2019年5月21日 (火)

第九の分奏

昨日「も」Kオケの練習で第九の弦分奏。といってもほとんどトップ分奏に近い。そもそもの人数が少ないからだ。
そして第九の経験のあるメンバーも少ない・・・という事で、そもそも曲の構造やパートの立ち位置が分かりにくい所を中心にゆっくりさらう。余裕があれば音程まで確認できるとよいのだが、まずはリズムであろう。音程は個人練習で精度を高めていけるが、他のパートとの噛み合せも含めたリズムというのは、個人練習では限界がある。メトロノームで割り切れる世界ではないからだ。
(もちろん、そうした練習も必要である。)
音程も行き着く先は個人練習では限界があって、どこかで響きの中で音程を創る形にしなければいけないのだが、それはもう少し先の話だろう。
練習では幸いにして他のパートがずれているのが気づけるぐらいには曲は身体に入っていたのでそうした箇所は指摘できたのだが、その程度では意味がなく、もっと練習をリードできるようにならなければならない。面倒といえば面倒だが、それは必ず自分にも肥やしとなって跳ね返ってくる・・・はずだ。
とりあえずどこを練習するかぐらいは事前に下調べをしておかなければ。皆で考えながらやることなので、自分だけがやることではないけどね。

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2019年5月20日 (月)

本番前

この週末は、土曜日にKオケの第九、日曜日にF響のシューマンだったのだが・・・最近は練習が終わると虚脱感に襲われてその後の時間に何も出来なくなる事が多い気がする。

 

 

もちろん何もしないというのは無理なので、何かはするのだが、そこにあるのはやるという意思というよりは、やらなければという環境で、それもできれば先送りするといった心持ちになってしまう事が少なくない。

 

 

以前から本番前は(なぜか)テンションが下がっていく傾向があり、それを本番で回復して次に向かっていくというパターンだったのだが、最近はその本番が矢継ぎ早に訪れるので、本番後のテンション回復効果が薄れて、本番前のテンション低下ばかりが目立っている・・・ような気がする。テンションアップは慣れると効果が薄まるが、テンションダウンは慣れたからダウンしなくなるようなものではないからだ。

 

 

ここ数年はカンフル剤のように本番の回数を増やして乗り切ってきたのだが、それが効かなくなってきたという事かもしれない。
(とはいえこんなことを考えるのも、本番前特有のテンションダウン効果で、いつもこんな事を考えている訳ではない。)

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2019年5月17日 (金)

第九の個人練習とサイレントチェロ

昨日はKオケの練習だったのだが、個人練習日という設定だったので久しぶりに第九をさらった。
大学以来の長い付き合いのある曲なので、何となく分かったような感じで弾いてしまうのだが、実際には思い込みと勢いで弾いてしまっている部分が多々ある。そういった個所を少し丁寧に振り返ってみた。
目的はもう一つあって、サイレントチェロを弾くのに慣れるというものがある。正直、使いこなせているとは言い難いからだ。
昨日は比較的音も響いて気持ちよく弾けた。サイレントチェロの場合、振動という形で自分自身に聞こえてくる音が生楽器とは異なるので、アンサンブルの中だと見失ってしまう事があるのだが、一人弾きには合っているのかもしれない。

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2019年5月16日 (木)

立場を二分しない

昨日は知り合いのボサノバライブに行った。
ライブといっても歌声喫茶(古い)のような感じで、客が自由にジャムセッションをするようなスタイルだろうか。飲みながら音楽を楽しむ場とでも言えば良いだろうか。
ちょっとカラオケのような雰囲気ではあるのだが、自らが音楽を楽しむ姿勢として、聴かせる聴くという立場に二分されていない楽しみ方で、これはこれで楽しい機会だった。
クラシックでは大体立場が二分されてしまっているのだが、最近はこういう方向も良いよな~と思う事もある。

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2019年5月15日 (水)

