2012年9月28日 (金)

ブログはプロセスの可視化

昨日もこちらのブログは書かなかったのだが、朝は別のブログの方を書いていた。ちなみにプロフィールはまだ公開していない。この週末にでも内容を考えることにする。

自分という人間をどう紹介するかというのは「こう見せたい」という明らかなポリシーがなければ、相手によって変わってくる。相手の顔が見えたり、場が明確な場合は、それに合わせて行うのが普通だが、ブログのプロフィールにはそうした要素が薄いため、前者のようなポリシーが必要になる。

自分はそうした要素が薄いのだろう。そもそもブログを始めた理由もはっきりしない。何かを社会に訴えるとか、自分を売り込むとか、そうした意図はあまりなく、単に書きたい事を書いていて、それを日記のように伏せていないというだけの話だ。

いやいや、それは言い訳かもしれない。このブログにせよ、もう一つのブログにせよ、大元は読み手にメッセージを届けたいという所からスタートしている。社内向けから外向けに対象は変わっても、根本的な動機の部分は変わっていないはずだ。

では自分は何を伝えたいのだろう。

多分その部分はモヤモヤしたままなのだ。厳密には「誰」というのはあまり意識されておらず、むしろ自分の思考をだだ漏れにただ発信したいという欲求が強いだけの気がする。言ってみれば「伝えたいことを伝えるだけ」という、企業のCSRレポートへの批判がそのまま通用するような状態で、勝手に読み手にされてしまった相手は迷惑なだけという可能性もある。

今日の内容などはその典型で、単に公開で自分の考えをまとめているだけである。まとめるどころか、単になぞっているような状態だ。自分の考えをまとめるための方法はいろいろあると思うが、自分の場合はそれをブログでのやっているのだろう。その辺りが「まとまった考えを」表明する形のブログとは違う所だ。

そういった意味では、最終的にまとまった考えは、このブログで書いていた内容とは異なってしまう場合もある(あまりない・・・はず)。時々ブログの話題を持ち出された時に「ああそういえばそんなことも書きましたね」みたいな反応になってしまうのは、ブログ上で展開されているのが、最終的なアウトプットではなく、そこに至るプロセスであるからだ。

そう考えると、実はリアルな自分を知らない相手に、ブログの内容だけで判断されるというのは、少々リスクが高いという事になるのかもしれない。

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2012年9月26日 (水)

ブログの実名化についての思案

昨日エントリーしなかった事も含めて今日はがっつり書こうと思ったのだが、電車が遅れてあまり時間がない状態になってしまった。とりあえず昨日の夜の一連のTweetをまとめておこう。

ちなみに以下のTweetで書いている「ブログ」というのは、このブログではない。


さて、少し考えをまとめておこう。
今朝ブログを更新しなかったのは、昨日のエントリーに関連して匿名ではなく正々堂々名乗れという指摘があって、どうしたものかと思案していたからだ。
2012年9月25日 19:14:29 HootSuiteから

正直それほど差し障りのある内容を書いているわけではない。ブログ上で名前や会社などは明かしていないが、知り合いの多くは自分である事を知っている。だから名前を明かしても良かったのだが、さえ、プロフィールを書こうとして迷ってしまった。
2012年9月25日 19:17:17 HootSuiteから

例えば社名を明かしたとする。とはいえ、個人で書いている訳ではないので「個人の見解ですので会社とは関係ありません」と書くとしよう。その場合、所属している会社の情報は読む人にどんな意味があるだろうか。普通無いよな。
2012年9月25日 19:19:41 HootSuiteから

一方、その所属にあわせて会社の見解を語るとする。その場合会社の情報は内容を担保する上で重要という事になるが、それはようするにポジショントークのようなもので、個人のブログと呼べるのか微妙な気がする。
2012年9月25日 19:22:13 HootSuiteから

もちろんポジショントークを聞きたい人もいるだろうし、そもそも人にはポジショントークしかないという捉え方もある。読み手がそのように思うのであれば、書き手の意思に関係なくそうしたポジション情報は重要だろう。
2012年9月25日 19:24:46 HootSuiteから

さて、実は悩んでしまったのだ。会社というポジションは、自分がブログを書く上ではほとんど関係ない。全くとは流石に言い切れないが、そのポジションで自分という人間を捉えられてしまうのは甚だ不本意としか言いようがない。
2012年9月25日 19:28:06 HootSuiteから

