2020年6月15日 (月)

練習再開

土曜日についに練習を再開した。(次がなければ再開したとはいえないが・・・。)
 
スズキのチェロ指導曲集の第1集をそのままさらい、録音もしてみて課題感は大きく2つだろうか。
 
まず、音色と響きに関しては、想像していたほど悪くなかった。曲が簡単なほど課題感が明らかになるかと想像していたのだが、そこまで下手ではなかったらしい。まぁスキーもそうだけれども、それなりにキャリアを積んでいるのだからこの段階で目も当てられない状態では問題だろう。
 
とはいえ、細部では気の緩みというか、音色に歪みが生じたりする。これはどちらかというと集中力の問題で、1分弱の短い曲でも、細部の細部まで注意力を維持するのは意外と難しい。
 
で、これらは課題ではなく、録音を聞き直してみると「音楽的でない」というのが気になった。一つひとつの音は悪くないのだが、つながりがない・・・ように感じられる。初回の練習で、過去やった事があるといっても初見に近く、音楽的な感覚は持たずに弾いてしまったという事があるかもしれない。
 
2つ目は楽譜の問題。スズキの楽譜には結構詳細に指番号が振ってあって、最初のうちはその助けは非常に大きいのだが、改めてその楽譜で弾いてみると「指番号しか見ていない」自分の弾き方に気づかされてしまった。
 
この問題は1つ目の問題にも関わっているような気がしていて、楽譜ではなく数字で捉えてしまう事で、流れのない極めてデジタルな弾き方になってしまっているような感じなのだ。
 
これは楽譜の指番号を消すか、指番号のない楽譜を作り直すかしなければ矯正できない。実際練習中に極力指番号を見ないように意識もしてみたのだが、どうしても数字に意識がいってしまうか、音符からも意識が飛んでしまうかのどちらかにしかならないのだ。
(いずれにせよぎこちない弾き方にしかならない。といって指番号を見てしまうと機械的になってしまう・・・。)
 
曲も短いので、楽譜に関してはGVIDOで取り込むという意味合いも含めて書き直しを考えた方が良いかもしれない。その過程で、音楽的な要素(ようは読譜)も意識していけると良いのだろう。

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2020年6月 4日 (木)

音楽の時間

在宅勤務は夜が早い。
 
昨日も「そろそろ寝るか」と思ったら21時半だった。流石にそれは早すぎるというか、出社勤務していれば、少し残業しただけで(そのあと食事して電車で帰ると)それぐらいの時間にはなる。これだけ早いのはスキーに行った時(宿泊の)とか、ようは夜は他にすることもないような時だ。
 
つまり、夜は意外とする事がない。厳密には「家で」する事がない。以前は帰るまでに色々していた訳だが、今年はその「色々」に追われていないし、やはり時間としては「電車に乗っている」時間がないのが大きいのだろう。多少やる事があったとしても、その時間に前倒してできてしまうからだ。
 
やる事がなければ眠くなる・・・そう言う意味では寝てしまっても良いのだが、歳なのか早く寝ると早く目が覚めてしまう。それに夜に用事が入る事が全くない訳ではないので、そうした日との間でリズムにズレが生じてしまう。個人的にはそうしたリズムが乱れる方が気になる。
 
そんな訳でそうした夜の時間にできる事があると良いのだが、正直あまり目などに負担はかけたくないし(なので本をガッツリ読むとかは別にしたい)、これが意外と思いつかなかったりする。
 
まぁ音楽を聴くという感じか。これまで家ではあまり聴くことはなかったので、それそれで良いかもしれない。

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2020年5月27日 (水)

チェロの基礎練習

チェロに関しては2月からさっぱり弾いていない(先日1回ちょっとだけ音を出した)ので、オケ活動はさておきそろそろ弾いておかないといけないのでは?と思ったりするのだが、なかなか時間(と場所)が確保出来ていない。
 
とはいえ少し外出の要件も緩和されてきそうなので、ぼちぼち再開を考えている。
 
キャリア40年になろうとするチェロだが(途中断絶とかはある)、実はこれまで音色とか響きとか意識した練習をしてした事があまり無い。そこで、今年はオケがないという事もあるので、今更ながらその辺りを意識した練習というものをしてみたいと思い、懐かしのチェロ教本を再購入してみた。
 
