれなりの準備が必要で、単にスキマ時間が出来たからさっとやれるものではなかったりする。そう考えているのは自分の甘えかもしれないけれども。
仕事におけるスキマ時間の活用というのは、それに適した雑務があってこそのことだ。雑務というのは言い方が悪いけれども、ぽっと空いた時間の中でやれるタスクというのは、別に準備などしなくても降って湧いてくるものから見極めれば良いだけの話である。
そもそも仕事の場合、メインとなるタスクがあって、その合間に「スキマ時間」が生まれるという構図だから、ではそれをどう活用しようかという話になる。
一方プライベートにおけるタスクは、むしろ仕事で言うところの隙間タスクの合間にどうメインタスクを入れるかという構図になることが多い。いやまぁ自分の場合はメインタスクも多くて、仕事時間を延長する余裕もない状態に陥るケースも少なくないのだが、ようは時間を作るところからというのが少し違っているような気もする。
もっとも、人生というトータルの時間管理の中では、結局どちらも同じではあるのだろう。時間というきわめて有限な資源に対して、どのような優先順位で臨むかという話で、今回の事が出来ないというのは、どこかで優先順位を下げてしまっているのかもしれない。

| | コメント (0)

2019年5月 8日 (水)

やる事をやるための鞄

今日は思い立っていつもより1本早い電車にしてみた。
元々はこの電車を利用していたのだが、渋谷に到着するのがやや早い(カフェが開くほんの少し前で待つ必要がある)のと、混雑が(準特急という関係で)1本後よりもひどかった事で避けるようになっていた。改めて乗ってみると、1本後の電車も準特急になったために分散したのか、それほどの混雑でもなかったので、これはこれで良いかもしれない。
そして今日は鞄とsurface持ち。手ぶらに慣れてしまうと鞄もストレスではあるのだが、鞄無しをデフォルトにしてしまうとやる事をやらなくなる。連休前に書いたように、極力スマホでできるようにしていくのが理想ではあるが、まだそこまでの切り替えができていないというか、それなりの準備か、それなりの手間が必要で、つい使いやすいデバイスに流れてしまうのは確かだ。surfaceを使うにはもったいない程度の作業ではあるのだが、スマホでやるにはちと手間が多い。
で、本来は夜にやる予定だったのだが、どうも夜は予定が入りそうなので、せめて準備作業だけでも朝のうちに終わらせなければ・・・。

| | コメント (0)

2019年5月 7日 (火)

欠けたら困るチーム

連休が明けて、平成が令和になった。
今日から社会復帰で、少し早く出社するか・・・などと考えながら、その発想自体が仕事優先の考え方に侵されていると思い立ったりする。とはいえ、生活全体を通してみれば、連休はイレギュラーな非日常であり、今日からは日常であろう。本当は、こうした一見イレギュラーな日々も日常の一部として組み立てられる余裕が欲しい。
さておき、今回は長い連休にも関わらず、加えて1日早く休みに入ったので、ちょっと考えさせられたことがある。それは、1日早い休みの日に発生する「仕事」をどうするべきかという話だ。
会社のスマホは連休中も持ち歩く関係で、連絡は常に受けられる状態にあるのだが、全体を通してみれば流石に(社会的に)休みとなっている期間中に入ってくるものはほとんどなかった。1日早い休みの日に入ってくる連絡と、連休中に出勤していた同僚からの連絡ぐらいだろうか。
で、今日はその1日分をリカバリーしなくてはならない・・・訳なのだが、そこで考えてしまったのは、だから日本人は「社会的な休み(あるいは会社的な休み)」でなければ休みにくいのではないかという事だった。個人的な休みの場合、結局その日に発生する仕事を後日片付けるという事になるのであれば、そうしたしわ寄せがないように休まないほうがましと考えてしまうのは想像に難くない。
そういった意味では、チームで仕事をしていても「欠けたら困る」チームであって、「欠けても困らない」チームではないのかもしれない。
いや単に計画性の問題かもしれないのだけれどもさ・・・。

| | コメント (0)

2019年4月25日 (木)