ところが、プロフィールとして書ける「自分という人間を特定できる情報」が、会社の情報ぐらいしかないという事に気づいてしまった。実際にはブログにエントリーしている内容こそが自分自身を最も表す記号であるのに、最もそうではないと思っている会社の情報でしか自分を説明できない。
2012年9月25日 19:31:15 HootSuiteから

果たして自分の「実名」を保証する情報とは何なのだろう。それが会社のような「所属組織」の情報しかないというのは、実はとてもさみしい事ではないか。
2012年9月25日 19:33:30 HootSuiteから

実際のところ、名乗れと言ってきた人物だって、自分にとっては匿名なのである。実体を知らない相手だからだ。そう言った意味では、その匿名相手のポジションの発した意見に対して意見を言ったという感覚にすぎない。
2012年9月25日 19:36:24 HootSuiteから

さて、そうなると相手の要望する「正々堂々名乗れ」という要請にはどう答えるべきだろう。相手のポジションは分かっているので、直接コンタクトするのが良いのだろうか。
2012年9月25日 19:38:09 HootSuiteから

・・・なんて事を考えたのだが、ま、相手にとっては自分と同じようにポジションを明かせば名乗ったという事になるのかもしれない。こっちは全くもってそんな感じにはなれないのだが、コミュニケーションの基本は相手の求めに応じる事だからね。
2012年9月25日 19:40:49 HootSuiteから

しかし自己紹介というのは難しいし、恥ずかしい。ペルソナをかぶる気がない場合は尚更だ。自分のブランディングという捉え方は、その恥ずかしさをかなぐり捨てるための手段でもある。
2012年9月25日 19:43:30 HootSuiteから

そういえば昔会社で自己紹介ではなく他己紹介データベース構築というアイデアを考えた事があったな。当人には投稿者が分からないような仕組みで(笑)
2012年9月25日 19:46:30 HootSuiteから

そういう「他人の紹介で成り立つプロフィール」プラットホームとかあったら面白いのかもなぁ・・・脱線してしまった。
さて、着いたので練習に行ってくるとしよう。
2012年9月25日 19:48:44 HootSuiteから


という訳で、禁を破って電車の中で(iPhoneを)使ってしまったのだが、それはさておき、ブログの実名化というのは考えていなかったわけではないので、この機会にそうしてしまっても良いのかもしれない。少なくともCSR日記の方はそうだ。(このENIGMAはやや微妙・・・。)

そもそも、知り合いが多く繋がっているTwitterやFacebookにリンクを飛ばしている時点で、あまり伏せている自覚がない。それ以前に公開した以上は、どこかで分かると思っている。そこまで関心を持つ人はそんなにいないだろうというだけの話だ。実際自分も、読んだブログや新聞の記事などを「誰が実名で書いたか」なんて事は気にしない。

そういう意味では、この名乗れという指摘も、自分という人間に興味があっての事なのか、単に批判したいだけなのかで、どう対応すべきかが変わってくるのかもしれない。リアルな自分に興味を持ってくれたのであれば喜んでお伝えしたいが、単なる反論や批判封じの手段として実名を使われるというのは、何となく嫌な感じがする。

さて、どうしたものだろうか。ブログでの個人ブランディングなどには興味がない(意見する事自体に興味はあるが、それを自分の評価などにつなげようという気持ちがない)ので、自分にとってはほとんど無価値なのだが、読んでいる人が興味があるというのなら、プロフィールは大切だ。

だが、何分自分が無関心なので(他の人のブログでのプロフィールなんて読んだ事がないし、実名かどうかも気にした事がない)、何を書いたら良いかというアイデアが浮かんでこない。
そんな訳で「他人の紹介で成り立つプロフィール」なんて事を考えるのだが(そういえばmixiに「紹介する」という機能があったので、多分発端はそれだろう)、誰かリアルに自分を知っている人に考えてもらえないかしらん。

まぁ会社のブログにリンクすれば一発なのかもしれないが(笑)


最後に、これだけだと分からない人もいるかもしれないので、大元を晒しておく。

Tweet from オルタナ編集長(@setsumori)
今までネタにされていたとは知りませんでした。申し訳ありませんが、匿名の方に一方的に取り上げられても、気味悪く感じます。正々堂々、名前を名乗られたら如何でしょうか @GoroSASAKI 企業と社会の対話という幻想 http://t.co/rWDdRw2W
2012年9月25日 1:40:50 webから
See More: http://twitter.com/setsumori/status/250273600672763904