自分のベースはスズキメソッドなので、そう、つまりスズキのチェロ指導曲集である。実家にあるかと思ったのだが、何故か5巻以降しか残っていなかったので、あえて1〜3巻を購入してみる。
 
当時はただ楽譜をさらうだけで、表現などは考えた事がなかったはずである。これはスキーを始めた頃に、ただ滑るのが楽しくて姿勢とか荷重とかを考えずに「どこのコースを滑った」とか言っていたのと同じだ。
 
スキーに関してはここ数年は特に基礎の部分を重視して、練習というかそれ自体を楽しむと言う滑り方をしてきたのだが、チェロに関してもそういうスタンスで臨んでみたい。
 
とりあえず楽譜が届いただけだけどな。

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2020年2月17日 (月)

音楽を聴く

土曜日はKオケのソロ合わせだったのだが、当然まだ弾けず・・・ただ、逆に弾いてないから見える事というのもあって、これはこれで一つの経験だなとは感じた。弾いていてもよく聴いて見えていれば分かる事だが、どうしても弾く事が最優先となって抜け落ちる側面はあるものだ。
 
さておき、スキーとオケがないので、土日の予定がない。
 
加えて新型コロナのリスクが頭をよぎり、この土日は練習以外の外出は控え気味だったので、土曜日の午後に至っては昼寝をしていたりしたのだった。これはこれで幸せな過ごし方だとは思うのだが、終わってみるとやはり何となく時間を無為に過ごしてしまった感がある。
 
ちょっと感じたのは、自分は聴くのはあまり好きではないのではないか、という疑念だ。いやそもそも音楽が好きなのかと言われるとどうなんだろうかと考えてしまう側面もあるのだが、それは横に置いておくとしても、この土日の話であれば、何らかコンサートを探して足を運ぶという事は可能だったはずである。
 
だが、そうはしていない。しなかったとかしたかったとかではなく、結果振り返るとそうしていない。そういうある意味無意識の行動というのは、実は結構本音に近いのではないかという気がする。
 
実際の所、TLに流れてくる知人の様子を見ていると、様々なコンサートに足蹴しく通っている。通っている人の情報ばかり流れてきているだけ、というのは分かっているのだが、それらを眺めていると、自分はそこまで貪欲(貪欲というほどでもない)になれるだろうかと考えてしまうのだ。

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2020年2月12日 (水)

聴き専の獲得

昨日はゲームオケの合奏イベント。オケ活動は基本お休みしているのだが、1日1回限りのイベントはたまのオケという事で機会があれば参加しようと考えている。
 
・・・が、当然ながら弾ける訳もなく、ただ聴いて飲みに行くだけとなった。何というか、相当イタい。怪我でこうしたイベントに参加できなくなるのは二度目なのだが、一度目同様相当に悔しい気がする。
 
そんな参加できなかった合奏の話はさておき、酒の席では「聴き専」のお客をどう獲得していくか、みたいな話になった。我々プレイヤーはもちろん聴く事もあるのだが、多くが練習という時間に阻まれて、演奏会に足を運べない事も少なくない。そこで重要なのが専ら聴くだけの聴き専客という事になる。
 
ただこれはゲームオケであれクラシックオケであれ、意外と難しい。自分も含めてだが、多くは「プログラム」に惹かれて足を運ぶのであって、「団体」に惹かれてという事はあまりないからだ(もちろん海外のビッグネームなどは別だがあれはまた事情が異なるだろう)。ゲームオケにおいても、取り上げるタイトルによって集客は大きく異なり、たとえば複数のタイトルをオムニバスに取り上げると入らない・・・みたいな事もあるらしい。
 
一方で「ホールについている客」というのも一定数存在して、杉並公会堂などはそうした集客が一定数あるらしい。地元密着のホールのあり方としては理想像だが、とはいえそれを「団体の客」とするのは難しいだろう。そもそもホームとなるホールを持つアマオケというのはあまりない。
 
