2011年6月24日 (金)

フロアのみなさまへ

みなさま

昨日、私は18時に自席を片付けてから、上階に上がってゴーヤの様子を見に行きました。
18時の消灯時間以降の残業部屋に指定されている会議室には、すでに何人かが集まり、残った仕事を開始、もしくはその準備をしていました。

10分ほど経ってフロアに戻ると、まだ灯りがついていて、自席で仕事をされている方が残っていました。

その状況を、残業部屋に向かう他のフロアの人は、当然目にすると思います。
ロッカーに寄って帰る人たちも(最近はエスカレーターを使わない人も増えているので)、当然目にすると思います。

彼らはこのフロアの灯りを目にしてどのように思うでしょうか。
残業部屋に一番近いフロアの人間が、堂々とそのフロアで仕事をしている光景を、どのように思うでしょうか。

わざわざ語るまでもないのではないかと思います。

ほんの10分じゃないか・・・そういった意見もあるかもしれませんが、その5分10分こそ、他のフロアの人たちの目に触れる時間帯なのが気になります。
私たちは、むしろ率先して、最低でも5分前、可能であれば10分前には消灯を実現できるように行動する必要があるのではないでしょうか。

並み居る役員、部長のみなさんを差し置いて口を出すのも恐縮ですが、誰かが言わなければならないだろうと思いましたので、投げかけさせていただきました。
反論がありましたら、遠慮なくお寄せください。

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2006年1月12日 (木)

現場の定義

合資会社オオタキカクの太田亮児さんという方が書いた「責任者の心得」という冊子を、昨年末から今年にかけて読んだ。
多くは「現場責任者の心得」というもので、「現場」「現場」が連呼されるために、「現場主義」嫌いの自分としてはなんだかなぁと思って読んでいたのだが、最後の方に非常に得心する記述があった。

「現場を考える」という項なのだが、「働く人みんな現場」とした上で、そのはずなのに現場ではない人がいるとこんなことが書いてあったのだ。

1.責任を取らない(取れない、取り方を知らない)
2.責任を投げる(責任を転嫁する)
3.自分の保身だけを考える

これを逆に考えれば、現場の定義は非常にシンプルなのではないか。
つまり、責任を取ることができる=現場という定義だ。

営業や生産という職種ではなく、管理職や一般職という職位でもない、そこに責任があってその責任を果たしているかどうかを現場の定義として考えれば、いわゆる「現場主義」が本当かどうかが分かる。

責任がない立場だったら、現場とはいえない。こういう考えは非常にシンプルだ。
逆に言えば、現場が大事といいながら、権限と責任を彼らに委譲していなければ、それを本当に現場とは考えていないということになる。

自分の仕事には責任があるか。自分にはその責任を果たす覚悟があるか。周囲はその責任を認めているか。
そういった条件が満たされて、はじめて自分の仕事は現場の仕事になる。

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2006年1月10日 (火)

組織の歯車

組織における個人の役割を歯車にたとえた話は、最近はそういえば聞かないような気がするが、少し前はずいぶんと耳にしたような気がする。

個人は組織の歯車なので、逸脱は許されない、という話。
いやいや、歯車は一つでも欠けると動かないが、組織は一人いなくなったぐらいでは止まらないので、個人は歯車ですらないという話・・・。

まぁそんな話が頭の中には残っていたのだが、先日上司から歯車の話が出たときに、また少し違うことを考えてしまった。

中央にトップという歯車、周辺に現場という歯車があると考えよう。
トップと現場という歯車が直接かみ合っていることはまずない(特に組織が大きくなれば)ので、当然間に別の歯車がかみ合わされる。中間管理職という層と考えても良い。

単純化するために、トップ-中間管理職-現場という三つの歯車の組み合わせを考えてみる。
すると、トップと現場が同じ向きに回転するには、中間管理職という歯車は逆回転をしなければならない。

もしトップの歯車の回転の向きが組織の方向性と考えた場合、組織全体にスムーズに動くためには中間管理職は逆回転をしなければ現場は同じ方向には回らないのだ。無理に同じ回転をしようとすれば、当たり前だがトップと中間管理職の間でさえ歯車は回転しなくなってしまう。

さらにこれが何階層にも及ぶ歯車の場合、それぞれの回転は複雑怪奇に組み合わされる。最終的に求めるべきが組織全体の方向性だとすると、それは「現場の方向性」のはずなので、トップでさえ場合によっては最終的な回転方向の逆回転をしなければならない場合があることになる。

組織が大きくなり、それが歯車のように強固にかみ合っていればいるほど、それぞれの回転方向は全く別になる可能性が高まるのだ。

言い換えれば、ある歯車が全く別の方向を向いているように見えても、実は全体としてみればスムーズな回転に寄与していたり、単独では一見トップと同じように回転しているように見えても、全体としてみれば回転を阻害している可能性があるということだ。

歯車でよいかどうかの議論はひとまず置いておくとして、自分が歯車だとしたら、さて回転方向はどんな方向だろう。

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