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2012年4月23日 (月)

ブログを書くという事

このブログは2006年からスタートしているが、前身となっているのは2000年から社内で書いていた日記、いわゆるイントラブログがベースになっている。基本的にその頃からスタンスは変わっていないのだが、社内で書いていた頃と今とでは唯一大きな違いがある。

仕事の内容について、突っ込んだ話を書いていないのだ。

当たり前といえば当たり前なのだが、実はこの違いはかなり大きい。日々の仕事を話題にして書くというのは、その物事についての考えを整理する事につながるし、別のアイデアが生まれるきっかけにもなる。これは、抱えている案件について具体的に書けば書くほど効果が顕著になる。

ようするに日報と同じだからだ。違うのは、上司を対象にしていないという点である。

この「対象者を特定しない」という点も重要だろう。事情を分かっている上司ではなく、事情を知らない相手に対して、誤解を招かないように表現を選ぶ必要があるからだ。その蓄積は、確実に自分の考えをシャープにしていく効果がある。

そんなわけで、個人的に「イントラブログ」「イントラSNS(上での日記投稿)」には、単なるコミュニケーションの円滑化とかいった以上の効果があると考えているのだが、もちろんリスクもある。

オープンな発信である以上、社内であれ誤解を招くリスクは常にあるが、それだけでなく、これを書いていると何となく「仕事が進んでいる」と錯覚してしまうということがあるのだ。仕事を何らかのアウトプットと定義した場合に、書いて発信をするブログもそうであると錯覚しやすいのだが、これが危ない。

こうしたブログは、自分の意識を改めて言葉にして自らの脳に打ち込む作業、つまりインプットに近いものだからだ。

もちろん、マーケティングを目的としたようなブログの場合は別だが、そうしたものは「個人」の属性ではなく「部署」「立場」といった属性で書くものだ。逆にいえば、そうした目的で書かれるブログというのは、先述したような効果はほとんどないと考えていい。短期間で書き手が変わってもそれほど大きな問題はないし、長期間続けても本人へのリターンはほとんどない。
(自分でいえば会社のブログがそれにあたる。もちろんここでいう「リターン」は成長につながるといった内的なもので、マーケティング的なリターンの話ではない。)

で、最近の悩みはといえば、そうしたインプット(本を読むといった話ではない)ができていない事を感じる事だ。こうしたものは常に感じるようなものでもなく、実際ここしばらく感じる事はなかったのだが、最近はそういうインプットを脳が欲しているように感じる事が多い。

ぶっちゃけていえば「赤裸々に書きたい」という事だろう。モヤモヤした悩みのようなものを言葉として吐き出し、自分自身に楔として打ち込む作業。時としてそれで終わる事もあるし、次につながる事もあるが、いずれにせよオブラートに包んだような書き方をしていたら楔にはならない。

自分しか読めない日記ではダメだ。他人に対する楔として書くから、それが自分への楔たりえるのであって、自分しか読まないものでは単に飲み込むだけで終わってしまう。意識ではなく、環境をそのようにしなければ、楔は鋭いものにならない。


・・・だが、今はそうした場がないのだ。

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2012年3月27日 (火)

ソーシャルメディアのパラダイム

ブログやSNSのようなソーシャルメディア上で、何らかのデマあるいは誤解に基づくような情報が発信されていたとする。それに対して「発信者としての責任」を問う姿勢は、本当にソーシャルメディアの時代にあった作法だろうか。

そんなことをふと考えた。

マスメディアに対する接し方としては間違っていないだろう。マスメディアは、情報の受信者を総体化して抽象的に扱う事で、受信者からの対等な形での反論やコミュニケーションを封じている。情報の流れが一方通行なので、上流である発信者が情報を「コントロールするしかなく」、だからこそ責任が問われる。

ソーシャルメディアにおいても、そうした作法が必要だろうか。必要かもしれない。だが、それはソーシャルメディアを「マスメディア化する」事にすぎないのではないか。マスメディアに進化するのが、ソーシャルメディアの未来だろうか。

ソーシャルメディアによる発信を、将来マスメディアとなるかもしれない卵(実際今のマスメディアもスタート当初は小さな卵だったはずだ)として扱うのか、まったく別のカテゴリのメディアとして扱うのかで、その辺りが違ってくるような気がしてならない。