そうした「団体につく客」を獲得するには、そもそも団体としてのコンセプトがある程度尖っている必要がある。特定の作曲家なり、特定の作品なりを専ら取り上げるといった形だが、これは一方で奏者の飽きというか、停滞を招くリスクもあるので、長く続けようと思えば必ずしも得策とはいえないし、コンセプト自体のバリエーションにも限界があるだろう。
 
ただ、そう考えると意外と「企業オケ」みたいなコンセプトは、社員という固定客が付きやすいという意味で良いのかもしれない。ま、Kオケに関してはそもそも聴き手を社員以外に求めていないのだけれども。

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2020年1月22日 (水)

聴く文化と奏でる文化

昨日こんな呟きをした。
 
多分クラシックは「聴く」方向ではなく「奏でる」方向に発展しているんだろうと思うんだよ。毎週末これだけ数あるホールを奪い合うほど「奏でたい」人がいて何故クラシックが廃れたと言えるのか。歌舞伎を演じたいアマチュアがどれだけ居るというのか。
 
元々はプレジデントオンラインのコラムに反応したものだ。
 
クラシックが「アニメの題材」になる皮肉な理由
 
書いているのは指揮者の大友氏なので、こんな事をいうのは口はばったい話ではあるのだが、興行を行うプロとしての見方はそうかもしれないと思いつつ、
 
興行芸術としてのクラシックの衰退は、音楽芸術としてのクラシックの衰退を必ずしも意味しない・・・と思うんだよ。
 
とは考えていて、むしろ文化としてのクラシックは盛り上がっているとさえ言えるのではないかと思うのだ。あまりそういう見方をする人はいないけれども。
 
興行としてのクラシックについても、娯楽が増える中で客が減るのはやむを得ない部分もあるし、そもそも平日夜にコンサートに行けないのは、コンサート側の問題というより労働環境の問題のような気がしなくもない。
(19時開演を20時開演にすれば、もう少し増えるような気もする。)
 
さらに東京都内でも10を超えるプロオケが日々演奏会を開催しているとして、それらにどれぐらい動員できれば「盛り上がっている」と考えるのか。先日行った日フィルの定期は、確かに実際の入りが9割とは言えなかったけれども、直前にチケットを取ろうとした時点では95%ぐらいは埋まっているような感じで選べる席が少なかった。P席とか完売だったのだが、実際は空席が目立ち、その辺りのアンマッチを解消するような「興行的な」工夫はしているのか、と考えたりもする。
 
いずれにせよ、個人的にはクラシックはむしろ盛り上がって豊かになっていると考えていて、そういう雰囲気を論調としても唱える方が、悲観的に危機感を煽るよりも良いような気がしている。
 
音楽は聴く以上に奏でて楽しむ文化だと思うんだよ。聴く人が少ないと嘆くのではなく、奏でる人が多い事を喜ぶべきなのが、クラシック界隈の現状なのではないだろうか。

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2020年1月13日 (月)

アパッショナート管弦楽団第21回定期演奏会

三連休(の3日目)である。初日はコンサート(聴く方)、2日目はスキーという感じでそれなりに充実した2日間を送ったが、今日は特に予定なし。
 
という訳で、土曜日に聴きに行ったコンサートについて書いておく。
 
アパッショナート管弦楽団第21回定期演奏会
 
日時:2020/1/11(土)13:30開場14:00開演
場所:ティアラこうとう大ホール
指揮:河上隆介
プログラム:
 第1部 室内楽
  ベートーヴェン/七重奏曲第1楽章
  ジョセフ・ウィナー/茶色の小瓶
  ラヴェル/クープランの墓
  R.シュトラウス/歌劇「カプリッチョ」前奏曲
 第2部 オーケストラ
  ベートーヴェン/交響曲第5番「運命」
 
アパッショナート管弦楽団は、昨年エキストラでお世話になった楽団。その際に登録したメーリングリストを(自分が)放置しているせいで、諸々の連絡等が流れてきているのだが、色々あって前半は室内楽、後半はオーケストラとなった・・・らしい。
 
ただ、実際聴いてみると、これはこれで面白さがあるというか、同じトーンで管弦楽曲を前後半聴かされるよりも新鮮で飽きがこなかった。団員数や演奏技術の問題もあるが、室内楽が組めて、オーケストラで乗れないメンバーが出ないのであれば、こういう演奏会も良いかもしれない。団員数が少ないオケであればむしろお勧めだろう。
 