音楽を聴く

先日久しぶりにタワーレコードに行ったのだが、何も買わずに終わった。
これは結構珍しい。過去タワーレコードでは行けば1回1万円を超えるまとめ買いをすることが多かったからだ。
今回買わずに終わったのは、目的の音源が見つからなかった(たいてい見つからない系の音源なのでそれ自体は珍しくない)というだけではなく、途中で「これ聴くだろうか・・・」という気持ちになってしまったためだ。これというのは、特定のCDをさすのではなく、そもそも購入した音楽を聴くだろうかというレイヤの話である。
最近、音楽を聴いていない。
こう書くと語弊があるようだが、ようは「音楽を(意識的に)聴く時間を持てていない」という意味合いである。
現状音楽を「聴く時間」は大きく3つある。朝の電車、夜の電車、車の中だ。実はそれ以外の場では改まって音楽を聴くということがあまりない。
朝の時間はPodcastが中心である。だいたいそれで通勤時間が終わっている。
夜の電車は練習録音が中心である。大抵のオケでは練習録音が流れてくるので、せめてそれぐらいは聴いておきたい。
車の中は手持ちからお気に入りを集めたプレイリストをシャッフルで聴いている。ようは過去の曲で、そこに新曲はほとんど入ってこない。
加えて、CDを取り込むにも時間がかかる。これまでも買ってから取り込むまでに1ヶ月ぐらい間をおいてしまったりということがあったのだが、それほど強い動機に基づいて購入している訳ではないため、結構放置してしまう事が多い。
そんな訳で、楽器演奏を趣味にして、音楽に親しんでいるようで、実は冷静に考えるとあまり音楽を聴いていなかったりする。そもそも朝夜の電車も車も「ながら聴き」で、本腰を入れて音楽に集中するという事がほとんどない。
なんだかその辺りから見直したほうが良いのではないかと思ったりする。

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2019年5月13日 (月)

練習

週末はF響のソリスト合わせとY室内管の初回練習。
F響で協奏曲をやる機会はそれほど多くないのだが、協奏曲をやって良いなと思うのは、明らかに「聴く」意識が高まることだ。理想は協奏曲でなくとも、同じように「聴く」意識を持てれば良いと思うのだが、その辺りは環境次第というか、自覚的に持つのはなかなか難しかったりする。
元々自分はあまり周りの音を聴いていない。厳密にいえば全体の響きは耳に入っているのだが、特定のパートの音などに注意を払いきれていないのだ。これはどちらかといえば勉強不足の類で、今どこに耳を傾けるべきかを理解していないし意識していないという事である。
Y室内管は相変わらず初見で臨む結果となってしまった。練習後の懇親会でコンマスが「チェロは練習中に成長する」と言っていたが、おそらくそれは成長ではなく、最初がグダグダだっただけであろう。
初見で臨むというのは、別に初見が出来るからではなく、事前にさらうことが出来ないからである。もちろんそんな話は甘えで、事前にさらえるようにならなければならないのだが、もうずっとそんな状態が続いている。時間がないのは確かだが、そんなものは言い訳で、事前のさらいが出来ないのは合奏の響きがない状態では音のイメージが持てないからだ。
こうした反省を何かしら生かせれば良いのだが、結局何も出来ないまままた次の曲へと臨んでいってしまう悪循環。いや循環すらしてないか・・・。

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2019年5月10日 (金)

第九をさらう

昨日のお酒が悪かったのか、今朝は頭が痛い。そしてお腹の調子もよろしくない。体調不良ではなく二日酔いだと思いたいが、そのあたりの判断が難しいのが悩ましい。
昨日はKオケの第九。アンサンブルを重視した練習のおかげで少しじっくりさらえたのは良かったのだが、改めて一人で弾いていると、全然弾けていない自分に嫌気がさしてくる。過去10回以上本番を経て得たのがこれか・・・と思うとがっくりきてしまう。合奏の数は力というか、弾けていないのに弾けていると勘違いさせてしまう魔力がある。
経験に胡坐をかくことなく、丁寧にさらうことが必要なのだろう。何となく第九を最初に弾いた大学1年生の時にすら及ばない状態のような気がする。いや確かにあの時が一番さらったとは言えるのだが、それではその後の経験は何だったのか。
しかしそれはそれとして、楽器としての音も落ちてきている気がする。これは弦の劣化であろう。6月のF響の本番前に替えると考えるのであれば、この週末辺りでやっておくのが望ましいが、手元に新しい弦はない。張り替えたら次のを買っておくようにしていたのだが、そういえば忘れてしまっていた。まあ以前使っていたヤーガーの新品は残っているので、ここで一度戻してみても良いかもしれない。
さて、この週末は忙しい(いつもだけれど)。今から週末を考えるのではなく、まずは今日の仕事を考えるべきなのだが、色々備えておかなければいけない事もあるのよね・・・。

 

 

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2019年4月19日 (金)