実はスマホの方が便利という話

今朝ふと思いついて、これまでPCでしかやっていなかった振込をスマホでやってみたら、意外と簡単だった。世の中のデバイス趨勢を考えれば当たり前の話で、スマホでこそ使いやすくというのが今のWebサービスの常識であろう。
つまり昨日書いたように、XPERIAでやることを増やしていくことはそんなに難しくなくて、実はPCでやっていた方こそが非効率というものがあるということなのだ。理屈では分かっていても中々変われないのが人ではあるが、今回やったことで少なくとも今後振込はスマホからになるわけで、そうやって一つひとつクリアしていくしかないのかもしれない。

| | コメント (0)

2019年4月24日 (水)

やれる事を増やす

昨日まっすぐ帰ったのは用事があったからであって、何もする事がないからではないのだが、手ぶらで通勤するようになってから、何も出来ずにまっすぐ帰る事は増えている気がする。
何かするという内容にもよるのだが、本来何かをするのに鞄は必要不可欠ではないだろう。むしろ手ぶらのほうが身軽である。では何故そうなるかといえば、どちらかといえばその場合に「やること」の方に起因していて、ようはiPadなりsurfaceなりを使って何かをするというのが、この場合の「まっすぐ帰らずに何かをする」と同意だからだ。
そういった意味ではそんなものには縛られずにやりたい事をやって帰れよと思わなくもないが、正直な話、帰宅前に「やりたい事」というのはほとんどなく、むしろそれらを使って「やらねばならない事」の方が多かったりする。
そうなのだ、XPERIAではこなしきれない、iPad miniやsurfaceがなければ、出来ないとは言わないまでも面倒くさい「やるべき事」がどんどん溜まっていくストレスというのが、実は手ぶら通勤にはあったりする。この出来ないストレス感は、平河町ライブラリーがクローズして、そこでやっていた事ができなくなった時の感覚に近い。
そんなストレスがあるのなら(そしてやる事が出来ずに滞るなら)、手ぶら通勤をやめて鞄を持てば済む話なのだが、持たない解放感とのせめぎあいというか、慣れてきてしまうと鞄を持つのもそれはそれでストレスになるという葛藤があったりする。
本来は、iPad miniやsurfaceに頼らずにやるべき事をこなしていけるような工夫をするべきなのだろう。それが新しい刺激にもなっていくのだから。

| | コメント (0)

2019年4月23日 (火)

情報受信の仕組み

日経クロストレンドを年間購読してきたのだが、意外にというか、なかなか読めていない自分がいる。そういた意味では、なんだかんだで(購読を解除してしまった)日経電子版とMJの方が有益だったかもしれないと思ったりする。
情報収集をどうするか、というのは一つの課題である。ただ改めて考えてみると、ここで必要なのは情報「収集」というよりは、情報「受信」の仕組みをどう作り上げるかというものだろう。情報収集というのはテーマを持った能動的な行為なので、検索なりの情報を「探す技術」の問題になる。そうではなく、日常生活の中でいかに気付きとなる情報(それらは能動的な検索では手に入らない)を受信する仕組みを構築するかの方が、情報過多とされる現代においては重要だろう。
それらは意識の外から飛び込んでくるものなので、どういう情報かというテーマ設定が難しい。関連性を読み取ってレコメンドしてくるネットの情報においても難しい。だからこそ新聞や雑誌のような「興味のなさそうな情報も一緒くたに届けてくれる」媒体が重要という事だ。
クロストレンドに関していえば、情報の領域的に前者に近い役割であっただろう。そういった意味では不要という訳ではなく、むしろ突っ込んでいく時には必要な有料情報ではある。ただ、そこまでのコストをかけるほど自分のテーマにフィットしていたかといえば、その辺りは見極めが必要だ。1年間を振り返ってあまり読んでいないと感じるのであれば、それほどフィットはしていなかったという事かもしれない。

| | コメント (0)

2019年4月22日 (月)

