2018年8月 6日 (月)

演奏を聴く

土日は暑かった・・・。

土曜日にU響の定期演奏会があり、縁もあるので聴きに行ってきた。縁がなくともなるべく聴くようにしたいとは思いつつ、縁がなければ中々行くきっかけが得られないし、この暑さでは行く気にもならない。

さておき、ここしばらく客席後方で聴く事が多く、結果として演奏は(ホールの響きにより)端正に聴こえるのだが、いまいち迫力に欠けるという印象が続いていたので、今回は後半のプログラムで前方に座ってみた。知り合いの多いオケなので、目があったりすると気まずかったりするのだが・・・。

前方の席というのは、オケの音が比較的生音に近い形で聴こえてくる。アマチュアプレイヤーの生音だから・・・まぁそんなものなのだが、基本的に練習時はその生音に囲まれているため、音的には耳慣れしているというか、迫力(アマオケの場合熱意ともいう)も増して良かったような気がする。いや逆にノイズもそれなりに聴こえてきてしまうのだが、それが嫌ならそもそもプロの演奏会に行けば良い。ちなみに彼らはホールでの音の飛ばし方というのを知っているので、至近でもそれほど生音感はない。

今回のプログラムは田園という事で、比較的最近F響でもやっているのだが、こうして聴く側に回ってみると、音の粒をもっと固めに出すにはどうしたら良いだろうかとか、中にいると中々感じなかったりする課題を改めて感じたりする。

そういった状態で翌日の練習に臨むというのが、色々考えるきっかけにもなって良いんだよな。

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2018年7月24日 (火)

燃え尽きる

昨日はかなり支離滅裂な感じで、最近そういう内容が多いのだが、思うに仕事関係の事を書きづらくなり(書けない事が増え)、オケ関係の事を書かなくなり(書く気持ちが薄れ)、ついでに物欲なども減衰している事が原因であろう。そういえば最近は呟く量も減っているような感じがあって、全体に思考が働いていない。いや「書ける物事の方向に」働いていないというべきだろうか。

何となくオフタイムが必要なのかなぁとも思うのだが、ではオンタイムとは何さという話で、一般的に言うであろう仕事を軸としたオンオフ感覚は自分にはないため、オフタイムが何かというのが想像しづらい。あえて言えば、仕事だけでなくオケも途切れた状態と言えるかもしれず、そういった意味では仕事以上にオフとなりづらいのがオケである。仕事はそれでも土日はオフとなっている感覚があるが、オケの方は練習のない時でもオフという感覚が薄いからだ。

ようは練習しないとな〜という感覚が途切れずにいるという事だろう。演奏会が終了し、次の練習に入るまでがオフとすれば、通年で活動するF響やKオケにほぼオフは存在しない。知り合いには年に一度3ヶ月程度活動するオケに所属していて「これで精一杯」という人がいるが、そういう接し方をなるほどねというか、やや羨ましくも感じたりする。1年前2年前のラッシュとはうってかわって、今年は枯れた感覚があるのだ。

もっとも、その割に今年に入っての本番は10回を数えるので、あるいはその辺りが原因で燃え尽きているという事かもしれない。

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2018年7月20日 (金)

これからやる事

昨日はKオケの練習。週末の本番前最後の練習だが、結局最後まで全員は揃わず、本番前のリハーサル(時間的に可能なのは1回きり)にかけるという状況になった。

とはいえあまり心配していないのは、すでに何度かやった事があるのと、多少乱れようが楽しくできれば(自分たちがではなくお客さんがである)良いタイプの演奏会だからだ。余計な心配でストレスを感じるよりは、当日楽しく演奏する事を意識した方が良い。

この週末の本番で一息つけるというか、7月は(毎年バタバタしているが)ちょっとしんどかった。演奏内容ではなく、段取りの問題で、3回分の実施要綱を直前になんとか仕上げるという感じで、正直回ってないのは以前書いた通り(実は明日のMC用シナリオがまだできていないので今日書かなければならない)。そういった意味では一息ついたところで腰を落ち着けてしまったら、また悪循環に陥る可能性が高いということでもある。

という訳で今後の予定を整理しておこう。危ないのはちょこちょこと演奏機会のあるKオケだが、F響も注意が必要である。

とりあえず8月はない
9月はオーケストラeの本番があるのと、Kオケは文化祭の仕込みにワインコミュニティでの演奏も段取らなければならない。
10月は・・・実際にはKオケの文化祭がかぶる。
11月にF響の定期演奏会。10月に何もなければ段取る時間は十分あるが、本来はもう少し早めに着手したいところだろうか。

オーケストラeは演奏さえ何とかなれば(それが課題だが)良いとして、その他は運営的な準備が多々必要である。あわせてKオケは来年の予定が固まってきたので、これの準備も段取っていかなければならない。

やる事はたくさんあるね。

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2018年7月17日 (火)