前半の室内楽ステージは、ステージ近くの席で聴いていたので、後方がどうだかは分からない(アマチュアの場合、音が遠方まで飛ばないことがあるので、大ホールでの室内楽はそれなりにリスキーである)が、良い感じに仕上がっていた。あえて言えば最後の弦楽合奏に関してはやや数合わせというか、申し訳ないが演奏技術がアンサンブルに追いついていないメンバーが散見されたのだが、金管や木管は十分に聞き応えがあった。
 
(ちなみにクープランの墓を聴きながら、何故かマ・メール・ロワを思い出し、室内楽編曲版とかないのかなと思ったりした。IMSLPで見ると、カルテットや木管五重奏などはある模様。ちょっと興味がある。)
 
第2部のオーケストラは定番といえば定番の運命。この曲の難しさは、なまじ「誰でも知っている」だけに、そのイメージに引っ張られやすく、それがプレイヤー間で発生するとアンサンブルの乱れに繋がってしまう点だろうか。ある意味指揮者の解釈に合わせていく柔軟性が必要なのだが、これがやってみると結構難しい。
 
冒頭の運命の動機は、かなり重く強調された感じで、まさに重々しくドアを叩かれたようなスタート。それ自体は解釈として面白かったのだが、そこからのテンポ変化に最初オケがついていけていなかった。全体がそうであればよかったのだが、木管、金管、打楽器とちょっとづつ遅れて聞こえてきてしまい、結果かなりアンサンブルが乱れた。よく立て直したな〜と思うのだが、繰り返しではアジャストしてきていたので、ステージへの慣れの問題もあったのかもしれない。オケの編成がそれほど大きくないのに、セッティングで前後が広がってしまっていて、管楽器がお互いの連携を取り辛い配置だったのではないかという気がする。
 
セッティングという意味では、指揮台が高いものを使っていたのだが、上背のある指揮者がオケの前列からは見上げるようになってしまい、見にくかったのではないかという気もした。アマチュアの場合、普段の練習では指揮台を使っていない場合も多く、管楽器の段と合わせて、その高さの変化が乱れを誘発する事もあるような気がする。大編成であれば後列の事を考えて指揮者を高くせざるを得ないのだが、今回の編成ぐらいであれば、全体にもう少しコンパクトなセッティングも考えられただろうし、その辺りはちょっともったいない気がする。
 
・・・聞いてから1日おいてしまうとやはり結構忘れているな。

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2020年1月10日 (金)

チェロを弾く時間

今日は久しぶりに仙川に出社。朝のスターバックスも久しぶりの利用である。出社前に過ごす時間は渋谷の場合と変わりがないのだが、何故か気持ちにゆったり感がある。なんというか「まったりしている」。
昨日はKオケの練習。昨年末の第九以来ケースを開けていなかったのだが、チェロの弦は軒並み緩んでいた。もっとも、楽器の事を考えると実は少し緩めた状態で保管をしておいた方が良いのでは、という気もする。面倒なのはチューニングにどうしても時間がかかってしまう点だ。特に自然に緩んでしまった場合は、戻すのに時間がかかる。普段ほとんど狂わないだけに、チューニングはあまり得意ではない。
オケはKオケだけになったのだから、それなりに集中するという考え方もあるのだが、その辺りのスタンスは変わっていなくて、ほとんど合奏の中で譜読みをするような状態。ただ、今後はそのスタンスだと絶対的に楽器を弾く時間が短くなってしまい、技術や楽器の状態を維持するのが難しくなるのは目に見えている。
オケのブランクは楽器のブランクのためにあるのではない。楽器を弾く時間は確保しなければならない。スキーと同じで、カレンダーに練習を予定として組み込む事をしていかなければ、あっという間に弾けなくなってしまうだろう。丁寧に技術を見直す機会でもあるわけだし、あまりのほほんと放置していてはいけない気がする。
そんな事を感じた昨日の練習だった。うん、改めてオケの曲をパート1人で弾くと音量とかで無理をしてしまうのがよく分かる。実際にはこんな力を込める必要はない筈で、もっと伸びやかにというか、出せるべき音があると思いたい。