電子楽譜

Kオケで週末に急遽小曲を2曲演奏することになり、昨日は練習後にその内容の調整。もちろん新曲というのは無理で、ド定番曲を演奏するのだが、それが出来てしまうのが良い所である。
Kオケの場合、演奏回数は多いのだが結構レパートリーとして使いまわしている曲があり、急なイベントへの対応が比較的容易に出来たりする。理想は出演者がばらつく際にも対応できる事なのだが、今回に関していえば急な話でもそこそこ人が集まったので、なんとか旋律には穴を開けずに演奏できそうである。
しかしこういう機会があると、楽譜の電子化をしたくなってくる。差し替え可能なバインダーを使用しているので、演奏機会に合わせて都度入れ替えているのだが、結構探すのが面倒くさい。surfaceやiPadでも可能なのだが、演奏の都合を考えると2画面見開きが良い。練習は必要な箇所さえ見られれば良いが、本番はそうはいかないからだ。
ついでにいうとスタンドと一体化出来ると非常に取り回しが良いんだよな・・・。

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2019年4月 1日 (月)

演奏会終了

週末は慌ただしかった・・・いつもの事ではあるが。
日曜日はF響のバレエ公演(お手伝い)があった。元々は出ない予定だったが、出演予定者が出られなくなってお鉢が回ってきたのだ。泣き言を言えば、それにより3月行ける筈だったスキーに行けなくなったりしている訳なのだが、それで本番がつまらなくなるというものでもない。元々この公演はオーケストラピットでの演奏が経験できる貴重な機会の一つでもある。
とはいえ反省点は多々あって、そもそも出ない想定もあったのでほとんど譜読みはしていなかった(いや出る予定でもしなかった可能性はあるのだが・・・)。個人的にはそれはそれで今の自分の力量を測る機会と捉えたりもしているのだが、やはり何というか、楽譜への「食いつき」が弱くなっている気がする。少なくとも直前ギリギリまでアジャストできなかった(本番はまぁなんとかなったと信じたいが)感があるのは否めない。
こうした食いつきは、数をこなしていればできるようになる気もするし、逆に数が多いとキャパを超えてしまうような気もしている。記憶と反復で弾く部分と、状況と反射で弾く部分というのは確かにあるのだが、最近は双方が衰えてきていて、それでも何とか後者で本番をギリギリを維持している(こぼれ落ちているものも多々ある)ような感覚がある。前者を強化するには、流石にもう少しトータルの数を減らさなければ無理なので、そういうバランスを見直さなければならない齢という事なのかもしれない。
などと言いつつ、この週末は8月公演のオケの出欠確認が来ていたのだった。我ながら途切れないものである。

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2019年3月26日 (火)

規模の違いがもたらすもの

本来なら先週の本番の振り返りをしておくところなのだが、少し間が空いてしまって少々記憶が心許ない。ひとまず印象の強い週末の練習の方を振り返っておく事にする。
日曜日の練習は、午前中にF響、夜にアンサンブルCで、午後はぽっかり空いてしまったのだが、やるべきことはできたのでそれは良しとして、今回印象に残ったのはこの両オケの規模の違いがもたらす感覚の違いだ。
F響は100人規模のオケで、弦楽器は16型が余裕で組める。チェロは6プルトという陣容で、もちろんエキストラではなく、練習への参加率も高い。個々人のレベルはそれなりという感じなのだが、弦楽器にとって数は力というのを実感させられる事は多い。全体からみれば一人ひとりの音は小さなものなので、多少ミスがあってもカバーされるという感覚があり、ともすれば弾き方が荒くなってしまう傾向がある。
一方アンサンブルCは「小さいオケ」を志向しており、チェロは2プルトという陣容。当然ながら一人ひとりの影響力は大きく、意識としても気を使うし、無意識に緊張を強いられている感覚がある。
これだけだと後者のほうが良さげなのだが、実際には前者のほうがプレッシャーが少ない分楽しく弾けたり、そういった環境だからこそバランスを考えさせられるような事もあったりする。そういった意味では良し悪しなどではなくあくまでも「違い」があるという話なのだが、今の自分にとっての必要性を考えた時に、どちらが必要か(好きか、ではない)といえば後者の方であろう。エキストラで行くオケも多くは前者に近い(後者のタイプのオケはエキストラを必要としない)のだが、明らかに自分の演奏スタイルはそちらに向いてしまっているのは間違いない。
別にそれはそれで一つの選択と言ってしまえばそれまでだが、奏者としての幅を考えた場合に、後者のようなアンサンブルにもアジャストしていけるようにはなりたいとは思うのだ。
いやでもな〜単に規模の問題かといえばそれだけではないような気もして、そのあたりはオケとしての雰囲気の問題なのかもしれない。

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