先手を打てない悪循環

三連休は中日にF響の演奏会本番があったこともあり、ややバタバタと進行した。というか、7月はKオケのOB向け演奏会、F響のファミリーコンサート、Kオケの保育園訪問演奏があって、一つひとつは大規模では無いものの、だからこそ逆に準備が手薄になっていたりして、演奏以上に運営方の準備がバタバタしてしまっている気がする。F響の本番の後に実施要綱とか作成していたし・・・。

これはあまりよろしく無いというか、気持ちに余裕がある時は逆に周囲に依頼しながらやる事をコントロールしていけるのだが、余裕がなくなって来ると逆に何でも自分で抱えてしまうようになる傾向がある。おそらくこれは自分だけの話ではなく、マネジメントというものは本来そういうものなのだろう。自分以外の周囲のリソースを使うというのは、自身のリソースを消耗するよりも気を使うものだし、それを最大化していくためには、別にやらなければいけない事も増えてくるものだ。

何よりも、他人に依頼していくためには、何事も先手を打つ必要がある。自分でやるというのは、ある意味では先手を打つ必要がないという事だ。そういった状態に甘えてしまうと、やれる事が「自分の能力でできる範囲」に縮んでいってしまい、拡大していく事が出来なくなる。

こういう戒めは、頭では理解できているつもりなのだが、実際にやるとなると難しい。今回は明らかに悪循環に陥ってしまっていて、綱渡りで回しているような状態になってしまっている。その余裕のなさが、さらに次の先手を打てない事につながっていくのだ。

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2018年7月11日 (水)

オケの気持ちを盛り上げる

昨日はまたもU響の飲み会に(だけ)参加してしまった。退団してしばらく経つのにこうした関係が維持できるというのは悪いことではないだろう。これも一つのオケとの関わり方かもしれないと思ったりする(音楽関係ないけど)。

飲み会の席とは言え、互いの練習姿勢に対する厳しい意見の応酬もあったりして、そうした緊張感は必要なのではないかと感じたりもする。相手を潰すような指摘ではなく、鼓舞するようなやり取りは、互いの信頼関係があってこそだ。もっとも端からはそう見えるが、当事者はそうではないかもしれないので、これ自体は無責任な感じ方ではある。

昨日なるほどと思ったのは、選曲者、特にその曲を推薦した者は、もっと団員がその曲を好きになるような、気持ちを盛り上げていくようなアクションをしたら良いのではないかという話。例えばプログラムに掲載する曲紹介は練習が開始する時には団員に回覧できるようにするとか、曲への理解を深める一助となるような情報提供は様々可能である。

曲の情報それ自体は各自で調べれば良いことかもしれないが、重要なのは個別に調べた結果ではなく、団員が同じ情報を共有している事である。それがアンサンブルの一体感につながっていくというのは、指揮者の物言い一つで音が変わる様を見ていれば容易に想像できる事だ。

そんな事を考えさせられた飲み会だった。こういう所が良いんだよな。

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2018年7月 5日 (木)

Kオケの第九

Kオケの演奏会は先週のOB向け以外に今月は保育園向けの演奏会もあって、何というか基本的に盛りだくさんなのだが、それに加えて9〜10月に社内の文化祭、11月に納会での演奏と、ルーチン的な演奏機会は今後も目白押しである。(来年春には定期演奏会もある。)

そんな中で、いよいよ第九をやる(それも来年)という動きが本格稼働という事で、さらにやる事考える事が増えようとしている。

それ自体はまあ良くて、少なくとも自分の場合はある程度折り合いを付けつつもこなしていける楽観がある(根拠のない自信だが)。第九という曲自体が未体験という訳でもないし、F響を中心として第九の演奏会を回すという事も経験してきているからだ。

一方でちょっと気になっているのは、この動きに巻き込まれていく団員の受け止め方である。Kオケはオーケストラは初めてというメンバーもいるので、ある程度は強引に引っ張っていく事も必要なのだが、正直演奏頻度も含めて性急な感じがしなくもない。自分にとっては年に10回を超える(減らしてもそれぐらいはあるはず・・・)演奏機会の一つで、その中でバランスを考えながらペースのコントロールをしているが、人によってはそうはならないだろう。

そういった意味では、少なくとも第九については、少し別の取り組み姿勢が必要になるような気がしなくもない。例えば団の公式プログラムに組み込むのではなく、別プロジェクトとして(コア団体としては関わりつつも)少し距離を置いてしまうなどだ。

先週時間を取ろうとしてできなかったのがそれなんだよね・・・その辺りの構想を一旦整理しないと、動き出した一部コアメンバーについていけないメンバーが出てしまうかもしれない。

週末はサイクリングよりもそれかなぁ・・・。

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2018年6月28日 (木)

オケの課題

今日は会社オケ(Kオケ・・・Kはカイシャではない)の練習日。週末にOB向けの演奏会を控えた最後の練習日だが・・・メンバーはそろっていない。最終的には当日の練習で勢ぞろいというのは、演奏団体としては少々ドキドキする話なのだが、自分はといえば演奏よりもトークの方に緊張していたりする。