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2020年1月 6日 (月)

安定と変化

ひと足早く昨日から更新をスタートしたが、新年の仕事は今日からという事で改めましてあけましておめでとうございます。
(誰に言っているのか・・・。)
昨日F響の総会があり、晴れて(晴れてない)すべての役務を終えた・・・だろうか。実際には係の引き継ぎ含めてサポートはある程度継続する必要があるので、完全に切れてしまうわけではない。
昨日の総会でコンマスが良いことを言った。
「安定しているが進歩がない」
一言でズバリそう言ったわけではないが、要約すればそのような感じだろうか。そういった視点で考えると、ここ数年の自分の実務作業はまさに「進歩なし」で、前例にそって一部の情報を更新して終わりという事を積み重ねていた気がする。それ自体否定するものではないとコンマスも言っていたが、最初の頃はもっと色々と工夫しようという気持ちがあったのは確かだ。
そう考えれば、担当が変わっていくというのは悪いことではない。F響の場合、取り巻く環境(練習や本番などの)が変わることは少ないので、あとは関わる人が変わるぐらいしか、変化のきっかけにならないからだ。そういった意味では長くやりすぎたのも確かで、安定させたが故に変化を生みづらくなってしまっている要因を作ってしまったとも言えるだろう。
元々正解のない世界なのだから、本来は思うままにやってみれば良いのである。前例は参考情報でしかなく、自分ならこうするというアイデアをどんどん盛り込んでいって欲しいものだ。
そしてそう考えるならば、唯一活動として残したKオケについても、次のステップを考えなければいけないのかもしれない。「自分がいなくなると活動そのものがストップしてしまう」として、活動としては残したが、それは自分目線の都合の良い話でしかない。実際にはそんな事はないはずである・・・と信じたい。

今年のテーマはその辺りだろうか。

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2020年1月 5日 (日)

ラスベート交響楽団第39回定期演奏会

 

あけましておめでとうございます。
2020年はオケは(Kオケ以外は)基本お休みと定めているのだが、乗らない代わりに聴きには行こうという事で、新年早々演奏会を聴きに行ってきた。これまであまり感想などは書いていなかったのだが、もう少し記録的要素も含めようという事で、平日更新にもこだわらずに感じたことなどを書いてみる。
・・・基本的には辛口である。
昨日お邪魔したのはラスベート交響楽団というグラズノフを中心に演奏しているというアマチュアオーケストラ。第39回の定期演奏会だが、20周年企画第二弾という事らしい。
ラスベート交響楽団第39回定期演奏会
20周年記念演奏会第二弾
日時:2020/1/4(木)13:00開場13:30開演
場所:杉並公会堂大ホール
指揮:小久保大輔
チェロ独奏:大澤久
プログラム:
 A.K.グラズノフ 演奏会用ワルツ第2番ヘ長調Op.51
 A.L.ドヴォジャーク チェロ協奏曲ロ短調Op.104
 S.V.ラフマニノフ 交響曲第2番ホ短調Op.27
 
きっかけはFacebookでのイベント告知で知り合いが乗っていたからであるが、チェロ独奏の大澤さんとは以前に(ゲームオケで)ご一緒した事があったという事もある。(あと4日はスキーあけの総会前で暇日であった。)ラフマニノフの交響曲は昨年聴いたので、やや食傷ぎみではあるのだが、チェロ協奏曲となればこれは聴かずばなるまい。
 