ソーシャルメディアの時代に求められるのは、「発信者としてどうなのか」と相手の問題として指摘するのではなく、「それは違うと思います」と自分の問題として指摘する、という作法ではないだろうか。両者の違いは、前者が「間違いだから発信するべきではない」なのに対して、後者は「間違いだから反論する」である事だ。

もちろんこれはすべての発信に当てはまるわけではない。プライバシーの問題など、微妙な領域はあるだろう。ネットの情報は一旦発信されればほぼ削除できないため、発信には慎重であるべきというのはその通りかもしれない。それにそもそも、当人がそのつもりで発信していても、受け手がマスメディア的に受け取ってしまえばそれで終わりである。

それは分かるのだが、ではそこでマスメディア的に扱ってしまうのが良いのか、新たな何かを模索するのかでは違ってくるのではないだろうか。少なくとも、アーリーアダプターにはそういう方向への模索のような動きがあっても良いのではないか。

個人的には、ソーシャルメディアというのは、「誰もが発信できるようになる」という個人のメディア化ではなく、「路傍のやり取りが可視化される」事による社会のメディア化をさすのではないかという気がしている。マスメディアが特定の個からマスという集団への情報の流れであったのとは反対に、集団から個への情報の流れをさすのではないかという事だ。

それには当然、受け手の側でも身につけなければいけない作法というものがあるだろう。情報に対して責任を取れるのは個だけだと考えれば、個が発信者であるマスメディアの時代においては、責任を負うのは発信者であり、受信者は集団の一員としてその責任を追求すれば良い。
一方、個が受信者であると考えれば、発信者である集団の責任を問うても仕方がない。受信者が責任を負わなければならない。

プチマスメディアとソーシャルメディアとの間にはそうした大きな隔たりがあり、そうした意識変革があって始めて成立する概念がソーシャルメディアということはないだろうか。
「誰もが発信できる」事ではなく、「誰もが(すべてを)受信できる」所に、ソーシャルメディアの持つ本当のパラダイムシフトがあるような気がする。

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2010年2月 3日 (水)

ブログのために日々考えるということ

以前、「CSR日記」という社内向けの勝手メルマガを発行していたことがあるのですが(その内容は実はブログでも公開)、それをやめて以来、どうも自分のセンサーがゆるゆると鈍って、考えなくなってきているような気がしています。

ナレッジマネジメントを担当していた頃も、CSRを担当し始めた頃も、日々考えたことをメルマガやブログのような形で発信する中で、自分自身の考えを固めてきたのですが、それをやらなくなったことで、そうした屋台骨が揺らいできているように感じるのです。

実際のところ、再開するとなるとかなりしんどいのですが、自分のためにもそうしたことは続けた方がよいのかもしれません。

一方で、悪い意味で慣れてしまうというか、「考えなくてもなんとか書いてしまう」ような状態になりつつあるのではないか、という気もしています。CSRに関しては、日記こそ書かなくなってしまいましたが(時々このブログで書いていますが)、月に1〜2度社内向けのオフィシャルに書く機会があります。ところが、その際の書き方がかなり「やっつけ」的な書き方になっているのです。

その時にネタを見つけて、その時に書く。

もちろん、ライブ感も必要というか、あらかじめ用意すればよいというものでもないのですが、それにしても自分の中に「なんとかなる」的な過信があるような気がするのです。

内容のクオリティは維持できていると思うのですが、少なくともそんな状態で書いても、自分にとっての成長にはつながっていないはずです。

このブログもそうかもしれないと思うのは、ネタを事前に準備するかどうかはさておき、書いている内容がそれまでに考えたことではなく、その時に考えていることになっているような気がするからです。

文章がまとまらないのはある程度やむを得ないとしても、考えが定まらないようでは、書くことによる自分へのフィードバックは望めません。

ああ、本当にまとまらなくなってきた・・・。

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2010年2月 2日 (火)

練習の記録をtwitterで

先週の土曜日もスキーに行っていたのですが、その時にふと思いついて、滑っていて感じたことをリフトに乗っている間に呟いてみました。

ちなみに行ったのは信州野麦峠スキー場。以前は良く行っていましたが、遠いので最近は足が遠のいていました。


Jan 30th from TwitBird iPhone

まずはウォーミングアップ。思ったよりバーンが硬い。
9:22 AM Jan 30th

2本目。やっぱり思ったよりバーンが硬い。雪面の抵抗が強くて富士見の時より足に負担がかかる。 もう一本滑ったら上に行こう。
9:33 AM Jan 30th

3本目。ずらしを意識したショートターン。ノンストップだと息があがる。疲れる。
9:44 AM Jan 30th

4本目。上はちょっとリフト待ちが発生しているので、もう少し下で滑る事にする。 ずらしを意識したミドルターン。足裏全体で雪面を掴めるようになりたい。
9:56 AM Jan 30th