オーケストラというのは、人が集まって一つの何かをする単位としてはおそらく最大規模の集団の一つだろう。イベントとして何万人が集まるようなものがあったとしても、それは集合しているだけで、集団とは言いにくい。Kオケはメンバーの特性上編成もいびつで、オケというには少々心許なさもあるのだけれども、それでも今回は24名が(最終的には)集まって心を(多分)一つにする。それはなかなか得難い経験であるに違いないと思っている。

一方で人が集まるが故の課題もあって、いやむしろ集まらない事による課題なのだが、今回だと結果的にチューバのメンバーが参加できなくなった事で、低音部の弱さが際立ってしまう状態になってしまっている。いびつさ故の課題で、それはどう人を集めていくかという課題にも直結している(いやチューバが複数欲しいという話ではなく)。

そんな状態でも来年第九をやろうというのだ。これはなかなかの難事業ではあるよ・・・。

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2018年6月21日 (木)

段取りを組む

今日はKオケの練習があるという事で、楽器を仙川のオフィスに運び込んでから渋谷へ。7月に演奏会が二つ控えているということもあり、会社に置きっ放しになっているサイレントチェロを使うという訳にもいかない。とはいえ、雨が降っていなかったからであって、朝になって雨がやんでいなければ、サイレントチェロでとなっていたかもしれない。

7月の演奏会については(Kオケの場合「演奏会」といってもミニコンサートが中心だ)、練習は順調に進んできているけれども、段取りの方はまだ組めていない。段取りが組めていないと言えばF響のファミリーコンサートもそうで、昨日ようやくその準備に手をつけたという状況である。何というか、気がつくと後回しとなってしまっている。

Kオケの段取りの方は、そもそも会社で時間を取れていないという事もある。というか、普通はまあ取れないので、本来はそれ以外の方法を考えておくべきなのだ。来年に向けての(無謀にも第九をやると宣言していたりする)段取りなどを考えると、会社の環境でしか行動が取れないというのは、実は具合が悪い。その辺りはそろそろ本格的に考えておく必要があるのだろう。

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2018年6月20日 (水)

とりとめない話

昨日は3月にやったアンサンブルの打ち上げが(今頃)あって、少々飲み過ぎたために頭が重いのだが、そうした翌日の状況は別にしても普段聞けないような話が多々出た楽しい会だった。

オケ以外のバックグラウンドに踏み込む事はあまりないのだが、アマオケは多様で多彩な人間が集まる場である。共通する言語は音楽だが、当然ながらそれ以外の世界というのが各自の背後には奥深く広がっていて、普段はうかがい知れないそうした話が出てくると何というか、ワクワクする。

それだけではなく、それを何かに活かせないかと考えてしまったりもする。音楽以外の接点を作るという意味ではなく、そうしたバックグラウンドを音楽に活かせないかという事だ。まぁそうは言っても、それなりの音楽との距離感は必要で、どうあっても音楽とは接点を作れないようなバックグラウンドもあったりするのだが・・・。

頭が重いせいか、とりとめもない事を無理やり引き出すようにしかならないな・・・。

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2018年6月18日 (月)

聴く事を楽しむ

週末は連続してコンサートに出掛ける機会があった。普段は音楽といえば弾く事ばかりで、聴くという事があまりないのだが、意識的にそういう機会を作っていきたいという気持ちもないわけではない。

ないわけではないというのは曖昧な書き方だが、自分は本当に音楽が好きなのかと惑う事もあり、実際のところ聴く方はそれほど積極的ではないというのは実情だろう。だから「意識的に」機会を作ろうとするのであって、本当に好きであればもっと機会を積極的に見つけていくものだと思うのだ。そういった気持ちは正直あまりない。

ふと考えたのは、「演奏」自体にはあまり興味がないのかもしれないという事だった。クラシックの場合、曲は同じくとも演奏で印象が異なる事が多々あり、それ故に「演奏を評価する」という視点があるのだが、自分の中にはあまりそういう軸がない気がする。アマチュアであれプロであれ音楽は音楽で、特にライブに関しては、あえて評価しようとすると(そして無意識にしようとしてしまうのだが)疲れてしまう。演奏に関係なく音楽として楽しむようにすればまた違うのではないだろうか。

などと考えつつ、土曜日のチェロとコントラバスのコンサートでは、ああこうやってビブラートをかけると良いのかとか、日曜日のオケのコンサートでも、あれ今のところ縦の線がちょっと怪しかったなとか、どうにも音楽と関係ないところが気になって仕方なかった気がしてしまう。

それは美味しい料理を食べた時に、素材がどうとか隠し味がどうとか考えてしまうのと同じで、純粋に食べる(聴く)行為を楽しんでいるとは言えない姿勢なのではないかと考えてしまったりするのだ。

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