そして行ってみたら他にも知り合いが乗っていた。今回は席がかなり埋まっていて、前の方に押し出されたので、知り合いの視界に入るような席だとちょっと(こちらが)気恥ずかしかったりする(・・・寝られないし)。
さて、1曲目のワルツは、流石グラズノフオケというか、手慣れた印象だった。知らない曲なので細々した点は分からないのだが、響きも似合っている感じがする。ちなみにそう感じたのはむしろ他の曲を聴いて振り返っての事で、アンコールで美しく青きドナウが演奏されたのだが、こちらは何となくウインナワルツとしては重たい印象だった。ロシア風とでもいおうか。
ドヴォジャークのチェロ協奏曲は、逆に聴きなれてしまっている感じがある。もちろんプロの音源もそうだし、オケのプレイヤーとしても一度ならず経験があるからだ(ソロはない)。とはいえ、これだけ前方のかぶりつきに近い形で聴くのは初めてである。
大澤さんのチェロは時折力が入りすぎたガリっとした音が入って、やや気負いも感じられたが、表情まで読み取れる位置で見ていると、その音楽への没入ぶりに引き込まれた。惜しむらくは、オケの方が一部ついていけていない所があって、これが指揮者とソリストのコミュニケーションの問題なのか、指揮者とオーケストラのコミュニケーションの問題なのかが気になった。
指揮者とオーケストラのコミュニケーションの問題なのではないかと感じたのは、交響曲でも一部そういう乱れがあったからだ。ラフマニノフの2番は相当聴き込んでいてもアンサンブルのメカニズムがそれだけでは分からない所があって、楽譜を丁寧に読み込む必要があるので、特にアマチュアではそうしたメカニズムの理解不足が顕著に演奏に現れたりする(とってプロの演奏を音源以外で聴いたことはないが)。そこが指揮者の交通整理不足なのか、オケの練度なのかは分からないが、厳しい言い方をすれば曲が難しいだけにもう少し丁寧にできると良かったかもしれない(過去の経験から言えばこの曲は長さだけでもアマチュアの練習期間では全部理解するのは無理だったりするのだが)。
小久保さんの指揮は、背中越しに見ている限りでは、表現が豊かである一方で、打点を含めたタクトが精緻とは言えず、これで合わせようとするとオケ側に相当のアンサンブル能力が必要となる。それはオケとしての基本機能なので、本来指揮者の棒としては当たり前であるのだが、アマオケでこれに対応するのは相当に大変だったりして、結果として各プレイヤーがそれぞれの感覚で「好き放題に」演奏してしまう結果になってしまう事がある。
ちょっと気になってしまったのは、(ラフマニノフの)第4楽章で、奏者の視点がほとんど楽譜から外れる事がなく、かぶりつきになってしまっていた点だろうか。これもアマオケではありがちで自分も反省するのだが、改めて客観的に見ていると、その状態で振っている指揮者は、聴衆の視線が集まることもなくすべりまくる笑い話をしているようなもので、相当なメンタルが必要なのではないかという事だった。
そのあたりはあくまでも客席からの印象なので、自分がプレイヤーである時と同様、そうは言っても見ているものだとは思うのだが、それが指揮者に(客席はともかく)伝わっていたのかはやや気になる演奏だった。とはいえ昨年聴いた某オケほど危ない状態ではなかったのは、オケとしてのアンサンブル能力が高いという事だと思うのだが、某オケは指揮者の棒で強引に建て直していたが、このオケの場合はそういった状況に陥った場合にどうだっただろうか。
あと個別にはオーボエとクラリネットの音がちょっと硬かっただろうか。ラフマニノフの第3楽章などはクラリネットの音がもう少し柔らかいと気持ちよく眠れたかもしれない。
さて、演奏以外でなるほどというか、工夫を感じたのは、「演奏会ご鑑賞のマナーについて」という1枚が挟み込まれていた事だろうか。個人的に音楽を聴くのは自由だろうと思っているが、特に注意喚起することもなく聴衆のマナーを問題にするよりはずっと良いだろう。このマナー自体はクラシックコンサートの敷居を上げてしまうものではあるが、その注意がきちんとされるのは、逆に敷居を下げる効果がある。知っていると知らないとでは心構えが大きく違ってくるからだ。
それとプログラム上で紹介されていたが、弦楽器募集の一環として初見大会というのを公開でやっているようで、これも参加の敷居を下げていく面白い試みだと感じた。事前に1回譜読みがあるようだが、基本的には1日でリハーサルから本番(通し)までを体験できるものらしい。あくまでも「弦楽器」が対象というのがアマオケの事情を物語っているが、どういう段取りを組んでいるのかは興味がある。
過去一度参加しようと考えたことがあって、スケジュール的に断念したのだが、検討してみようかな・・・自分の場合、ほぼ冷やかしになってしまうのが申し訳ないところではあるのだけれども。

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