5本目。上まで上がってみた。雪は柔らかくて楽しいが斜度が増すのであまり練習にならない。下に戻る。 開脚でのミドルターン。ずらしたいけど流れてしまう。という事は、きちんと外足に乗ってコントロールできていないという事だ。再チャレンジ。
10:23 AM Jan 30th

上の方は圏外になる事が判明。ツイートは短めに。
10:24 AM Jan 30th

7本目。開脚でのミドルターン3本目。少しプルークぎみにしてみる。 下のリフトも混んできたので、一番空いている短いリフトへ。しばらく緩斜面中心かな。
10:36 AM Jan 30th

8本目。開脚でのショートターン。プルークぎみにするが、感覚的にはこれが一番難しい。足を閉じればもう少し楽だけど、それでは練習にならない。
10:43 AM Jan 30th

9本目。開脚でのショートターン。斜度的にはもっと姿勢が高くても良いはずだが、ついつい上体をかぶせてしまう。悪い癖だ。
10:51 AM Jan 30th

10本目。プルークでのショートターン。斜面に負けて踏んばりきれず、流れてしまう。きつい。
10:58 AM Jan 30th

11本目。より緩斜面でプルークのショートターン。ま、でも大切なのはプルークの姿勢ではなく、板にベストポジションで乗れているかだったりする。乗れていればどんな姿勢でも安定する。
11:07 AM Jan 30th

12本目。ゆっくり滑るストレスが溜まってきたので、開脚の高速ターン。そろそろ上に上がろうかな。
11:13 AM Jan 30th

13本目。緩斜面での高速ターン。というか、緩斜面なので高速というほどの速度がでない・・・。
11:21 AM Jan 30th

14本目。ひたすらショートターン本日2本目。少し体をいじめる。
11:32 AM Jan 30th

15本目。高速ターンでクールダウン。
11:38 AM Jan 30th

16本目。ずらさないロングターン。斜度と距離にもよるが一番楽なターン。
11:46 AM Jan 30th

17本目。緩斜面で小さくジャンプしながらロングターン。足がついてこなくて思った以上に安定しない。うまく乗れていない。
11:54 AM Jan 30th

18本目。ジャンプしながらのロングターン2本目。1本目よりは安定。少しゆったりした方が良さそう。
12:01 PM Jan 30th

19本目。緩斜面で足踏みしながらロングターン。これ開脚でできるだろうか。
12:08 PM Jan 30th

20本目。足踏みターン開脚バージョン。まあまあだが、やはり重心を移動する時にふらつく。そう言えば以前本当の意味の「ターン」は、この切り替えの瞬間と言われたことがあったっけ。
12:18 PM Jan 30th

21本目。ストックを横にして腰に当て。ポジションを確認しながらロングターン。緩斜面でゆるすぎたので、次は中斜面で。 ツイート中にリフトが止まると投げ出されそうでちと怖い。
12:24 PM Jan 30th

22本目。中斜面で腰のポジションの確認。まあ良いと思うのだが、これは人に見てもらわないと本当の所は分からないな。
12:31 PM Jan 30th

23本目。同じようにストックを腰に当てたまま、今度はショートターン。ストックや手を固定しているとショートターンは途端に難しくなる。体重移動が難しくなるので。 ・・・再チャレンジ。
12:40 PM Jan 30th

24本目。ショートターン2本目。まだまだ安定せず。それと、たいした斜度ではないので、もう少し腰高で滑れた方が良いはず。
12:46 PM Jan 30th

25本目。ショートターン3本目。腰の高さを意識してみる。時々腰が落ちてしまうが・・・。
12:53 PM Jan 30th

26本目。ストックを復活させてショートターン。体の使い方がかなり違う印象だが、それが悪いのか、そういうものなのかはよく分からない。
1:01 PM Jan 30th

27本目。緩斜面でプルークによるポジション確認。プルークと言っても減速の手段ではないのでそれなりに高速。速くなってくるとついついずらさなくなるため、もっと外足のずらしを意識できると良い。
1:10 PM Jan 30th