GWの過ごし方

この週末も無事に(?)乗り切り、今週が終わればGWである。今年は諸事情により突入前日を休みにした(翌日の本番に向けたリハーサルがあるからだが)ので、実に11連休ということになる。予定されている練習もそれほど多くないので、では何をして過ごすかというのは、これから考えなくてはならない。
連休の過ごし方は難しい。練習が随所に挟み込まれると移動どころではなくなるというのもあるが、そもそも移動自体が億劫になるし、移動先(旅行先ともいう)の混雑を想像すると、その時点で萎えてしまうからだ。
数年前には、GWの合間の平日に休みをとったら、休みはその日だけで残りは練習という事もあったのだが、今回はかなり穏やかというか、初日に本番、翌日練習の後は、通常のスケジュールでの練習があるだけである。それは「個人練習をしておけ」という話でもあるのだが、あいにくそういうメンタリティはない。というか、練習場所を確保できない。
という訳で、今年はスキーと自転車に力を注ぎたいなどと考えていて、多少なりとも人が減るであろう都内を自転車で走り回るのと、1日ぐらいはスキーに行きたいものだと考えている。
ま、その前に、休みにはいる前に終わらせておかなければならない仕事を片付ける必要はあるのだが。

| | コメント (0)

2019年4月18日 (木)

決済ツールとしての財布

財布というのは、支払いをするためのツールである。
なぜ突然そのような事を考えたかといえば、支払いの場面で財布の取り回しが悪くなるのは、財布そのものの問題というよりも、支払う場面に対する最適化が出来ていないからではないかと思いついたからだ。
そんな訳で「支払う場面」というのを想像しながら決済手段の優先度を考えてみる。
まず個人的に決済手段として最優先にしているのは、スマートフォンの電子マネーである。これで済むのがなんと言っても一番早い。ポイントカードの利用が付随する場合も、大抵はアプリで対応が可能である。
次に、払えるものならクレジットカードを使う。何枚か持っているのだが、今は支払いはほぼ1枚に集約しているので、これを小さい財布に入れている。
そして電子マネーもクレジットカードも使えない場合に現金を使用する。これも小さい財布である。
そう考えると、SECRIDのカードケースの出番がない。そもそもこのカードケースを持ち歩いているのは、小さい財布に収まらないカードを収納するためなのだが、「カードを取り出す」という動作においては、小さい財布よりも遥かに容易という特徴がある。
であれば、
電子マネー → スマホ
カード → SECRID
現金 → 小さい財布
という使い分けをした方が良いかもしれない。
小さい財布は、決済のツールとしての優先度は低いが、自宅の鍵も含めて「常に持ち歩くべき」ツールで、セーフティネットの役割も担っている。そういった意味でクレジットカードも入れているのだが、それを「常時使うカード」にしてしまうと、取り回しにやや歪みが生じてしまう。
これを「現金、定期券、免許証、保険証、キャッシュカード」にする。そうするとカードを取り出す機会はそれほど多くないので、利用場面を減らすことが出来る。
一方SECRIDに常用のクレジットカードを移すと、それを使う場面において「カードの取り出しやすさ」が生きてくる。どうせ持ち歩くのであれば(理想は小さい財布だけにしてしまう事だが、セーフティネットの機能を持たせてしまうとこれだけではどうしてもカードの収容能力が足りない)、利用場面をもっと作るようにした方が良い。今は利用する事の少ない「予備ケース」にしかなっていないからだ。
もっとも、先日感じた「取り回しの悪さ」はそもそも手持ちの2つでは収まりきらないカード(診察券とか)に起因しているので、それが解決できるかといえばやや微妙ではある。

| | コメント (0)

2019年4月16日 (火)

割り切り

昨日は少し思い立って財布を見に行った。
今使っているアブラサスの小さい財布はたいへん気に入っているのだが、時々やたらと取り回しに苦労する事がある。当然ながら財布に入りきっていないカードを使わなければならない時などだ。
その度に大きな財布を検討するのだが、最終的にはどれもピンとこないまま終わったりする。必要な収納を実現すれば、その一方で持て余すことが容易に想像でき、といって持て余さないサイズにしようとすれば、収納しきれなくなるというジレンマに直面する。
結局「大は小を兼ねる」というのは幻想で、むしろ大か小かは方向性の違いなのだ。
で、今の自分は小の方向性を選んでいて、それは時々の取り回しの悪さは許容せよという事なのだろう。手ぶら通勤で生じる不都合もそうだし、あれもこれも満たす事は出来ない訳なので、その辺りはある程度割り切らねばなるまい。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