28本目。制動を意識しながらずらすプルークで再度ポジションを確認。まだスピードに負けている。
1:17 PM Jan 30th

29本目。一番上まで上がって、ノンストップでフリー滑走。さて、もう一本行きますかね。
1:37 PM Jan 30th

30本目終了。 というわけで、信州野麦峠スキー場からお届けしました。今から撤収します。
2:01 PM Jan 30th

一番上からの景色はこんな感じです。 http://yfrog.com/1en64nj 2:03 PM Jan 30th from Tweetie


と、このような感じで、実況中継というか、記録を取ったわけですが、スキーの場合、リフトに乗っている時間は時間はどうしても空いてしまうため、こういった使い方もありかもしれません。指先は冷たくなってしまいましたが・・・(笑)

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2010年1月27日 (水)

ブログとツイッターの使い分け

twitterを始めたといっても、せいぜい朝昼晩に一言二言ツイートするだけなのですが、そういった形で思ったことを発散していると、ではブログでは何を書くのか、という気になってきます。特に呟き系の内容は、書く量こそ違えど基本的な内容は同じなので、とりあえずツイートしてしまえば、ブログに改めて書こうという気にはなりません。これははてなブックマークでも同じです。

もちろんメモ的な要素もあるので、時にはブログでさらに考えを膨らませるということはありますが、そうした「呟き」はほとんどないと言ってよいでしょう。

そうなると、ブログには何を書くのか。もともと、考えを手軽に書くためのツールであったブログですが、より手軽なtwitterという手段が登場したことで、むしろ書く際のハードルは上がっているような気がします。自分の場合、メールでの更新なので、リンクを色々貼ったりとか、写真をたくさん入れたりとか、「twitterではできないこと」をブログでやる、という差別化もあまり図れません。

ただ、一方で、瞬間風速的なtwitterだけで呟いていては、より考えを深めるというか、考えをまとめることは難しいだろうという気もします。そういった意味でも、ブログを書くのは、より「思索のための」時間にシフトしていく必要があるのかもしれません。

正直なところ、最近あまり頭を使っていないんですよね・・・ブログのエントリーが、日々の呟き系に、あえて言うなら「堕して」から、書く際にしっかり考えて書くということをあまりしなくなっていたのは確かです。

もっとも、長文を書き連ねるよりも、短い言葉でまとめる方が大変であることを考えると、わずか140文字のツイートの方がずっとしんどい作業ということも言えるわけですが・・・。

・・・ああ、なんてダラダラした内容なんだ。まずはこのあたりの「惰性で書いている」的な部分を是正していかないと、このブログは自分にとってなんら生産性のないものになってしまうかもしれません。気を付けなければ・・・。

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2010年1月20日 (水)

twitterはつぶやきではない

昨日職場でtwitterについて話題になりました。上司に聞かれる側でしたが、自分が理解している(と思っている)範囲で説明しつつも、たぶん自分も良く分かっていないというのが正直なところです。

それで、その後に、ほぼ日手帳にメモをした内容が、このようなもの。

「twitterというのは、見るものを特定しない単なる「つぶやき」ではなく、フォロワーという支持者とその周囲の聴衆に対する「呼びかけ」と考えるべきだろう。」

「メディアによらずに、自らの姿を幅広く伝えるための手段でもある。」

「ただ、日本のような社会で、そうしたツールがどれだけ有効かについては若干疑問もある。」

「タイムラインの中でのツイートは、雑踏の中での演説に似ている。」

「電車の中の会話のように、無視する事も、聞き耳をたてる事もできる。その範囲がとてつもなく広いだけだ。」

そのまま書き写したので脈絡のない部分もありますが、単に「思ったことをつぶやく」とは考えない方が良いような気がしてきました。どれだけフォローされているか、そのフォロワーがどれだけフォローしているかにもよりますが、雑踏のようなツイートの奔流の中で、いかに自分という存在の価値を伝え、自分へのアテンションを高めるか、というゲームのように捉えると良いのかもしれません。

もちろんそうしたゲームに参加するには、膨大な数のフォロワーが必要になりますが・・・。

限られた範囲でのコミュニケーションのツールとして考えた場合も、相手のフォローしている数によっては、その中で存在感を伝えるためには、それなりの質と量が必要になります。

直接メッセージを伝えれば良いではないか、と言われればその通りですが、twitterは「誰々さん」ではなく「みなさん」と呼びかけるものなので、そういった意味では交流パーティーなどで自分のプレゼンスをいかに高め、多くの人と話ができるようになるか、といった状況に似ているような気がします。

そんなわけで、昨日少しフォローする相手を増やしてみました。まずは聞き耳をたてる側でパーティーに参加しながら、徐々に聞いてくれる人を増やしていくことに挑戦してみたいと思います。

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2009年10月21日 (水)

居酒屋談義はツールでは作れない

Keynotesインターネットの実名化問題というエントリーに居酒屋談義についての箇所があり、なるほどと考えてしまいました。

居酒屋談義のタブーは「いいアイデアだからやってみれば」である。コミットメントがないのが居酒屋談義であり、こうした言論活動が許されてきたのが日本の言論空間の特徴だ。

これが非常に示唆的なのは、社内ブログや社内SNS、ひいては社内Twitterまで、社員のナレッジや気付きを引き出すための様々なツールは、「敷居の低さ」を訴えて、それが活用につながるとしていますが、実はツールでは越えられない壁が厳然としてあることを示しているからです。

それが「コミットメントがない」言論空間である、ということ。

居酒屋談義でアイデアが出やすい理由が、立場を気にしなくて良いとか、見知った相手で気安いから、といったものではなく、場の約束ごととしてコミットメントがないから、という点にあるのだとすれば、その実現を社内ブログなどでめざすのは極めて難しいことになります。

なぜなら、そうしたツールが社内に導入される目的自体が、まさに「居酒屋談義にコミットメントを持ち込む」ためのものだからです。

社員の自由な意見やアイデアを引き出そうとするのは、それを実現に結びつけるために他なりません。仮に当人にそのコミットメントが跳ね返ることがないにしても、場が求めているのがコミットメントであることは違いないのです。そうした目的がなければ社内への導入自体が成り立たないからです。

そしてそうしたコミットメントを求める場の雰囲気が敷居を産み出しているのだとすれば、それをツールの工夫で乗り越えるのには自ずと限界があることになります。「投稿のしやすさ」「閲覧者の限定」「短文」といった要素がどれだけ敷居を下げたとしても、結局は場の目的自体が持っている敷居が最大の課題ということになるからです。

今更ながらにナレッジマネジメントにおいて、「アイデアの創出」「気軽な意見の交換」が難しい理由についてぶち当たってしまった気分です。今ごろ気づくな、という気もしますが(笑)

さて、そうなるとどう考えていけば良いでしょうか。目的自体から見直さなければ、「(そのために)敷居を下げる」という手段も成り立ちません。そもそも目的自体が矛盾をはらんでいるわけで、そういった点から見直しをする必要があるのかもしれませんね。

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2009年10月 7日 (水)

まだよく分からないTwitterのつぶやき

先日はじめていくつか呟いてもみたのですが、いまだにTwitterの使い道が見えてきません。

そもそもこのツールは「呟く」ためのツールなんでしょうか。メインの画面には、自分も含めてフォローしている人の呟きが表示されるのですが、それを眺めていると、とてもその「場」への投稿が、自分にとっての「呟き」とは思えないのです。

例えば、ブログのように、「自分の投稿だけが表示される画面」がメインにあった上で、フォローも含めたみんなのつぶやきも見られる、というインターフェースであれば、それは「呟き」とその集合体という捉え方ができると思うのです。

ところが、メインとなる画面に流れているのは、自分の呟きというよりは、雑踏のざわめきです。それもフォローしている人が多くなるほど脈絡がなくなり、しかも現実の雑踏とは違って、その先の相手の呟きまでは一気に俯瞰できなかったりします。

呟きというマイクロブログを集めた「場」ではなく、ネット上の雑踏のざわめきを集めたもの・・・そういった性格のものだとすれば、どのように使っていくべきか。

雑踏には本来コンテキストはありません。電車の中で聞こえてくる様々な会話と同じで、個々にはコンテキストが存在しても全体としては存在せず、しかもTwitterの場合、基本はつぶやきのため個々の投稿自体にも厳密にはコンテキストが存在しないのです。

その中で意味のある(自分にとって意味のある)コンテキストを見つけ出し、引き出し、吸収するのは簡単ではないように思います。

であれば、別の使い方をするというか、そういったコンテキストベースの考え方ではない使い方、接し方を考える必要があるわけですが・・・うーむ、難しい。

まぁ、もうしばらく様子を見ることにします。

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